弾道滑走(vs金瀬聡一)①
「神ケ谷さん、サイバー・フロンティア初戦の申請書が正式に受理されました」
「やっとか!長かったね〜」
俺の言葉を受けて、ソファーに寝転ぶ神ケ谷さん。
ゲーマーとはいえ、ゲーム漬けのこの三週間が苦痛だったのかもしれない。
特訓として、色々とやったし。
まあ、そのおかげである程度勝てるようにはなったが…俺には、静岡が言っていたような化け物には見えなかった。
勝てるようになったと言ってもほぼ五分五分だし、本当に勝てるのか?
俺たちに他局が賭けているという事実が信じられない。
大丈夫だろうか。
「それで?一体どんなゲームで戦うの?」
「えっと、そういう情報は当日にならないと公開されないんです。公平性を保つため、だそうで」
「ネタバレは無しってわけだね。オレもそっちの方が楽しいからちょうどいい」
神ケ谷さんに、ゲー振省の内政については何も告げていない。
単純にゲームをする上での足かせになると思ったからってのもあるし、知ってしまったら巻き込まざるを得ないからだ。
知らないことが、身を守ることもある。
俺が片岡事務次官に目をつけられているのが事実だとしたら、きっとこの試合も、神ケ谷さんがボロ負けするように調整されてる。
片岡事務次官にとっての敵は俺だけで、神ケ谷さんは巻き込まれた被害者、という立場ていてもらわなければならない。
火種が飛ぶだけで留まればいいが、そこからさらに燃え広がってしまっては目も当てられないのだから。
「そんなわけで、明日、直接迎えに上がります」
「うん、ありがとう。楽しみに待ってるね」
変な緊張とかはないみたいで、少し安心する。
胆力があるのはいいことだ。
俺が申請したとおりに試合が組まれているといいけど…。
そう思いながら紅茶を口にした。
■
「おっ、来たな。おはよう、松島」
「静岡!?え、お前なんで…」
「ちょっとした情報を伝えに来たんだよ。あいにく、悪いニュースしかねぇけどな」
国から貸与された車で神ケ谷さんを迎えに行き、現場に到着すると、裏方であるはずの静岡がいた。
神ケ谷さんには控室で待機してもらって、慌ただしい現場の隅っこでひっそりと言葉を交わす。
「まあ、予想はしてると思うが、お前の思ったとおりになった」
「対戦相手の変更か」
「ん、そう。それもとびっきりタチ悪いやつだとよ」
目を細めながら、そう口にする。
タチが悪い、とは。
「ほら、メディアとかスポンサー、観戦者の対応する広報戦略局ってあるだろ?そこのお抱えのトップゲーマー出してきやがった」
「まさか、イグレットとかか?」
「そのまさか、だよ。イグレットがスポンサーだから、その一環で、ある程度の人数参加するってのは知ってたけど、上は初戦から神ケ谷純を潰すつもりだぜ」
イグレットとは、民間で最大手のプロゲーマー事務所だ。
アクションゲームからリズムゲームまで幅広く、厚い選手層を持っている。
当然、サイバー・フロンティアにも参加するとは思っていたけれど、まさかこんなにも早く相対することになるとは。
「やっぱ、民間での最大出資者ってのがデカいな。片岡事務次官と、イグレットの上層部が繋がってるとしか思えねぇ対応だけど」
「イグレット側にメリットあるのか?それ。片岡事務次官はゲーム抑制派だろ」
「どうせ、市場の独占権が〜とか何とか言ってんだろ。単純に金渡してるのかもしんねぇしな」
「国の重鎮として、図れる便宜は幾らでもあるか…」
「そういうことだわな」
頭をかきながら、静岡はそう言った。
「だからまあ、頑張れよ!!」
「頑張れって…」
ニカッと、笑いながらそう言う静岡に、苦笑いで返す。
頑張ってどうにかなるものだろうか。
「だってよ、それ以外言えねぇだろーが。八百長するわけにもいかねぇし、当然それは技術保安局に見張られてる」
「味方なんじゃなかったのか?」
「それとこれとは別問題だろ。あくまで俺たちはお前らに賭けてるだけで、ゲーム自体は公平に、だ」
「そういうもんか」
国を背負ってるんだ。
ぬるい仕事はできないのだろう。
だから、味方してるんじゃなくて、賭けているんだ。
他局を頼って、チート行為みたいなのは無理だな。
わかっていたけれど、神ケ谷さんのスペックだけで戦わないといけない。
厳しいところだ。
「お、そろそろ始まるぜ。俺も関わったゲームだから、結構楽しめると思うよ」
「そりゃ良いな。神ケ谷さんも、きっと喜ぶ」
じゃあな、と手を振って、静岡とは別れた。
ここからが正念場だ。
▲
「それでは、選手紹介と参りましょう。大手プロゲーマー事務所イグレット所属、金瀬聡一選手と無所属の神ケ谷純選手です!」
司会の掛け声とともに、二人の選手が壇上に上がる。
担当職員の俺がついていけるのはここまでだ。
裾からそっと、神ケ谷さんを見やる。
相手の選手…金瀬聡一は、髪を茶色に染めた、いかにも今風の若者、という風貌だった。
左耳のいかついピアスが、スポッもライトに照らされていやらしく光っている。
ギラついた、金瀬の心を表しているようだった。
「おいおい、この俺の相手はどんな奴かと思ったら、無名のゲーマーだって?神ケ谷純なんて名前、聞いたこともみたこともねえぞ?」
「はじめまして!オレは神ケ谷純。金瀬さん、今日はよろしくね」
「は?よろしくする道理なんてねえよ。なあ、そうだろ!?」
神ケ谷さんは右手を出して、握手しようとするが、金瀬はそれを無視して観覧席にそう問いかける。
それに返事をするように、ワアァッと大きな歓声が響いた。
当たり前だが、相手は有名プロゲーマー。
観客のほとんど…いや、ほぼ100%は金瀬が勝つところを見に来ている。
完全に、相手のフィールドだ。
「えー、挨拶も済んだようなので、ゲームのルール紹介へと移ります。司会は私、広報戦略局の河原勝也が務めますので、どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って、司会の河原は軽く頭を下げた。
俺も少し仕事を手伝ったから、面識はある。
スポンサーのご機嫌取りからゲームの進行まで、ご苦労なことだ。
▲
「今回挑んでいただくゲームは、名付けて弾道滑走!要はレーシングゲームです。このレーシングカーを模した機体に乗って、相手より早くゴールした選手が勝ちとなります」
「コースは崖沿いや高架上を走るコースで、ガードレールが存在しない危険ゾーンも多く存在しています。また、コース上には、機体が加速するブーストゾーンと、滑りやすくて視界不良のハザードゾーンが複雑に配置されています。ブーストゾーンは赤色、ハザードゾーンは青色に光っていますので、足元をよくご覧ください」
「ただのレーシングゲーム?と思った方、ご安心ください。駆け引きに必要な、いくつかの要素ももちろん用意しておりますよ」
「まず一つ目は、オーバーライドシステムです。車両には通常速度を超えて加速できるブースト機能があります。ブーストを使えば圧倒的な速度が出ますが、使用中はハンドルの曲がりやすさが急激に低下し、ブレーキの効きも悪くなリます。使用可能回数に制限はありませんが、コンマ一秒でも判断が遅れると、曲がりきれずに崖下へ転落してしまいますのでご注意ください」
「そして二つ目は、スリップストリームシステムです。相手の後ろにピタリとつくと速度が上がります。ただし、前を走るマシンがラインを塞ぐと、後続車は前が見えない状態で運転することになるので、それも踏まえて運転してくださいね!」
「コースの幅は、基本2台が隣り合える程度ですが、1台しか通れない部分もございますので、前を見て、安全運転でお願いします」
「それでは、ルールを把握したところで、早速試合と参りましょう!」
▲
神ケ谷さんと金瀬が、機体へと乗り込んでいく。
レーシングゲームも練習したけれど、プロ相手に、一体どこまで通用するだろうか。
正面の、巨大なモニターに、弾道滑走という文字が浮かび上がる。
続いてデフォルメされた神ケ谷さんと金瀬が、色違いの車に乗っている姿が映る。
神ケ谷さんが銀色で、金瀬が金色の機体だ。
選手たちが実際に乗っている機体と同じ色だった。
「それではみなさん、準備はいいですね!?」
河原の言葉を受けて、モニターがカウントダウンを始める。
「記念すべきサイバー・フロンティア初戦、開戦です!!」
ビーー!!とけたたましく笛がなり、旗が振り下ろされる。
二人とも、一斉に走り出す。
さあ、ここからどうなるのか。
俺は、見ていることしかできなかった。




