第13話 配達少女の裏道
ミナの言う別道は、地図には載っていなかった。
それは道というより、人が何度も通ったことで草が少し低くなった場所だった。北方街道の本道から外れ、古い水路沿いに進み、廃れた炭焼き小屋の裏を抜けて、ラト村の南側へ出る。
ただし、馬車は通れない。
荷車なら、ぎりぎり。
「だから言ったでしょ。大きい馬車じゃ無理だって」
ミナは作業台の上に広げた板書を指で叩いた。
板書には、レンが描いた地図がある。
三本腕の木。
曲がった橋。
炭焼き小屋。
倒れた石像。
ミナの説明に従って描いたものだが、正直うまくはない。
ミナはそれを見るたびに眉を寄せる。
「この石像、こんなに丸くない」
「特徴はあります」
「ないよ。じゃがいもみたい」
「石像です」
「じゃがいも石像」
ガルドが横で笑いをこらえていた。
レンは咳払いをする。
「問題は絵の出来ではなく、通れるかどうかです」
「通れるよ。あたし、神殿の薬草袋を運んだことあるもん」
「一人で?」
「うん」
「危ない」
「でも、本道だと門で止められるし」
ミナは何気なく言った。
レンは言葉を失った。
正式な配達人ではない。
荷札に名前を書けない。
だから、門で止められる。
なら、裏道を通るしかない。
ミナにとって裏道は、冒険ではなく必要だったのだ。
セリアも同じことに気づいたらしく、表情を曇らせた。
「ミナ。今まで、誰からその道を使うように言われたのですか」
「誰からっていうか、神殿の人に急いでって言われたら、早い道を使うでしょ」
「危険だとは」
「危険じゃないよ。慣れてるし」
ガルドが低く言う。
「慣れてる危険は、安全とは違う」
ミナは唇を尖らせた。
「でも、あたししか知らない」
それは事実だった。
北方街道の本道には魔物の気配がある。大型馬車は橋を渡れない。南宿場から回収した補給物資をラト村へ送るには、小型荷車で別道を使うのが最も早い。
だが、子供を危険な道案内に出すわけにはいかない。
レンは地図を見つめた。
「ミナは行かない」
「なんで!」
「危ないから」
「道、わかんないじゃん」
「わかるようにする」
「地図、下手なのに?」
「下手でも使えるようにします」
ミナは不満そうに頬を膨らませた。
レンは彼女と目線を合わせるため、膝をついた。
「ミナ。君が道を知っているから、補給路ができる。でも、君が行かないと通れない道なら、それは補給路じゃない」
「どういうこと」
「誰か一人しか使えない道は、その人が倒れたら終わる。補給路にするなら、他の人も通れるようにしないといけない」
ミナは黙った。
「だから、君の知っている道を、みんなが使える道にする。目印を決めて、危ない場所を札に書いて、荷車が通れる幅を確認する」
「……あたしの道を?」
「うん」
「みんなが使うの?」
「使えるようにする」
ミナは少しだけ視線を落とした。
自分だけが知っていたものを手放すようで、寂しいのかもしれない。
だが、同時にそれは、彼女の知識が正式なものになるということでもある。
「じゃあ」
ミナは小さく言った。
「あたしの名前、地図に書く?」
レンは頷いた。
「書く。道案内、ミナ」
ミナの顔がぱっと明るくなった。
「ならいい」
ガルドが小声で言う。
「扱い方を覚えてきたな」
「扱っているわけでは」
「いいから続けろ」
その日の午前、裏道の確認隊が組まれた。
ミナは街の中まで案内し、そこから先はガルドの部下二人と、若い護衛、そしてレンが進む。ミナ本人は北門の外れまで。約束だった。
だが、北門に着いた時点でミナはすでに不満そうだった。
「あの三本腕の木までなら行ける」
「ここまで」
「倒れた石像まで」
「ここまで」
「炭焼き小屋」
「ミナ」
「はい」
ミナは渋々止まった。
レンは地図を確認する。
「三本腕の木まで、右の水路沿い。倒れた石像の手前で左。炭焼き小屋の裏で本道に近づくが、出ない。合っていますか」
「うん。あと、石像のところは地面が柔らかい。荷車がはまるから、左の石の上を通る」
「書きます」
「炭焼き小屋の近くは、昼でも暗い。魔物はあんまり出ないけど、蛇がいる」
「書きます」
「あと、変な臭いがしたら戻って」
「変な臭い」
「魔物がいると、鉄みたいな臭いがする」
護衛が真顔になった。
「それは重要だ」
レンは地図に書き足した。
鉄臭、引き返し。
ミナはそれを見て満足そうに頷いた。
「じゃあ、行っていいよ」
「ありがとう」
「ちゃんと帰ってきて」
「帰ります」
「荷車も」
「荷車も」
ミナはようやく引き下がった。
裏道は、想像以上に細かった。
水路沿いの道はぬかるみ、草に隠れた石が車輪を弾く。荷車を通すなら、枝を払う必要がある。倒れた石像の周りは確かに地面が柔らかく、重い荷を積めば沈むだろう。
レンは一つずつ記録した。
道幅、不足箇所三。
ぬかるみ、荷車危険。
枝払い必要。
石敷き迂回可能。
炭焼き小屋、休憩地点利用可能。
水場、あり。
危険度、中。
使える。
完璧な道ではない。
だが、大型馬車で壊れた橋の前に詰まるより早い。
昼過ぎ、確認隊は無事に戻った。
ミナは北門の近くで待っていた。待つなと言われていたはずなのに。
「どうだった?」
「通れます」
「でしょ!」
「ただし、枝払いとぬかるみ対策が必要です」
「それ、回収班でできるよ。板とか枝とか敷けばいいんでしょ」
レンは頷いた。
「できる。危険な場所は大人がやる。ミナたちは街の中で板を集めて」
「わかった」
セリアは地図を見ていた。
「この道を、正式な臨時補給路として使います」
ガルドが言う。
「名前はどうする」
「名前?」
「記録に必要だろう」
レンは少し考えた。
ミナが期待した顔でこちらを見ている。
「北水路補給路」
ミナの顔が曇った。
「地味」
「わかりやすい」
「ミナ道」
「正式記録には向きません」
「じゃあ、北水路ミナ補給路」
ガルドが吹き出した。
セリアも口元を押さえている。
レンは真剣に考えた。
「北水路臨時補給路。道案内記録、ミナ」
ミナは少し考えた。
「まあ、許す」
「ありがとうございます」
その日の夕方、補給路の整備が始まった。
回収班が板を集める。
倉庫人夫がぬかるみに敷く。
護衛が枝を払う。
職人が車輪の幅を確認する。
セリアは領主印つきの札を用意した。
臨時補給路。
無断通行禁止。
医療・救援物資優先。
道案内記録、ミナ。
ミナはその札を何度も読んだ。
「あたしの名前、ある」
「あります」
「消えない?」
「消えたら書き直します」
ミナは札をじっと見つめていた。
レンはその横顔を見ながら、思った。
補給路とは、道だけではない。
誰かの知っていることを、みんなが使える形にすること。
誰かの名前を、消えない場所に残すこと。
それもまた、届かせるために必要なことだった。
夜、南宿場から回収した薬箱がリンドホルムへ届いた。
湿った箱はすぐに開けられ、使える薬と捨てる薬に分けられる。
救援第二便の荷が、ようやく組める。
だが同時に、ラト村から戻った伝令が新たな報告を持ってきた。
「勇者アルヴィン様は、明朝まで待機との指示を受け入れました。ですが、村の周辺に魔物の斥候が出ています。長くは留まれません」
レンは板書に新しい線を引いた。
補給路、確保。
救援第二便、準備可能。
ラト村滞在限界、短縮。
次に必要なのは、物資だけではない。
通すための権限だった。
共同倉庫の入口で、馬車組合の使いが申し訳なさそうに頭を下げていた。
「明日、馬を出すなら……組合の代表とお話を、と」
ガルドが小さく舌打ちする。
権限は、紙一枚では足りない。




