第20話 救える人数
朝、レンはラト村の広場で人数を数えた。
勇者パーティー、四名。
護衛兵、十八名。
負傷者、九名。
ラト村の村人、四十三名。
リンドホルム補給隊、十名。
馬、使用可能五頭。
荷車、三台。
全員を一度に運ぶことはできない。
歩ける者は歩く。
軽傷者は途中まで歩き、疲れたら荷車に乗せる。
重傷者は最初から荷車。
村人は残るのか、避難させるのか。
レンは板書を見て、胃が重くなるのを感じた。
数字で人を見るのは嫌いだ。
だが、数えなければもっと死ぬ。
ラト村の村長は、広場の端で手を握りしめていた。
「わしらは、置いていかれるのでしょうか」
その声に、村人たちが一斉にレンを見る。
置いていく。
その言葉は、レンの胸の古い傷に触れた。
薬を待って、置いていかれた人がいる。
届くはずだったものが届かず、誰にも数えられなかった命がある。
「置いていきません」
レンは言った。
「ただ、全員をリンドホルムへ避難させるのは今は無理です。村に残る方が安全な人もいます」
「魔物が来るのに」
「魔物の本隊ではありません。斥候です。村の備蓄を全部持って逃げれば、戻れなくなる。村を空にすれば、次の補給拠点も失います」
村長は黙った。
厳しいことを言っている。
わかっている。
でも、ラト村を失えば、北方街道そのものが細くなる。遠征隊だけでなく、リンドホルムも次の補給に困る。
アルヴィンが前へ出た。
「ラト村は俺が守る」
その言葉に、村人たちの顔が少し明るくなる。
勇者が守る。
それは強い言葉だ。
だが、レンは首を振った。
「守り続けるのは無理です」
空気が凍った。
勇者に向かって、守れないと言ったのだ。
ダリオが眉を吊り上げたが、アルヴィンが手で制した。
「なら、どうする」
「二段階にします。第一便で重傷者、歩行困難者、薬が必要な村人、消耗した馬、空瓶、壊れた装備をリンドホルムへ戻す。第二便で追加物資を持ってくる。その間、村は防衛ではなく隠蔽と短期待機に切り替える」
「隠蔽?」
「火を小さく。煙を減らす。荷を建物内へ。魔物に大きな隊がいると思わせない」
リゼットが頷く。
「煙なら散らせる。派手な魔法よりずっと安いわ」
「お願いします」
「ええ」
以前なら、彼女は魔法を節約する指示に不満を言ったかもしれない。今は違った。消費を抑えることが生存に直結していると、彼女も理解し始めている。
エリナが重傷者の名を書き出す。
重傷者一名。
歩行困難二名。
高熱一名。
村の老人二名。
「老人も?」
村長が驚く。
「この二人は薬が必要です。村に残るより、第一便で治療院へ」
「しかし、若い者を先に逃がした方が」
「若い人は歩けます。歩ける人には歩いてもらう。薬が必要で歩けない人を先に乗せます」
村長は目を伏せた。
レンは板書に名前を書いた。
一つ書くたび、荷車の空きが埋まっていく。
救える人数。
救えない人数。
そんな言葉は使いたくない。
それでも、荷車の板には限界がある。
アルヴィンが静かに言った。
「レン。俺の馬を使え」
全員が彼を見た。
「勇者様の馬を?」
ダリオが声を上げる。
アルヴィンは頷いた。
「俺は歩ける」
「でも、勇者様が徒歩なんて」
「俺が歩けば、一人乗せられる」
その一言で、空きが一つ増えた。
レンはアルヴィンを見た。
彼はまだ勇者だった。
だが、少しだけ違う勇者になろうとしていた。
「ありがとうございます」
アルヴィンは苦い顔をした。
「礼を言われることじゃない。最初から、こうすべきだったんだろう」
レンは答えなかった。
最初からできる人間などいない。
だが、気づいたあとにどうするかは選べる。
第一便の名簿が決まった。
重傷者。
歩行困難者。
薬が必要な村人。
空瓶と壊れた装備。
消耗した馬。
戻り便は、救援ではなく次の救援を作るために出る。
それを全員が理解し始めていた。
出発前、村長がレンに近づいた。
「補給係殿」
「はい」
「村に残る者の分も、札に書いてくださるか」
「もちろんです」
レンは村に残す塩、麦、飼葉、清潔布の数を書いた。
ラト村残置分。
勝手に持ち出し禁止。
次便補充予定。
村長はその札を両手で受け取った。
「これがあれば、残されたのではなく、残すと決めたのだと説明できます」
レンは喉の奥が詰まった。
札一枚が、人を落ち着かせることもある。
記録は、物のためだけにあるのではない。
残る人が、自分たちも数えられていると知るためにも必要なのだ。
第一便は昼前に出ることになった。
レンは最後に荷車の積み方を確認する。
重傷者の揺れ、許容内。
老人二名、防寒具あり。
空瓶、破損防止済み。
壊れた装備、固定。
消耗馬、牽引不可、同行のみ。
まだ不安は残る。
それでも、行ける。
レンは板書を閉じた。
救える人数を決めることは、誰かを選ばないことではなかった。
全員を次の便につなげるために、順番を決めることだった。
御者が手綱を握り直す。
最初の荷車が、ゆっくりと村の門を抜けた。
車輪が石を踏む音が、朝の空気にひとつだけ響いた。




