決戦
9.決戦
(動けないのか?)
(突っ込んでいくことは可能だが、その瞬間に神脚を使われたら後方の弥恵が危険だ。向こうの動きに合わせて対応するしか手はない。大丈夫だ……お互い手の内は知り尽くしているから、そうそう動けない。カウンターを食らう恐れがあるからな。
攻撃魔法の呪文を唱えるにしても……集中力が必要だし詠唱で勘づかれてしまうから、そこを突かれるとまずい……こんなに近距離だと魔法は無理だな……あとは……弥恵の射撃頼りだ。)
親父殿は3,4mの距離を取りながら左右に数歩ずつ、反復横跳びさながらに止まらずに常に動いている。
繰り返し動作ではなく、不規則に左右へ動いているのだ。弥恵の弓を警戒して常に逸樹の影に回るよう、弥恵や逸樹が動くたびに位置を変えている。隙を伺って攻め込むときの初動を、悟られないような意味もあるのだろう。
「あの時……果てしない海を見ていた……あなた……何を想うの……」
(う……歌?……しかも鼻歌じゃなくて……口ずさんでいるのか?この非常時に……)
突然背後から、高音の歌声が聞こえてきた。しかもはっきりと音程迄聞き取れるほどの声量で……。
「この街の……」
それまで止まっていた逸樹が一瞬身をひるがえすと、左わきをかすめるようにして矢が前方へ飛んでいく。
”シュタッ”親父殿も丁度体重を左側にかけていた様子で、タイミングよく左へ避けることが出来たようだ。矢は後方の壁に突き刺さった。
「この世界の……」
またまた逸樹が身をひるがえすと、今度は右わき腹をかすめるように矢が前方へ飛んでいく。
「ぐあっ!」
ちょうど体を左側に移動しようとしていた親父殿は、避けきれずに左わき腹に矢を食らって思わずよろける……何とか踏ん張ったが、前かがみの視線の先に逸樹の下半身が映る。
「ちっ!」
すぐに後方へ引こうとしたがもう間に合わない、一瞬早く逸樹のナイフが親父殿の喉を掻き切った。
「ぐぼっ……」
恨めしそうに逸樹に視線を残したまま、あおむけに倒れる親父殿。どくどくと流れ出る大量の出血は、彼の死を意味していた。それでも逸樹は、油断せず視線を動かさない。
(う……お……おえー……)
伝わってくる不快感を、逸樹は何とかこらえる。
(悪いな……息絶える所を確認しないと、こっちがやられてしまう。)
(あー気持ち悪い……夢に出てきそうだよー……簡単に倒したようだが……かなりの強敵だったんだろ?)
(ああ……弥恵との連携がうまくいった……そうでなければ恐らく結果は逆だっただろう。魔法は、この至近距離では使いようがないからな。)
(お……お前よりも、親父殿のほうが強いのか?)
(当たり前だろう……親父殿は俺の師匠でもあり、今でも組織の殺し屋ナンバーワンだ。
だから弥恵との連携技を使った……俺たち独自の合図で、一方が攻撃する技だ。弥恵が攻撃する場合は、彼女が歌を口ずさんで、一定の音程の時……今日はラの音だな……曜日によって変えている……その音になったら、俺の体の中心めがけて彼女が矢を射抜く……その瞬間俺は身を翻すわけだ。
俺の動きが遅れても、弥恵の狙いが少しずれても失敗する……余程信頼し合っていないと使えない技だ。
勿論、実戦で使ったことはない……模擬矢で常に練習はしているが弥恵は使いたがらないわな……失敗すると大事だからな……だが今回ばかりは仕方がない……俺たちだけの秘技が使えなければ敵わない相手だったからな。)
(はあ……だから歌を歌いだしたというわけか……緊張をほぐすために歌っているのかと思っていたよ。それだけ親父殿が強敵だったということだな?)
(親父殿は普段は事務方に退いているが、他勢力との抗争が起きた際は親父殿が真っ先に飛び出していって、相手方の中枢の大半を葬ってしまう。俺たちに残されているのは、大抵はどうでもいい雑魚だけだ。
親父殿がいるから、組織が大きくなれた……殺し屋稼業同士の抗争時は、ほとんどの場合は互いの戦力を削り合って、勝ったとしてもダメージが大きすぎて廃業を余儀なくされる場合が多いと言われている。
だから、よほどのことがない限りは、互いに尊重し合って縄張りを犯すようなことは絶対にしない。殺し屋稼業で、新興勢力がなかなか大きくなれないのはそのためだ。空きスペースを見つけて、そこに陣取ることが出来ても、それ以上縄張りを広げることは難しいから、そのうちに食い詰めて自滅してしまう。
大組織は自滅した新興勢力が開拓した地盤を、楽々いただいてさらに大きくなっていくという寸法だ。
だが……うちの組織は違った……他組織のしのぎを奪った上に、最終的には縄張りもいただく……すべては親父殿の凄腕ありき……だったわけだ。今では連邦の7割が、組織の縄張りだ。
親父殿は俺が使える神脚のほかに、2つの秘技が使えると聞いたことがある。それぞれ信頼できる部下たちに、一つずつ秘技を伝授していたようだな……飛び道具の弥恵がいたから使えなかったのだろうが、1対1なら間違いなくやられていただろう。)
(はあー……そうなると、まだ2人……組織には秘技が使える強敵がいると言う訳か?一人は実の息子の道三だろ?そうなると残りはあと一人……組織を裏切ったお前たちは、追われる立場だと親父殿は言っていたからな……)
(いや……道三は……残念ながら親父殿のような才能はなかった。と言っても、超一流にはなれなかったというだけで、一流の殺し屋ではあったのだがな。だが秘技を伝えられるほどの腕前ではなかったから、途中から事務方に徹していた。だから、組織には秘技の使い手がまだ2人いる。)
(どんな秘技なんだ?)
(それは知らされていない。俺の神脚も……親父殿と道三以外は、組織の人間は誰も知らないはずだ。だが……そいつらの名前は知っている……土市と新八だ。俺が知っている情報では、そいつらは人買いや麻薬密売組織の黒幕ともいえる、連邦政府の要人の身辺警護についているはずだ。)
(そうなると……組織を完全につぶすには、その黒幕達と秘技を使える組織の奴らを合わせて倒す必要があるということか?そうしなければ組織から死ぬまで追手をかけられて、ぐっすり眠ることもできない訳か?)
(そういうことになるだろうな……)
(わかった……だがなあ……いくら悪人でも……殺してしまうのはどうかと思うぞ……生かしたまま捕らえて警察に引き渡せば、懲役刑となって刑務所送りだろ?死刑になる可能性だってあるだろうが……判決は、公正に第3者にゆだねたほうがいいと思うぞ。)
(それは無理だ……さっきも言ったが、人買いや麻薬密売組織の黒幕は政府の要人だ。しかも連邦政府の要人であり、ここ蝦夷国一国だけの問題ではない。だから、いくら連邦あげて軍隊や多くの冒険者たちを使って、凶悪犯罪撲滅を図ったとしても、情報はダダ洩れで捕まるのは新興や弱小組織だけだ。
本当の悪はたとえ捕まえたところで、黒幕が手を回してすぐに釈放されてしまうのが落ちだ。黒幕に至っては、よほどの証拠を提示しない限り、連邦政府は捜査すらしないだろう。
それくらいの権力者なんだ、こちらで片を付ける以外方法はない。)
(はあ……そうかも知れないが……何か方策が……悪行が世間に知られてしまえばいい訳だろ?みんなが知ってしまえば、そんな奴政府の要人であり続けられるはずがない。)
(だから……これまでだって何人何十人と、奴らの悪事を暴こうとした人間が現れてはきたが、都度証言台に立つ前に暗殺されてしまった……今では報復を怖がって、証言しようとする人間は一人もいない。
勿論……それらの仕事を請け負ってきたのは、俺たち殺し屋だがな……俺は明らかな悪人以外の殺しは断ってきていたが、土市や新八は何でも引き受けた。だから……奴らも今では、政府要人秘書だ……中学校もまともに出ていない殺し屋のくせに、なんと上級公務員だぞ。
連邦から給料が出ているし、引退したら十分すぎるほどの年金もらって、悠々自適の生活が約束されている。)
(うーん……大体は納得したが……だけど政府要人ともなると警備の人間は沢山いて、そのうちの大半は裏事情を知らない、ただの軍人とか警察官だろ?そいつらを巻き込むのだけは何とかならないか?)
(まあ……出来るだけはやってみるつもりだ。俺は昔から悪人以外は葬らない主義だからな。)
(頼むよ……)
(任せろ。それよりも、まずは弥恵をねぎらってやらなければな……)
「弥恵……よくやった。」
「ううう……きき……緊張した……」
「ああ……だが、しっかりとやり遂げた。さすが弥恵だ。だが、これからが大変だぞ。組織は間違いなく俺たちを追ってくるからな。いつまでも逃げおおせるものではない。だから……こちらから打って出るぞ。」
「打って出るって?」
「こちらから出向いて組織をつぶしていくんだ。」
「へへへ……悪の組織なら……潰すのは大賛成だよ!人買いの組織とかでしょ?」
「ああ、もちろんだ。」
「やったぁー……長年の夢が叶う時が来た……あたいの夢は人買い組織なんていう人の道を踏み外した悪が、この世から消え去ることだからね。でも……連邦中に散らばっているのだろ?まずはどうするんだい?」
「俺たちが裏切った……実際は親父殿らが裏切って俺たちを手にかけようとしたのだが……もともとの発端は弥恵の裏切り行為だったわけだからな……俺は知らなかったとはいえ、裏切り行為の片棒を担がされてきたわけだ。人買いや麻薬組織の密輸ルートを、公表されるたびに弥恵に教えていたからな。」
「だから……ごめんって……」
「恐らく俺たちの裏切り行為は、蝦夷国内の殺し部門内ではある程度知れ渡っていただろう。首都中央の連中が本部であるここ、首都南部へ応援に来ていたことから明らかだ。だが……俺たちが裏切っていた証拠を探すために、弥恵に隠れ家の場所を吐かせようとしていたことからも、全体への報告はされていないはずだ。
証拠もなしに身内を勝手に処分することは、組織のおきてに反するからな。だからこそ、なんとしてでも証拠をつかみたがっていたわけだ。
俺たちの組織は、俺と弥恵が所属する殺しを担当する部門と、孤児や借金のかたなどで子供を連れ去り、金持ち相手や労働力として提供する人買い部門と、大麻やアヘン、コカインに覚せい剤などを扱う麻薬密売部門の3つから成り立っている。人買いと麻薬密売部門は、俺たちの裏切り行為を知らされていない可能性が高い。
だから素知らぬ顔で他部門へ乗り込んでいって、何とかして黒幕の正体を掴み、そいつらを暗殺する。
頭を叩いてしまえば、後は何とかなるだろう。それこそ証拠をつかんで警察に引き渡せば、間違いなく有罪だ。政府要人の後ろ盾がないからな。
だが、急がなければならない。ぐずぐずしていると親父殿と道三が殺されたことに気づかれる可能性がある。
とりあえず弥恵が密告したおかげで、今は人買い組織撲滅を掲げて、連邦中の国境の検問など大掛かりな捜査を展開しているはずだから、組織も目立つ動きはできないはずで、拠点間の連絡も控えているはずだ。付け込むなら今がチャンスと言えるだろう。
少なくとも土市と新八だけは、片付けておきたい……奴らがいなければ、後は何とかなるはずだからな。」
「ふうん……その……土市と新八ってやつらがいる所は、分かっているのかい?」
「いや……全く分からない。要人警護のSPについているはずだが、そもそも黒幕と言われている要人が誰なのかすら、俺には分からない。組織の各支部をつぶしていって、そこの所長クラスを尋問して聞き出していくしかない。基本的に各組織は独立採算制だからな……横のつながりなどない。
だから……人買いや麻薬密売の中枢組織の場所すら、俺には分からない。それでも各支部は……同じ穴の狢だからな……連邦中の主要都市へ行って探ればわかるはずだ。ごほごほっ……くぼっ!」
「きゃ……ど……どうしたんだい?あっ……血を吐いたじゃないか……親父様にやられたのかい?あたいには見えなかったけど……。」
突然逸樹が口元に右手を当て咳き込んだが、指の隙間からどす黒い血が流れ出た。弥恵が焦ってハンカチを取り出して、逸樹の口元に当てる。
(親父殿にやられた傷だが、今じゃないな?だまし討ち喰らって背中から刺されたときの傷口が、かなり前から開いていたようだ。なんせ本格的に治療したわけではなく、初級魔法で内部の出血を止めただけだからな。
神脚の秘技使ったりもして体に負担をかけたから、傷口が開いたんだろうな。これまで親父殿の処まで早急にいくことに全神経を集中させていたからな……痛みも感じなかったのか。
体力も魔力も使う治癒魔法を自分にかけると、体力消費が大きすぎて効果が期待できないから、初級魔法だけにしておいたのが失敗か……取り敢えずまた治癒魔法で止血しておけ。意識を痛みのもとに集中して、体内部の止血を行うんだ……。)
「生きとし生けるもの全てを御霊う癒しの神よ、傷つき倒れ伏した……………………」
「だだだ……大丈夫かい?お医者様……呼ぼうか?」
「あ……ああ……大丈夫だ。古傷が開いただけだ。もう治療できた。」
逸樹が唇の血を手の甲で拭いながら立ちあがった。
(ちっとも大丈夫ではない……中級以上の僧侶か神官を見つけて治療してもらうか、長期間静養でもしないと、本格的には治らないだろうな。
その……人買いや麻薬密売の黒幕と言う政府の要人が分かればいいのだろ?黒幕がいる所に、SPである土市や新八もいるはずだ。)
(ああ……もちろんだが……お前……黒幕を知っているのか?)
(いっいや……しっ知るはずないだろ?記憶がない俺が……そんなこと知っているはずがない。そうじゃなくて……俺に考えがあるんだ。うまくいけば黒幕が誰かわかるぞ。)
(く……黒幕が?)