特訓
ヤバイ奴って、具体的にどんな奴のことをいうのだろう。
ためらいなく人を殴る暴力犯?人のものを勝手に盗む窃盗魔?
上げればきりはないだろうが、きっと、他人に害を及ぼす奴のことをいうのだろう。
それに罪悪感や嫌悪感を抱かないなんて、もっと最悪だ。
その点で言えば、神ケ谷純はヤバイ奴ではないと言える。
人を殴ったり、ものを盗んだりしないし、真っ当な倫理観の上で生きているから。
でも、本当にそうだろうか。
ゲームをして相手を理解したい、分かり合いたいなんて、ちょっとおかしな思考なのではないか?
普通は、対話や時間を通して相手のことを理解するものだろう。
俺達にとってのそれが、神ケ谷さんにとってはゲームなのだ。
ある意味、言語としてゲームをしているとも言えるだろう。
そんな奴が、普通であるはずがない。
神ケ谷純だって、普通にヤバイ奴だった。
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「ねぇ、もう待つのも飽きちゃったよ松島さん」
「そう言われましても、待機命令が出ていますので…」
神ケ谷さんが零した愚痴に、眉を下げてそう返事をする。
ここは神ケ谷さんが所有するマンションの一室で、俺は気に入られたのか、ちょくちょく呼ばれて遊びに行っていた。
ちょくちょくと言うには結構な頻度だけれど。
初対面から1週間ほど経って、大会まであと2週間だ。
それでも、サイバー・フロンティアが始まるまではやることがない。
そりゃあそうだ。
神ケ谷さんたちゲーマーは、ゲームをすることが仕事なのだから、その舞台が整っていない以上、ステージに上がることなどできやしない。
会うのがちょっと早すぎたんじゃないかと思う。
「ああでも、松島さんはわりと忙しいんだっけ?」
「大会は、開催前の準備が一番大変ですからね。ほかの局の助っ人みたいな感じで、雑用を任されています。細かい道具の搬入とか、いろいろと」
「へぇ、そう。でもオレが呼んだらいつでも来てくれるよね、なんで?」
「そりゃあ、俺は神ケ谷さん専属職員ですから。あなたと過ごすことが業務の第一優先事項ですので」
「仕事だもんね」
からからと笑う神ケ谷さん。
仕事上の関係でしかない、と言われることを望んでいるような口ぶりだ。
なんで、と口にしたのも、わざわざ俺の口からそう言わせるためだったのだろう。
それに、呼び出されて会うといってもゲームをさせられるわけでもないし、単にお茶と茶菓子をつまみながら世間話をするだけだ。
ほぼ主婦の集まりみたいなもんだった。
「まあでも、ちょっと会うの早すぎたかもね〜。ミスったなぁ」
「ミスった、とは?上から言われて私に会ったんじゃないんですか?」
「え?あれ、そっか言ってなかったっけ」
何をだろう?
俺は、てっきり神ケ谷さんも上から言われて、この前会ったのだとばかり思っていたけれど…。
そうではないってことか?
「担当職員はね、ゲーマーが指名できるんだよ。指名しなかったら適当に宛てがわれるんだけどね」
「えっ、そうなんですか!?」
あまりの驚きに、つい大きな声が出てしまい、慌てて口を押さえる。
神ケ谷さんは、気にするな、とでも言うように、軽く手を振った。
いや、全然聞いていないけれど、つまり俺は神ケ谷さんに指名されて専属職員になったってことか?
「指名して、すぐに会うってオレが決めたからこんなに早かったんだよ。専属にしてもらったのも、オレの要望。じゃないとさすがにこんな早くに顔合わせしないって」
「なんか変だとは思ってましたけど、そういうことだったんですね」
「うん。もっと言うなら、他のゲーマーたちは、まだ顔合わせしてないんじゃないかな?オレたちが一番最初だよ、たぶん。最初に職員選んだのオレだったし」
「そんなこと、わかるものなんですか?」
「わかるよ。基本的にこの中で決めてください、っていうカタログみたいなのがあってね。50人ぐらいかな?担当職員を全うできる、国に属した人間がズラッと乗ってるの。その中で、売れた人間は印がつくから。オレの時は誰にも印がついてなかったし」
「そうですか…。」
俺の預かり知らぬところで、そんな人身売買みたいなカタログに乗っかっていたとは…。
背筋がゾッとする。
聞かなければよかったかもしれない。
「逆に、最初だったからこそ、松島くんをオレの専属職員に選べたってのもあるよ。もし、ゲーマー全員があの中の人たちを担当職員にするとしたら、単純計算で一人につき二人のゲーマーを担当することになるからね。いい商品は早いもの勝ちだから」
商品って。
めちゃくちゃ危険思想寄りな言葉選びって気もするけれど、まあ間違ってはいないか。
変なところ純粋だよな、この人。
見たままに物事を捉えがちっていうか…。
「最初に選べたのはラッキーでしたね。先着順とかなんですか?」
「うーん、そこはオレもちょっとわからないけど、なんか一定の基準があったのは確かみたいだよ。たぶん、弱いやつから選べたんだと思う」
「弱いやつから、ですか?」
「うん。オレ、ゲームめっちゃ弱いし」
「めっちゃ弱い…?」
国主導のゲーム大会に呼ばれる人間が、ゲームが弱いなんてことあるのだろうか。
あ、もしかして、ゲームがとても上手な人たち…いわゆるプロゲーマーの中だと弱いほう、って意味なのか?
そうだったとしても、俺みたいな素人と比べたらめちゃくちゃ強い部類だろうけれど。
天と地ほどの差がある。
「あ、なんか勘違いしてない?オレ本当に弱いからね?」
「私みたいな素人と比べたらって意味でしょう?そうじゃないと流石にサイバー・フロンティアから声がかかるなんてありえないですしね。でも、そんなに謙遜しなくても十分お強いと思いますよ!」
「いや、謙遜とかじゃなくて事実なんだけど…」
困ったように微笑む神ケ谷さん。
そんな弱気なことを言わなくてもいいのに。
俺が思っていたよりも、自分に対して自身がないタイプの人なんだろうか。
ここは、俺とのゲームでボロ勝ちして、自信をつけてもらったほうがいいのでは?
「じゃあ、一戦やってみる?トランプぐらいならあるし、簡単にババ抜きとか」
「はい!ぜひやってみましょう。手加減なしですよ!」
俺も全力で戦って、全力で散ろう!
神ケ谷さんのためだと、気合を入れなおした。
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「ね?言ったでしょ、オレめっちゃ弱いよって」
「いや、まさか本当だとは…」
少し誇らしげにジョーカーをかざす神ケ谷さんに、俺は狼狽えながらそう口にした。
いや、本当に弱かった。
二択どころか五択ぐらいから毎回ジョーカーを探り当てるし、俺が取ってもすぐに取り返すし、終盤はもはや、ジョーカーの取り合いみたいになっていた。
ゲームの趣旨が変わってきている。
「いや、カードゲームが苦手なだけで、他のゲームは得意なのでは…?」
そうだ、ゲームとひとことで言ってもその種類は様々ある。
カードゲームはだめだったけど、他のゲームならめちゃくちゃ強かったりするんじゃないか!?
「やってみる?レーシングゲームとか、パズルゲームならちょっとあるよ」
「やりましょう!」
結果は俺の全勝だった。
いや、本当にどういうこと?
レーシングゲームでは、道から逸れるし、進まないし、逆走するしで余裕で勝てて。
パズルゲームでは、変な行動ばかりしてどんどんブロックを積み上げていって勝手に自滅した。
もはや、負けようと思ってやってる説ないか?これ。
「わざとやってる?なんて聞かないでね。オレ結構真剣だから、そんなこと言われたら傷付くよ」
「あっ、すみません」
真剣だったらしい。
いやいやいや、それでもまだ希望はある!
今までやってた普通のゲームじゃなくて、体力を使うゲームとか、すごろくみたいな運要素の強いゲームならどうだろうか。
操作するのが苦手なだけで、他のところが得意って場合も…。
「神ケ谷さん、学生の時の体力測定どうでしたか?」
「あれキツイよね〜!シャトルランだったけど、10回でギブアップしたよ。上体起こしも3回までしかできなかったし」
「…あの、長座体前屈とかは…?」
「オレ体めっちゃ硬いよ。足開いても90度いかないし。直角三角形に負けてる」
「…テストのヤマが当たるとか、宝くじに当選したとかは…」
「むしろ運悪い方だよ。財布とか落としがちだし、なんか勘違いされて成績表全部1にされたりとかあったな〜」
懐かしいな、と笑う神ケ谷さんと対照的に、俺はこの受け入れがたい事実に、頭を抱えた。
いや、本当になんでサイバー・フロンティアに参加できてるんだよ!?
「神ケ谷さん、このままじゃだめです」
「うん?」
俺は抱えていた頭を上げて、神ケ谷さんにこう言った。
専属職員になったからには、俺は神ケ谷さんに勝ってほしい。
この一週間で情が沸いたってのもあるが、あのサイバー・フロンティア優勝者の専属職員、なんて肩書は、この群雄割拠の省庁内で馬鹿みたいな効果を発揮するだろう。
その栄光を掴みたい、という欲だって、俺にもある。
出世することにあまり興味はないが、勝手な政治的な争いの巻き添えを食らわないぐらいの立場を確保しておきたい気持ちはある。
正直なところ、保身でしかないが。
ボロ負けで最下位なんて事態、ほかでもない俺が許せない。
「特訓をしましょう」
「特訓?」
そういうわけで、神ケ谷さんの特訓が始まった。




