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思惑

朝から夕方までは他局の雑用係として働き、その後神ケ谷さんの家で特訓と称して、ひたすらゲーム漬けになる日々を送った。

気づけば、サイバー・フロンティア開催まで残り1週間を切っている。

さすがにこの期間ともなると、それぞれの局は部外者を関わらせることができなくなったのか、仕事を振られることも格段に少なくなった。


「ずいぶん頑張ってるみたいだね、松島くん。他局の局長が喜んでたよ」

「役に立てたなら良かったです。あ、ありがとうございます」


新井室長が、缶コーヒーを手渡しながらそうねぎらってくれた。

廊下にある自販機で買ってきたのだろうか。

まだ温かく、プルタブを空けてのどに流し込むと、体がじんわり熱くなった。


「それにしても、私以外の職員たちはまだ見えないんですか?挨拶するどころか、見かけたこともないんですけど…」

「いるにはいるよ。でも、彼らは担当のゲーマーたちに掛り切りなのさ」


俺に渡したのと同じコーヒーを空けながら、新井室長はそう口にした。


「正式には発表されてないけどね、なんでも、サイバー・フロンティアで優秀な成績を収めたゲーマーの担当職員には、良いことが起こるらしい」

「良いこと、ですか?」

「詳しいことは、私にも分からないけどね」


意味深な笑みを浮かべる新井室長。

それにつられるように、俺も微笑んでみるけれど、頬が引きつった。

再びコーヒーに口を付ける。

良いことって一体なんだろうか。

お金か、権力か、新しいポジションか…。

なんとなく思いつくのはそんなところだけれど、新井室長ほどの立場ですら知らされていないというのだから、相当だ。


「まあ、何にせよ大会が成功すれば、の話だよ。片岡事務次官はゲーム自体がお嫌いだからね」

「えっ、そうなんですか!?」


ゲー振省の実質的なトップなのに?

上がゲームに対して否定的って言うんなら、サイバー・フロンティアに対しても否定的な立場だろう。


「あまり大きな声じゃ言えないけどね。サイバー・フロンティアが失敗すれば、ここに注がれている予算や人員をほかの政策に回すことができるから、そうなって欲しいんだろう」

「現場のトップなのに、片岡事務次官が一度も見えないのはそういう訳でしたか…」

「うん、そういうこと。私が言うのもなんだけれど、頭が古いよね」


アハハ、と笑いながらそう発する新井室長。

自分の室の職員であるとはいえ、一介のヒラ職員である俺にこんなにぶっちゃけてもいいのだろうか。

話している本人は楽しそうだが、片岡事務次官がそういう立場なら、チクチク地味な嫌がらせをされているだろうに、いやに明るい。

しかも、他の局とは違った、特殊なポジションだから、余計に反感を買っていそうだ。

藤本大臣からの期待も大きそうだし、片岡事務次官としては、ぽっと出の新井室長が特別扱いされているように映っているのだろう。

立場としては片岡事務次官の方が上だが、藤本大臣からの期待値は新井室長のほうが高いと勘ぐっているのかもしれない。


「片岡事務次官とはちょっと関係が良くないけれど、他局とは良好な関係だから、省内政治とかは特に気にしなくていいよ。それもあって、他の局の手伝いをしに行ってたんでしょ?」

「まあ、こちらの政治的な思惑で、神ケ谷さんの邪魔をしたくなかったのも事実です」

「素直じゃないね」


若いなぁ、と朗らかに笑う新井室長から目をそらして、そう返事をした。

神ケ谷さんのためってのも確かにあるけれど、基本は俺のためだ。

他の局との繋がりをつくっておきたかったし、他の局や、この電脳者補佐室同士を繋ぐパイプ役として、立場を確立しておきたかったのだ。

結局は自己保身、そんなに褒められるようなものじゃあない。

実際、他局の顔見知りも作れたことだし、新井室長の言うように、局長にも認知されているなら万々歳だ。

俺の思惑通り進んでくれているのだと、安心する。

それに、ゲーム対してただでさえ解像度の低い俺だ。

少しでもゲームというものに関わって、知見を深めておきたかった。

こんなゲームがあるなんて知らなかった、では、神ケ谷さんの専属職員は務まらないだろう。

誤用の方の役不足になりかねない。


「でもまあ、行動するのもほどほどにしておきなよ」


新井室長が、飲みきった缶コーヒーを手で弄びながらそう言った。

何か問題があっただろうか。


「松島くんは知らなかったから仕方がないけれど、片岡事務次官に目を付けられ始めている」

「えっ」

「サイバー・フロンティアを失敗させるには、省内政治でぐちゃぐちゃにして、大会どころじゃなくさせるのが一番だからね。期せずとも、松島くんの行動はそれを未然に防いだってことだから。片岡事務次官にとっては、邪魔な存在になっちゃったってわけ」

「そんな…」


神ケ谷さんの邪魔をしないように努めていたら、新井室長よりさらに立場が上の人間に目をつけられることになってしまった。

なんてことだ。

大会の指揮を執る人が、大会をぶち壊そうとしていると予想できなかったことは、さすがに咎めることはできないが。

だって、そんなことがあり得るとは、普通思わないだろう!?

国としても大きな損失になるし、その責任者である藤本大臣は最悪辞任に追い込まれかねない。

まさか、それが片岡事務次官の狙いなのか?

考えすぎだ、と棄却するにはあまりに現実味のある予想だった。

そうであって欲しくはないが、聞いている限り、可能性が高くて無視できない。

嫌だな、これ…。


「まっ、頑張ってね。私も、室長としてできるだけサポートするから」

「ありがとうございます、本当に」


新井室長の言葉に、深く頭を下げる。

政治的な争いで潰されるなんてごめんだ。

俺は俺で、せっかく作った顔見知りたちを精一杯利用させてもらおう。

自分の未来が一番大事だ。


▲


「ねぇ、もう疲れたよ」

「頑張ってください!神ケ谷さんが勝ったら終わりですから」

「前提からしてもう無理だよ…」

「無理じゃないです」


うなだれる神ケ谷さんを励ましながら、カードを手に取る。

今日はトランプを使ったゲームの特訓だ。

ババ抜き、七並べ、スピード、ポーカー…。

神ケ谷さんが一勝するまで、の条件付きで何個かのゲームをやっているが、それでもだいぶ時間がかかってしまう。

これでも、2週間前と比べれば大きな進歩だ。

前は俺に勝つことすらできなかったし。

三十分ほど経ってやっと、神ケ谷さんの勝ちとなった。


「終わった〜!!」

「お疲れさまでした。前よりも格段に上手くなってますよ!」

「そりゃ、こんだけやればね…」


疲れ切った様子で、テーブルに突っ伏す神ケ谷さん。

今日はこれで終わりだから、最後に紅茶でも淹れよう。

神ケ谷さんは紅茶がお好きなようで、いろんなブランドの茶葉が、キッチンの収納にズラッと並んでいる。

さすがに三週間も経つと、どれがどういう紅茶で、どんなふうに淹れれば美味しいのかがわかるようになってきた。

お湯を沸かしている間に、茶葉をティーポットに入れる。

熱湯を注ぐと、香りが立って気分も良くなった。

これなら、神ケ谷さんも満足してくれるだろう。


「ありがと」

「いえ、大丈夫ですよ」


ティーカップに飴色の液体を注ぎ、テーブルへと運ぶ。

神ケ谷さんと向き合うようにソファーに座って、紅茶に口をつけた。

美味しそうに紅茶を飲む神ケ谷さんを見ていると、ふと、ある疑問が思い浮かんだ。


「そういえば、なんで神ケ谷さんは私を選んだんですか?それも、専属職員として」

「もっと早く聞かれるかと思ってたよ。結構遅かったね」

「まあ、決定事項でしたし、私も忙しかったので。すみません…?」


なぜかちょっと責められた気分になって、反射的に謝罪の言葉を口にする。

そんなに聞いてほしかったのだろうか、神ケ谷さんにしては言葉にトゲがある。


「理由、理由ねぇ。強いて言うならなんとなくかな」

「はぁ、なんとなく、ですか」


俺に聞いて欲しそうだった割には、ふわっとした理由だ。

なんとなくって。


「もちろん、いい意味でだよ?直感って言えばいいのかな…。松島さんなら、オレのことを理解してくれるかもって思ったんだ」

「それは…どうも、ありがとうございます」


理解してくれるかもって、まるで今まで誰にも理解してもらえなかったみたいな言い草だ。

神ケ谷さんは、そんなに難解な人間だとも思えないけれど。


「そうなったら、オレは幸せだな」


恍惚とした表情で微笑むその妖艶さに、思わず息を呑んだ。

この人は美しい。

普段のゆるい様子で忘れていたが、儚げな魅力のある人だった。

そんな神ケ谷さんが、理解されたら幸せだなんて言葉を口にするから。

俺も、あなたを理解したいと思った。


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