電脳世界の最前線へ
ゲームの強さにより、人間が評価されるようになって久しい今日この頃。
一昔前は、一部の集団の中だけで通用していたゲームの腕前やランクも、容貌やお金、人望などに並んで一種の社会的なステータスとなった。
だが、ひとことでゲームと言ってもその種類は様々だ。
キャラクターを自分で操作して敵を倒すアクションゲーム。
銃や弾丸を使用して敵を撃破するシューティングゲーム。
キャラクターを育成し、ストーリーやクエストをこなしていくロールプレイングゲーム。
会話や選択肢を選び、謎を解きながら物語を進めていくアドベンチャーゲーム。
現実や、特定の状況下を模したシステムを管理して楽しむシュミレーションゲーム。
大きく分けてこの5つだが、他にも、音に合わせて画面をタップするリズムゲームや、様々な形や色を組み合わせるパズルゲーム、他にも画面上でタイムを競うカーチェイスゲームなどまだまだいっぱいある。
細分化すればキリがないが、それこそが、ゲームが人に愛されていることの証明だと言えるだろう。
そして、これだけの規模になれば当然国が動く。
ゲームひとつですべてが動くからだ。
人、物、金、権力…。
たった数人、数百人、数千人の人間だけでは、到底手に負えないほどとなる。
その影響を鑑みて、国はゲーム産業振興省を立ち上げた。
経済産業省や文部科学省、外務省などと並ぶ12個目の省となる。
そして今年、ゲーム産業振興省主催の大会が開かれようとしていた。
国が主導するゲームプロジェクトは、世界初の試みだ。
日本国内だけでなく、世界も注目する一大イベントとなっている。
ゲームは最早、個人で楽しむ娯楽以上の意味を持つようになったのだった。
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「えー、皆さんお待たせいたしました。ただ今より、藤本ゲーム産業振興大臣による記者会見を行います」
司会の女性の言葉に、ざわついていた辺りも少しずつ静寂が伝わっていく。
新聞記事やマスメディアのレポーターなんかが、広々とした会館に、ぎゅうぎゅう詰めになって座っていた。
皆息を呑んで、主役の登場をいまか今かと、待ちわびている。
しばらくすると、紺のスーツを着こなした壮年の男性が、ゆったりとした動作でパイプ椅子に座る。
目の前に置かれているマイクを軽くて前に寄せて、ひとつ咳払いをした。
「えー、改めまして、只今紹介に預かりました藤本です」
瞬間、フラッシュと共にシャッターが切られる音が響く。
テレビ越しで見ていても、目がチカチカするほどの眩しさだった。
画面の左下には、いつの間にか、フラッシュにご注意くださいとのテロップが張られている。
視線をテレビに向けたまま、カップ麺を啜った。
いくらか事務的な挨拶が続き、本題に入ったのは会見が始まってから10分ほど経ったあたりだった。
「昨今の国内ゲーム市場の拡大は、国としても、わたくし一個人としても、目を見張るものがあります」
軽く首を振って周囲を見渡しながら、大臣はそう言った。
確かに大臣の言うとおり、最近のゲーム市場の勢いは増すばかりだ。
特にここ数年、スタープレイヤーがテレビや雑誌などのマスメディアによく取り上げられるようになってからは、凄いものだ。
バラエティー番組で、タレントの地位を確立したようなプレイヤーもいるのだから、躍進も良いところだろう。
「その影響を鑑みまして、国として初めての遊戯大会を行うことが決定しました」
ゴク、と喉が動いて麺を詰まらせそうになる。
慌てて飲み込み、息を整えた。
いつかやるとは噂されていたが、まさかこれほどまでに早いとは。
どうりで最近、隣が騒がしかったわけだ。
新設されてから一年もせずにこの規模のプロジェクトとは。
ゲーム産業振興省も大変だな。
俺も国に携わる者として、この大事をしっかりと認識しなければならない。
俺は画面を注視した。
「つきましては、ここに日本電脳競技大会、通称サイバー・フロンティアの創設を発表致します」
サイバー・フロンティア。
文字通り、ゲーム市場の最先端なのだろう。
俺はゲームは見る専だけれど、国が主導するゲーム大会なんて、面白くないわけがない。
いち視聴者として観戦するのが楽しみだな。
そう思いながら、午後の業務を行おうと割り箸を置いた。
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「えっ、俺がゲー振省に出向するんですか?」
「まあ、サイバー・フロンティアが終わるまでの間だから、そんなに長くはないんだけどね」
佐々木先輩の言葉に驚いて、思わず聞き返してしまった。
まさか昼に見た会見が、現実として目の前に迫ってくるとは思っていなかった。
「いや、でも俺いま何個かプロジェクト抱えてて…」
「それも、もちろん調整済み」
「ゲームに関しては素人ですし…」
「向こうは、そのことも承知してる。特に問題無いみたいよ」
当たり前かもしれないが、俺が考えるようなことはすべて手を打たれてるってことだ。
考えつく限りの断り文句を片っ端から並べ立ててみるけれど、見事にバッサリと斬られていく。
「…」
「ちなみに、片岡事務次官直々のお誘いだから、断るっていう選択肢は無いと思ってね」
佐々木先輩が、ニッコリとでも音が出そうな笑みを浮かべながら、そう言った。
片岡事務次官は、実質的なゲー振省のトップに君臨する人だ。
そんな人物からのお誘いだなんて、言うまでもなく決定事項ってことじゃないか。
本人不在の中で、勝手に人の身の振り方を決めないで欲しいものだが。
しょうがない。
半ば諦めの境地で、俺は息を吐いた。
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佐々木先輩や、他の先輩方に挨拶を済ませ、指定された部屋へ向かう。
パソコンやらなんやらを、雑に段ボールに詰めて抱えているからか、すれ違う人たちからの視線が痛い。
「ここか…」
見慣れた文部科学省の仕事場と、ほとんどかわりない見た目のドアと相対する。
やはり、馴染みのない場所は緊張するな。
噂すら何も流れない、内情の知れない省庁なら尚更だ。
軽く目を瞑りながら、大きく息を吸って、口から長く吐く。
リラックスする時のルーティンだった。
すると。
「おっ、」
「うわぁ!?」
目の前の扉が開いて、中年の男性が出てきた。
いきなりの出来事に、思わず悲鳴を上げてしまう。
「ああ、もしかして松島くんかな?ちょうどよかった、時間ピッタリだね。入りなさい」
「あっ、はい。失礼します」
男性は、一瞬たりとも驚くことなく、穏やかな微笑みを浮かべてそう口にした。
俺が部屋にはいると、自然な動作で扉を閉める。
パタン、と軽い音が辺りに響いた。
もう戻れない。
そう言われている気がした。
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新井室長のデスクと思わしき空間で、向かい合うようにして椅子に座る。
部屋の中は割と広く、設置されているパソコンの数からして、他にも3〜4人の職員がいることを窺い知れた。
「では改めて、私は電脳者補佐室室長の新井周陽だ。よろしくね」
「あ、どうもご丁寧に…松島冬弥です。よろしくお願いいたします」
差し出された名刺を受け取って、俺も自分の名刺を渡し返す。
そこには確かに、電脳者補佐室室長、と印刷されていた。
ここに配属されたからには、電脳者の補佐をするんだろうが…一体何をすればいいんだ?
「さて、松島くんはここのことについて、どこまで聞いているのかな?」
「どこまで、と言われましても…」
特に何も聞いていない、というのが正直なところだ。
なんせ、自分の知らないうちにこんなことになっていたので。
「それじゃあ、イチから説明したほうが話が早いね」
面倒くさそうな素振りも見せず、まるでそれが当然だというような穏やかさで、そう言った。
足元にある引き出しを開けて、何か書類が挟まったクリアファイルを取り出す。
「まず、ゲーム産業振興省は行政上のトップが藤本大臣、そして現場の実質的なトップが片岡事務次官だ。ここまではいいね?」
「はい、それは知ってます」
わかりやすく書類に描かれた図を指さしながらされる、新井室長の説明にしっかりと頷く。
流石にそれぐらいは知っている。
「そして、片岡事務次官をトップとして、いくつかの局が存在している。サイバー・フロンティアの進行やゲーム設定を行う競技運営局、それに必要な設備を設置したり不正防止のセキュリティを組む技術保安局、最後にメディアやスポンサー、観戦者への対応をする広報戦略局の、合計3つだ」
新井室長の指が、書類の下へと移動する。
なるほど、他の省と違った体系を持っているんだな。
その言い方と書類の図からして、局の下に部などは存在していないのだろう。
それだけで成立するほどの、高度な人材…少数精鋭で組まれているってわけだ。
あれ、そうなるとここはどこに位置していることになるんだ?
「松島くんの疑問も、もっともだ。この図だと、私たち電脳者補佐室の立場が記されていないよね」
人の思考を読んだような物言いに、思わず顔を上げて新井室長を見やる。
新井室長は、書類に視線を落としたまま、ただ穏やかに微笑むだけだった。
まるでそれが当たり前みたいに。
疑問に答えてくれるのはありがたいが、少し怖く感じる。
新井室長を避けるように、俺も書類へと目を移した。
「実は、電脳者補佐室は立場的には他の局と同じ、片岡事務次官直属の立場だけれど、特別な権限が付与されている」
「特別な権限?」
この書類に記されていないことと関係があるのだろうか。
紙面上にも残せないような、秘匿された部署なのか?
「ここの主な業務は、サイバー・フロンティアに参加する、一流ゲーマーたちの保護、監督だ。まあ、秘書みたいなものだね。スケジュールを管理して、試合を組む。いわば、自由交流戦を組む権限が認められているんだ」
「えっ、ちょっと待ってください。試合は事前に決定されているんじゃないんですか?」
一般的なゲーム大会とは違うのだろうか。
普通はトーナメント形式での勝ち上がりとか、総当たりで試合をして勝ち数が多いところが、上に進んだりするものだけれど。
いずれにしても、プレイヤー側が対戦相手を指名したり、勝手に試合を組むことはできない。
それができるのか?
「考えてもみてよ、松島くん。この大会の目的は、あくまでも国内のゲーム市場をさらに盛り上げること。普通にトーナメント形式にしたら、強いゲーマー同士が戦って1回戦敗退なんて、目も当てられない惨状になりかねない」
確かに、それは普通の大会でも言われていることだ。
初戦で自分よりも強い相手にボコボコにされる可能性もあるし、逆に自分よりも弱い選手と当たれば、実力の伴わない順位を手に入れることもできてしまう。
少し勘違いしていた。
国としてのプロジェクトなのだから、成功か失敗かを決めるのは民意だ。
テレビドラマが視聴率を気にするように、俺たちは国民の視線を気にしなければならない。
誰が勝つかが重要なんじゃない。
勝ち方にストーリー性があるかが重要なのだ。
「それに、ゲームと言っても様々あるだろう?そんな、ジャンルの異なるプレイヤーたちを市販のゲームで競わせるなんて、一部のゲーマーたちに有利すぎる」
リズムゲームが得意なゲーマーとFPSで勝負したら、私でも勝てちゃうかもね、と新井室長は笑った。
だからこそ、さっき言っていた競技運営局がオリジナルのゲームを作成するのだろう。
試合を組むときに、どのゲームで戦うのかを指名できたりするのかもしれない。
だが、これでは試合は成立しても、大会としては成立しない。
明確な順位は、いったい何で決まる?
「何かしらの評価基準があるってことですか?」
「流石、話をよく理解しているね」
満足気に頷きながらそう言われた。
俺を指名したのは片岡事務次官だと佐々木先輩は言っていたけれど、新井室長の意図も汲まれてのことだったのかもしれない。
「松島くんが考えていることでほぼ正解だよ。ゲーマーたちは、大会開始時に一律のポイントが付与される。それを、試合を通して奪い合うんだ」
「最終的にポイントを一番多く持っていたゲーマーが優勝するんですね」
「うん、そういうこと」
その方式なら、普通に大会を行うよりも、もっと多くの試合を組むことができる。
参加するのがトップクラスのゲーマーたちなら、試合の数を増やすほうが見ている方も楽しいだろう。
試合自体は、そんなに時間がかからないだろうし。
「まあ、詳しいことはこれに書いてあるから、ちゃんと読んでおいてね」
「わかりました。ありがとうございます」
新井室長から手渡された、黒色のファイルを受け取る。
見た目よりも重量があって、落としそうになるのをなんとかこらえた。
単行本三冊程度の分厚さで、その中には書類がみちみちになっている。
「それ、機密情報ばっかりだから、無くしたり人に見せないように気をつけてね。処分されちゃうから」
「はい」
その言葉に、深く頷く。
処分とは、一般的な罰則を課されるのか、それともそれ以上の意味なのかはわからないけれど、受けないほうがいいものには違いない。
気をつけよう。
「ああ、それと、一人の職員につき、普通は何人かのゲーマーを担当してもらうんだけど、松島くんには一人の専属職員になってもらうよ」
「専属職員、ですか?」
「先方たっての希望でね」
そんな特別扱いが通るなんて、そのゲーマーの立場が気になるところだけれど。
新井室長が口元の笑みを深める。
…深入りしないほうが良さそうだ。
あまり考えないようにしよう。
「それで、この後そのゲーマーと顔合わせをして欲しいんだ。もう部屋は取ってあるから、そこに行って、自己紹介とサイバー・フロンティアの説明をしてね」
「えっ、今からですか」
急すぎやしないか。
ほかの職員への挨拶回りとか、業務の確認とかを先にしなくてもいいのだろうか。
「良いのいいの。この大会の主役は彼らだからね。これが松島くんの最初の業務だと思って、仲良くおしゃべりしてきなさい」
「お喋り、ですか…」
業務上の付き合いだというのに、そんなに仲を深める必要があるのか?
確かに、ゲーマーをサポートする立場だから、選手とトレーナーのような信頼関係を築くのは大切かもしれないけれど。
新井室長の言うことがいまいちピンとこなくて、少し困惑する。
「ああ、最後に一つだけ、松島くんに優しい私からのアドバイスだ」
椅子から立ち上がりかけた瞬間、新井室長が待ったをかける。
アドバイスとは?
「何かを極めた者は、皆すべからく変な奴だ。理解しようと歩み寄るんじゃないよ。どうせ徒労に終わるし、最悪こっちがダメージを負うからね」
穏やかな顔で、結構キツイことを言う。
それではゲームを極めたゲーマーは、理解できない化け物だと言っているも同義なのだけれども。
「せいぜい気をつけるように」
俺は今から猛獣にでも会いに行くんですか?
新井室長のあまりの言葉に、頬が引きつったのを感じた。




