弾道滑走(vs金瀬聡一)②
「さあ、始まりました弾道滑走!両者思いっきりスタートを切りました!」
観客の声が、あたりに響く。
その殆どは金瀬を応援する声だ。
神ケ谷さんと金瀬が操作する機体の頭上には、相手との距離やスピードが表記されていて、俺たち観客にも見えるようになっている。
その機体が走るのは、真夜中の高速道路だが、横にガードレールなどの遮蔽物が一切ない。
明かりも少なく、ちょっとでも操作を間違えたら、地上へと真っ逆さまだろう。
「おっと、金瀬選手がインコースを取りました!神ケ谷選手は後れを取る形です!」
「ハッ、どんだけ上手えかと思ったら、とんだ雑魚じゃねえか!」
金瀬は、オーバーライドを駆使して、あり得ないほどのスピードで道路を走り抜く。
見た目からして、勢いだけでゲームをプレイしているのかと思ったが、意外と理知的だ。
オーバーライドを使うタイミングも完璧で、少しのブレも見られない。
一瞬でもタイミングをミスったら、コーナーを曲がりきれずに追突するというのに、もう何回もこなして、神ケ谷さんを突き放している。
「一方の神ケ谷選手!金瀬選手に追いつこうとしていますが、何か考えがあるのでしょうか?オーバーライドはまだ使用していません!」
「うーん、けっこう難しい、かも!」
神ケ谷さんは、フラフラと頼りなさげにコーナーを回り、そのラインもガタガタだ。
お世辞にも、上手いなんて言えやしない。
金瀬にどんどん距離を取られるばかりだった。
「どんどん距離が空いていきます!話になりません! 圧倒的な実力差!」
河原の言うとおりだ。
やはり、プロゲーマーの看板は伊達じゃない。
金瀬は、ずっと最適解を導き出し続けている。
コーナーのライン取り、オーバーライドを使うタイミング、ハンドル捌き。
そのすべてが完璧で、一級品だ。
「これでわかっただろ!ただの素人がプロに楯突こうなんて、無謀もいいところなんだよ!」
「なんで?勝負は、最後までやってみないと分からない、よ!」
コースが直線に差し込むと、神ケ谷さんが連続でオーバーライドを発動させる。
ブーストゾーンの効果も相まって、どんどん距離を詰めていった。
やった、もう少しで追いつく!
「行かせるかよ!」
そう言って、右カーブから左カーブに変わるコースを、金瀬が右から左に横切るようにして、神ケ谷さんの進行を妨害した。
ぶつかりそうで、見ているこっちがヒヤヒヤする。
このままクラッシュした場合、ゴールに近い金瀬の勝利になってしまうが。
「あっぶないなぁ!」
神ケ谷さんは、それを、わざと左側にはいることでギリギリ避けた。
一瞬タイヤが外に出たけど、すぐにコースに戻っていく。
心臓に悪いことをする。
少しでもハンドルを切りすぎていたら、そのまま落っこちてゲームオーバーだった。
しかし、ケガの功名。
そのままインコースを勝ち取り、金瀬の前に出る。
このゲームの性質上、一度インコースを取られてしまえば、なかなか相手の機体を抜かすことはできない。
トップスピードはどちらも同じだからだ。
これは金瀬にも言えることだった。
「クソ、早くどけよ雑魚が!」
「どくわけないだろ!」
暴言を吐きながら、金瀬は機体が触れ合うギリギリを攻めていく。
こういうところのテクニックは、さすがはプロだと素直に感嘆する。
このまま行ければ、神ケ谷さんが勝つ…!!
何事もなく終われと願うばかりだった。
「金瀬さん、さっきわざわざオレとぶつかろうとしなくても、金瀬さんの技術なら、そのまま行けたよね?」
「はぁ?いきなり何の話だよ!」
「単純に、疑問に思っただけだよ。どうしてそこまでして、オレを潰そうとするのかなって」
神ケ谷さんがそう言うと、金瀬はいびつに口元を歪めた。
思わず、寒気が走る。
それほど邪悪な笑みだった。
「なんでってそりゃ、俺が天才だからだよ」
「天才?」
「天才は、凡才をひねり潰さないといけねえ。もう二度と立ち上がれないぐらいに、完璧にな」
金瀬は、そう、言葉を続ける。
「ヒーローは、よく悪役を殴って終わりにするが、俺はそうしない。殴って、蹴って、濡らして、燃やして、心も体もボロボロにして、自ら負けを選ぶように誘導する」
「性格悪いね」
「ハッ、どうとでも言えよ!俺は天才だから、お前を完膚なきまでに叩きのめす義務がある!」
ブオォーン、と機体が煙を吐く音がする。
二人ともブーストゾーンに入って、オーバーライドも使うから、どんどん速度は上がっていく。
当たり前だけど、速度が上がるほど、機体の制御は難しくなる。
単に、一秒で進む距離が桁違いだし、それによって、ハンドルのわずかなブレが、機体に大きく影響するのだ。
「天才だから、凡人を潰すべきだって?いったい何でそんな考えになっちゃったのかな!?」
「天才のおこぼれをもらおうと、近づいてくるクズばかりだからだよ!」
どれだけスピードが増しても、二人は口を止めなかった。
いや、おかしくないか?
質問されているからとはいえ、答えてやる義理はない。
しかも、こんなプライベートな考えを、思考を、信念を、こんなに観客のいるところで話すなんて、公の場で活躍するプロゲーマーらしくない。
神ケ谷さんが、何かしているのか?
「どいつもこいつも、やるのは、やったのは俺だっていうのに、煽てて、囃し立てて、果ては自分の能力を棚に上げて俺を貶す!負けた奴ってのは、みんなそうだ!才能がない、そんなことを言うような奴に価値はねえ!」
「だから潰すの?言葉が出ないほど、完璧に」
「俺はやっと気づいたんだ。口を縫いつけてしまえば、そいつらはもう、馬鹿な言葉すら吐けないってな!」
▲
俺は、いつでも天才で、悪者だった。
「おい、聡一!俺たちゲームするから、お前はそこで見てろよな」
「は?俺だってやりてえんだけど」
眉間にしわを寄せながらそう言っても、そいつらは苦笑いを浮かべるだけだ。
「だって、お前強すぎるもん。ボコボコにされるゲームなんて、楽しくねぇよ!」
「そうそう、手加減してくれるならいいけど、聡一、絶対しないじゃん」
「それは、ゲームするなら全力でやるもんだろ」
「だから一緒にやれないって言ってんの!」
今思えば、仲間に入れてくれたのは、あいつらなりの慈悲だったのかもしれない。
本当に嫌いだったら、無視したり、いじめたりするからな。
少なくとも俺は嫌われてはいなかったけど、ことゲームとなると、話は別だった。
「そうだ、みんなでやれば、聡一ボコれるんじゃね?」
「おっ!いいな!じゃあ五対一?ヨユーっしょ」
ただ人数が増えたからといって、俺は弱くならなかった。
当たり前だ。
ヒーローだって、敵が増えても必ず勝つ。
圧倒的な才能の前には、多勢に無勢もいいところだった。
「嘘だろ、これでも負けんのかよ」
「もう聡一とゲームはやんねー!」
ゲームというものは、人と人をつなぐものらしい。
テレビで流れるCMで、誰かがそう言っていた気がする。
大人数でできる戦闘ゲームは、俺にとって憧れだった。
いつか、これを一緒にプレイできるやつが現れれば、俺の状況も変わるはずなんだ。
そう信じていた。
「金瀬くん、ゲーム上手いの?」
そわそわと、周りを気にしながらあいつにそう問いかけられたとき、ついに来た、と思った。
「僕もね、ゲーム上手いんだ。だからみんな一緒にやってくれなくて…。ね、よかったら一緒にゲームしない?」
その言葉に食いかかるように、深く頷いた。
やっと、やっと終わる。
俺と同じ天才が現れたんだ!
心臓はうるさいぐらいにはね散らかして、外の寒さを感じないほど、体は熱くなっていた。
「ここが、僕の家だよ。どのゲームにする?」
俺は、少し前に出た、アバターを操作する対戦ゲームの名前を言った。
有名なものだからこいつも持っていると思ったし、なによりずっと憧れていたものだった。
機械と戦うのにも飽き飽きしていたし、生身の誰かとプレイしてみたかった。
それなのに。
「ひどいよ!こんなに強いわけがない!何かずるしたんだろ、言えよ!」
涙で顔をグシャグシャにしながら、頬を殴られる。
拳にはほとんど力が入っていなかったから、頬は全然傷まなかったけど、心臓がずっと痛かった。
無性に喉が渇いて、皮膚がビリビリ痺れている。
「なあ、言えって!チートしたんだろ!せっかく遊べると思ったのに!」
うわあぁ、と泣き崩れるそいつを、ただ黙って見下ろすことしかできなかった。
そんな失敗を経て、俺は学んだのだ。
ゲームの天才は俺だけで、他のやつは凡才だ。
そして凡才は、天才に負けると仲間はずれにしたり、泣いたり、暴言を吐いたりするのだと。
そんな光景を見るのにはもう飽きてしまったから、涙も出ないほど、相手のプライドをへし折って、完璧に勝つようにした。
わざわざしなくてもいい行動をして、相手の精神を攻撃する。
ゲームをしているのはしょせん人間なわけだから、そいつが動けなくなれば、ゲームの内容にかかわらず、俺の勝ちなのだ。
それからは完璧だった!
ゲームの天才だったから、イグレットからも声がかかって富と名声を手に入れたし、勘違いしている凡才を叩き潰す機会も、格段に増えた。
すべては、俺が天才だからだ。
だから、今日も例外なく、目の前のこいつを叩き潰す。
ゲームなんて、二度とプレイできなくなるほど、完璧に。




