王都へ
11.王都へ
「特等で構わないから、9時の便を2人分くれ。」
「はい……特等個室はダブルベッドが備え付けられていて、2人部屋となっております。シャワーとトイレも完備していて、ごゆっくりできますよ。」
売り子は笑顔で特等の切符を渡してくれた。
「ありがとう。」
売り場を後にして、逸樹が切符を確認する。
「うん?9時便は船内での食事の提供ができないから、ターミナルの食堂で食事することになっているな。夕食拳が2枚付いている。」
「ほんとだ……へえ……いくらにアワビにウニ……刺身盛り合わせの海鮮料理だって……豪華だね。」
逸樹のつぶやきを目ざとく察して、弥恵が券を奪い取るようにしてそれを眺める。
「以前王都行きで乗った時は、一等客室だったし7時便だったから船内で弁当を食べた記憶がある。海鮮弁当とはなっていたが、弁当箱のご飯の上に刺身やイクラなどがちりばめられたものだった。遅い便のほうが食堂で食べられるなら、そのほうがいいのかも知れないな。」
逸樹が以前出張で、王都へ向かった時を思い出しながらコメントする。
「そうだよ……食堂なら追加注文もできるしね。じゃあ、おなかも減ったし、食堂へ直行だー。」
弥恵が駆けだし逸樹も渋々急ぎ足で、ターミナル2階の大食堂へ向かった。
待ち時間は十分にあったので食堂で海鮮料理を堪能し、定刻の1時間前に船着き場へ向かう。桟橋の先には屋台船のような平たい屋根の船が停船していた。
弥恵とともに、前方から2つめの部屋に船の側面から直接乗り込む。小さな船なので船内の通路はなくデッキから直接部屋に入るよう、ドアが設けられていた。
(最前列が操舵室で、次が特等室。一等が3部屋続いてエンジンに近い最後尾が2等でこちらは大部屋か。2等は雑魚寝だから10人は入るとして、乗客が18人で船長や船員が4名くらい……22人乗りかな?)
(そんなものだろう……一等も特等も個室だから、俺は一人で乗船したがね。)
(だが……さすがに特等だな……トイレとシャワールーム付きで……ソファーとテーブルにベッド……高いのも分かるね。部屋の広さだけなら2等と変わらないくらいあるんじゃないのか?)
(そうだな……それよりも……占いだ……船が揺れて精神集中できなかったら困るというから早めに乗船したんだぞ、すぐに占ってくれ。)
(はいはい……まだ1時間もあるというのに……せっかちだな。ちょっと待て……こ……これは?)
(ああそれは、テレビジョンとかいう受信装置だ。映画は知っているか?大きなスクリーンに映像が映し出される……劇場へ行かなくても役者が演技をしている芝居を見られる……小説とかの物語を演じるのだな……その映画のような映像を、電波という目に見えないものを伝って、この受信機で映し出すと聞いた。
しかもリアルタイムで……新聞とかで扱う連邦各地の出来事など、今ではすぐにこのテレビジョンで放送されるようになってきている。と言ってもこの受信装置は高価でね……普通の家庭では購入できるような代物ではない。蝦夷国内では宮殿内はもちろんだが、その他では役場など公的機関にある程度だ。
畿東国では王都の主要な道路わきの街頭に設置してあるようだが、蝦夷国では独自の放送局もない。畿東国で制作した放送を受信しているだけと聞いた。さすがに特等だな……こんなものまで備えているとは……)
心の声の質問に、逸樹が得意げに答えてテレビのスイッチを入れる。
「あっ、テレビだ……でも、蝦夷国内じゃ首都の宮殿と役場の周りでしか映らないんでしょ?テレビ塔とかいうのが、建ってないとだめだって聞いたよ」
ザーという音とノイズしか映らないテレビの画面を、弥恵がのぞき込んできた。
「ああそうだな……畿東国へ行けば映るようになるさ。明日の午前中かな……それよりも弥恵……お前その恰好は何だ?まだ寝るには早いんだぞ。」
「えっ……だってぇ……海鮮おいしいから食べ過ぎちゃって帯がきつくって……でも、ここは個室だから誰にも見られないし、下着でも構わないでしょ?」
弥恵はすでに着物を脱いでいて、膝丈よりも短いスケスケの襦袢と腰巻を付けているだけのようだ。
「ばっ……ばか……俺もいるんだぞ!」
「えーっだって逸樹は家族のようなものだから……見られたって平気だし……全然かまわないよ。」
(お……俺が構うわ……)
(さすがに声に出して言う勇気はない訳ね……女として意識していると悟られると困るからな……)
(そ……そんなんじゃあない!)
「テレビは明日だよ……」
目のやり場に困った逸樹がじっと波模様が映る画面に見入っているので、弥恵がテレビのスイッチを切った。
(なんまいだーさんまいだーよんまいだー…………)
(おいっ、まだか?)
(まだかって……始めたばかりだぞ。)
特等客室のテーブルに水晶球と香炉を置き、お香を焚きながらソファに座り精神集中(の真似事)をする。勿論、人買いの黒幕の正体を占うためだ。
(しかも、やりにくい……)
弥恵がテーブルの向こう側のソファに座り、一緒に水晶球を見つめているのだ。前かがみの格好は胸の谷間が襦袢の襟元からあらわになり、そうでなくともスケスケの襦袢……目を凝らせば透けて見えそうな、その美しい姿に目のやり場に困るどころか、吸い寄せられるかのように視線が向いてしまう。
(みっみるんじゃない……)
(見るなったって……お前の体だ……俺の意思ではなく、お前の意思で視線が弥恵の胸元に向いているんじゃないのか?心臓の鼓動が早くなって……ちっとも集中出来やしない。)
(そ……そんなはずは……)
(お前……ナイフを突き立てられた弥恵の乳房を治療しようとした時、弥恵が勘違いしてお前が服を脱げと言ったことを喜んだことで、弥恵もお前のことが好きだと初めて気付いたようだな?
娘なんだって何度も自分に言い聞かせて我慢していたのが……タガが外れたようになっているな……無理もない……性格はいいわ奇麗だわ最高の女だものな……いいんじゃないか?両想いなんだし、結ばれてしまえば……。)
(馬鹿を言うな、弥恵は幼いころに俺が拾って育てた、娘なんだ。)
(そう思えなくなってきているんだろ?無理はしないほうがいい。正直に伝えたほうが、弥恵だってきっと喜ぶはずだぞ。)
(ダメだ……この子はまっとうな生活をするべきなんだ。殺し屋なんかと一緒にいつまでもいるべきではない。)
(だが……彼女はお前と一緒にいることを望んでいるだろ?だったらお前が殺し屋をやめるという選択肢だってあるはずだぞ!)
(俺が……?殺し屋を……?やめる……だと……?やめてどうする?どうやって生きていく?)
(そりゃあ……いくらだって生計の立てようはあるはずだろ?別に訪問販売のセールスマンをやれとは言わないさ。金はある程度貯まっているんだろ?それを元手に土地を買って、畑耕して農家やってもいいだろうし、商売を始めてもいいんじゃないのか?
料理はうまいのか?弥恵はどうだ?夫婦で居酒屋とか、いいんじゃないか?だが……最適と思うのは……やはり殺しの技術をそのまま使える、冒険者でいいんじゃないか?
弥恵だってスナイパーとして一流なんだろ?2人だけでチーム組んでも、ダンジョン制覇位訳ないだろ?)
(そんなに簡単なものじゃないはずだ、冒険者たちに失礼だぞ!)
(ふうん……俺は十分やって行けると思っているけどな。どの道、組織から抜けたわけだ。裏切ったのは向こうかこっちかなんてどうでもいい……暗殺部門のボスを葬ったわけだからな……組織からの追手にも追われるだろうし、こっちから人買い部門と麻薬密売部門両方を潰そうとしているくらいだ。
戻りたくても戻れやしないんだぞ、次の人生……と言うか生き方を考えておいた方がいい。
大きな組織なんだろ?だから親父殿の死が伝わることも時間がかかるだろうし、ましてやお前が殺したことは、簡単には分からないかも知れない……弥恵を尋問しようとしていた奴らだって、お前の姿を見たやつは全て殺したし、支部や本部でもそうだった。
裏切りを知っているやつには、お前は死んだことになっているからな。だが同じように、こっちが他部門の長を探ることは難しいはずだ。
いずれお前が生きていることが知れ渡る前に、黒幕だけじゃなく組織の長だって倒さなければ、安心して暮らす事なんかできやしないぞ。)
(分っているさ、そんなこと……お前より組織の内情は詳しいんだからな。だが一番の強敵は、俺と同じように親父殿から秘技を受け継いだ奴らだ。そいつらの居所を探るには、黒幕を見つけるのが早い。)
(だから、これから黒幕の正体を占おうとしているんだろ?気が散るから目線をもっと下げて、それから占いらしく、呪文でも唱えて見せろ。弥恵に怪しまれても困る。)
(分った……)
「さんかっけいのめんせきはていへんかけるたかさわるに……」
「なんか見えた?」
逸樹が何事か呟き始めたとたん、弥恵が怪訝そうに逸樹の顔を覗き込むように身を乗り出してきた。
「だから……これから黒幕の正体を占おうとしているんだって……頼むから邪魔しないでくれ。強度な精神集中が必要なんだ。」
「はーい……おとなしくしてますー……だけど逸樹はすごいね……回復魔法の次は占いか……行者にでもなるつもりだった?」
逸樹に制され弥恵は少し頬を膨らませながら体を反らし、ソファの背もたれに体を預けた。スケスケの襦袢は、その半裸に近い抜群のスタイルをますます露わにさせる。
(ううむ……挑発しているのかな?)
(見ない見ない……)
「へいこうしへんけいの……」
逸樹は必死で心を落ち着かせようと、幼い弥恵に出会ったばかりの頃を思い浮かべ始めた。
当初は与えた食べ物も、奪い取るようにして部屋の隅へもっていって背を向けて食べていて、徐々に慣れて来て一緒に食事ができるようになるまでに、1ヶ月以上もかかったこと……10歳のはずなのに、言葉を発して学校へ通い始めるまで2ヶ月以上かかったことなど、懐かしい場面を思い浮かべていた。
(何かわかったか?)
(ああ……沢山の子供たちの姿が浮かんできて……妊婦や若い女の人……子供連れだから、母親だろうな……そう言った人たちを見ている黒い影……子供や母親に関係する職業についている奴だろうな。)
(ふうむ……助産婦……か?)
(いや……対象は男だ……だから違うだろう。まずは結果を弥恵にも教えてやって、一緒に考えて行こう。俺にはこの世界の職業など、詳しくはないからな。)
「たくさんの子供たちと……その母親……だな?妊婦も見える……それらにかかわる男のようだ。」
「えーっ?男の産婆さん?」
「いや、違うだろう……。」
「もっと何かないの?」
(子供も母親もみんな笑顔を見せている……子供や母親を笑顔にする……そう言った職業だな……)
「子供や母親を笑顔にする職業のようだ……」
「大道芸人さん……かな?他には?」
(とりあえず今日はここ迄だ。弥恵の格好でお前が動揺し過ぎて、こっちにも伝わってくるから精神集中が出来ない。まだ到着までに時間があるから、続きは明日だ。)
「今日はここまでで、続きは明日だ。もう寝るぞ。」
「分った……じゃあ、シャワーでも浴びてこよおっと……このところお風呂に入れてなかったから助かるわー……逸樹のおかげで傷もきれいに治ったし……。」
弥恵が備え付けのシャワールームに入って行き、部屋の中がようやく静かになった。
「来て……。」
弥恵がダブルベッドの上から、なまめかしく手招きしてくる。弥恵に続いて逸樹もシャワーを浴びて、シャワールームから出てくると、すでに部屋の照明はほとんど落とされて、薄暗い状態だった。弥恵はすでにベッドインしており、逸樹を呼び寄せる。
「おっ俺は、ソファで寝るから弥恵はベッドで寝ろ。」
「えーっ?なんでようー!ダブルベッドだよー……2人用なんだよー……。」
ベッドの上で横になっていた弥恵が上半身を起こして、両手を伸ばして逸樹を招く。
「俺は寝相が悪いから一緒には寝られない!じゃあ、お休み。」
逸樹は一気にまくし立てると、弥恵に背を向けてソファーの上で丸くなった。
「馬鹿逸樹…………。」




