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リモート  作者: 飛鳥 友
第4章 今回は孤独な殺し屋……はたして彼は死地を乗り越えることが出来るのか?
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逆襲

4.逆襲

(なんだその糸のようなものは?)

(鉄糸に砥石を貼り付けた極細ののこぎりだ……鉄だって切れる……丸太ぐらい楽勝だ。)


 逸樹はそう言いながら次々と、頭上の丸太を寸切りにしていった。左右に動かすストロークは長いがリズムはゆっくりで、耳を澄ませなければ聞こえないほどかすかな音だけで、ただ切り粉だけが上から大量に振ってくる。


「いつまでもぐずぐずしてはいられない。逸樹の死を確認するはずの佐吉たちが未だにやって来ないしな……ちょっと心配になって来た。早く縄をほどいて……山を下りるぞ!」


「判ったよ……だが連れて行く前に……ちょっとは楽しんでもいいだろ?逃げないようにと裸にひん剥いていたからな……さっきからどうにも……なあに……そんなに待たせるつもりはない……小一時間でいいんだ……頼む。俺と弥恵2人だけにしてくれ。」


「仕方がないな……30分だけだぞ。」

「おいおい、いいのか?お前は斗真にだけは甘いからな!」


「馬鹿言うな、急な山道を暴れる女を担いでここまで連れ込んだのは斗真だぞ。これからまた尾根を越えて山奥の集落まで、担いでいかなきゃならないんだ。少しくらいは楽しませてやれ。それともお前が担ぐか?」


「い……いや……俺は自分の荷物だけで精いっぱい……」


「だろ?他に、だったら俺が担いでいくという奴はいるか?いないだろ?30分くらい我慢しろ。なあに……ここには誰も来やしないし、山小屋を一周取り囲むように俺たちが立っていれば、冒険者がやって来たってすぐに気がつくってもんだ。


 運が悪かったとあきらめてもらって、速攻で始末してしまえばいいさ。さあ……山小屋の周りへ散るんだ。」


『判った。』


「変な事したら、舌を噛み切るよ!」

「おい!舌噛み切ったところですぐに死にはしないが、しゃべれなくなると一大事だ。さるぐつわかませてからやれよ!」


「ああ……分かってるって……。」

 ドアが開き閉まる音とともに、会話が遠ざかって行き部屋中が静かになった。


「へっへっへっ……さあ……お楽しみの時間だ。

 いてっ……頭突きかましやがった!いったー……」

 上方から、いきなり大きな硬いもの同士の衝撃音が聞こえてきた。


「ふん……威勢がいいのも今のうちだ!」


 逸樹の頭の先にあったわらじが、半歩後ろへ下がった瞬間、逸樹は急いで身をひるがえし、先ほど挟んだ数本の薪を思い切り両足で蹴りぬいた。


 鈍い地響きとともに床が抜け、床下に両足が落ちて来た。同時にすり抜けるように逸樹の体が、床の上へ出現する。


「いっ……いっ……」

(血を見るのは苦手なんだったな?)


 逸樹は驚きのあまりリアクションの取れない男のあごと後頭部を正面から両手でつかむと、そのまま大きくジャンプしながら体操選手のように身をひるがえして、男の背後へと着地した。同時に鈍く骨がきしむ音とともに、男の首があらぬ方向へ270度ほど回った。


「うげっ!」

 まさに断末魔の叫び……というか、声にならない悲鳴と言えた。


「うーん……うーん……逸樹!やっぱり助けに来てくれたんだね。あたいは信じていたよ!」

 すぐに逸樹が弥恵の口を閉ざしていた猿轡を外してやると、弥恵が歓喜の笑みを見せる。だがその顔も体も、青あざだらけで、瞼や唇も大きく腫れているようだ。


「弥恵……すまない……」


「遅くなったことを気にしているのかい?仕方がないよ、逸樹だって襲われて大変だったんだろ?だって……下半身……背中一寸見たけど……道着の腰が切れて……ズボンが血まみれだったろ?鎖帷子の隙間から突き上げられたのかい?よく……生きていたね。」


「ああ……怪我は何ともない……手当て済みだ。それよりもお前だ……」


(治せるか?)

 逸樹は右手を目の前の形のいい左乳房の前に掲げた……乳房の下部分は深く切りつけられており、血が後から後から流れ出ているようだ。


(治せるが……今は止血だけだ。本格的治療は後にしろ。それよりも……ここへ来る山道で教えた、回復魔法の呪文は覚えているな?まずは初級の治癒魔法を施してから、体力回復魔法をかけてやれ。


 だいぶん痛めつけられている様子だからな。治癒魔法と回復魔法は途中まで同じだからな、間違うなよ。お前の体力も限界に近いから、無駄に唱えることは避けたい。)


(分った……)

「生きとし生けるもの全てを御霊う……………………」


「うん?あれ……血が止まって行く……痛みも消えて……逸樹!治癒魔法使えたのかい?そんなはずないよね?一体どうして?」


「黙ってろ……生きとし生けるもの全てを御霊う……………………」

「はあ……今度は体がぽかぽかと温かく……元気が出てくる……」


「生きとし生けるもの全てを御霊う……………………生きとし生けるもの全てを御霊う……」

(いい加減にしろ、弥恵の体を気遣うのはいいが、お前が倒れてしまうぞ。)


「生きとし生けるもの全てを」

(わーわーわーわー……お前の集中力を奪って、呪文なんか唱えられなくしてやるぞ!まだ表には大勢の敵がいるんだろ?早いところ彼女の拘束を解いて、脱出することが先決なんじゃないのか?)


(分ったよ!)

 しぶしぶ逸樹は回復魔法を唱え続けるのを取りやめ、弥恵の両手を拘束しているロープをナイフで切った。


「あんた本当に逸樹かい?いや……間違いないね……あたいが逸樹を見間違うはずもないからね……どれだけ擬態石使って精巧に化けようとも……逸樹の匂いや話し方で絶対判るからね。


 だとすると……本物かぁ……はあー……逸樹はやっぱりすごいね……尊敬しちゃうよ。日ごろの努力の賜物ってやつだね?宿帰って休んでいる時も、あたいに内緒で一人で魔法の呪文の練習をしていたんだね?


 道理でね……ここ何年も一緒に入ろうって言っても、お風呂に一緒に入るの嫌がるし……寝る時にも布団別々にしたがるようになったから変だと思っていたんだぁ……背中洗いっこは楽しいし、一緒の布団だとあったかいのにどうしてって思っていたけど……隠れて修業していたんだね?さすがぁー……。


 でも、これであたいの前でも堂々と練習できるから、また一緒にお風呂入れるし、一緒の布団で寝られるね!」

 拘束を解かれた弥恵は、すぐさま逸樹に抱き着いて来た。そうして背伸びしながら逸樹の顔と数センチの距離で、笑顔を振りまく。


「敵に囲まれているのだからな……無駄口を叩いている暇はないぞ。すぐに服を着て装備を付けろ!」


(真っ赤な腰巻一つ……しかも膝上丈の短いやつのみの、ほとんど全裸に近いスタイル抜群で、その上目はぱちくりで鼻すじ通った絶世の美女……お前が風呂と寝床を別にするわけは、ようく分かるわ……というか、ここ何年って言っていたけど……それまでは一緒に風呂入っていたの?はあー……うらやましい!)


(…………………………)


(無言かよ……しかも全身に殺気を纏わせて、動揺を隠そうとしているな?)

(お前は……本当に俺の味方なのか?それとも俺を動揺させて、しくじらせようと……)


(ああ……そういやそうだった。まだ外には10人近くの手練れがいるんだったな?ようし、じゃあ俺が飛び道具の魔法の呪文を教えよう。石つぶてくらいがいいかな?炎の弾を飛ばす炎弾もいいけど、石つぶてのほうがスピードあって避けにくいし、周りが木だから火系の魔法は避けたほうがいいだろうからな。)


(いや……呪文の詠唱が必要な魔法より、クナイのほうが早いはずだ。ここに居る人数分くらいは身に着けているから問題ない。だが攻撃魔法も、いずれ役に立つ使い道があるかもしれないから、ここを脱出して落ち着いたらあらためて教えてくれ。訓練で効果を見ながら用途を探してみる。)


(分った……後でも……お役に立てるなら光栄だ。お前は理屈っぽいというか、ただ断るということをしないから立派だな……。)


「用意できたよ……下手に抵抗してビリビリに破られるのは嫌だから、脱がせられるままにしていたからね。着物もモンペも革の胸当ても全て無事だったし、冒険者の袋も置いてあったから装備もばっちりだよ。」


 弥恵が赤い着物にモンペ姿で、弓を手にやって来た。布製の手甲には短い鉄板が貼り付けられていて、接近戦では刀を受けたりするのだろう。冒険者仕様ではない装備が、殺し屋を物語っていた。


「よしっ、ドアを開けたらすぐに飛び出して、弥恵が振り向いた左側の敵を……俺が右側の敵を倒す。起き上がってすぐに弥恵は時計回りに……俺は反時計回りに小屋を回って、立番している敵を倒していく。

 近接戦になるが大丈夫か?」


「ばっちりだって……弓も接近戦用の短い弓を持ったからね。」

 弥恵が手に持つ1m位の丈の弓を、ポンポンと軽く叩いて笑顔を見せる。


「悪いが……矢は金属パイプではなく、麻酔針付きにしてくれ。たくさん持っているだろ?」


「いつも使う矢かい?今回はあたいの出番だったから、矢じりが付いたのを準備していたけどね……普段はこっちだから持ち歩いているよ……でもどうしてだい?金属の矢のほうが、破壊力があるんだよ!」


「それは分かっているんだが……血は見たくないんだ。悪いが従ってくれ!」


「まあ……確実に殺すんじゃなければ……別に構わないんだけどね……ここを脱出するだけだから……」

 弥恵は怪訝そうに首をかしげたが、それでも手に持つ矢を矢袋に戻し、冒険者の袋からわざわざ木製の矢の矢袋を取り出して肩に担いだ。


「じゃあ行くぞ!」

「いつでもいいよ!」


”バンッ!”勢いよく内側から山小屋のドアをけ破り弥恵が飛び出し、続いて逸樹が飛び出した。

「なっ……」「あっ……」「ばっ……」「いやっ……」


 扉の左右に立番していた左右4人は身構える暇もなく、大きくダイブして2回転ほど前転してから振り向いた、逸樹のクナイと弥恵の矢が突き刺さり、悲鳴も上げずにその場に倒れ伏した。


 2人はそれぞれ小屋の反対方向へと駆けだす。そこからは素早かった。角を回って小屋の短辺側の立番をしていた男の喉笛に、逸樹のクナイが駆け抜けながら直接突き刺さっていく。


 クナイは引き抜かないので、プシューと背後で血しぶきが上がる音もせず、さらに駆け抜けているので、少しも流血は見ていない。


 さらに角を回って瞬時に3人の喉にクナイを突き刺し、4人目がこちらへ振り向こうとしたときに

「ぐわっ!」


 そいつは悲鳴も上げ左肩を押さえながら前のめりに倒れた。左肩には深々と木製の矢が突き刺さっていた。弥恵の矢だ。


「うーん……やっぱり逸樹には敵わないや……雑魚退治は、6対4で今回も逸樹の優勝だね。これで238戦して、2勝236敗か……2勝だって逸樹のお情けだったしな……一生勝てないのかなあ……悔しい!」


 次弾を弓につがえていた弥恵が、悔しそうにその場で地団太を踏む。


「小屋の中の一人を忘れているぞ!7対4だ。しかも俺は、一撃必殺だ。」


「あれは……あたいが縛られていたから公平じゃないし……無効だよ!それに……逸樹が麻酔針付きを使えって言ったんじゃないか……矢じりに即効性の睡眠薬を塗ってあるやつだからね、急所狙えないし・・・。


 さらに……あたいの魅力で……こいつら隙を見せたんだから……あたいにアシストポイントがあってもいいかもね!そうだな……今回は5分で引き分けってことにしておこう。ようし……久しぶりに負けなかったから、今日のことはしっかりとメモしておかないとね。」


 弥恵はそう言うと、腰に下げた巾着から小さな冊子を取り出し、携帯用の筆で何事か書き始めた。会話からして逸樹との戦績帳なのだろう、日付などを書き込んでいる様子だ。


(なんだかな……危うく貞操の危機だったというのに……それがアシストポイントって……どんな性格をしているんだ?

 まあいいや……それよりもこれからどうするんだ?小屋を見張っていた奴らに見覚えがあるようだな?)


(ああ……こいつらは、俺が所属している殺しの斡旋組織の用心棒どもだ。裏切り者を始末する専門で、しかも俺が住む地域とは別の……だから弥恵は顔も名前も知らないだろう。

 俺はたまに各支部を回って……若手の指導などを行うからな……それで顔を見たことがある程度だ。)


(だとすると……お前が襲われたからくりは見えてくるな?)

(ああ……まずは地元へ戻るぞ。)


「弥恵……こいつらを山小屋まで運び入れるぞ。外に置いていたら熊がやってくるだろうし、人目につく恐れがあるからな。小屋の中にさえ入れておけば、ねむらせた奴も、今日1日は目を覚まさないんだろ?」


「そうだね……超強力な奴で30時間は眠らせるやつだよ……」

 弥恵はその細い腕で、何とか一人の体を引きずりながら、小屋の表側へと回って行った。逸樹は両肩に一人ずつ死体を担ぎ上げ、小屋の角を回って行く。


 3往復ほどして、何とか死体を全て小屋の中へ運び入れた。クナイは突き刺さったままで、思ったほど出血は見られず、それでも死体を意識してみることは難しかった。

 逸樹はなるべく顔には目を背けながら、死体を持ち運んだ。


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