苫小町港
10.苫小町港
(任せておけ、黒幕の正体を突き止めるのに、かなり自信がある。)
(そ……そうなのか?よし分かった……恐らくここでも組織に関する資料は得られないだろうからな。万一警察の捜索が入った場合を想定して、重要書類などは保管していないはずだ。)
「まずはここから出るか……眠らせたやつらを縛り上げるのを手伝ってくれ。」
「ははは……はい……でも、本当に大丈夫なのかい?」
「ああ……大丈夫だ……ほらっ。」
不安そうに見つめる弥恵の前で、逸樹は何度もその場で飛び跳ねてみせた。
「ふうん……治癒魔法が効いたんだね?だったらよかった……。」
矢とクナイを抜いた後で逸樹が治癒魔法をかけて血止めしてやり、その後全員の手足を頑丈なロープで縛り上げ、さるぐつわを噛ませた。
「金まで持ち去るのかい?そこまでしなくても……だって……汚れた金だよ!」
全員を拘束した後、壁の隠し金庫を開けて中の金を大風呂敷に包みこむ。予想通りここでも黒幕や組織に関する資料は、何も得られなかった。
「強盗に見せかけるためだ。それに……さっきも街中で孤児院や教会を見つける度に、少しずつ金を置いて来た。汚い金だが、少しでもいいことに使えればいいだろ?」
「へえ……街中で何度も馬車を止めて出て行くから、下痢ピーなのかと思っていたけど違ったんだね?じゃあ、あたいも半分持つよ。」
先ほどの倍ほどもある札束は、逸樹一人で持ち上げるのは厳しそうに見え、弥恵も手提げカバンから大風呂敷を取り出して札束を乗せて包んだ。
ゆっくりと階下へ降りて行き先ほどの商談部屋へ入ると、副所長も美人店員も出る時そのままに縛られたままじっとしていた。
「所長が帰ってきたら、強盗に入られたと伝えろ。強盗は2階へ上がって、1時間程で降りてきたこともな。
お前らは決して2階へ上がるんじゃないぞ……上がったら命はないものと思え……。」
「はっはい……2階へ上がれるのは所長だけで、他の事務員は私含めて1階しか知りません。」
逸樹が副所長の背後に回り、さるぐつわを緩めてやると副所長は小さな声で答えた。
「そうか……その教えは守ったほうが、今後の営業にも役立つぞ。所長はいつ帰る?」
「は……はい……明日の予定です……。」
「そうか……判った……後で所員を越させてやるから、自由になっても騒ぎ立てるなよ。所長が帰ってくるまでおとなしくしていろ。必ずどこかで見張っているからな。」
「は……はい……わわ……分かりました。」
逸樹は副所長のさるぐつわをきつく締めなおすと、立ち上がって部屋を出て行った。
「色々と旅行グッズまで買わせていただいて、随分と楽しい旅行になりそうだな?」
「そうですわ……副所長さんと店員さんのおかげで、いろいろなプランを吟味できましたからね。ご一緒する皆さんも、お喜びになられるでしょうね……。」
先ほどまでの殺気を全て消し去り、大荷物を手に部屋から出てきた逸樹と弥恵は、すでに良家の父親と娘そのものだった。
「では……副所長さんもあの美しい店員さんも、ホテルや切符の手配で忙しいからと、本日の定時時間までは、こちらの業務はお任せすると伝えてほしいと言われてました。
業務終了後に、あの部屋へ様子を見に行ってあげればいいのではないですかね……。」
「はっ、そうですか……これはわざわざ、ありがとうございました。楽しいご旅行を、お祈りしております。」
カウンターに座って客待ちしている店員に、逸樹が定時後に商談室へ行くよう言付けしておく。これで今日の夕刻までは、誰にも知られないはずだ。そうして親父殿の死は……明日迄は知られないはず……。更に変装をした逸樹たちを知るものは、誰もいない……。
「これからどうするの?連邦の主要都市へ行くってことは……まずは王都かな?駅馬車のチケットを、下で買っておけばよかったかね?それと宿の手配も……。」
旅行代理店から出た後で、弥恵が今出たばかりの店を振り返る。
「まさか……さすがにあの店で王都迄の切符の手配をすることは出来ないだろ……所長が戻って来たなら副所長が強盗が入ったと連絡するから……そいつらが王都へ逃亡したとすぐにばれてしまう……まあ、副所長は何も知らないから、俺たちの素性がバレるまで時間は相当かかるだろうがな。
その俺たちが王都へ向かったことが分かれば、さすがに向こうの組織に連絡するだろう。そうなるとまずいからな……ただの強盗とは思わないだろうが、殺し屋稼業は恨みを買うことが多いから、これまでに潰した新興勢力の手のものとか……色々と憶測されていたほうが行き先が分からなくて都合がいい。
殺しを扱う専門部門の長が逆に殺されたなんて……恥ずかしくて他の部門に言えないだろうと俺は期待している。なんとしてでも自分たちだけで犯人を捕まえて、それから報告しようとするはずだ。だから当面は俺たちはフリーと思っている……裏切りを知っている奴らにも、俺は死んだことになっているはずだしな……。」
「ふうん……じゃあ、どうするんだい?」
「また戻って行くことになってしまうが苫小町へ向かって、そこから船が出ているから、船だと丸一日あれば王都へ着くことが出来るはずだ。まずは貸し切りした馬車で馬車ターミナルまで行こう。そこから駅馬車に乗って行った方が、足がつきにくい。」
「分ったよ。じゃあ、また着替えだね?」
「そうだな……。」
(ちょっと待った……)
(どうした?)
(ああ……人買い組織の黒幕を探しに王都へ行くわけだろ?連邦政府の要人なら、王都にいるはずだから王都へ行くのは間違っていない。だが……王都って言うからには大都市なんだろ?そんななかから、どうやって見つけるつもりだ?)
(それは……俺が所属している暗殺部門はここ蝦夷国に本部があった。だが支部や支店は連邦中にあって、多くは主要都市の中で旅行代理店に偽装されているはずだ。数ヶ所はこれまでの殺しの出張で立ち寄ったから知っているし、王都の中でも2軒は知っている。
まずはそこからだな……所長なら裏家業のことを知っているから殺さないまでも締め上げて行けば、辿って行けると思っている。)
(それは……殺しを請け負っている部門だけなら辿って行けるだろうが、他部門はどうかな……現に殺しの組織の中核であったお前が、他部門のことを全く知らないわけだろ?所長が知っているのであれば、今この店の所長が帰るのを待って締めあげれば済むことだ。そんな簡単ではないわけだろ?)
(そうだ……ここの所長は恐らく他部門のことなど知らないはずだ。知っているのは恐らく親父殿と道三だけだっただろう。)
(だったら王都の所長だって同じはずだ……なんせこっちは殺し部門とはいえ本部なんだからな。そこの所長が知らないことは、支部の所長は知らないだろ?)
(そうなると……どうする?どうすればいい?殺し屋が放たれて襲ってくるのを、常に待ち受けているのか?)
(だから……さっきも言っただろ?俺が教えてやるよ……)
(お前が?記憶のないお前が、どうして黒幕の正体を知っている?魔法の呪文を知っていて怪しいとは思っていたが……お前実は……過去の記憶があるんじゃないのか?お前は何者だ?)
(いや……本当に俺は、過去の自分のことは全く思い出せない。断片的な記憶がたまに蘇ったりするだけだ。しかもそれが、俺の正体に繋がる記憶ではない。魔法の呪文だってそうだ……ただ単に呪文を以前聞いていた記憶があるというだけで、その背景など全く分からない。
だが……お前たちがこれまでに使った秘技……とかあるだろ?あれと同じことが、俺にも出来るかも知れないんだ。)
(神脚が使えるとでも言うのか?)
(いや、そうじゃない。あれはお前と親父殿のオリジナルだろ?そうじゃなくて……祈祷……と言うか占いだな……俺が黒幕の正体を占ってやるよ。的中率はかなり高いはずだぞ!)
(占いだって?やっぱりお前の過去は……神官なのか?いや……攻撃魔法まで知っているから、大賢者とか……大教皇とかかな?いや……大僧正の方が……近いのかな?)
(分らんが……祈祷には道具が必要だ。護摩をたくからな……お香とか香炉とか売っているところへ行きたいは、知っているか?)
(分った)
「まずは……市場へ行くぞ!」
「へっ?」
待たせていた貸し切り馬車に乗って、市場へ向かった。
(さてどうする?何が必要だ?)
(ここは……どういった店だ?)
(だから……神官や巫女などが祈祷をするときに使う、お香や護摩木に香炉や囲炉裏などを売っている店だ。魔物との戦闘には使われないから、さすがに武器屋や道具屋ではこれらは扱っていない。
こちらは宗教儀式だからな……他に、水晶玉なども売っているぞ。)
市場の中ほどにある仏壇や神棚などを扱っている店のようで、見た目はまさに仏具屋だが、奥の方に香炉なども販売している様子だ。
(おおそうか……さすがに囲炉裏は持ち運べないから、香炉とお香を買って行こう。それと……水晶玉もあったほうが占いにはいいな。)
(す……水晶玉も……か?香炉やお香は大したことないが、水晶玉は……結構値が張るぞ、必要か?)
(もちろん必要だ。黒幕の正体を知りたいんだろ?けちけちするな!水晶玉を置く座布団のようなものと、持ち運びするためのケースも買うんだぞ……傷でもつけたら大変だ。あと……蝋燭……大きめのを数本。)
(分った……)
心の声に言われるがまま、占い道具を数点買い込み店を出る。既に来る道すがら馬車の中で道着に着替えているので違和感丸出しだが、冒険者仲間の神官に頼まれたといい訳をしておいた。
仏具屋を出て貸し切り馬車に乗り首都南部近辺の旅館へ行き、ロビーで時間をつぶしてから、今度は徒歩で中央馬車ターミナルに向かい、そこで南行の駅馬車に乗り込んだ。
10人乗りの大型駅馬車は、中継地点で馬と御者を変えながら短い休憩のみで20時間で苫小町へ到着した。
勿論、貸し切り馬車に乗っている途中で教会や孤児院を見つけると、先ほど奪い取った金を小分けして玄関先にそっと置いて行った。旅館へ着くころには、風呂敷包は空となっていた。
(ここは、4日前に来た街だな?山の中に入って行って、だまし討ちを食らって死にかけたところだ。お前の記憶にあったぞ。)
前回来た時は待ち合わせの旅館へ直行し、そのまま馬車で山へ向かったが、潮風の香り漂う漁港のようで、港には海産物を扱う商店や、食堂などが建ち並んでいるようだ。
(ああ……ここで弥恵と待ち合わせていた。ここは小さな漁港だが、王都向けの帆船が出ている。蝦夷国は海に囲まれているが、周り中遠浅で水深がなく、大型船が着岸できない。だから海外との交流に不便だが、それでも西側の港からは小さな帆船が出ていて、西の蛮国とも交易をしている。
本格的な西欧との交易は、やはり畿東国から大型船で行うか、畿西国から陸路で行われているが、蝦夷国でも細々と蛮国相手の交易は行われているようだな。
南側の海沿いの町からは小さな帆船が、王都向けに出ている。こちらは途中寄港せずに行くから、おおよそ25時間で王都まで到着できる。陸路だと駅馬車を乗り継いで行っても4日近くかかるから、ずいぶんと時間短縮が可能だ。)
(そうか……それは都合がいい。乗合馬車では無理だったが、船は個室を取れよ。そうすれば船の中で占いが出来る。黒幕の正体がわかれば、王都に着いたらすぐにそいつのところへ行けばいい。)
(分った。)
「王都行の船の個室に空きはあるか?」
港にある旅客船乗り場脇のターミナルへ入り、切符売り場で出発時刻の確認と個室切符を申し込む。
「はい……午後7時の便はすでに満室ですが、午後9時の便なら空きはありますよ。今は風が北風で追い風なので、通常より早く23時間で王都に到着いたします。ですが……一等はすでに埋まっていて特等の1室のみ空いております。」
切符売り場の若い売り子は、時刻表と予約状況を見比べながら、申し訳なさそうに説明した。
(げっ……特等は5千Gだって?小さな馬車なら1日借り切っても200Gくらいだったよな?駅馬車を乗り継いでも1日分で同じくらいだった……陸路だと4日かかると言っていたから800Gとして……6倍強か……高いな……。奪った金を少し取っておけばよかったな……すべて配り終えてラッキーとか思っていたが、取っておけば……。)
(仕方がないさ。それに……手持ちの金は十分あるから心配するな。)




