第12話 旧倉庫街の荷車
補給隊を作るには、まず足がいる。
人がいても、物資があっても、運ぶものがなければ届かない。
その日の午後、レンたちは旧倉庫街へ戻った。
昨日は埃と廃材の山にしか見えなかった場所が、今日は少しだけ違って見えた。入り口には簡単な札が立てられている。
回収班作業場。
危険区域立入禁止。
荷札のない物は持ち出し禁止。
字は少し曲がっていた。ミナが書いたらしい。
本人は得意げに胸を張っている。
「どう?」
「読めます」
「褒め方が地味」
「大事なことです」
ミナはむっとしたが、少し嬉しそうだった。
旧倉庫街の中では、神殿の若者、倉庫人夫、職人たちが廃材を分けていた。燃料用、修理材、金具、布、縄、荷札。雑然としていた山に、少しずつ意味が戻っていく。
ガルドが周囲を見回して唸る。
「一日でよくここまで」
「みんな、名前入りの札が欲しいんだよ」
ミナが言った。
見ると、作業する子供や若者の首には小さな荷札が下がっている。誰がどの班か、何を担当しているかが書かれている。
レンはそれを見て、胸の奥が少し熱くなった。
記録されれば、いなかったことにはされない。
「レン」
箱職人の男が手を上げた。
「荷車を見るんだろ。こっちだ」
倉庫の奥には、壊れた荷車が七台並べられていた。
車輪がないもの。
軸が折れているもの。
荷台が腐っているもの。
見た目はどれもひどい。
だが、レンには違って見える。
荷車一号、修理済み、南宿場回収便に使用中。
荷車二号、修理可能、必要部品、車輪二、軸受け一。
荷車三号、修理可能、必要部品、横板三、釘十。
荷車四号、部品取り推奨。
荷車五号、軽量手押し化可能。
荷車六号、燃料材。
荷車七号、車輪再利用可能。
「二号と三号を直します」
レンは言った。
鍛冶屋が腕を組む。
「二号は軸受けがいる。鉄が足りん」
「四号から取れませんか」
「合わん。削ればいけるが時間がかかる」
「どれくらい」
「半日」
「必要です」
箱職人が三号の荷台を叩く。
「三号は板さえあればすぐだ。ただし重い樽は載せるな」
「医療物資と防寒具用にします」
「ならいける」
ガルドが言った。
「防寒具?」
「北方街道は夜が冷えます。遠征隊だけでなく、戻り便で負傷者を運ぶなら毛布が必要です」
「毛布は足りんぞ」
「神殿の古着倉庫にあります」
ミナが口を挟んだ。
「あるけど、穴あきばっかり」
「穴あきでも重ねれば使えます。清潔なものとそうでないものは分ける必要があります」
「また分ける」
ミナが笑う。
「この街、分けてばっかりだね」
「分けないと、届きません」
レンは荷車の車輪を見た。
補給隊に必要なのは、完璧な馬車ではない。
今、橋を渡れて、薬を濡らさず、戻りに人を乗せられる足だ。
「二号は飼葉と保存食。三号は医療物資と防寒具。手押し化できる五号は市内配送に回します」
ガルドが頷く。
「いいだろう。職人班、聞いたな」
鍛冶屋たちが返事をする。
そのとき、倉庫街の外から怒鳴り声が聞こえた。
「勝手に廃材を持ち出すな!」
振り向くと、倉庫組合の腕章をつけた男たちが数人、入口に立っていた。
先頭の男は太い眉を吊り上げている。
「ここは組合の管理地だ。孤児や神殿の者に荒らされては困る」
ミナが身を固くした。
ガルドが前へ出る。
「俺が許可した」
「ガルドさん、あなた共同倉庫長でしょう。旧倉庫街の廃材まで勝手に」
「廃材だろう」
「廃材でも組合資産です」
セリアはいない。
領主印の命令書も、今は別の伝令が持っている。
男たちはそれを見越して来たのだろう。
レンは一歩前に出た。
「持ち出していません」
男がレンを見る。
「誰だ、お前は」
「仮補給担当のレン・アスターです」
「聞いたことがない」
「昨日できたので」
ミナが小さく笑いかけ、すぐに口を押さえた。
男の顔が赤くなる。
「ふざけるな。ここにあるものは、組合が管理する」
「管理しているなら、台帳を見せてください」
「何?」
「この荷車七台、古樽四十二、魔石灯十二基、車輪五輪、未使用荷札束。組合資産なら台帳にあるはずです」
男は言葉に詰まった。
「古いものだ。記録は」
「ないんですね」
「記録がなくても、組合のものだ」
「記録がないなら、誰も使えません。使えないものを、街の危機で放置する理由にはなりません」
男たちがざわつく。
ガルドがレンの横に立った。
「俺の責任で記録を作っている。燃料材、修理材、部品取り、廃棄。全部札をつける」
「しかし、組合規則では」
「規則を守って食料を腐らせる気か」
ガルドの声は低かった。
男たちは怯む。
レンは静かに言った。
「組合の権利を奪うつもりはありません。むしろ記録を作れば、どれが組合資産か明確になります。使った分も残せる。修理した荷車は補給隊に貸し出し扱いにできます」
男の表情が少し変わった。
「貸し出し」
「はい。補給隊が戻したら、組合資産として稼働できます。今より価値が上がります」
ガルドがレンをちらりと見る。
セリアの命令ではなく、組合の利益に変える。
相手を黙らせるだけでは、後でまた詰まる。
「ただし」
レンは続けた。
「今は緊急です。二号と三号の修理は止めません。記録係を一人出してください。作業を見て、使った部品と貸し出し記録を残す。それなら組合の面子も立ちます」
男はしばらく黙っていた。
やがて、渋々頷く。
「……記録係を出す」
「ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはない」
男たちは不満そうに下がった。
ミナが小声で言う。
「すごい。怒鳴り返さなかった」
「怒鳴ると作業が止まる」
「でも、腹立たなかった?」
「立った」
「顔に出ないね」
「出すと面倒が増える」
ガルドが笑った。
「お前、案外商人向きだな」
「向いていません」
レンは即答した。
夕方までに、荷車二号と三号の修理は形になった。
二号には飼葉と保存食を積む。
三号には乾いた薬箱、清潔布、防寒具。
五号は手押し車として組み直され、ミナの回収班が市内配送に使うことになった。
旧倉庫街の隅には、燃料用の古樽がきれいに積まれている。煙道掃除の職人も手配された。
レンは三台の荷車を見た。
完璧ではない。
だが、昨日まで捨てられていたものが、明日には命を運ぶ。
ミナが自分の荷札を揺らして言った。
「ねえ、レン」
「何?」
「この荷車にも名前つける?」
「名前?」
「だって、直したんだから。二号とか三号じゃつまらない」
レンは考えた。
「名前をつけると、管理が混乱します」
「えー」
「でも、札はつけます」
レンは荷札を三枚取った。
医療物資。
飼葉・保存食。
市内回収。
ミナは少し不満そうだったが、やがて頷いた。
「まあ、わかりやすいからいいか」
ガルドが言う。
「補給隊らしくなってきたな」
レンは三台の荷車を見つめた。
補給隊。
その言葉は、まだ少し大きすぎる。
だが、必要な形は見え始めていた。
物資を運ぶ足。
記録する札。
直す職人。
道を知る人。
権限を持つ人。
一人では足りないものが、少しずつ集まっている。
その夜、南宿場へ向かった荷車から伝令が戻った。
「補給荷、確認しました! 薬箱は湿っていますが、中身は半分以上使えます。橋は人力なら渡せます。ただし、北方街道の本道は魔物の気配あり。別道を使う必要があります」
レンはミナを見た。
ミナは自分の胸を叩いた。
「別道なら、あたしの出番でしょ」




