本部にて
8.本部にて
「こちらが王都港からの西欧向け船便の発着日と、時間となっております。週に2便の発着がございまして、出航が月、木の午後8時で、帰港が水、日の早朝の午前6時となっております。船便ですと西欧迄乗り換えることなく到着可能です。
これでも14隻の大型客船をフル稼働させている状況でございます。汽車のご旅行ですと、畿西国首都から毎日1便発着しております。ただし畿東国から蛮国に入国する際と蛮国中央ターミナル及び西欧に入国する際の3回乗り換える必要性がございます。どちらもそれぞれ1から2時間の乗り換えの待ち時間も生じます。」
副所長が、船便と汽車両方の詳細な発着時間表を見せてくれた。
「ほお……どちらも一長一短ですな。どうする?」
「えー……どうしましょうね……。」
「お茶をお持ちいたしました。それと……お茶菓子として羊羹など……お口に合いますかどうか。」
美人店員が上客用の玉露と茶菓子をのせた盆を持って、商談室へ入って来た。羊羹は、かなり厚切りされており、気合の入れようが伺える。
「そうですね……私どもでは決めかねますので、ちょっとお電話をお借りして、ご一緒するご子息の親御さんたちにも、今受けた説明内容を伝えたいと思います。」
「はいっ……お電話は……そこのドアの所の電話台にございます。」
逸樹の言葉に、副所長がすぐに入り口わきの電話台を指さす。
「では……電話をお借りして……弥恵は、そちらの店員さんと西欧での観光プランなど、ご教授願ったらどうだ?お前なりに行きたいところはあるだろうが、やはりここはプロの意見も聞いておいたほうが良い。」
「はいっ……そうですね、お父様。すみません、おすすめの観光スポットなどありますでしょうか?」
逸樹が立ち上がると同時に弥恵も立ち上がって、それぞれ別方向へと歩いていく。
「はいっ……かしこまりました。西欧の観光都市は……」
美人店員が最初に部屋に入るときに持参していた、パンフレットなどが詰まったファイルを持ち上げ、ページを繰ろうとし始めた。
弥恵は音もなくその背後に回ると、すぐさま女性店員の両手を後ろ手に回して細い紐で縛り上げ、声を上げる暇を与えずに、さるぐつわを噛ませた。
「あっ!」
美人店員の隣に座っていた副所長は逸樹の方へ視線が行っていたが、隣の異常に気付き振り返ると声を発した途端に、背後から手で口をふさがれてしまった。
「声を出したら殺す。音も出したら殺す……いいな?」
背後からのどすが効いた声に怯え、副所長は何度も無言でうなずいた。
「じゃあ俺たちが出て行くときに他の店員に声をかけて、お前たちを見てもらうようにしてやるから、それまではおとなしくしているんだな。後ろに回した手のひらの上に、茶碗を置いておく。中身は液状の爆薬だ。このくらいの高さから落とした衝撃でも爆発する。部屋を吹っ飛ばす威力はないが、人一人くらい殺せる。
だから……おとなしくしているんだな……いいか?」
副所長をあっという間に後ろ手に縛り上げさるぐつわを噛ませると、先ほど玉露が入れられていた茶碗を、縛った両手の結び目の上に乗せる。勿論入っているのはただのお茶だが、液体爆弾という言葉に凍り付いて、大抵は動けない。もし本当なら、死んでしまうのだ。
副所長も美人受付嬢も、体を揺らさないようゆっくりと小さくうなずいた。
逸樹が入口の扉を少し開け、店員たちがカウンターでの接客に追われていることを確認すると、素早く部屋を出てさらに奥の扉を開けて入ると、そこは上へと続く階段口であった。
弥恵とともに階段を、足音を殺しながら上がって行く。上り切った先の踊り場で、弥恵は冒険者の袋の中から接近戦用の短い弓と矢を取り出し、逸樹はドアを閉じたまま右手をドアの真ん中あたりに当て、目を閉じた。
「中には5人……扉の両側に一人ずつ壁に背を当てている。扉からそのまま3歩、左に一歩の場所にもう2名……さらにその先6歩の位置に1名だ……配置は頭に入ったか?」
逸樹が目を閉じたまま呟く。
「うん……分かった……じゃああたいは、ドアの向こう正面左の2人を担当するから、逸樹は飛び込んでドアの両側を倒してね。どうせ部屋の奥はボスでしょ?生かしておかないと理由を聞けないものね。」
「よし……じゃあ行くぞ。」
掛け声よろしくドアを勢い良く開け逸樹が部屋の中へダイブし、そのまま前転してから半回転ひねり、後方へ向きを変えてクナイを放つ。同時に開いた扉の脇から部屋中央部に駆け寄る2名目がけて、弥恵が放った矢が飛んでいった。
「うわっ!」「あっ!」「ぎゃっ」「うおっ!」「……」
4人ともに肩や太ももにクナイか矢が突き刺さり、軽い悲鳴を上げた後でそのまま意識を失った。即効性の麻酔薬を塗ったクナイと矢のようだ。弥恵は袂が大きな振袖を、逸樹も羽織はかま姿なのだが、衣装の差を全く感じさせない身のこなしだ。
「逸樹……よく助かったな……まさか鎖帷子を装備していたとはな……ちょっと意外だった。」
予期せぬ訪問者たちに一瞬で手下どもが倒されたというのに、部屋奥の大きなマホガニーのデスク奥に鎮座している、金糸を使った高そうな着物に身を包んだ恰幅のいい初老の男は、動揺の兆しも見せずに声をかけてきた。逸樹たちの変装など、全く役に立っていないと思われた。
「いや……死んでいたさ……何も起こらなければね。相棒の助言のおかげで、一命はとりとめたよ……と言ってもそれだけで助かったわけではないのだ……親父殿……一体どうして……?」
「うん?裏切りは……そちらの方だろ?これまでに何度裏切られてきたことか……このところ、毎年人買い商売の道中で、警察の臨検を受けることが度重なり、金と手間暇かけた偽装荷台を作った上で、わざわざ食肉業迄初めて、家畜の輸送に紛れさせる羽目になった。
ついで仕事の食肉はもうけを度外視して販売していたら、質が良くて安いと口コミで評判になり、今や連邦中の大手食肉チェーンが出来上がっちまった。
こっちの儲けが本業の人買いを凌駕しそうだなんて、想定外の出来事に目を回している面はあるが、いかんせん本業の人買いの調子が悪い。それもこれも不定期にも拘らず、毎回子供たちの輸送の日程が警察にばれて、都度大掛かりな捜査へ発展しないよう、金を使ってもみ消すのに費やされているからだ。
人買いの儲けより、買収金額の方が高くなりそうなほどなんだぞ……それもこれもみんな、お前の裏切りのせいだ。親とはぐれて、たった一人で死にそうになっていたお前を拾って、わが子同然に……双子の様に実の息子と同じく、手塩にかけて育て上げたお前に裏切られるとはな……。
さすがに組織の中枢のお前を処分して、何の発表もないと言う訳にもいかないだろうから、その理由を明確にする為に、お前が情報を警察へ流している証拠を見つけてやろうと、相棒をさらって隠れ家の場所を聞き出そうとしたのが失敗か。さぞかし情報料をたんまりともらっていると思っていたんだがな……若しくはこれまでの罪を帳消しにする取引か?確たる証拠を見つけ出すつもりだったんだが……。
2人ともあの場で片づけるべきだったということか……生かしたまま暴れる女を連れ去る片手間仕事で、如何に背中は無防備だったお前であろうとも、片付けられると考えたのが失敗と言う訳だな……俺も焼きが回ったといえるな……。」
親父殿は、寂しそうに引きつった笑みを見せた。
「おっ俺が……親父殿を裏切るなんて……あるわけないだろ?俺じゃない……人買い組織の情報を警察に漏らしていたのは、俺以外の誰かだ!」
ところが逸樹は、自分は裏切っていないと否定する。
「何だって?じゃあ一体誰が……今回の子供の輸送ルートは、お前にしか教えていなかった……他の奴らにはそれぞれ嘘の情報を教えた……実の息子にもな……なぜならお前だけは絶対と信頼していたからだ。
なのに……警察には正式ルート情報のみが伝わっていた……お前以外にだれが裏切ったというんだ?」
逸樹の言葉に、親父殿は椅子から立ち上がって声を荒げる。
「ええっ?……それあたい……これまでの何年間分も……全部そう……あたいだよ……でも……情報料欲しさなんかじゃないよ。あたいだって一人ぼっちになって死にかけていたところを逸樹に拾ってもらったんだけど、本当は人買いに売られる途中で助けられたんだからね。
それからは……人買いはあたいの敵さ……殺しの仕事は好きじゃなかったけど、それでも大半が人買いのボスか麻薬密売のボスを始末する仕事で、あたいは結構満足していた。
そうして年に一度情報が伝わってくる、人買いたちの子供の大規模な密輸ルート……ボスが分からないから、情報だけ教えてくれると思っていたから、だったらあたい達にとっては敵だけど、警察を利用すればいいじゃない?と思って、いつも連絡していた。今じゃあ信頼度No.1の情報屋という評価を受けているんだよ。
そうして組織が弱って行けば小さくなって、ボスの居場所も分かりやすくなって殺しの依頼が来るもんだと思っていたんだけど……違った?」
すると突然弥恵が、首をひねりながらとんでもないことを告白する。
「ばっ……馬鹿な……弥恵……ここは旅行代理店を装った殺しの仲介業者だが、正義の組織なんかじゃないんだぞ!頭の先からつま先まで悪の組織だ。裏では連邦一の人買い組織と麻薬密売組織とつるんでいる。そうして新興の人買い組織や麻薬密売組織の情報を掴んだら、俺たちに殺しの依頼が回ってくるという仕掛けだ。
殺し屋を使って組織の中枢の人間を始末した後に、頭を失った新興組織を楽々吸収して、人買いも麻薬密売も含めて、組織が大きくなっていくという寸法なんだ。分かるか?
うちの組織の情報が伝わってくるのは、仕事の場所にルートを選んじまうと、事後の警戒が厳しくなってスムーズに進められなくなるから、だから子供たちや麻薬の輸送ルートと日程が事前に伝わってくるんだ。俺たちはその間、そこを避けて仕事の計画を立てる訳だ。ずいぶん前に説明したはずだがなあ……。」
逸樹があきれ顔で、弥恵へ振り向く。
「えっ?そうだった?だ……だって仕方がないじゃない……人買いは……あたいの敵なんだから……。」
弥恵がおもいきり頬を膨らませる。
「はあー……」
逸樹も親父殿も2人とも右手で目の部分を覆いながら、天を仰いだ。
「ふっふっふっ……まさか逸樹の子飼いの部下に足元をすくわれるとはな……それで……どうするつもりだ?お前にも管理責任を問うにしても、今すぐこいつを始末するなら殺さないし、組織にも置いてやる。お前はうちのエースだからな……失うのは極力避けたい……。」
親父殿が失笑気味に、首を何度も横に振る。
「弟子の不始末は師匠の俺の責任……と言うつもりもないが、弥恵は俺の大切な相棒でね……相棒の敵は俺にとっても敵だ。だから……仕方がないが……ね……。」
逸樹は決心したように、真顔で答えた。
「へっへーんだ……おあいにく様!あたいと逸樹は強い愛のきずなで結ばれているんだからね!」
弥恵が嬉しそうに、跳ねながらあっかんべーをする。
「先ほどの話から察するとその娘は……あの時の子だな?お前が育てていたとはな……これでお前達は本当に組織を裏切るわけだ……仮にうまくこの場をしのいで逃げ出せたとしても、その通達は瞬く間に連邦中の組織支部へ広まるだろう。
お前たちは追われる身となり、ゆっくりと眠ることも許されなくなるぞ……それは分かっているな?」
「ああ……承知の上だ。」
「仕方がない……お前は手塩にかけて作り上げた高度な芸術作品と、わしは自負していたんだが……この手で壊さねばならんとはな……。」
「一度失敗しているぞ!」
逸樹が声を発した瞬間、親父殿の姿が掻き消えるようにして見えなくなり、一瞬で棒立ちの弥恵の目の前に現れた。
「ぎゃっ!」
まずは手にかけやすい弥恵を始末しようと考えたのだろう、弥恵が身構える暇も与えず親父殿の短刀が弥恵の喉元目がけて襲い掛かる……が、ほぼ同時に出現した逸樹のナイフが、それを払い除けた。
「い……逸樹……ありがとう。」
弥恵はすぐさま後方へ跳ね飛び、身を低くして接近戦用の弓を構えた。
「やるな……逸樹……一気に敵の頭を叩くのか、あるいは周りから攻めるのか……どちらがより効果的なのか、考えてから第一撃を決めろと教えたな……相手が強敵の時はなおさらだ。
敵に精神的ダメージを与えられる、弱点がある場合はそこを攻めろ……基本中の基本だったな。」
親父殿は笑みを浮かべ、そのままほぼ反動もつけずに後方宙返りをして退いた。見た目は初老だが、身のこなしは現役バリバリだ。
(神脚か……親父殿の考えはお見通しと言う訳だな……だが……こっちが不利だぞ。中央の旅行代理店ですでに1回神脚は使ってしまったからな。あれから2時間ほどしか経っていない。そうなるとこっちは後1回しか使えないわけだ。)
(親父殿が1日でつかえる神脚は2回迄だ……俺が特訓で体を鍛えて3回迄可能とした……距離も伸ばした。)
「弥恵!俺の体が重なっていても構わん、撃てる時が来たら迷わず撃て。そうしなければ、恐らく勝てない。」
逸樹は後方の弥恵に、振り向かずに指示を出した。
「ええっ……?でも……わわわ……分かったよ……」
一瞬ためらった弥恵だったが、逸樹の意識が前方のみに向けられていることを悟り、仕方なく構えなおした。




