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リモート  作者: 飛鳥 友
第4章 今回は孤独な殺し屋……はたして彼は死地を乗り越えることが出来るのか?
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追跡

3.追跡

(ちちち……血は……ダメだから……見ないようにしてくれ。出来れば血を出さずに、穏便に片づけてくれるとありがたい。)

 逸樹は仕方なく、目をむき舌をだらしなく出している傍らの死体から目を逸らした。


(なんだ……元冒険者ではないのか?回復系魔法を知っているじゃないか……いくら僧侶だったとしても、仲間が仕留めた魔物の皮をはいだり、肉を切り分けたりしたんだろ?血がダメとはどういうことだ?)


(い……いや……俺は元冒険者ではない……はずだ……と言っても元の俺が何だったのか知らないから、断言はできないがね。恐らく……ほとんど忘れてしまったが、断片的に思い出す記憶の風景から言うと、今この世界とは全く異なる異世界から来たと理解している。


 それでも……ダンジョンに入った経験は、ないとは言わない。魔物が斬られたり射貫かれたりして死ぬ場面は、平気だ。テレビゲームの世界のように、俯瞰して見ることができるからなんだろうが……だが……人はダメだ……2人とも死んだんだろ?)


(ああ……恐らくナイフで突き刺されたことも判らないうちに死んでいっただろう、一撃でな。お前の意識が流れ込んできて……それでこの様というわけか?)


「がらがらがら……ぺっ!」

 逸樹は冒険者の袋から竹筒を取り出し、栓を取ってから中の水を口に含んでうがいした。


(大変申し訳ない。だが……俺の様に平和な世界から来た人間にとって、人が死ぬ場面というのは……。

 苦しまずに死なせてやったというのは、それなりに温情をかけたということだろうが……自分を暗殺に来た敵というにも拘わらずにな……だが……殺すことは……)


(殺すことはなかったというのか?殺さずどうする?誰の差し金か聞きだすのか?一流の殺し屋だったら、例え指を一本一本斬り落とされて行ったとしても、吐くはずはない。時間の無駄だ。そんなことをしているうちに、首謀者は逃げ延びているだろう。それよりも先ほど襲ってきたやつらの、足取りを追ったほうがいい。)


(そうか……殺さずに気絶させておく……なんてことは、一抹も考えないわけね?


 出来れば殺しだけは避けてほしいのだが……まあいいや……回復系魔法の呪文は……ちょっとしたいきさつで覚えただけだ……俺自身が冒険者であったことは一度もないはずだ。ほかにも攻撃魔法だって、ある程度なら覚えているから……。


 それよりも今の技は何だ?一瞬でして敵の目の前に出現して……一撃で倒したな?瞬間移動か?能力者なのか?あんなことが出来れば、遠隔攻撃の魔法なんて必要ないか……。)


(の……のうりょく……しゃ……?どういう意味かわからんが、あれは……神脚という技だ。


 毎日負荷を与えながら何十キロも走り足腰を鍛え上げ瞬発力も向上させることにより、はっきりと目で認識できる距離……10m位なら一瞬でジャンプ可能だ。勿論、ジャンプする瞬間も着地の瞬間も相手に悟られることなく、飛び出しと着地の衝撃を全て体に吸収させるから、音も出ないし空気が揺れ動くこともしない。


 最大3歩で30mくらいまでなら、常人なら気づかれることなく瞬間的に間を詰められる。


 一瞬で間合いを詰めて敵を葬り去る暗殺技だ。だが制約があって、あくまでも見える範囲……至近距離に限られることと、俺の場合は連続して使えるのが3度までだ。一度使いきると半日は体を休ませなければ持たない……体への負担が大きいのが欠点だ。)


「ボリボリボリボリ……」

(うん?何をしている?)


(せっかく食べたのに吐き出してしまったから、クルミを食っている。これからバナナも食う……」

 逸樹は冒険者の袋からクルミが入った袋とバナナを一本、すでに取り出していた。


(ああそうか……栄養補給は重要だからな。それで、これからどうする?)

「うむうむうむ……」


(足跡をたどって、敵を追うが……その前に、こいつらの死体がすぐに目につかないように、枯れ葉で隠しておく。見張りが倒されていると、すぐに追手がかかるからな。)


 食べ終わると逸樹は、なるべく死体を見ないよう顔を背けながら、それでも周りから枯れ葉を集めて2つの死体を包み込んだ。


(そうか……考えるだけでいいから、食べながらでも作業しながらでも意思伝達ができるので結構便利だな。それにしてもお前……俺がお前の中にいると言っても……驚いていないな?もしかして、今と同じような経験を、以前したことがあるのか?誰かがお前の中に憑りついたことがあるというのか?)


(まさか……こんなことあるわけない。今でも夢の中の出来事だと思いたいくらいだ。だが……負った傷の痛みは明らかに現実だ。だから……驚いてはいるが、驚いて騒いだところでお前が出て行ってくれるわけではないのだろう?だったら仕方がないさ、俺は何でも受け入れる性格をしているからな。)


(だからか……最愛ともいえる弥恵に裏切られたことも受け入れて、死ぬつもりだったな?)


(最愛……ではない、ただの相棒だ。裏切られたのはショックだったし、死も受け入れるつもりではいた。だがお前が……もしかすると弥恵が捕まっているかもしれないというから……だから……)


(下手に後を追って、弥恵が本当に裏切っていたことを知るのが怖かったんだろ?傷口に塩を擦り込まれるようなものだからな……そんな思いをするくらいならこのまま……なんて気持ちだったな?だがなあ……お前の思い描く弥恵のイメージから、裏切りはまず考えられんぞ!お前だってそう思っているだろ?)


(もちろんだ……だが、俺の背中に食らった致命傷ともいえる刺し傷……弥恵以外の誰が……)


(さっきお前が使った技……神脚……だったか?あの技を使えば、敵が一瞬でお前と弥恵の間に入ることだって出来たんじゃないのか?そうしてお前をナイフで刺した後、弥恵をさらってもう一度神脚で逃げた。

 そういったことは考えられないのか?)


(あの技は……俺のオリジナル技だ。使えるのは……俺と……俺に殺しのあらゆる技を伝授してくれた師匠なら使えるが……仮に同じような修業をして使える奴がいたとしても……あまりにお粗末な仕事だ……一撃で俺を葬ることが出来なかったし、死亡確認もできていなかったからな。


 神脚を使えるほどの腕利きなら……あんな殺しはやらない……。)


(今の言葉は……俺は腕利き中の腕利きですよ!と自慢しているのかな?まあ実際そうなんだろうが……お前は腕利きでしかも弥恵までいるから、凄腕の殺し屋でもさすがに一撃で絶命させることが出来なかったと考えたらどうだ?


 一度に誘拐と殺しをやり遂げるなんてそれだけでも神業だろうし、ましてや腕利きのお前と弥恵が相手なんだからな……素人攻撃みたいに感じても当然なんじゃないのか?)


(そういわれてしまえば……可能性はなくはない。とりあえず腹も満たされたし、後を追うぞ。)

 逸樹は先ほど気配を感じた周辺をぐるっと回りながら、外方向へ向かう足跡を探った。


(山を下りるのではなく、登っている足跡が十人分ある。中には……足取りがおぼつかないのも一つ……怪我をしているのか……酒でも飲んでいるのかわからないが……恐らく山越えをしたはずだ。)


(こんな、ただの地面を見て、そんなことまで分かるのか?)


(よく見ろ!落ち葉で滑ったわずかな跡や、入り乱れた足跡が分かるだろ?みなわらじを履いているから、確かに足跡は付きにくいが、山道が落ち葉に埋もれているから比較的わかりやすい。最初から山道を歩くつもりだったんだろう。こっちも山越えをもくろんでいたから、草履ではなくわらじに履き替えてきて正解だ。


 そろそろ祭事が始まるはずの時刻だが……伐採跡の祭殿には人影も見られない。今回の殺しの依頼は、罠であったことがはっきりした。急いで追うぞ!)


 すでに刺されてから30分以上は経過しているだろう、逸樹は多少よろけながらも足跡をたどって、山道を登り始めた。



(あの山小屋迄足跡は続いているようだ。さすがに山頂近くになると赤土がむき出しになっているから、何人もの足跡は目についてわかりやすいな。ここで誰かと待ち合わせでもしているのか?)


 1時間かけて山頂まで到達し、そこから尾根伝いに山脈深く分け入って行くと、開けた先に山小屋が見えてきた。恐らく山奥のダンジョンへ向かう冒険者用の、仮宿であろう。


(わからないが、ここに敵の大半が集っていることは間違いがないだろうな。)


(どうするんだ?10人以上いるんだろ?)


(ああ……しかも一人はかなりの体重……というより、何か重いものを抱えてここまで来たようだ、足跡が深いし、しかもまっすぐに歩けていない。)


(そうなるとますます……弥恵が攫われたことにならないか?担がれても抵抗して……何人かで代わる代わる押さえながらここまで運んだんだろう……)


(まずは……中の様子を確認するさ……)

 逸樹は足音を忍ばせながら、ゆっくりと山小屋に近づいて行った。


(だが……一人の見張りも外に置かないのはおかしいよな……)


(基本的に冒険者がダンジョンに向かう用事がない限り、山小屋は無人のはずだからな……今は連邦あげての重犯罪撲滅月間とかで、主要な冒険者や軍隊は、地域の重犯罪取り締まりに駆り出されているはずだ。


 俺が一昨日までに仕上げた殺しも、新興の人買い組織の黒幕を葬る仕事だった。そいつは何と、地域の小学校の校長をしていながら、貧しい家庭の子供をピックアップして、親を麻薬付けにして借金を負わせたり、事故に合わせたりして、引き取り手のない子供を無理やり作って、斡旋するという非道な行為を繰り返していた。


 撲滅運動に乗じて息の根を止め、組織の全貌が分かる資料を死体のそばに置いてやった。恐らく死亡原因なんかろくに確認しないで、犯罪撲滅運動の手柄にするはずだ。だから……大成功のはずだったわけだ。


 尤も王室御用達以外の冒険者は活動しているはずだが、一流の冒険者でない限りは、こんな山奥の上級ダンジョンまでやってくるはずはない。この辺りは未攻略ダンジョンの宝庫だからな。だから……今はこの辺りに冒険者はいないはずだから、下手に小屋の外に誰かがいるとかえって怪しまれるわけだ。


 1時的な隠れ家としては最適だが、中でおとなしくじっとしているしかない。)


(そ……そうか……詳細な説明ありがとう。だが今は恐らく緊急事態だろうから言葉少なく、今は冒険者が出回る時期ではないから、外の立番はかえって怪しまれる……という説明だけでいいぞ。中に誰かいそうか?)


(ああ……声が聞こえる……よく聞こえないな……中へ入らないと……)

(な……中へって……10人以上いるんだろ?)

(表から入るはずはない……)


 逸樹はそう言うと、ログハウスのような丸太で組まれた小屋の入り口へ続く3段の木製階段の脇へ身をかがめて潜り込み、ほふく前進で進んだ。


(床下か……考えたな。さすが神出鬼没の暗殺者だ。だが……床板も丸太を組んでいるようだから、破って出ることは出来そうもないぞ。)


(分っている……だが、組んだ丸太の隙間から明かりは漏れているし、声も聞こえる……)

 逸樹が肘を曲げ腕と両足を使いほふく前進で進んでいくと、上から明かりが漏れてきた。


「さあ吐け!逸樹の野郎は、裏切ってお前を売ったんだ!自分の命惜しさにな……自分一人だけ逃げおおせたつもりだろうが、そうはさせたくないだろ?……お前と逸樹の隠れ家の場所を教えな!」


「ふん……誰がお前らなんかに言うもんか!逸樹は裏切らない、裏切るはずがない!」


「強情な奴だな……これ以上痛い思いはしたくはないだろ?ああん?」

 甲高い破裂音の後に、重々しい振動が床下まで伝わって来た。


(彼女はお前と違って、お前を心底信じている様子だな……)


「ぐぼっ」


「これ以上きれいな顔を破壊しちまうと、後のお楽しみが半減しちまうからな……生かしたままじゃないとつまらないんだが仕方がない……腹に数発は入れさせてもらうぞ。これも……強情なお前が悪いんだ……さあ……吐くんだ!」


「嫌なこった……早い処殺して逃げたたほうがいいぞ……すぐに逸樹が来て……お前たちは皆殺しだ!」


「ちいっ……逸樹逸樹って……生きていたとしても逸樹に2度と会えない体にしてやろうか?この……形のいい乳房を切り取っちまったりしてな……どうだ?」


「ふん……左乳房は弓を射る時に邪魔になるから、どうせ取ってしまうつもりだったから丁度いいね……」


「ちいっ……口の減らない尼だ……強がりもどこまで続くかな?」

「ぎゃあーっ……」


「馬鹿野郎!傷つけるにしてもほどがあるぞ!吐かなければ親方に引き渡さなきゃいけないんだからな!もういい……白状しないんなら、このまま連れ帰るしかないさ。向こうで拷問でも何でもすればいい。


 ここで隠れ家を吐かせちまえば、後は何をしようが自由だったんだが仕方がない。これ以上責め立てて死んじまったら、俺たちがつるし上げを食っちまう。もう行くぞ!」


(おいっどうした?さっきも言ったが、丸太で組まれた床は簡単には抜けないぞ)


 逸樹は上の様子を確認した後、急ぎ声のする方へとほふく前進して仰向けになり、丸太の隙間から天を仰いだ。数人分のわらじの裏と、着物の裾が隙間を通して確認できた。更にすぐ奥が壁のようで、そこに半裸の女が両手を左右に伸ばした状態で、壁に磔になっているのがようやく見える。


 逸樹は懐に忍ばせていた木切れ……先ほど縁の下にもぐる前に束で持ってきた、暖房用の薪を縦に数本組み上げ、床下と地面の間に立てかけた。さらに冒険者の袋から長い糸のようなものを取り出し、急ぎ丸太の隙間を通して一旦床上へ上げ、うまく2本先の隙間まで伸ばして指に引っ掛けて引き込んだ。


 そうして糸の両端を持ったまま何度も左右に両手を上下させる……次第に糸と丸太の擦れた辺りから、木くずが逸樹の顔の上へ落ち始めた。


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