特訓仲間
第一戦目を無事勝利で飾り、しばらくの休息が訪れた。
「いやー、休みになるとそれはそれで暇だね。次の試合いつだっけ?」
「ええと…、明後日ですね。いや、でも休日だからこそ特訓しておかないと。また金瀬みたいなプロゲーマーに当たる可能性もあるわけですし」
「確かにね」
運が悪かったよね〜、と頬杖をつく神ケ谷さんには悪いが、これはすべて俺が引き起こしたものだった。
出過ぎた真似をしなければ、片岡事務次官にも目をつけられることはなかったかもしれない。
まあ、ゲー振省に所属している時点で、排除対象からは逃れられなかったかもしれないけれど。
とにかく、俺と神ケ谷さんは、このサイバー・フロンティアを勝ち続ける必要があるのだ。
ただ勝ち残るのではだめだ。
それこそ完膚なきまでに優勝して、ゲームの価値を示し、神ケ谷さんの権威を高めておかなければならない。
そうすれば、いくら片岡事務次官とはいえ、神ケ谷さんを簡単に潰すことはできなくなる。
そこまで考えてから、深くため息を吐いた。
「大丈夫?紅茶もっと飲む?」
「いえ、…いや、ありがたく頂きます」
「わかった!じゃあ淹れ直してくるから待っててね」
パタパタと足音を立てながら、キッチンの方へ消えていく神ケ谷さん。
これからどうするかのプランははっきりとはないけれど、静岡が言うような、神ケ谷さんの異常性を使えば、どうにかなる気もしていた。
特筆すべきは、相手への理解だ。
本人すらも気が付いていないような、思考の癖までを理解し、その穴を突いた戦法を取ることができれば。
両手を、祈るように強く握る。
それができれば、人間相手には最強だった。
どんなゲームでも、手を動かすのは人間で、その人間を動かすのは思考だ。
思考をトレースして相手の行動を正確に読むことができるなら、これ以上のチートはない。
後出しじゃんけんをしているようなもので、必ず勝つ手を出すことができる。
まあ、問題は、思考を理解してもそれに対応するだけの、ゲームのテクニックがあるかどうか、ってところだな。
多少マシになったとはいえ、神ケ谷さんはゲームが下手だし。
昨日の弾道滑走で、勝手にコースから落っこちなかっただけ、大きな進歩だ。
前は落ちることしかできていなかった。
「おまたせ!ティーカップ新しいの持ってきたよ」
「ありがとうございます」
コポポ…と、小気味よい音が鼓膜を刺激して、いい香りが辺りに広がった。
これは、苺だろうか?
苺と、花のような香りが鼻をかすめる。
「松島さん、苺好きでしょ?だから、新しい苺のフレーバー買ってみたんだ」
「それは…嬉しいです、ありがとうございます」
「喜んでもらえたならよかったよ」
微笑む神ケ谷さんに、場違いにも、少しの恐怖を覚える。
俺は、苺が好きだなんてひと言も言っていないし、この人も前で苺を好んで食べたこともない。
なのになぜ、なんて質問は、あまりにも野暮すぎるだろう。
神ケ谷純だから、で事足りてしまう。
「では、いただきますね」
神ケ谷さんが手ずからに注いでくれた紅茶を、口へと近づける。
と、その瞬間、ピンポーンという音がした。
「あれ、宅急便かな?」
「私が見てきますよ」
紅茶まで淹れてもらったのだから、これ以上雑務をしてもらうわけには行かない。
仕事的にも、俺的にも。
神ケ谷さんのお世話をすることも業務のひとつなのだし。
そう思いながら、真っ黒な画面に今行きます、と声をかけてから扉を開けた。
そこには、男が立っていた。
「金瀬?」
「あ?ああ、お前神ケ谷の担当職員か。神ケ谷いるか?」
俺をチラと見てから、リビングの方へ首を伸ばす。
いや、なんでこいつがここにいる?
まさか、負けた腹いせに何か危害を加えに来たのか?
そもそも、なぜここが神ケ谷さんの自宅だと知っている…!?
「神ケ谷さんに会って何をするつもりだ?金瀬聡一」
「んなおっかない顔するなよ、あー、お前名前なに?」
「話を逸らすな。なぜここに神ケ谷さんがいると知っているんだ!?」
「いや、だから、別に神ケ谷をどうこうとかしねえって」
「おまえ―」
俺の質問に答えようとしない金瀬に苛立って、大声を出そうとしたその時。
「あれ、なにかと思えば金瀬さんじゃん」
「おっ、神ケ谷。久しぶり、か?」
神ケ谷さんの、場違いな柔らかい声が響く。
金瀬はそれに、まるで気のおけない友達のように、左手を軽く上げて応えた。
「まあいいや。それより、こいつどうにかしてくれよ」
「こんな急に来て、勘違いされるのは当たり前だろ」
俺は状況についていけず、神ケ谷さんを見やる。
すると、苦笑しながらこう口にした。
「昨日の夜、金瀬さんの担当職員から連絡が来て、連絡先交換したんだ。いつか家行くって言ってたけど、昨日の今日とは思わなくて。あと単純に、松島さんに言うの忘れてた」
「ああ、そういうことですか…」
ごめんね?と首をかしげる神ケ谷さん。
なんだ、思い違いだったのかと内心胸をなで下ろした。
心臓に悪いので、今後はちゃんと報連相してほしい。
「そういうことで、遊びに来たんだよ」
「二度はないって、オレ言わなかったっけ?連絡もなしに上がり込むなんて、非常識だよ」
「ハッ、んなもん俺が知るかよ。なんとか時間が空いたから、わざわざ来てやったんだぞ。連絡はさっきした」
「さっきって、十分前じゃん」
「それでも、連絡は連絡だろ」
「せめて前日に言ってよ…」
スマホを確認してそう嘆く神ケ谷さん。
どうやら、厄介な奴に好かれてしまったらしい。
「弾道滑走の時も思ってたけどよ、おまえゲーム下手だろ」
「なんでそう思ったの?」
ドキッと鼓動が速くなる。
一度戦ったからといって、二度目がないわけじゃないのだ。
金瀬ほどのゲーマーに知られてしまったら、それはだいぶな劣勢を敷いられることになる。
イグレットに所属する、ほかの選手にも伝えられてしまうかもしれないし。
「俺はあのゲームの最適解をずっと出し続けてたけど、お前はそうしなかった。一瞬の穴を突くという理由があったとはいえ、ライン取りも甘々だったしな。そんぐらい流石にわかるわ。プロゲーマー舐めんじゃねえよ」
「すごい、俺のことよく見てるね」
鼻を鳴らして自慢げな金瀬に、神ケ谷さんはそう嬉しそうに答える。
ゲームを通して分かり合うことが、この人の目的だから、自分をある程度分析してくれた金瀬の態度が喜ばしいのだろう。
それはそうと、じゃあ金瀬はなぜここに?
「で、俺は負けて、ゲームポイント20ポイント分、と信頼やら好感度やらを失ったわけだ」
肩をすくめながらそういう金瀬。
「俺を負かした相手が、ほかの奴らに負けるなんて許せねえ。それじゃあ俺が、そいつよりも弱かったってことになるじゃねえか。せめてお前を全勝させないと、腹の虫が治まらねえよ」
確かに、無敗のプロゲーマーだった金瀬にとっては、それは屈辱以外の何物でもないだろう。
「それに、やっと俺と対等にプレイできるやつが現れたんだ。逃しやしねえよ」
そっちの方が本音じゃないか?
金瀬は、神ケ谷さんの肩を両手でガッチリと掴みながら、そう言って微笑んだ。
「お、お手柔らかにお願いします…?」
神ケ谷さんも、珍しくその気迫に押され気味だ。
そんなわけで、特訓仲間を手に入れることになったのだった。




