第26話 神殿の古着倉庫
神殿の古着倉庫は、布の山だった。
毛布、外套、子供服、破れた下着、祭礼用の古い布、包帯にできそうな白布。すべてが一緒に積まれている。
湿気、汗、古い香油、埃。
いろいろな匂いが混じっていた。
ミナが鼻を押さえる。
「すごい匂い」
神官が申し訳なさそうに頭を下げた。
「寄進されたものを、とにかく受け入れていまして」
神殿は、リンドホルムで最も多くの古着を受け取る場所だ。
亡くなった者の衣服。
貴族街から下げ渡された外套。
商家で余った布。
神殿の孤児たちが着古した服。
だが、受け取ることと使えることは違う。
倉庫の端には、古い木札がいくつも落ちていた。
寄進日。
寄進者名。
用途。
最初は書かれていたのだろう。だが湿気で墨がにじみ、紐が切れ、布の山に埋もれている。善意はここに届いていた。けれど、届いたあとに行き先を失っていた。
レンは一枚を拾い、指で埃を払った。
幼児用外套、二着。
冬季配布用。
去年の日付だった。
ミナがそれを覗き込む。
「去年?」
「はい」
「去年、寒かったのに」
ミナの声が少しだけ低くなった。
レンは返事を探したが、すぐには見つからなかった。
去年必要だった外套が、今年まで倉庫に残っている。
それは誰かの怠慢だけではない。人手が足りなかったのかもしれない。遺族確認が止まったのかもしれない。洗浄する燃料がなかったのかもしれない。
けれど、理由が何であれ、寒かった子供はいた。
レンは布の山を見た。
防寒具転用可能。
清潔布転用可能。
廃棄必要。
洗浄必要。
修繕可能。
「分けます」
ミナが笑った。
「やっぱり」
「防寒具、医療用、修繕用、廃棄。まず四つに」
神官が慌てたように言った。
「お待ちください。亡くなった方の衣服を、すぐに別用途へ回すのは」
「禁忌ですか」
「禁忌というほどではありません。ただ、遺族の気持ちもあります」
レンは頷いた。
「では、札を分けます。寄進者不明、遺族確認済み、神殿所有、洗浄待ち。遺族確認が必要なものは、すぐには使いません」
神官は少し驚いた顔をした。
「全部使うと言われるかと」
「使えるものでも、使ってはいけない順番があります」
セリアが静かに頷いた。
「神殿の慣習も、物資の流れに含める必要がありますね」
「はい」
作業は、思ったより時間がかかった。
暖かいが汚れているものは洗浄へ。
薄いが清潔なものは包帯へ。
破れた外套は修繕へ。
遺族確認が必要なものは別棚へ。
どうにもならない布は燃料補助や詰め物へ。
最初は混乱したが、札を立てると流れができた。
ミナは子供服を一枚拾い、黙って見ていた。
「どうしました」
「これ、たぶん神殿の子が着られる」
「なら、防寒具ではなく配布用に」
「いいの?」
「必要な人が使うなら」
ミナは少し笑った。
その服は、袖口がほつれているだけだった。少し直せば十分に着られる。
「あたしも昔、こういうの待ってた」
「届きましたか」
「届いたときもあるし、届かなかったときもある」
ミナは軽く言った。
だが、レンには軽く聞こえなかった。
「届かなかったときは、どうしました」
「走った」
「走った?」
「神殿の台所とか、馬車組合の裏とか、あったかい場所を探して。怒られたら別の場所に行く。毛布がない日は、荷袋に入って寝た」
ミナは笑って肩をすくめた。
「荷物みたいでしょ」
レンは笑えなかった。
「今は違います」
「うん。今は荷札がある」
ミナは首から下げた札を指で弾いた。
「だから、どこに行けばいいか戻ってこられる」
レンはその言葉を、板書の隅に書き留めたくなった。
布にも帰る場所がある。
人にも、あった方がいい。
古着倉庫の奥からは、思った以上の量が出た。
毛布、二十七枚。
修繕可能外套、十九着。
包帯転用布、三十六束。
詰め物用布、八袋。
遺族確認待ち、十二点。
廃棄、少量。
神官が目を丸くする。
「こんなに使えるものが」
「使えないと思われていただけです」
レンは言った。
使えるのに届かない。
届かないのに、ないことにされる。
ここでも同じだった。
夕方、古着倉庫から共同暖房所用の毛布が運び出された。
ミナの回収班は、名前入りの札をつけて配布先を記録する。
子供たちは最初、毛布を運ぶたびに競争した。
誰が一番多く運べるか。
誰が一番早く戻れるか。
だがレンが「早さより、どこへ届けたかです」と言うと、ミナがすぐに皆を止めた。
「札をなくしたら、毛布が迷子になる」
その言い方が効いた。
回収班の子供たちは、毛布を抱えたまま、札を指差して確認するようになった。
神殿広間、老人用。
治療院、夜間待機用。
共同炊事場、子供用。
古い布の山が、少しずつ行き先を持つ。
誰が受け取ったか。
どこへ戻すか。
洗浄はいつか。
遺族確認は済んでいるか。
布にも流れができた。
セリアはその記録を見て、静かに言った。
「これまで、私たちは物を受け取っているだけでした」
「受け取るだけでは届きません」
「ええ」
セリアは古着倉庫を見回した。
「神殿、倉庫、治療院、職人街。全部をつなぐ必要がありますね」
「はい」
ミナが荷札を揺らした。
「布にも帰る場所があるんだね」
「あります」
「人も?」
レンは少しだけ答えに迷った。
「ある方がいいです」
ミナはそれで満足したように頷いた。
そのとき、ガルドが神殿の入口に立った。
「レン。共同倉庫へ戻れ」
「何か」
「鍵の話だ」
ガルドはそれだけ言って、背を向けた。
ミナが小声で言う。
「怒ってる?」
「たぶん、いつもの顔です」
だがレンにはわかった。
ガルドの声は、昨日までと少し違っていた。




