千載一遇の機会
13.千載一遇の機会
(いいか……弥恵には客とどんな会話したんだとか、触られていないかとかデートに誘われなかったかとか、そういったお店のサービスに係ることを尋ねるのは禁止だからな!弥恵はあの店で接客して、なんとか大臣の情報を聞き出そうと必死なはずだ。多少嫌な思いをしたとしても、逸樹の為と思って我慢していただろう。)
(ばかな……弥恵のことだ……うまく客をあしらって……)
(そうだな……そう考えるのが一番だ……)
弥恵が初日のお勤めを終えて、夜明け直前に宿に帰って来た。少し離れていても匂うくらいの香水のにおいを、ぷんぷんとさせながら……。
「どうだった?何か情報はつかめたか?」
「うん?らめー……なかなか……ろうして……みんな口が堅いのよー……政治家関係のお仕事のお客さんが多いせいかなー……大臣のことを聞こうとした途端……あの人はいい人ら……ってらけで会話が終わっちゃうの。お付きの人の事とか聞こうとしても……全然らめらった……。
でも、お店の子3人と仲良くなったから……あしたから、また情報集めしやーすっ」
弥恵は部屋に入った途端に膝から崩れるようにして、逸樹にもたれかかって来た。
「弥恵……酒を飲んでいるのか?お前酒は嫌いだったはずじゃあ……」
「うん?お酒?ちょっと……勧められて……断り切れなくってー……ちょっとらけらよー……。」
酒臭い息を吐きながら、弥恵が抱き着いてくる。
「ばっ……」
(おいおい……弥恵は一生懸命情報集めしてたんだから、何もしていないお前が怒るな!しかも、お前が潜入しろと言ったんだからな!)
(ちっ……)
「しょうがないな……弥恵……ほれ……歯を磨いて寝るぞ。」
逸樹は仕方なく弥恵にコップ一杯の水を飲ませ、抱きかかえて洗面所へ連れて行って背後から体を保持してやり、歯磨きを終えさせた後で布団迄連れて行って寝かせた。
「あー……頭が痛い……。」
弥恵が顔をしかめながら布団の上で上半身を起こし、両手で頭を掴んで悶え始めた。
「ほれ、飲め。昨夜はだいぶ飲まされたようだな……厳しいか?無理してまでも、あの店での情報集めはしなくてもいいんだぞ。」
すでに起きて部屋に運ばせた朝食をほおばっていた逸樹が、ガラスコップに水を入れてベッドまで持っていってやる。
「ごくん……あーおいしい……ぷぅー……うーん……もうちょっとだと思うんだよねー……やっぱり入ったばかりの人間だと信用できないから……うかつに話さないでしょ?もう少しお店の子や、お客さんとも仲良くなって……頑張ればきっと情報掴めるよ。
あたいは人付き合いいい方だから……2,3日もあれば、情報引き出せると思うんだー……。」
弥恵は布団の上で起き上がったまま、襦袢の袖をまくって腕組みして見せた。
「そうか……じゃあ弥恵は夜の仕事があるから、このまま寝ていろ。朝食は部屋に運ばせて、膳の上にのせてあるからな。俺はこれから国会議事堂へ行って、小杉大臣が出勤してくるのを待つ。乗ってきた馬車を特定できれば、議会終了後に後をつけることもできるだろう。
弥恵は夕刻になったら、俺が戻ってこなくても昨日の店へ出勤してくれ。」
「うん、わかった……情報をつかむまでは別行動だね?」
弥恵は笑顔で答え、もう一度布団に横になった。
(当てが外れたな。早朝から議事堂前で張っていたが小杉の乗った馬車どころか、議会へ向かう他の議員の馬車すら見えなかった。議事堂裏に大きな駐車場があると気付いて閉会後に裏へ回ったが、どの馬車の窓もカーテンが邪魔で、中の議員が見えない始末だ。
御者席に知っている顔も見えなかった訳だろ?そうなると、土市や新八とかいう奴も御者席ではなく大臣の馬車に同乗しているはずだ。お抱え馬車の御者でも特定できなければ、後をつけることもできやしない。)
(ああ、そうだな……馬車を見つければ……と考えていたのが失敗だった。普通なら駐車場へ歩いて向かうから顔も分かるし、馬車の特定も可能なのだが、議事堂の駐車場は屋根付きで議事堂から直接行けるようだから、馬車の乗り降りの様子も外からでは全くつかめない。
考えてみれば国会議員だからな……セキュリティ面は徹底しているはずだ。ましてや大臣ともなると……国からも専属の護衛がつくほどだろうから、近づくのも容易ではないはずだ。
これでは議事堂周辺を張っていても、無駄だろうな。)
議事堂周辺に貸し切り馬車を停車させて1日中張り込んだのだが、完全な徒労に終わった。仕方なく宿に戻ったが、弥恵はすでに店に出勤した後だったので、一人寂しく部屋で夕食となった。
「や、やったよう……今日お店に来たお客さんが何と小杉大臣で、本当なら真理お姉さんってお気に入りの子をご指名するんだけど、真理お姉さん風邪をこじらせてダウンして、お店途中で帰っちゃったの。
だから新人でお得意様のいないあたいが急遽、ヘルプで担当したらずいぶん気に入ってくれて……明日店外デートしようって誘ってきたのよ。真理お姉さんは明日もダメだろうから、食事してから同伴出勤しようだって……どうやら今日で定例議会は閉会したらしいんだよね。
週末になったら大臣の地元に帰るらしいんだけど、その前にヘルプの新人にご馳走してやるって言ってくれたんだ。どう?チャンスだと思わない?」
弥恵が店に潜入してから1週間……小杉大臣どころか、議員に関する情報は一切つかめなかった。弥恵がさりげなく聞き出した店の子の話では、官僚や議員などが接待だったり個人だったりで結構立ち寄るらしいが、店に入ったばかりの弥恵が、そういった上客の接待を任されることはなかった。
売れっ子と一緒に常連客の席について顔を売る事が主で、こういったことは地元の有力者の好色爺が主な客であり、気難しい役人や議員などは避けられていたようだ。
それでも弥恵持ち前の明るさと美貌により、指名も取れ始めた折のアクシデント対応が功を奏したようだ。
明け方近くになって宿に帰ってきた弥恵が、声高に叫ぶ。
「そうか、よくやった。同伴出勤となると私用だから、公的な護衛はつけないだろう。恐らく個人で雇っている護衛だけだろうから、土市か新八の確認ができる。
と言っても弥恵は2人の顔は知らないんだったな……写真でもあればよかったんだがあいにく……殺し屋稼業だからな……俺もそうだがカメラを極端に嫌う……顔写真をばらまかれて動きを制限されるのが一番困るからな。直接俺が確認するしかないか……明日は何時からだ?待ち合わせ場所は?」
先が見えずに困惑していた逸樹も、顔色を明るくさせた。
「えーっとねえ……王都中央の馬車ターミナルにお昼の1時だって。」
「はあ?昼の1時って……昼飯も一緒ってわけじゃないよな?昼飯も誘うんなら、午前中から……11時とか11時半とかに約束するはずだからな。昼めし食ってから来いって言われたか?」
「うん……そうだよ……。」
「だったら、どうして1時なんだ?店が開くのは夜の7時だろ?それまでの6時間何をしている?晩飯か?そんなもの、6時にレストランにでも行けば十分だろう?同伴ってことは……7時までに店につかなくてもいい訳なんだろ?」
「うん……ママさんに聞いたら、同伴の日は夕礼……女の子は6時半にはお店に集合して、その日のご指名のお客さん予定を各自申告して、席の割り当てとかご指名が重複した場合の立回りとかをあらかじめ決めておくのよね。でも、同伴の日は夕礼に出なくってもいいから、8時までに出勤すればいいみたい。
その代わりにお客さんに必ずボトルを出してもらわなければいけないの……一本5千G以上もする高級なお酒だね……出してもらえなければ女の子が自分で支払うんだって……でも大臣はそのシステム知っているから、大丈夫だって言っていた。」
弥恵が少し俯き加減に答える。
(夕食までの時間にどこへ行くのか容易に想像はつくわな……遊園地とかではなさそうだ。)
「そそ……そんな誘い……いい……行ったら、大変なことになるぞ!」
「えっ……でも……小杉大臣のこと調べるには……絶好の機会でしょ?本人に直接確認できるんだからね……まさか直接人買いの黒幕ですか?なんて聞けるはずないけど……それでも児童福祉って何やってるの?とか……子供は好きかとか、本人に子供がいるのかとかかな……。
子供がいるんだったら、人買いとかの悪人をどう思うかなんて聞けば、その反応を見ることもできるしね。
ついでに住んでいる場所とかも聞きだせるかもしれないし、そうやってじっくり調べて行くしかないんじゃない?うまい事、逸樹の知り合いが一緒にいれば良いけど、なかなかそう都合よくは……。」
弥恵が少し首をかしげながら、腕を組んだ。
「確かにそうだ……土市も新八も超一流の殺し屋だ。決して表に出ることはなく、陰から護衛するはずだ。仮に小杉が本当に黒幕だったとしても、襲撃を企てて襲い掛かる瞬間でなければ、姿を現すことはしないだろう。長い期間張り付いて、周囲で関連して動く人物を特定しながら見定める以外、方法はない。
だが、そのやり方だと弥恵が……」
「あたいは構わないよ、逸樹の役に立てるんだったらね……それにこれは、もともとあたいの戦いだったのに、逸樹を無理やり引き込んだようなものだからね。あたいは何だって我慢する……特に人買い組織を壊滅できるんだったらなおさらだ。」
心配そうに顔をゆがめる逸樹に対して、弥恵はさわやかな笑みを見せた。
「馬鹿野郎!お前……どういうことかわかっているのか?」
「わかっているよ、あたいは子供じゃないんだ!小杉大臣ってのと、どこへ行ってどんなことするか、しっかり分かっているよ。それが逸樹の相棒の、あたいの役割なんだろ?逸樹があたいに何もしないのは、情が移って以降の仕事がやりにくくなることを恐れているからだって言うこともね!
いいんだよ!あたいはそれでもね……逸樹と一緒にいられるんだったらね。逸樹はあたいのたった一人の、家族なんだから……。」
弥恵は途中から顔をくしゃくしゃにして、泣きそうになって答えた。
(ありゃりゃ……完全に誤解しているな……こりゃあ……)
「弥恵……ちっ違うんだ……」
「違う?何が違うの?あのエロ親父とホテルへ行って、一つのベッドの中で色々と聞き出せって言うことでしょ?ほかに何があるって言うの?大至急、人買いの黒幕かどうか確かめなきゃならないんでしょ?のんびりと時間をかけてなんか、いられないんでしょ?」
もう完全に泣き顔で、涙を流しながら訴えはじめた。
(あーあ……完全に話が変な方向へ向いているな……だから言ったんだ。情報収集とはいえ、いかがわしい店に弥恵を働かせることは反対だと……)
(馬鹿言うな……夜の店での情報収集は、基本中の基本だ。人はああいった店では気が大きくなったり、そうでなくとも日ごろの憂さを晴らそうとして、悩み事や隠し事を打ち明けることが多いからな。
高い酒を飲みながら美しい女の子に接待される……日常とは全くの別世界と感じるのだろうな。これまでだって弥恵には何度もああいった店への潜入をさせていた。標的が女の場合は、俺がホストクラブへもぐりこんだことだってある。)
(これまでのお前たちの話ぶりや戦い方を見ていて、お前と弥恵の役割分担のおおよその察しが付くよ。
標的の大半は男だろう……組織の対抗勢力とか活動の妨げになるやつを標的にして、葬ってきたのだろうからな。弥恵が情報収集で、お前が殺しの担当だ。
お前はわざと面識のない標的の情報収集と言う困難な仕事を弥恵にさせて、殺しの実行犯のお前と対等の立場であると、受け止めさせていた。弥恵は賢いし機転が利くから、うまく身をかわす術だって十分承知していると思っているんだろ?そう仕込んだはずだしな……何より命の危険が少ないし、弥恵に手を汚さすこともない。
弥恵が簡単な仕事しか割り当てられずに、お前だけが殺しに手を染めていたなら、弥恵はきっと自分も標的を始末すると言い出しかねないからな……彼女はお前と対等なパートナーでありたいと思っているはずだから。
弥恵には麻酔薬を染み込ませた矢だけを使わせ、殺しをさせないように仕込んできたのは、いずれお前と別れる時の為と思ってのことだろうが、それが果たして弥恵の幸せだろうか?)
(うるさい!お前に何が分かる!)
(そうだな……ほんの数日前にお前に憑りついたばかりの俺には、お前たちの深ーい関係は全く分からないよ。だけど……な……もう少し相手の気持ちも考えてやれよ……察しの悪いお前だから、かなりわかりやすく何度もアピールしているように感じるぞ……。
今回ばかりは弥恵のいう通り、初同伴で親密な関係になって情報を引き出すなんてことになりそうだが、それを止めるかどうかはお前次第だ。だが組織の殺し部門の長が暗殺されたという情報が、いずれは伝わってくるだろうからな……警戒されるだろうから、急がないといけないのは本当だぞ……。)
「弥恵……さすがにホテルまで行けとは一度も言ったことがないだろ?そこまで無理しなくてもいい。」
「えっ?いいの?じゃあどうするの?相手は政治家でしょ?用心深いから、簡単に何でもしゃべったりはしないと思うけど……。」
「ほかにも方法はあるはずだ。とりあえず時間は十分ありそうだから、遊園地に劇場など色々と連れまわしてみてくれ。点々と何度も移動すれば陰で護衛するのが難しくなって、土市達が姿を見せるかも知れない。
これから明日のデートコースを決めておくぞ。あらかじめ知っておけば、こっちは尾行するのも簡単だからな。宿の受付に王都の観光案内があったから貰ってきたはずだ……これで……。」