隠れ家
24.隠れ家
「どうする?もう外が明るくなってきたぞ。夜が明ける頃には警察へ連絡をしなければならない。従業員が出勤する前に、麻薬精製工場の手入れをさせる必要性があるからな。そうなればお前を捕らえたことは隠しておけないし、取り調べのために警察へ身柄を引き渡さなければならなくなる。それでもいいのか?」
再三の説得にもかかわらずだんまりを決め込む売人の総元締めに対し、ジャックが最後通告ともいえる言葉を発した。
「分ったよ……俺の身の安全は保障してくれよ。絶対に警察の奴らなんかには、居所を知らせないでくれよ。」
「ああ……大丈夫だ。今日お前たちを捕まえることは、誰にも知らせていない。だから何も知らずに、酒飲んでベッドで寝ているさ。」
「黒幕は右大臣の……」
「本当か?行政を執り行うナンバー2だぞ!奴が黒幕だという証拠はあるか?有名人だからな、陥れようとして適当な名前を言っても無駄だぞ!」
周りに聞こえないよう小声で告げる男に対して、ジャックも身をかがめて小声で確認する。
「ああ……今月分の売り上げの締めが今日だったからな。明日の正午に俺の事務所に電話がかかってきて、売り上げを報告して送金することになっている。奴は周りに知られないよう、官庁近くの喫茶店でわざわざ食事をして、そこの公衆電話からかけてくるから張り込んでいればすぐにわかるさ。
電話での本人確認の合言葉は……」
「その合言葉は、異常報告用のものではないだろうな?」
「そんなものはないさ。右大臣が地方の石鹸工場の取締役に直接電話する時点で、十分に怪しいだろ?自分とは縁もゆかりもない会社の上に、警備の兵士をまいたうえでだからな……捕まえて屋敷を家宅捜査すれば、これまでに売り上げた金が金庫にうなっていることだろ。
畿南国の通貨で両替せずに送っているからな……奴は連邦中の組織からの売り上げを区分するために、わざわざ両替せずに各国通貨のままで金庫に保管している。そうして年度末にはどこそこの国の稼ぎが悪いのなんのと文句をつけてきやがるんだ……積み上げた札束の量の比較写真とともにな……とんでもない奴だぜ。
なんせ利益の4割もとっていやがるんだからな……何にも手を汚していないのに……。」
総元締めの男が、顔をゆがませる。黒幕の加護はありがたいのだろうが、欲張り過ぎはよくないのだろう。
「そうか……畿南国の地方の麻薬精製工場に手入れが入るくらいじゃあ、すぐに連邦政府へ情報が伝わることはないはずだ。だったらこのまま警察へ連絡して、工場を閉鎖することは可能だな。
よし……美都夫はここで彼らを見張っていてくれ。俺はひとっ走り組合事務所まで行って、この街の警察と王都の中央警察へ連絡してくる。どちらも古くからの俺の知り合いがいるから、うまくやってくれるだろう。
冒険者組合だったら24時間営業だからな。電話だっていつでも使えるさ。」
ジャックは馬車を降りると通りを横切って、冒険者組合の建物まで走って行った。
(ようやくかたがつきそうだな……一晩大忙しだったが、トップまで行きついたのはラッキーだった。美都夫も随分活躍したぞ。)
(心の声さんのおかげだよ。おいらだけだったら、何もできずにただおろおろしていただけだったはずだよ。)
(そんなことはないさ、美都夫は反射神経がいいし、動体視力だって並外れている。動体視力というのは、動いているものを見極める能力だな。ぱっと見てそれが何か判断する……恐らくお前の体を通してだから、ガトリング銃だって瞬間的に判断できた。
しかもお前は、さらにその後ろで操作しようとしている総元締めの姿まで捉えていた。その能力がなければ、2人ともハチの巣にされていただろうな……すごいよ……。)
(ふうん……おいらたち2人が組めば……最強ってことだね?2人っていうのはジャックとおいらの2人じゃないよ。心の声さんとおいらの2人ってことだよ。そりゃジャックはすごい冒険者だとは思うけど……。)
(うん?ああ……いや……なんとも……)
(どうしたの?ずいぶんと歯切れが悪いね……)
(俺はその……多分一度死んで、魂だけになってお前の体に乗り移った。どうしてこんなことになったのか、俺には全く理解できてないが、それは事実だ。だから、いつまたお前の体から離れていくか判らない。
これからもずっと、お前の中にいてサポートを続けられるわけではないということを認識して、お前ひとりだけでも困難に立ち向かえるよう、成長してほしいということだ。)
(ふうん……なんだかお別れが近いみたいな言い方だね?)
(いや……そうではなくて、お前の体の中に出たり入ったりを、俺が自分の意思で調節しているわけではないんだ。だから……もしかしたら明日には、俺はお前の中にいないかも知れない。そうなっても慌てないでほしいということだ。何もかもすべてを俺からの指示待ちしていると、あとで困ることになるからな。)
(分った……そうなんだよね……心の声さんの声が聞こえるようになって、死にそうな場面を何度も助けてもらって……それはおいらだけじゃなくて妹の双葉も死にそうなところを助けてもらって、更に何もわからない子供のおいらに生き方まで指導してもらえて、すごく運がいいと思っていたんだ。
でもそうだよね……そんな凄いことが続く訳がないんだ。おいらがこれまで生きてきたように、自分でなんでも考えて、正しい道を選択していかなければならないんだよね?それが普通の人は皆出来ているんだものね?おいらも頑張るよ、心の声さんに頼らなくても正解を選べるよう、なるべく考えて行動するようにする。)
(そうだな……俺だって俺の考えが正しいと自信を持って言えているわけではない。俺自身の人生がどうだったのか、思い出せないのでなんとも言えないが、多分間違いだらけの人生だったのだろうと考えている。人生に未練があるから死んでも天に昇らずに、誰かに憑りつくのに逆らわないんじゃないかとね。
だから……そんな俺の言葉に全面的に頼るのは、よした方がいい。俺の忠告は忠告として受け止め、その上でお前自身でどうしたいのか、どうするべきなのか考えて行動するようにしてくれ。)
(分った……頑張っておいらも考えるようにする。)
「よし……地域警察と王都の中央警察両方へ連絡してきたぞ。勿論逮捕したこいつらのことは、一切話していない。じゃあ、隠れ家へ行くとするか。馬車を出してくれ。」
しばらくしてジャックが冒険者組合から戻ってきて、これから隠れ家へ向かうことになった。客車の中から御者席への覗き窓を開け、ジャックが御者に出発するよう指示を出した。
「お前たちは黒幕が捕まるまでのしばらくの間、隠れ家に潜んでいてもらう。そこは安全だから、多少不便は掛けるが安心して暮らしてくれ。黒幕を逮捕して裁判に入れば、証人として出廷してもらうこともあるだろう。
その時は俺が全力を挙げて守るから証言してくれ。黒幕を有罪にさえできれば、お前たちは安全だろ?」
「いつまで、その隠れ家に潜んでいなくちゃならないんだ?」
売人の総元締めが、渋い顔をしながらジャックに尋ねる。
「裁判が終わるまでだから……3ヶ月くらいかな?それが終われば晴れて自由……とはお前たちの場合はならないよな。お前たち自身の罪は償ってもらわなければならないからな。だけど裁判で証言すれば、その分罪は軽くしてもらえる。麻薬の総元締めのお前は、そのままなら無期懲役か死刑だが有期刑になるだろう。
刑務所だって黒幕の手が届かないような連邦内の刑務所に、誰にも分らないよう分散させて収監されるはずだからから安心しろ。」
「そうか……生きているうちに娑婆に出られるのか……。」
麻薬の総元締めの初老の男は、少し顔をほころばせた。
(やはり……ジャックという奴は風体とは裏腹に、細かいところまで気がつくやつだな。たったの一晩で駆け足で麻薬の密売人から辿って、精製工場や黒幕迄辿り着いたが、その間脅したりして何とか自白を得てきた。
その見返りとして刑の軽減や、収監先なども全て根回し済みだったというわけだ。そうしなければ自白した奴らが浮かばれない。ひどく強硬な捜査や取り調べをして後は知らぬ顔じゃあ、悪い評判が立って次からうまくいかないからな。今回のようなクエストを何度もこなして経験を積んでいるのだろうな。)
(ふうん……ジャックはすごい冒険者なんだね?)
「わわわ……私は……ただの客ですが、どうなりますか?」
最後尾の座席に一人だけで座っている、麻薬を購入した客が立ち上がって尋ねてきた。
「ただの客でも麻薬の購入所持及び使用は違法だ。勿論罰せられるし、常習者なら実刑だ。それだって、麻薬の購入ルートを洗いざらい白状してくれたら、罪は軽減されるだろう。」
客も罪に問われると聞いて、最後列の男はうなだれて座席に座り込んだ。
「ようし……だいぶ来たな……そろそろ馬車を降りよう。
停車してくれ。ここからは歩きで行くから、今夜の貸し切りは終了だ。」
ジャックから料金を受け取り、馬車はそのまま帰って行った。
すでに日はとうに昇り高くなってきていて、山の中腹の気温は結構上昇しているようだ。
「けっこう暑いが、我慢してくれ。目的地まであと1時間ほどだ。これでも無理言って、普段はいかない山道を上って来たんだぞ。」
「えー……1時間?」
売人たちから、悲鳴にも似た声が上がる。
「仕方がないだろ?馬車で横づけじゃあ、御者から簡単に場所が漏れてしまう。関係者だと狙われるから、わざと知り合いでも何でもない御者を雇っているんだ。客の情報は基本的に口外しないだろうが、誰かに金でも積まれたら簡単に吐いてしまうだろうし、そのほうがこちらも気が楽だ。
ある程度の方角は分かってもここから延々と歩くから、この広い山の中だ、お前たちがどこで隠れているかまず見つからないというわけだ。文句を言わずに歩くぞ。」
落胆する売人たちをものともせずに、一人一人尻を叩きながら歩かせ始める。それでも彼らは手ぶらで身軽だからまだいい。彼らを拘束したロープの一端を手についていくジャックと美都夫は、大きなリュックをそれぞれ背負って山道を登って行くのだ。
日頃運動などしているはずもない売人たちは、すぐに疲れて音を上げるので休み休み進まねばならず、実質2時間かかってようやく目的地が見えてきた。
「こ……ここって……」
美都夫が驚くのも無理はない、そこはかつて……住むところを失った自分たちが、山奥で半年間暮していた廃ダンジョンの洞窟ではないか。
「人里離れたこんな場所に、廃ダンジョンがあるなんて知っているのは俺たちと、次郎とかいう元お前の主人と子分だけだ。奴らはとっくに捕まって刑務所送りのはずだし、他には誰にも知られていないし、まさかここを隠れ家にするとは考えないだろう。
何せ洞窟が深くて、ぱっと見だけじゃあ人が中に潜んでいるなんて、誰も気づかない。ここだと分かって入って行かない限り、まず見つからないだろう。さらに美都夫が見つけた洞窟奥の清水があるから、十分この中だけで暮らしていけるはずだ。」
ジャックに促され、売人たちが恐る恐る洞窟内を歩いていく。もちろん先頭を歩く男の額には輝照石を付けて、照らしながら歩いていくと、3時間ほどで洞窟奥へたどり着いた。疲れてすぐに休みたがる彼らの尻を叩き、洞窟奥で食事にするとジャックが言ったため、それなりに皆早足になったので予想よりは早く着けた。
干し肉と干し芋の携帯食で遅い昼食を終え、洞窟奥の地面に拘束を解いた売人たちとともに手分けしてテントを張る。テントが当面の隠れ家となるのだ。
火を熾し、美都夫たちが使っていた鍋や窯はそのまま置いてあったので、清水の場所を教えて自炊を促す。ジャックは米や野菜などをリュックに詰めていたようで、売人たちの当面の食料には十分な量がありそうだ。
「いいか……拘束は解いてやるから、皆争わずに仲良く暮らすんだぞ。元は上下関係があったとしても、今はただの犯罪人だ。同じ麻薬の密売ルートに関わり、黒幕が逮捕されない限り身の安全は保障されない、いわば一蓮托生の関係だからな。仲よく助け合って、ここで暮らすんだぞ、いいな?」
『ああ……仕方ねえな……』
売人たちは不満げにも見えたが、それでも自分の命がかかってるので、仕方なくうなずいたように見えた。
(じゃあ、この洞窟の中での生活の仕方を説明してやれ。)
「こっちにきれいな湧水があって、飲み水にも炊事にも使用できます。下着など洗濯するときには、少し下流に流れ出た清水が溜まった水たまりがあるので、そこを使うといいです。湧水の周りには、きれいな水でしか生息しないヒカリゴケが発生しています。少しずつ生活場所に移していけば、住みやすくなるでしょう。
トイレはこっちです。洞窟最奥ですが天井には亀裂があって、恐らくまだ先の空間にも続いているのだと思っています。空気が抜けているので臭いとかもこもらないから、この場所で用を足していました。
炊事はここで、焚火をして……薪は森の中を回ってある程度確保してあるので、1ヶ月位は持つと思います。火打石はここにあります。」
美都夫が、自分たちが生活していた時に揃えた家財道具(と言っても、使い古しの鍋釜とわずかな食器と身の回りのものだけだが……)の説明をした。
「じゃあ俺たちは町へ戻るから、お前たちはここから絶対に出ずに、中でひっそりと暮らせよ。豪華なホテルなんてことは無理だが、それでも雨露凌げるしきれいな水が出る環境だ、文句言わずにここで暮らしてくれ。
食料は週一で届けてやるからな。あまり頻繁に出入りすると、いつか尾行されて見つかってしまう恐れがあるから、そのぐらいが限度だ。俺たちは毎日、この周辺の山々を歩いて回るつもりだ……尾行を混乱させるためにな……出ても安全と判るまでは、絶対にここを出るんじゃないぞ。
お互いにお互いを見張って、監視するようにな。いいな?」
『わかったよ……逃げやしないよ。命が大事だからな……』
ジャックの言葉に、皆大きくうなずいた。
「竹なんか切って、どうするの?」
「竹を組んで枠を作って洞窟の蓋をするのさ。奴らが逃げ出さないようにというよりも、熊よけだな。武器を持たせていないからな。それに……入り口にはめ込んで草をかぶせておけば、洞窟だと気づかれないだろ?」
(なるほどなあ……考えが深い……洞窟入り口をカムフラージュしてしまおうということだな?さらに尾行を混乱させるために、これから毎日山歩きをするって言っていたよな?まるで尾行前提だ……。
都度、この洞窟近くまで歩いてきていたんじゃあ、いくら後方に注意を払っていたとしても場所を特定される危険性があるからな。それくらい厄介な奴らが相手ということなんだろう。)
長く切った竹を組んでロープで結わえ、格子の形に組んでから洞窟入り口のサイズに合わせて再加工し、入り口にはめ込み、その上に藁や草を置いて洞窟がある山肌のコケや蔦と同化させ、はたから見て分からないよう細工を施した。