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専属ゲーマーとの初邂逅

新井室長から言われた接待室へと、歩みを進めていく。

俺の担当のゲーマーはもういるみたいなことを言っていたし、相当上の立場の人間だろうから、少しでも待たせる時間を短くしたかった。

渡された黒色のファイルを脇に抱えて、ギリギリ見苦しくない程度に早歩きをする。

これが出向初日にやることかよ。

心の中で、そう独りごちた。


「失礼します、お待たせしてしまい申し訳ありません」


手早くドアをノックして、扉を開ける。

そこには、広々とした空間に重厚そうなソファーが二組と、これまた高そうな木目が美しい木のテーブルが置かれていた。

俺から遠い位置に、一人の青年が姿勢を正して座っている。

肩まである黒い髪を雑に一つに括っていて、足を組み、その上に両手を行儀よく置いていた。


「松島冬弥だね。待っていたよ」


中性的な声色で、そう、座るように促される。

見た目からして男性だろうが、ふとした瞬間に女性にも見える美貌を携えていた。


「あっ、はい。失礼します」


彼と向き合うようにして、ソファーに腰を掛ける。

座っていても目線が少し上になる。

俺よりも背が高いみたいだ。


「はじめまして、オレは神ケ谷純。好きなように呼んでくれてかまわないよ」

「では、神ケ谷さんで…」


目を細めながらそう言う神ケ谷さん。

笑ってはいるが、どこか感情が感じられない、不格好な笑みだった。


「それじゃあ、さっそくだけれど、サイバー・フロンティアのことについて説明してくれるかな?」

「わかりました。大会の、大まかなルールの説明をさせていただきます」


黒いファイルを開いて、確認しながら話を進める。


「大会の開催期間は3ヶ月。今から約1ヶ月後に始まります。開始時に各ゲーマーにGP、ゲームポイントが100ポイント付与され、それを試合を通して奪い合うこととなります」


「試合の組み方は自由。お互いの担当職員を通してマッチメイクをし、ここで使用するゲームや賭けるポイント数などを協議します。お互いのゲーマーの合意が得られたら書類を作成し、必ず1週間以内に試合を実行します」


「試合内容は、基本的に用意されているものから選ぶかたちになります。また、各ゲーマーの戦績や簡単なプロフィールなどはネット上に公開され、誰でも閲覧することが可能です」


「そして、一ヶ月ごとにポイント数のランキングが発表され、最終的に最も多くのポイントを保有していたゲーマーが優勝となります」


「概要は、ざっとこんな感じですかね」

「丁寧な説明ありがとう。ちなみに、何人ぐらいが参加するのかな?」


確かに、参加人数が多すぎても管理しきれないだろう。

このシステムだと、ゲーマーに必ず一人は担当職員が付かないといけないし、試合を組むのも担当職員の仕事だ。

一対一の試合を繰り返すのだから、そこまで人数は居ないと思うけれど…。

そんなことを考えながら、書類に目を通していく。


「あ、ありました。えっと…ちょうど100人みたいですね」

「けっこう多いんだね。でもまあ、事前に100ポイント付与されるから、そんなものなのかな」


ポイントの総額は、100×100で10000ポイント。

思っていたほど多くはないから、1ポイントの価値がけっこう重く感じる。


「試合の様子とか、ネットで中継とかもされるんだよね?」

「はい、テレビや動画配信アプリなどで中継されます。生放送やら収録やら色々あるみたいですが、サイバー・フロンティア専用のアプリも作るみたいですよ」

「それはすごい。国も気合が入ってるね」

「世界初の試みですからね」


それもそうだし、何より国のメンツもかかっている。

ゲームや漫画、アニメを一大産業として誇る日本国としては、成功以外の選択肢などないのだろう。

資料を見てみても、実際に現場に関わっている年齢層がかなり若い。

ゲーマー自体が若者が多いからっていうのも理由の一つだろうか。


「1ヶ月後が楽しみだ!早くゲームしたいなぁ」

「神ケ谷さんは、やっぱりゲームがお好きなんですか?」


俺自身は、幼少期に有名どころのゲームを少しかじったぐらいで、今のゲーム界隈のことを全く知らない。

サイバー・フロンティアに参加できるぐらいだから、神ケ谷さんも有名なゲーマーなんだろうけれど。

先に下調べぐらいしておきたかったけど、時間がなかったのだからしょうがないか。


「ふふ、面白いことを言うね、松島さんは」

「あ、すみません…」


まずい、よく考えたら、そんな質問をするのは神ケ谷さんに失礼だったかもしれない。

好きじゃなければ進んでゲームなんてしないだろうし。

慌てて頭を下げた。

冷たい汗が、背中をゆっくりと伝うのを感じる。

緊張で指先が白ばんでいくのが視界に写った。


「ああ、別にいいよ。責めてるわけじゃない。単純に、ゲームに触れてこなかったんだなって思って、楽しくなっちゃっただけだから」

「…そうですか?」


軽く頭を上げて、神ケ谷さんを見上げるように顔を見る。

微笑を浮かべたその表情は、確かに怒っているようには見えなかった。


「いえ、神ケ谷さんが気にしていなくても、これは完全に実現でした。謝罪いたします。申し訳ありません」

「真面目だねぇ、松島さんは」


ケラケラと、微笑ましそうに笑われてしまうと、こちらとしても立つ瀬がなくなってしまう。

年齢は俺のほうが上のはずなのに、年上の大人にからかわれているようだった。


「あ、そうでした。こちらの資料が、神ケ谷さん用のものとなります。ざっくりとした情報がほとんどですが、一応持っておいてください」

「うん、ありがとう」


黒いファイルから、ゲーマー用の資料を抜き取って神ケ谷さんに手渡す。

俺の資料と書いていることはあらかた同じだけれど、いくつか違うところもある。

例えば、そう…


「優勝者の処遇について」


優勝したときのトロフィー、いわば景品についての項目だ。

これは、俺たち一端の職員には閲覧権限がなく、内容を知ることができない。

もしかしたら、新井室長なら見ることもできるかもしれないが…。

あくまで俺は神ケ谷さんの担当職員であって、実際に試合をするのは神ケ谷さんたちゲーマーだ。

ゲーマーたちのサポート役として、知らなくても仕事をこなすことができるからか、俺に知らされている情報は見た目よりも少ない。

大会の概要と、試合を成立させるための手続きぐらいか。


「ふーん、国もだいぶなことをやるね。これは、面白くならないわけがないな」

「そんなに凄いものなんですか」

「とびきりね」


とびきり凄いものとは。

いや、そもそも物品なのかも判然としないが…。

俺は知らなくてもいいことだとはいえ、気にはなる。


「まあ、こんぐらいしないと本気でゲームしようなんて思わないよね」

「はあ、そういうものですか」


確かに、ゲームの勝ち負けに深くこだわらない俺のような人間もいるし、一概にゲーマーと括っても、試合への熱量は人それぞれなのかもしれない。

国が主導しているからこそ、怒りを刺激されるゲーマーもいるだろうし。

だいぶ前の話だが、ゲームが子供の教育に悪影響を与えると報道されていた時代もあったんだし、当然のことだろう。


「神ケ谷さんは、なんでサイバー・フロンティアに参加することにしたんですか?」

「ふふ、気になる?」


長めの前髪が、首につられてパラパラと顔にかかる。

その仕草には妙な色気があって、つい目をそらしてしまった。

頬が熱くなるのを感じるが、それを振り切るように、普段より大きくなるように意識して声を出す。


「はい、気になります」

「そりゃそうだよねー。オレ達みたいなゲーマーの考えることなんて、ゲーマーじゃない松島さんには想像もできないだろうね」


ゲーマーならみんな、参加したいと思うのだろうか。

確かに、これほど大規模な大会は初めてだし、ネット上で公開されるなら顔が売れる。

配信などで生計を立てているのなら、願ってもいない申し出だろう。

でも、詳細がわからないのに。

国が主導するゲームの大会ってことしか、まだ正式には公開されていない。 

あの藤本大臣の記者会見のあとにネットを見たら、大会についての個々の考えが、タイムラインを埋め尽くしていた。

日本だけでなく、海外の人間さえも声を出して、どんな内容なのかを推理している。

逆に言えば、それだけ情報が少ないってことなのだ。

これだけ大掛かりなプロジェクトなのに、情報が降りてこないなんて、不可解もいいところ。

俺だって、勝手に指名されて電脳補佐室に所属しなければ、知らなかった事実ばかりだ。

きっと、ゲーマーが参加するかを決めるときも、ろくに情報を与えられないに違いない。

なのに、なぜ。


「そんなに複雑な理由じゃないよ。少なくともオレはね。単純に楽しそうだったし…」


そこまで言って、神ケ谷さんは少し考えるように左上を見て、また俺を見た。


「もっとたくさんの人に、ゲームをしてもらいたいから。もちろん、松島さんにもね」

「え、私にもですか?」


思っても見なかったその言葉に、驚いてつい聞き返した。

てっきり、ゲームするのが楽しいから、とか言われるものだと思っていたのだけれど。


「そう。こんなに楽しいこと、一人でやるなんて勿体ない」


はっきりとそう言っているはずなのに、どこか神ケ谷さん自身の言葉ではないみたいに感じる。

誰かが用意した文章を、そのまま読んでいるだけのような。

俺の気のせいかな。


「松島くんは、言葉って本当に他人に伝わっていると思う?」


急に何の話をしているのだろう。

言葉は自分の感情や事実を伝えるための手段なのだから、伝わっていないと意味がないんじゃないだろうか。


「オレはね、ゲームこそが人間の共通言語になり得ると思っている」


「言葉を知らなければ話せないし、言語が違えば話は伝わらないよね。肉体言語とか言うし、人と人の間で意思疎通を図るとき、余計な知恵は要らないんだ」


「だからオレは、世界中の人達とゲームをしたい。その人が下手でも上手でも、何でもいいんだ。とにかくゲームをして、分かり合いたいんだよ」


神ケ谷さんは、どこか恍惚とした瞳でそう言った。

何を言っているのか全く分からない。

ひとつひとつの言葉の意味は知っているはずなのに、文章自体を理解できない。

俺でも、この人とゲームをすれば、少しは理解できるのだろうか。

サイバー・フロンティアを通して、ゲームをプレイする神ケ谷さんを見ていれば、いつかわかる日が来るのだろうか。

そう思った。

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