黒幕の正体
12.黒幕の正体
(これは……大きな建物……お城のような建物が見える……)
翌朝朝食後、ソファに腰かけて水晶玉を覗き込む。弥恵はようやく着物を着てくれたので、刺激もなくなり穏やかに精神集中ができるようになった。実際に占うわけではないのだが、それでも逸樹の動揺が伝わってきて、どのようにしてうまく黒幕が児童福祉大臣であることを伝えるか、考えがまとまらなかったのだ。
動揺して手の内が伝わってしまうことは致命的であるため、慎重に慎重を重ねる必要性があるのだ。
(宮殿……か?)
(そうかも知れない……それと……天井が高い大きな平屋の建物の中にたくさんの人……どこかのホールか?演劇?いや……そうではないな……壇上に立って人が何事か演説をしている。それを周りからヤジを飛ばしたり、拍手を送ったりしているな……みな紋付き袴の正装をして……座っている席には名前入りの拍子木のようなもの……人がいる席ではそれを立てているのかな?空席では横向きだ。)
(うん?それは議事堂ではないか?政治家が議論して法律や国の政治を取り決めている場所だ。首都の役場のテレビでは、国会中継だけはよく流しているからな……昔はいちいち議事堂へ行って見学しなければ、政治の内容など庶民には全く伝わってこなかったが、テレビジョンと言う文明の利器で随分変わって来た。
政治家などは雲の上の存在と言った感じが、少し近づいてきたと言われている。)
「黒幕は……政治に関わっている男かも知れない……。」
「うん?政治家……なのかい?そんな偉い人が……人買いなんて言う、卑劣な商売の黒幕をしているって言うのかい?」
「わからんが……取り敢えず宮殿と大きな建物が浮かんできた。どこの国でも首都の宮殿の隣には、国会議事堂があるから恐らくそこだろう。政治家の可能性もあるが、議員秘書とかも可能性は高いな。議員と一緒に行動して、連邦内はほぼフリーパスで通関できるからな。
人買いだけではなく、麻薬密売の黒幕も政治家がらみの可能性が出て来たな。」
「それで……どいつなんだい?」
(俺は政治家の顔も名前も知らないし、今のところ顔は浮かんできていない。男であるということしかわかっていない。とりあえず、王都へ行って国会見学でも申し込むか?政治家や秘書の顔を眺めれば、ピンとくるやつが浮かんでくるかもしれない。)
「取り敢えず、王都の国会へ行こう。顔や名前は……直接会ってみないと分かりそうもない。」
「ふうん……でも占いってすごいね。黒幕の正体に段々と近づいていけるんだ……あたいにも教えてくれない?あたいも今後の人生とか……占ってみたいし……」
(自分で自分を占うことはできないって言って断れ。)
「残念だが……自分で自分の未来を占うことは出来ない。」
「えーっ?そうなの?だったら逸樹が占ってよ……あたいの将来とか……誰と結婚するかとか……。」
「ぶほっ……けけ……結婚って……弥恵はまだ……」
「まだって何よ……あたいはもう20だよ!立派な大人の女なんだよ!」
(はあー……いい加減告白しろよ……)
(馬鹿言うな!弥恵にはもっとふさわしい相手がいずれ……)
(お前と一緒に殺し屋稼業をやっていて、いつ巡り合えるんだよ!まあいいや……凄腕殺し屋とやり合うには、弥恵の協力が必須だ。機嫌を損ねてもまずいから、いずれ占ってやると言っておけ。まずは黒幕の正体を探って、殺し屋の始末をすることが先決だ。)
「分った……だが今はダメだ。組織の凄腕の殺し屋が残っているからな。そいつらを倒してから、お前の未来を占ってやる。それまでは我慢しろ。」
「ほんとだよ!約束だからね!やったぁー……楽しみー……逸樹が運命には逆らえないと、あきらめる日が近づいて来たぁーっ!」
弥恵は飛び上がって喜び、一人悦に入っていた。
「じゃあもうやることもないから、テレビジョンを付けようよ……役場のテレビを人垣の向こうから眺めるばかりで、こんなに近くで見られることなんて、滅多にない機会だからね。もう畿東国の沖合だから、映るよね?」
「ああ……多分映るだろう……畿東国内ではテレビジョンの放送は一般的で、小さな漁村でも街頭テレビがあると聞いたからな。」
弥恵がテレビのところへ行き、スイッチのつまみを引っ張るが何も起こらない。
(うん?リモコンは……ないのか?リモコンがなければ、テレビは使えないぞ。)
(りも……こん?なんだ、それは……今弥恵がスイッチを入れたから待っていろ……段々と見えてくるから……驚くぞー……チャンネルの切り替えで、2つの番組から選択することもできるんだ。)
逸樹の言葉通りに何も映っていないテレビから声だけが聞こえ始め、やがて薄いグレー色だったテレビ画面がだんだんと明るくなってきて、そうして人の外形のようなものが映り始めてきた。
『王都の天気は、本日もすがすがしい晴れの模様です。
続いて、国会関係のニュースをお知らせいたします。』
テレビのスイッチを入れてから数分経ってようやく映し出された人物は、原稿をしばしば見ながらカメラ目線で次のニュースの内容を伝えた。
「おっ、ニュースの時間のようだな。王都は晴れか……歩きの移動も楽で助かるな。」
(どうだ?すごいだろ……今映っているテレビの中の人は、あの箱の中に入っている訳じゃない。遠く何百キロも離れた王都のテレビ局にいるんだ。それが……最新技術でこの箱の中へ伝わってくるという寸法だ。)
逸樹が自慢げに心の声にテレビ放送のことを教え、テレビ側のソファに深く腰掛けた。
(あ……ああ……す……すごいな……)
(なんだよう……あまりに驚きすぎて言葉も出ないのか?無理もないな……なんせ最新技術だからな。)
『こちらは国会前からの中継です。既に本会議が始まっておりますが、本日も議場へ向かう直前の大臣にインタビューしております。若手の中でも特に人気のある、児童福祉担当大臣の小杉大臣にお話を伺いました。
小杉大臣……本年度の予算申請では、特に福祉関係……待機児童問題に力を入れて行くということでしたが、本年度開始して半年ほど経ちますが、手ごたえと言いましょうか、改善状況はいかがでしょうか?』
『そうですね、王都では保育園に通いたくても通えない待機児童が、およそ1万人もいる状況です。認可保育園の数が足りないことに起因しておりますが……。』
テレビ画面が切り替わり、ショートカットで晴れ着姿の美女が、マイクを持って40歳くらいの中年男性へ、話しかけている画面となった。若手で人気があると言われた通りに、精悍でさわやかな印象がする、紋付き袴姿の男性だ。考えてみれば和装の着物姿ではあるのだが、髪型は髷を結ってはいない。
いわゆる散切り頭の状態だ。中には男性でも肩までの長髪も見られ、服装と髪の毛の色以外では男女ともに現代日本とさほど変わりない髪形をしているようだ。
「ああっ……きき……昨日言っていた……子供や母親を笑顔にするって……このことなんじゃないの?待機児童……問題って……政治家かも知れないって言ったでしょ?この人が怪しいんじゃないの?」
弥恵がテレビに映される中年男性を指さして、慌てふためく。
(どうなんだ?)
(ああ……こいつの顔を見て……何か強い嫌悪感を感じる。悪党の予感がするな……)
「ふうむ……弥恵のいう通りなのかもしれないな。ようし……児童福祉担当大臣の小杉だったな……こいつが人買いの黒幕かどうかは……こいつの周りに土市か新八がいるかどうかで判断できる。裏家業の場合は特に証拠なんか必要ないからな。土市達もろとも葬ってやる。」
「なんだか燃えて来たね……。」
その後ロボットが出てくる冒険SFもののアニメとかが放送され、弥恵がテレビにくぎ付けになっているうちに、やがて夕刻になって船が畿東国の港へ入港した。
「王都の中央区は官庁街で宿泊施設などあまりないから、商業施設が多い東区へ行こう。馬車で港から1時間ほどだ。今日の所は宿を取って、大臣のところへ出向くのはそれからだな。」
下船した後船着き場近くの馬車ターミナルへ向かう。
「でも……大臣って……えらいさんなんだろ?簡単に会えるものかい?」
「まさか……俺たちみたいな裏家業で、なんの肩書も持たない者は面会を申し込むことも出来やしないだろう。受付で追い返されるのが落ちだ。だから……大臣の家を見つけ出して、忍び込むしかない。
本当なら国会議事堂へ行って、議会が終わってから大臣の後をつけるのがいいんだが、残念ながらもう閉会しているだろう。港から中央区まで馬車を飛ばしても1時間以上かかってしまうからな……帰宅時間に間に合いそうもない。隣の区に泊って、夜の店を回って情報を集めるしかないだろうな。弥恵……出来るか?」
「えっ?ああ……うん……潜入捜査だね?いいよ……やってみる。」
弥恵がこっくりと頷いた。
「ほおー……若いし肌は白いし、目鼻立ちもはっきりしていてなかなかの美人だ。この子なら、すぐにナンバーワンの売れっ子になれるかもしれないぞ。今日から働けるかい?」
東区の馬車ターミナル近くの旅館に部屋を取り、太ももが露わの薄手の着物に着替えた弥恵が、濃い灰色の羽織を羽織った逸樹とともに、市場の通りと2辻離れた歓楽街の店の中へ入って行った。
「そりゃあもう……今日から働けますよ。少しでも早く金が欲しいんだったな?」
逸樹が隣に座る弥恵の方へ振り返り、背中を軽く叩いてやる。
「うん、あたい……故郷に幼い弟たちを残してきているから……少しでも早く稼いで仕送りしないと……。」
「ほおー……感心だね……国はどこだい?」
「蝦夷国です……」
「おお……通りで肌の色が白いわけだ。こういった店で働いた経験はあるのかい?」
「いえ……でも……食堂で配膳の仕事をしていましたから、お客さんをあしらうのは慣れています。」
弥恵が赤ら顔の中年男に対し、少し俯き気味に小さな声で答えていく。
「そうかい……場末の食堂とはちょっと趣が違うが、うちはお店の雰囲気も明るいし、健全なお店で通っているからね。お客さんもみな優しい紳士ばかりだし、政財界のお偉いさんとかも多いから、態度には気を付けなければならないが、怖いお客様はほとんどいないから安心していいよ……。」
店長なのか、美しい弥恵が評判になり、店の売り上げが上がることを想像しているのだろう、段々と興奮することにより赤ら顔がますます赤く上気していく。
「じゃあまずは……1週間働いてもらってから、お給金を決めようね。それまでは見習いで日に500Gだ。これでも破格の待遇だからね……有難く思ってくれよ。うちは週給制だからね、すぐに田舎へ送金できるよ。」
「はっはい……ありがとうございます。」
弥恵が腰を浮かせて、深々と頭を下げる。
「じゃああっしには……紹介料を……」
「おお……こんな美人さんなら何人でも連れてきてくれ……今後ともよろしく。」
店長は笑顔で茶封筒を逸樹に渡し、逸樹はそのまま店を出て行った。
(ほお……2000Gか……結構な稼ぎだな?特等の船旅は無理だが、先ほどの宿の宿泊料の前金が2部屋で800Gだったからな。そこそこの宿のようだったし……弥恵は美人だからな……)
(接待付きの高級茶屋……だからな……席料だけでも一人1000Gはする店だ。だが政治家も来る店なのはよかった、店の女の子たちから情報を得るつもりでいたが、客からもかなり情報を引き出せそうだ。
別に小杉大臣の情報ではなくても、議員宿舎の場所でもわかれば十分参考になる。大臣は地方出身者のようだからな……王都では官舎に寝泊まりしているはずだ。)
(ふうん……俺なら弥恵をそんな店で働かせることには、反対だけれどな……)
(馬鹿言うな……本当に働かせるわけではない……小杉大臣の情報を探りに行っただけだ。2,3日でやめるつもりだ。)
(俺なら、例え2,3日でも嫌だな……だって弥恵の体を見知らぬ男たちが触りまくるんだろ?)
(いや……風俗ではないから、そんなはずは……)
(だって隣の席に座ってお酌をしたり、話をしたりするわけだろ?ボディタッチと言うか、肩組んでみたり腰に手を回したり……するだろ?たまに間違ったふりして胸触ったりとか抱き着いたりとか……なんせ男は、そんなことしたくて高い金払って店に行くんだからな。
そうして親しくなってアフター……店が終わって店外デートの後でお泊りとか……誘うんだぞ!
何もしないでただ飲むだけだったら、席料1000Gの店なんかで飲むはずがないだろ?)
(ば……ばかな……これまでだって弥恵は標的の情報収集のために、歓楽街の夜の店へ潜入することがあったが、そんなことはひとっことも言ったことないぞ!)
(言う訳ないだろ?そんなこと言って、愛する逸樹に心配かけたり誤解されたくないからな。)
(そ……そんな……)
(いい加減気付けよ、自分の気持ちに……どうせ引退するんだから、今後は弥恵と一緒に……)
(ば……馬鹿な事を……言うな!弥恵は俺がしっかりとした男を見つけてやって、嫁に出すんだ!)
(はあ……お前と言う奴は……)




