弾道滑走(vs金瀬聡一)③
どんどんスピードは上がっていく。
拙い操作だが、神ケ谷さんがなんとかインコースを保持して走っている状況だった。
いつ落ちてもおかしくないし、抜かれてもおかしくない。
ギリギリで保っている優勢だ。
なのに、どうして…!!
「一体どういうことでしょうか!?神ケ谷選手、意味不明な減速に加え、コースをフラフラと蛇行運転しています!このままだと金瀬選手に追い抜かれそうですが…!?」
なんでそんなことを!?
まるで抜いてくださいとばかりに、神ケ谷さんは減加速を繰り返し、ただでさえカーブのきついコースを、横断するようにハンドルを回している。
金瀬を煽っているのか?
それにしても、抜かれる危険性があるならやらないほうがいい。
俺には神ケ谷さんの行動が、悪手だとしか思えなかった。
「スピードを緩めない度胸は認めるが、ハンドル捌きはお粗末だなあ、神ケ谷!?」
強気な言葉を発してはいるが、神ケ谷さんの不可解な行動に警戒しているのか、抜き去ろうとしない。
そりゃあそうだろう。
このサイバー・フロンティアであんな下手くそな操作をするなんて、わざとやってると思うに決まっている。
神ケ谷さんが無名のゲーマーだからこそ、単純に下手だという可能性に至れないのだ。
「うるさい、よ!」
そう言っているうちにも、ゴールが迫ってきている。
もう少しでもう終わってしまう、どうか、このまま神ケ谷さんが先頭を走って終わってくれ…!!
無意識に、拳を固く握り込んだ。
「さあ、最終コーナーに差し掛かります!金瀬選手は神ケ谷選手を抜き去ることができるのか!?」
実況の河原の声が、嫌に頭に響いた。
頼む、どうかこのままで…!!
「俺は最初から言ってるよな?徹底的に叩き潰すって…!」
「まあ、そうくるよね」
その言葉に、はっとして顔をあげた。
まさか、最終コーナーで、オーバーライドを発動させるつもりか!
いや、今までだって抜かそうと思えば抜かせたはずだ。
そうしなかったのは、神ケ谷さんを警戒するとともに、圧倒的な実力差で勝つことで、神ケ谷さんの精神を叩くためか!
「俺は二度と間違えねえ!お前を完膚なきまでに叩き潰して、ゲームなんて触れもしない体にしてやるよ!」
コーナーに入った瞬間、金瀬はオーバーライドを発動させた。
ああ、駄目だ、抜かれる!
現実とは非情なもので、神ケ谷さんの銀色の機体の内側を、金瀬の金色の機体が追い抜いていった。
一瞬の時間が、長く感じられる。
一瞬、神ケ谷さんの機体と掠ったように見えたような気がした。
「はは!口ほどにもねえ雑魚だったな。俺の勝ちだ!」
「本当にそうかな?」
「あ"?」
「…あっ、」
思わず口から音が出た。
金瀬は神ケ谷さんを追い抜いて、追い抜いた、その先には。
「ハザードゾーン!?」
コースの一番内側の際が、真っ青に輝いていた。
オーバーライドを発動させたまま、ハザードゾーンに突っ込むことになれば。
いくら金瀬といえども、スリップする機体を制御するのは難しい。
「だあっ、クソ、クソが!!」
「金瀬さん、あなたは勝ち方にこだわりすぎている」
必死にハンドルを回す金瀬に、神ケ谷さんはそう声をかけた。
「オレが下手くそな操作をしても、意地でも追い抜かなかったのは、最後の最後で抜き去ったほうが、完璧だからだろう?」
「あ"あ"ぁ!」
金瀬の金色の機体が、頭から、ゆっくりと暗闇に飲み込まれていく。
大きなモニターに、おどろおどろしくゲームオーバーの文字が浮かび上がった。
「クソ、なんでハザードゾーンがあるとわかったんだ!?俺が最後のコーナーで追い抜くとわかっていても、ハザードゾーンがなければお前は負けてたじゃねえか!」
「えっ、気が付かなかったの?」
金瀬は、固く握った拳を、自身の膝に叩きつけながらそう叫んだ。
それに、不思議そうに答える神ケ谷さん。
そうだ、神ケ谷さんが、物理的に金瀬の視界を防ぐことで、ハザードゾーンを隠していたのは理解できるが、最終コーナーにそれがあると確信できた理由はなんだ?
「ハザードゾーンがある場所には規則性があった」
「規則性?」
「右のカーブの場合は外側の端っこ、真っすぐのコースでは真ん中、左のカーブでは内側の端って具合にね」
「んなもん、オレが気が付かないはずが…」
「だって、見えてなかったでしょ?」
神ケ谷さんが、あの、いびつにゆがんだ笑みを浮かべる。
口元だけが笑っていて、機械的に目を細めているだけのような、笑みを。
「序盤はちゃんとコースを見ていたかもしれないけど、中盤からオレが視界を塞いだから、規則性という可能性を考えられていたとしても、それを実証はできなかったはずだよ」
「お前まさか、あの下手くそな操作もわざとか!」
「そう。金瀬さんの視界をふさいで、ハザードゾーンの存在を忘れさせた。左カーブの時しか、青色が見えなかったでしょ?」
まさか、純粋なテクニックで金瀬さんを翻弄していたとは。
確かに、機体で視界をふさいでハザードゾーンを金瀬に見せないことはできるが、何よりも、後ろからの見え方も意識しなければならない、その戦術をとる度胸がすごい。
そうだ、忘れかけていたけれど、技術が未熟なだけで、肝は据わりに据わっている人だった。
「金瀬さん、試合中オレのことばっかり考えてて、分かり易すぎだよ。完璧なプレイのためにちょっと道を塞げば、そのまま落っこちちゃうんだから」
そう笑う神ケ谷さんとは対照的に、愕然と、声も発せない金瀬。
彼にとっては初めての敗北だろうから、その衝撃は俺には考えられないほどだろう。
「まあ、楽しかったよ!二度はないけど」
静岡が、神ケ谷さんを化け物と評した理由が、少しわかった気がした。




