再起
2.再起
突然降ってわいたような依頼であり、俺が本日この地のこの山奥に潜むであろうことは、昨日の朝時点では組織のメンバー含め、誰も知らないことであった。これまでの主だった……特に最近は首都近辺での殺ししか請け負っていなかった為、俺たちの移動を知ってから手配したのでは絶対に間に合わないタイミングだ。
だから……これまでの標的関連の報復と言った可能性は限りなくゼロに近い。そうなると……やはり今回の標的がらみであるという推測になる。だがなぜ?俺たちがこの場所に潜むことは、今朝日の出前に俺がこの地に到着して初めて決めたことだ。弥恵は標的は祭事に向かう際、仰々しく金銀細工で飾り付けた正装に着替えるために一旦木陰に入るという情報を掴んでいたから、そこを俺に狙わせるつもりでいたようだ。
だが招待客の多さ(千人規模)から、仮に暗殺が成功しても俺達が安全に逃げおおせる可能性が低すぎると、実行場所を思案していたところに手を上げた為、弥恵にショットを命じたのだ。もっと時間的な余裕があれば警備体制を詳細に調べ上げて、スキを利用する形で俺が仕事をするのだが今回ばかりは仕方がない。
命じた……と言うと2人の関係で俺の立場が上のようにも聞こえるが、実際は完全に対等と決めており、それでも当然のごとく実際に暗殺を請け負う側の取り分が7対3で多いことは、互いに了承している。
だから……稼がせてやるという面でも、今回の標的を譲るつもりでいた。3組もの腕利きの殺し屋たちが返り討ちにあったとはいえ、弥恵の超人的な射撃能力を鑑みると、十分に射撃を成功させて逃げおおせるつもりでいた。俺がバックアップにつけば、例え逃走経路上に手下を配備されていたとしても、十分対処できる。
更に俺たちの常日頃の仕事の手口からも、遠距離射撃はどれだけ頑張っても想定されるはずもない。
しかし……弥恵にとって初めての仕事……訓練は常に行っていたが、実際に人に照準を合わせたことはない、弥恵はセミプロであった。仕方なく弥恵が手を上げて実行を命じた時に戸惑うどころか、さわやかな笑顔を見せた時は驚いた。これで対等の殺し屋として認められた事を、喜んでいるのだろうと勘ぐっていたのだが……。
それなのにどうして……?どれだけ頑張って思考を凝らしても答えは見いだせないでいた。
実は一般からの依頼で依頼者が裏切ったのか?いや……仮に裏切ったところで、組織の中の殺し屋のうち、誰が向かうか依頼者は知らない。そもそもどの組織に依頼しているのかすら、ほとんどの依頼者は知らないはずだ。
当たり前だが殺しを請け負ううちの部門も『殺し引き受け?』等の看板を出して商売しているわけではない。
全国の主要な町にある大きな教会……今現在だと蝦夷国王都では蝦夷国中央教会首都中央本部……のいくつかある懺悔室の中央から一つ右の懺悔室で、殺したいほど憎い相手がいて、殺し屋を探しているほどだと懺悔することにより、数日中に手元に殺したい標的の名前と理由及び、前金と後金の引き渡し方法が記載された差出人も消印もない手紙が配達される。
依頼者はその指示通りに従うと、数日中に新聞に憎い相手の死亡記事が掲載されるというわけだ。勿論、依頼者の素性は、手紙の送付前に徹底的に調べ上げるし、標的との関係性も詳細に調べて動機の有無迄検証する。
それは警察組織などのおとり捜査により、地域の黒幕的ボスの暗殺依頼をして、ボスの死と暗殺組織の壊滅の一挙両得を狙う作戦に、乗らないためだ。
動機がなければ地域の有力者の正義感からの悪の組織の長の暗殺依頼であっても、決して引き受けることはない。利害関係のない相手からの依頼は引き受けないというのが、俺が所属している組織の鉄則なのだ。
だから……依頼人が標的に対して殺し屋を雇ったことなど、漏らすことはあり得ないし、仮にそうだとしても自分たちが殺しに向かっていることは知りえるはずもない。
さらに知っていたところで……この場所へ潜むことなど、どうやって知りえたのか……堂々巡りの考察は、一つの結論へと導かれようとするたびに、無理やり別の道筋を辿るために取り消される。先ほどから何回も繰り返される堂々巡りの思考錯誤……。
だが……もうどうでもよかった……どうせ助からない……男は死を覚悟していた。
(おいおい……本当にいいのか?このまま死んじまっても……生きようという気力は既に尽きているのか?いや……まだだろう?気がかりがあるはずだ!そうして確かめたいことも……このまま死にたくはないだろ?)
突然どこからか、声が聞こえてきた。男はわずかな木漏れ日だけの森の薄暗がりの中で、ゆっくりと目線だけで辺りの様子を伺い始めた。もしかすると立ち去ったと思っていた包囲網が、未だに解けてはいないのか?
既にあれから10分以上は経過しているはずだが、なのになぜか、自分のもとへ死亡確認に近づいてくるものは一人もいない。確かに致命傷を受けた……先ほどから咳き込むたびに鮮血が口からほとばしっていたのは、背中の傷が肺にまで達している証拠であることは認識していた。
刺した本人は確かな手ごたえを感じていたはずだし、しかも刺したナイフを抜いて持ち去ったがために、大量の出血が背中からほとばしり出て、すでに腰から尻を伝って出血でパンツ迄びしょびしょの状態だ。
少しでも出血を押さえるために、反射的に傷口をもたれかかっている木へ押し付けて、止血代わりにしているのだが、血が失われて意識が朦朧とし始めているので、押し付ける力も弱って来ていた。
人の急所を熟知していて、一撃で葬り去る自分のやり方から見れば素人の犯行でしかないのだが、それでも相棒に預けたはずの無防備な背中を狙われたので、十分に致命傷と言えた。刺された瞬間に体をひねって急所の直撃を免れはしたのだが、かえって肺胞の下部を傷つけてしまった。
細長い暗殺用ナイフを引き抜いた時点での大量の出血に満足して、敵は立ち去ったはずであった。それなのにどこから声が……?
(ふうん……お前って……相当に理屈っぽいね。いちいち事が起きる度に、色々と思考をめぐらさなければいけないのか?そんなことしていると本当に出血多量で死ぬぞ。さっきから思考の邪魔しちゃいけないと思って遠慮していた……それなりにお前という奴のことが分かってよかったんだが……死なれては困る。
俺はお前の中にいるんだ。誰かがお前を監視していて、声をかけているわけではない。だから周囲を見回しても誰もいない……助かるのは……お前が驚いて叫んだり、誰だと呼びかけなかったことだ。
お前が頭の中で考えることが俺に伝わってくるから、いちいち声に出して言う必要性はない。何か質問があれば、頭に思い浮かべるだけでいい……確かに周囲の気配は消えたが、お前が本当に死んだのか監視している可能性は否めないからな。この状態で襲い掛かられたなら、ひとたまりもないはずだ。
お前は今……絶体絶命だ。救命キッドは冒険者の袋の中に入っているが消毒薬と包帯程度で、このような深手には効果がなさそうでとっくにあきらめたようだな?そもそも背中の真ん中下部の刺し傷……自分で傷口にガーゼを当てる程度くらいしかできないわな。
だが……俺が回復呪文を知っていると言ったらどうする?内臓までの深手を治療できる中級魔法も知ってはいるが、自分で自分を治療する場合、治療する側として魔力と体力の両方を消費して、治療される側として自然治癒力と体力を消耗するからな……2重の消耗で下手すると治療の途中で力尽きて死んでしまうだろう。
今は初級魔法でとりあえず血止めをしておきたい。俺の言う通りに呪文を覚えて、唱えるつもりはあるか?)
(いや……もうどうでもいい……このまま死ぬ……)
(待て待て待て……お前の想像通りかどうかわからんだろ?もしかしたらお前の相棒も傷ついて、連れ去られたのかもしれないだろ?だったらどうする?助けに行かないのか?)
(まさか……あいつが裏切った以外……この状況は考えられない……)
(本当にそうなのか?じゃあさ……彼女が裏切る可能性はどれくらいある?)
(コンビを組んでからは5年……相棒が裏切る可能性なんて……0.0000限りなくゼロだと信じたい。)
(そうだろ?裏切る必要性だって……ないんだろ?)
(もちろんそうだ……彼女は孤児で俺が拾って育て上げた。
本当は高校大学まで通わせて普通の社会人にしたかったが、冒険者と身分を偽っていた俺に習って、中学を卒業したらなにがなんでも冒険者になると言い張り、スナイパーを目指した。そうなるともう……俺の仕事を偽ることなど出来ず、彼女を引き込むことしかできなかった。
身寄りと言えば……育ての親でもある俺でしかなく……彼女が裏切ることなどありえないし、裏切られたからと言って、それを恨むつもりもない。このまま死んでもいいくらいだ。)
(だから……彼女は裏切ってなんかいないさ……恐らく誰かにはめられて、つかまっているんだ。だったら助けに行かなくてもいいのか?)
(…………………………分かった……彼女を助けに行く……どうすればいい?)
(まずは呪文を教えるからそれを覚えろ。初級魔法だから何回も繰り返し唱えれば……相当な使い手のようだからな……類稀なる集中力さえあれば、魔法効果は得られるはずだ。痛みの激しい部分に集中して神経を通わせ、まずは肺に達している傷口をふさごう。
こういった治療が可能かどうか何とも言えないが、術者の負担が小さい初級魔法の連発で体の深部から少しずつ治療していってみよう。中級魔法では多くの体力が失われている状況では、治癒効果を得る前に意識不明になってしまうだろう。いいか……呪文をこれからいうから一言一句間違えずに覚えてくれ。
そうして最初のうちは言葉に出さずに唱え続け、完璧になって始めて声に出すんだいいな?)
(分かった。)
(じゃあ行くぞ、生きとし生けるもの全てを御霊う………………)
(生きとし生けるもの全てを御霊う………………生きとし生けるもの)
(ようし……ほぼ完ぺきに暗記したな?じゃあ、覚えた呪文を声に出して発するんだ。別に大声でなくてもいい。口の中でぶつぶつとつぶやく程度でも、妖精には通じるからな。最初から魔法効果なんか得られはしないから、何も起こらなくてもあきらめないで、しつこく何度も繰り返すんだぞ。
痛みがあるから自動的に傷口が治療されるはずだが、体の中の痺れ始めている痛みに神経を集中させながら唱えろ。そこの痛みが和らいだら、次に痛い箇所……と順に治療していくんだ。
もしかしたら、見張りがいるかもしれないから、下手に体を動かさずにじっとしたまま呟け、いいな?)
(分った……)
「生きとし生けるもの全てを御霊う………………生きとし生けるもの全てを御霊う………………生きとし生けるもの全てを御霊う………………生きとし生けるもの全てを御霊う………………」
逸樹は今覚えたばかりの呪文を、小さな声で口に出して呟き始めた。突然聞こえてきた、白昼夢のお告げに従って呪文をつぶやくなど……よく考えたら恥ずかしいことこの上ない行為だが……それでも今この時点で出来ることは何でもやってみるつもりでいた。
なぜなら……相棒も捕らえられているのであれば、なんとしてでも救いに行かなければならないのだ。藁にも縋るというか、天から垂らされた細い蜘蛛の糸に縋りつくような気持で、痛みの強い傷口に意識を集中させながら唱え続けた。
(おお……すごいぞ……数回唱えただけで体の中心部分から、徐々に痛みが消えて行く。あれだけ激しかった痛みが和らぐどころか、何も感じない正常な状態に復活して行っている。
凄腕の冒険者だからか?いや……殺し屋だったか?精神の集中力が半端ない……僧侶や神父が精神修養して得る解脱の領域に、精神がすでに達しているのかもしれないな。もう大丈夫だろう、すでに背中の外傷部分まで治癒効果が表れているはずだ。痛みは消え去っているからな。
だが……直ぐには動かないほうがいい。かなり大量の血を失ったからな。まずはそうだな……水を飲んで……生理食塩水なんてあるはずもないから……塩はあるか?なければ干し肉とか干物の魚とか保存食かな?塩気が多くて保存がきく食べ物なんかないか?)
(ああ……携帯食でチーズと豆腐をベースに作った流動食がある。干し肉は食べ応えがあるが、いちいち噛み切らなければならず、両手がふさがっているときに食べづらいからな。建物の壁などにへばりついて隙を伺っている時でも食事ができるように耳の裏側にチューブを回してあって、首を回すだけで食べられる。)
(ははあ……流動食だから、噛み切る音とか噛み砕く音もしないというわけか……しかも水分と塩分やビタミンなどもバランスよく配分されているんだろ?)
(び……びた……)
(ああ……栄養素に関してはいいや……取り敢えず、可能なら食べたほうがいい。)
(ああ……もう食っている……)
「ごくん……ごくごく……」
逸樹は小さく首をひねり、耳の後ろ側から垂れ下がった半透明なチューブに口をつけ、勢いよく吸い始めた。
(よし……腹は満たされた……手足は……)
逸樹は慎重に周囲の様子を気にかけながら、ゆっくりと手足を小さく動かし始めた。
(うん?)
(やはりいるのか?)
(ああ……俺の左正面の大きな木の影と、さらにその奥10m位先の木の奥にも……2人が潜んでいたようだ。やはり用心深いな……血を失って死ぬのを待っていたのだろう。死んだのを確認しようとして不用意に近づけば、殺されてしまうからな。もし息があれば……動いた瞬間に襲い掛かるつもりだったのだろう。
だが……今の俺の動きは小さいからな……風で服がたなびいているのか、判断に迷っているはずだ。今ならいける……)
逸樹はすぐさま立ち上がると、一瞬で数m先の木立の影へと回りこんだ。
「わわっ!」
”グザッ”右手に持つ登山ナイフのような大きなナイフが、振り返った男の胸に突き刺さる。男は驚いた表情は見せたが、反射的に防御動作をする間もなく振り向いただけでナイフを突き立てられた。
そうして次の瞬間……またもや風景が切り替わる。
「ええっ!」
目の前に驚いた表情の男が現れたかと思うと、その胸にまたもやナイフが突き立てられた。今度も男は悲鳴を上げる間もなく目を閉じた。右手を引くと傷口から鮮血が噴水のように湧き上がる。
(お……おえー……おえー……ぐっ……)
「なっ……なんだ?ぐっ……ぐぼっ……おえー……」
逸樹は突然不快感に襲われ、その場で何度も嘔吐を繰り返した。




