第25話 冬越しの計算
リンドホルムの冬は早い。
北の山から風が下りると、倉庫の石床まで冷える。燃料が足りなければ、老人と子供から先に体力を奪われる。
レンは共同倉庫の作業台に、冬越しの板書を広げた。
薪。
木炭。
古樽。
廃材。
魔石灯。
乾燥炉。
神殿。
治療院。
鉱山村。
全部つながっている。
「足りません」
レンが言うと、セリアは目を閉じた。
「どれくらい」
「通常の冬なら、燃料が二割不足。早く寒波が来れば三割。乾燥炉を動かすと、さらに増えます」
ガルドが呻いた。
「乾燥炉を止めれば」
「保存食が減ります。保存食が減れば、鉱山村とラト村への補給が崩れます」
「では、どうする」
「燃料を燃料としてだけ見ないようにします」
ミナが首を傾げる。
「燃やすものなのに?」
「暖を取る場所をまとめます。神殿、治療院、共同炊事場。家ごとに燃やすより、集まった方が少ない燃料で暖を取れます」
セリアが表情を引き締めた。
「共同暖房所」
「はい。神殿の広間、古い集会所、治療院の一部。子供と老人を優先」
ガルドが言う。
「貴族街が文句を言うぞ」
「言わせます」
セリアの声は静かだった。
その静けさが、かえって倉庫の空気を重くした。
領主が「言わせます」と口にするのは簡単ではない。薪を配分するということは、家の火に口を出すということだ。誰が暖かい部屋で眠り、誰が寒い部屋で毛布を重ねるのか。そこに領主の印を押す。
レンは板書の端に、昨日見た治療院の廊下を思い出して書き足した。
咳の多い老人、八名。
発熱した子供、六名。
鉱山事故の負傷者、寒冷悪化の恐れ。
数字にすると冷たく見える。
だが、そこには顔がある。
毛布の端を握っていた老人の指。母親の袖をつかんでいた子供。痛みで眠れず、焚き火の煙にむせていた鉱夫。
燃料不足は、倉庫の中で起きる問題ではない。
夜の寝床で起きる。
だが、実際に反発はすぐ来た。
午後、共同倉庫へ富裕商人と貴族街の使いが押しかけた。
「自分の金で買った薪を、なぜ配分されなければならない」
「領主家は私有財産まで管理するのか」
「神殿の広間で暖を取れなど、貧民と一緒にいろということか」
倉庫前の空気が険しくなる。
セリアは一人ずつの言葉を聞いた。
反論したい顔はしていたが、途中で遮らなかった。
レンは板書を持って前へ出る。
「燃料を自由に使えば、十五日後に市場の薪が尽きます」
「脅しか」
「計算です」
商人が鼻で笑う。
「計算で寒さがしのげるか」
「しのぐための計算です」
レンは板書を示した。
「家ごとに暖炉を焚けば、煙突と壁から熱が逃げます。神殿の広間、治療院、共同炊事場に暖を集めれば、同じ燃料で暖まる人数が増える。老人と子供を優先すれば、死者を減らせます」
「我々に我慢しろと?」
セリアが答えた。
「はい」
場が静まった。
その一言で、セリアは逃げ道を捨てた。
レンにはわかった。
本当なら「一時的な協力を」や「公平な負担を」と言い換えることもできた。聞こえのいい言葉で角を丸めることもできた。
だが、寒さは言葉で丸くならない。
薪が足りないなら、誰かが我慢する。
セリアは、それを領主の口で言った。
「ただし、無償で奪うわけではありません。各家の燃料持ち込みは記録し、後日税で調整します。共同暖房所の利用は身分を問いません。警備もつけます」
貴族街の使いは不満げだった。
だが、セリアが領主として責任を取ると言い切ったことで、押し切れなくなる。
レンは続けた。
「古樽は全部燃やしません。乾燥炉用と修理材に分けます。魔石灯の故障品から部品を取り、夜間作業を短時間化する。夜に長く作業しないだけでも燃料を減らせます」
「作業時間まで棚卸しするのか」
ガルドが呆れたように言う。
「時間も資源です」
ミナが小さく真似した。
「時間も資源です」
「茶化さない」
「してない」
している顔だった。
だが、その軽さに救われる。
レンは板書の最後に、燃料配分を書いた。
神殿暖房。
治療院。
乾燥炉。
共同炊事。
市場。
一般家庭。
全員を満たすことはできない。
だから、冷える順に、弱い順に、火を届ける。
セリアはその板書を見つめた。
「これは、恨まれます」
「はい」
「けれど、何もしなければもっと多く死ぬ」
「はい」
セリアは命令書を書いた。
燃料配分令。
共同暖房所の設置。
燃料持ち込み記録。
神殿と治療院への優先配分。
乾燥炉用燃料の確保。
そのとき、神殿から使いが来た。
古着倉庫がいっぱいで、仕分けが追いつかないという。
「いっぱいなら、暖かいのではないですか」
貴族街の使いが皮肉のように言った。
神殿の使いは困った顔で首を振る。
「積まれているだけです。濡れたもの、汚れたもの、誰のものかわからないものが混じっていて、そのままでは子供に渡せません」
セリアはレンを見た。
レンは頷いた。
あることと、使えることは違う。
追放される前から、ずっと同じ問題だった。
ミナが即座に手を挙げた。
「回収班、行けるよ」
レンは頷いた。
「行こう。防寒具の再利用が必要です」
冬越しは、燃料だけではない。
布もまた、命を延ばす資源だった。




