第19話 補給隊到着
ラト村の防衛は、物資の置き場所から始まった。
剣や魔法ではない。
薬箱をどこへ置くか。
飼葉をどこへ積むか。
負傷者をどの道で運ぶか。
村人をどこへ避難させるか。
レンは村の広場に板書を置き、村長、アルヴィン、エリナ、補給隊の記録係を集めた。
ラト村は、戦うための村ではない。
街道の途中で荷を受け、馬を休ませ、次の便へ送るための小さな補給村だ。広場は狭く、納屋は二つ、井戸は一つ。村人四十数人が冬を越すための備蓄しかない。
そこに勇者遠征隊と補給隊が重なっている。
何も決めずに動けば、村そのものが詰まる。
「治療所は納屋の奥にします」
レンは板書の上に小石を置いた。
「入口に近い方が運びやすいだろ」
ダリオが言う。
「入口に近いと、混乱時に踏まれます。魔物が村へ入った場合、最初に壊されるのも入口です」
「……なるほどな」
以前なら、そこで笑われたかもしれない。
今、ダリオは不満そうではあっても聞いていた。
「第一荷車は治療所の裏。第二荷車は馬小屋の近く。第三荷車は空きを残して広場の南側。戻り便に使います」
村長が不安げに聞く。
「戻り便とは」
「リンドホルムへ戻す便です。重傷者、空瓶、壊れた装備、使えなくなった薬箱、そして必要なら村人の一部を乗せます」
「村人も」
「まだ決めません。決めるために数えます」
村長は唇を引き結んだ。
数えられることを、人は怖がる。
レンも怖い。
だが、数えないままでは、もっと乱暴な順番で人が置き去りになる。
エリナが板書を持ち、レンの隣に立った。
「治療所の中は、私が分けます。重傷、軽傷、経過観察、薬不要」
レンは頷いた。
「お願いします。清潔布は重傷者用と処置用を別に。村の分も必ず残してください」
「はい」
アルヴィンは村の外を見ていた。
「魔物は」
リゼットが答える。
「気配は北東の森。三から五。斥候だと思う。本隊ではない」
「こちらの弱り具合を見に来ているのか」
「でしょうね」
レンは言った。
「戦闘は避けられますか」
アルヴィンは首を振る。
「完全には無理だ。だが、こちらから攻める必要はない」
「なら、防衛時間を短くします」
「防衛時間を?」
「長く守るほど薬と矢が減ります。目的は勝つことではなく、撤退できる状態を保つことです」
勇者に向かって、勝つことではないと言う。
村人たちが息を呑む気配があった。
アルヴィンも、すぐには答えなかった。
勝利を期待され、勝利だけで評価されてきた人間にとって、その言葉は重いはずだ。
やがて彼は頷いた。
「わかった。村から離れない。追撃もしない」
それだけで、遠征隊の空気が変わった。
ダリオは不満そうに剣の柄を握ったが、何も言わない。リゼットは魔力を温存するため、杖を下ろした。エリナは負傷者の処置に戻った。
補給隊は村を一時拠点に変えていった。
井戸には水汲みの順番札を立てる。
村人用の備蓄と遠征隊用の備蓄を分ける。
飼葉は馬ごとに配分する。
薬箱は納屋の奥、湿気の少ない場所へ移す。
村の入口には、荷車が通れる幅だけ空けておく。
それは、誰にも称賛されない作業だった。
だが、作業が進むにつれて、村のざわめきが少しずつ落ち着いていく。
どこに何があるか。
誰が何を使えるか。
次に何を待てばいいか。
それが見えるだけで、人は少し息を吸える。
夕方、魔物の斥候が現れた。
黒い狼のような魔物が三体。村の北東の畑を横切り、柵の外でこちらを窺っている。
ダリオが剣を抜きかけた。
「追うな」
アルヴィンが止めた。
ダリオの足が止まる。
リゼットが小さな火球を放った。威力は抑え、地面を焼いて牽制するだけ。護衛が矢を二本放つ。一本は外れ、一本は魔物の足元に刺さった。
魔物は深追いせず、森へ消えた。
消費。
矢、二本。
魔力、軽度。
負傷者、なし。
レンは板書に記録した。
「六本ではないのか」
アルヴィンが聞く。
「以前の戦い方なら六本でした。今は二本です」
アルヴィンはその数字を見つめた。
「戦いにも、棚卸しがあるんだな」
レンは少し考えた。
「あります。たぶん」
勇者は苦く笑った。
夜、村の外に見張りを置き、補給隊は撤退準備を続けた。
目的地はリンドホルム。
だが、全員を一度に戻すには荷車が足りない。
次の判断が必要だった。
誰を先に乗せるのか。
何を村に残すのか。
誰に歩いてもらうのか。
レンは板書を前に、しばらく動けなかった。
届かせるために、今度は順番を決めなければならない。




