帰路
5.帰路
「はあー……結構かかったね。」
2時間ほど歩いて尾根を越え、山間の集落が見えてきた。山に囲まれた盆地に作られた、10軒ほどの本当に小さな集落だ。その中でも大きな建物へ、2人は向かう。
「ようこそ、江郷村へ……じき寒くなる季節を迎えるが、まんだ早い……冒険者……だべか?2人だけとは珍しいのう……夫婦の冒険者だべか?」
入った先は、テーブルがならぶ食堂のようだった。と言っても、2人掛けのテーブルが4卓しかない小さな食堂で、集落の家の数からすると無難な大きさとも考えられた。
「ああ……新婚でね……夫婦の冒険者なんだが、別にクエストじゃあない。新婚旅行で国の中を周遊していて、山向こうの苫小町へ昨晩一泊して、今日は尾根伝いに歩いてやって来た。
食事の後、首都迄帰りたいが馬車はあるかな?別に乗合がなくても貸し切って帰るよ。新婚旅行だから、豪華にね。」
逸樹が真っ白な顎髭が胸につくほど伸びた、店番の老人に笑顔で告げる。やはり殺し屋で現地へ向かう時には、新婚という設定なのであろう。フル装備の出で立ちなので、冒険者という職業は無難だろう。
「ああそうか……それはめでたいね。ここは田舎町でね……乗合の駅馬車は2日に一便しかない。来るのは明日だから、ちょっと運がなかったのう。一泊してもらってもいいんだが……予約で2台の馬車が来ているんだが、約束の時間から1時間以上も経っているのに、まだ誰も現れんのじゃ。
わざわざ首都から丸1日かけてやってきているというのに……御者もかんかんに怒っているんじゃ。夕刻まで待っても来なければ、首都まで引き返してキャンセル料を頂くことになるだろうが、もしよかったら、それに乗って行きなさるといい。
6人乗りの大型馬車だから本当なら値が張るが、まあ……割安で乗せて行ってくれるじゃろう。ただし……もし夕刻までに本来の客たちが来てしまえば……お前さんたちが乗る余裕はないはずじゃ。
ここで一泊してもらうことになるが……それでどうじゃ?」
老人はカウンターの向こうで、長いひげを触りながら笑顔をふりまく。
「ああ……そいつつはいいや。キャンセル待ちというわけだね?しかも割安で乗れそうだ。空振りばかりの冒険者人生だったけど、こいつとの結婚を機に運が向いてきたかもしれないな。
わかったよ……夕刻まで……じゃあ何か頼んで、腹ごしらえをしておくか……何を食べる?」
「あたい?あたいはねえ……カツ丼大盛りとお味噌汁!」
「なんだなんだ……新婚旅行なんだからもっと豪華なもの頼んでもいいんだぞ!蝦夷は海産物を始めとした食材で潤っているんだ……ウニにアワビにタラバガニに毛ガニに花咲ガニ……鍋もいいし、今は時期だから秋鮭にイクラ……なんてのもお勧めだぞ。普段は季節もの……食わないからな。
ジャガイモやトウモロコシもうまいし、最近は魔物牛ではなく飼育した蝦夷牛なんて言うブランドも……。」
殺しの報酬はもちろん大金なのだが、堅実主義の逸樹は普段は質素な生活を心がけている。殺し屋稼業で得た報酬を使って豪快に生きていくことを、弥恵には教えたくないという思いが強いのだろう。いずれ自分の手元から離れて行くであろう弥恵には、普通の生活をさせておきたいと思っているようだ。
「いいよ……あたいはカツ丼が好きなんだから。」
「はいはい……じゃあカツ丼の大盛り2つとみそ汁も2つね。同じもの頼んだほうが、店の方も手間が省けるだろうからな。」
「はいよっ……カツ丼2丁!大盛りで!」
髭の親父がカウンターの奥へ声をかける。
すでに昼は回っていて、夕刻はもうすぐと言えた。さらにどれだけ待っても予約した奴らが来るはずはないので、逸樹たちが馬車で帰路へ向かうのは確実と思えた。
(あまり大人数で動くと人目につきやすいから、俺たちが来た苫小町へ戻るのと、山越えでこっちへ来るのと半々に分けたんだろ?だからあらかじめ交通の不便なこの村へ、馬車をチャーターしておいたわけだ。
だったらあんな山小屋で時間をつぶさずに、直接この村へやってきて馬車で首都へ向かったほうが良かっただろうにな。おかげでこっちは弥恵を取り戻せたんだけど……奴らが予定通り尾根伝いに直接ここへきて首都へ向かったら、どうやっても追いつけなかったはずだ。)
(連れ去った弥恵があまりに暴れるから……途中で痛めつけて洗いざらい白状させて始末してから、ここへ来るよう予定を切り替えたんだろうな。吐かせてしまえば、後は何をしようと自由だしな。
俺は根っからの殺し屋として育てられ、幼いうちから毎日毒を少しずつ飲まされて体を慣らしているからな。眠り薬なんか全く効かないし、毒だって常人の致死量の数倍まで耐える。だから……生かしたまま連れ歩くというのは、相手が女でもかなり無理がある。
弥恵は……一般人としての生き方をさせるつもりではいたんだが、俺が育てている間は敵に捕らえられたりする不安があったから、やはり俺が育てられた時と同じように、食べ物に混ぜて毒に慣らす育て方はしていた。
ここのような小さな村で、暴れる女を無理やり力づくで連れて行こうとしていたなら、とてもじゃないがそのまま馬車に……というわけにはいかなかっただろう。すぐに通報されてしまう。
だから……なんとしてでも白状させたかったんだろう……だが……俺たちの隠れ家の場所を知って、何をするつもりだったのかがわからない……俺が帰ってくるのを待つ……と言う訳ではないのだからな……俺を背後から闇討ちした後での話だからな……教えてもらった治癒魔法がなければあのまま死んでいた。)
(そうか……裏切られた理由もわからなければ、お前たちの隠れ家にこれと言った重要な品があるわけでもないのだな?おいおい調べて行くしかないのだろうが、原因がわからないと対処に苦慮するな……だが、敵だけははっきりしているんだろ?そいつを追い詰めて行くんだ!)
(分っている……)
弥恵が自分の顔よりも大きなカツが乗った丼ぶりにかぶりつく。腹が減っていたのだろう、無理もない……回復魔法はかけてもらったが、夜明け前にかなり早めの朝食を済ませただけで、ちょっと遅めの昼食の今まで、かなりの長時間が経過している。
大食い大会の様相で、一気に大盛りカツ丼を平らげた。
「どうだ?まだ食べるか?」
「いやだよ……これ以上食べると、ぜい肉がつくもの……腹八分目くらいがちょうどいいんだよ。」
同じく食べ終わった逸樹が勧めるにも拘らず、弥恵はおいしそうにお茶をすすり始めた。
「親父……悪いがやっぱり蝦夷牛ステーキ……300グラムで……」
「へいっ!名物蝦夷牛ステーキ300グラム一丁!」
髭の老人が、笑顔でカウンター奥に告げる。
「まだ食べるの?あきれたー……。」
弥恵はそう言いながら、それでも嬉しそうに笑顔を見せた。
(かなり血を失ったし、回復魔法とかでも体力を使ったからな。もっと食べてもいいくらいだが食べ過ぎはかえって腹壊したりするから、このくらいかな……当面肉や野菜を多めに食べたほうがいいぞ。骨つき肉とか、小魚なんかを頭から丸ごととかな……)
(分った……覚えておく。)
食事の後で食堂の玄関先から、山々の風景などを楽しんでいるうちに日が暮れかかって来た。
「やはり、予約した方はお見えにならんようだな。どうだね……御者に先ほど話したら、半額で乗せて行ってくれるそうだ。どうせ奴らはキャンセル料を貰うんだから、ただでもよさそうなもんだが、あまりがめついことを言うと気を悪くして、途中で放り投げられても困るでな……その辺で妥協するのが良い……。
もう出発するそうじゃ……十分休憩したから夜通しで駆けるようで、明日の昼頃には首都に到着するようじゃ。これは……店からのサービスの弁当じゃ。明日の朝食にするといい。」
髭の老人が逸樹たちがくつろいでいる食堂ベランダへやってきて、ひげを触りながら馬車の出発を告げる。
手には、笹の葉にくるまれた包みがあった。恐らく握り飯であろう。
「ありがとう。心遣い、感謝する。」
チップと言う訳でもないが、逸樹は小銭を老人の手に握らせ、食堂を後にした。
通りへ向かうとすでに2台の馬車は、御者が乗車していて出発直前の様子だった。
「予約した客が現れないそうだね。半額で乗せていただけると聞いて来たんだが……」
「ああ……2人だから2台に一人ずつでも、2人で1台でもどちらでも好きにしていいよ。だが、トイレ休憩だけで一気に首都迄突っ走るからね。ぐっすり眠りたいなら、明日まで待って駅馬車に乗るんだね。」
30そこそこに見える若い御者は、半額の運賃を受け取りながら、後続の馬車にも一人ずつで乗っていいと笑顔を見せる。
「あらん……あたい達新婚なのに……別々の馬車に乗るわけないでしょ?」
弥恵がここぞとばかりに、逸樹にくっついてきて腕を組んでぐいぐい引っ張る。
「ああ……そういうことだ……旅行好きだから、揺れる馬車にもなれているから、早く首都に着くのは大歓迎だ。じゃあ、乗せていただくよ。」
そういって2人で若い御者の馬車に乗り込んだ。6人掛けの馬車の客車は広く、荷物置きに手荷物を置いてクッションの利いた座席に対面で座ったが、左右に十分すぎるほどの空間があり少し寂しいくらいだ。
体が大きな逸樹でもゆったりどころか、左右に両手を伸ばせるくらいで、弥恵なら座席に横になれるのではないかと言うくらいの広さだ。
『では、首都に向けてしゅっぱーつ!』
御者の声が響き渡り、馬車は勢いよく発車した。
「動き出したな……弥恵……着物を脱いで、座席に横になれ。」
馬車が動き始めたとたん、対面に座っていた逸樹が立ち上がり、弥恵に着物を脱げと命じた。
「えっ……あっ……あら……たた確かにさっきは山小屋で……あたいの裸を見られちゃったけど……血止めはしてもらったけど表面だけで、内出血しているから今はさらしも巻けず、胸のふくらみそのままで無理やり革の胸当てで押さえているだけだけど……こっ……興奮しちゃった?
でっでも……その……はっ……初めてが……こっこんな……ばっ馬車の……しかも……思い切り飛ばしている中で……というのは……どどどうかな……もっと……こう……ろろろ……ロマンチックな……海が見える……旅館……か……何かで……?」
突然の申し出に、弥恵が戸惑いながら上目遣いで逸樹の顔を見上げる。路面の轍や石ころの振動で、馬車の中は大きく揺らいだり小刻みに振動したりとかなり揺れ、更に騒音も大きく会話もおぼつかないほどだ。
「いいから……ぐずぐずしていられないから、早く脱ぐんだ!」
それでも逸樹は声を大にして、弥恵を急かせる。
「そ……そりゃあ……逸樹が求めるのなら……あたいはどんな場所ででも……いっいいん……だよ……でっでも……本当に……急……だね……やっぱり……一度は……しっ死を……覚悟したからかな?」
弥恵は不安そうな戸惑いを見せながらも、それでもゆっくりと帯を解き、着物を脱ぎ始めた。
「ようし……胸をはだけるだけでいい。そのまま座席に横になってくれ。」
「えっ……やややっぱり……逸樹はおっぱい好き……だったんだね?いいよ……一寸色が変わっているけど、逸樹だったら痛くても構わない……思い切り揉んでいいよ……。」
弥恵は嬉しそうに笑みを見せ、座席に横たわると目を閉じた。
座席の間の床に膝立ちの逸樹が眺めると、先ほど血止めをしただけの左乳房は、内出血が止まっていないのか下半分がどす黒く変色していて、右乳房に比べて下側が腫れて膨らんでいるようだ。
「痛いか?」
逸樹が、そっと左乳房の下側をやさしく押し上げる。
「つうー……ちょっとだけ……痛いのはちょっとだけだから……全然平気だよ、吸っても揉んでも構わないよ。
いや……その……あたいはうれしいんだから……どんどん揉んでいいってことだよ……。」
弥恵は目を閉じたまま、少しだけ顔をゆがめた。
(やはり中は傷が癒えていないな……中級魔法の呪文は?)
(ああ……治癒魔法だな?いいか……回復系魔法と途中まで同じだが、変わった後が長い。とちらずに唱えられるよう何度も反芻しろよ。すぐには効果は得られないだろうから、あきらめずに繰り返すんだ。
行くぞ……生きとし生けるもの全てを御霊う癒しの神よ、深く傷つき癒しを求めるもの…………)
(生きとし生けるもの全てを御霊う癒しの神よ……………………………………)
「生きとし生けるもの全てを御霊う癒しの神よ、深く傷つき癒しを求めるものの…………」
一度頭の中で繰り返しただけで逸樹が声に出して唱えると、右手をかざした下の左乳房が、みるみる血色がよくなり、黒みがかった部分がうすピンク色に変わって行く。2度呪文を唱えただけで、乳房は透明感のある白く張りのある美しいふくらみに変わった。
「はあー……気持ちいいよ……段々と痛みが和らいでスーッと心地よく………………って……治療かーい!さっきのは応急処置だけだったけど、時間が出来たから本格的に治療したという訳なのかい?」
目を閉じて恥ずかしそうに頬を緩めていた弥恵が、期待と異なる違和感に横たわったまま目を開けて顔を上げ、逸樹がかざしている右手と左乳房の変貌に気づいて叫ぶ。
(いやあ……すごく形がいいきれいな乳してるな……こんなの見るの初めてだ……はあ……)
「ああ……もうこれで大丈夫だ……傷は完全に癒えた。良かったな……着物着ていいぞ。」
逸樹が冷静に弥恵に告げる。
「きっ……期待させておいて……みっ……みみ見せ損?」
弥恵は反射的に飛び起き、すぐさま着物を羽織って帯を急いで結び、恨めしそうに逸樹を睨みつける。
「見せ損って言うことはないだろ?治療するには胸を見ないと……治療個所や程度が分からないだろ?」
逸樹はあくまでも冷静に答え、立ち上がってから弥恵の向かいの席に腰を下ろした。




