麻薬精製工場
22、麻薬精製工場
「わわわ……分かった。このまま刑務所送りになったら、間違いなく俺は消される。俺が知っていることは洗いざらい白状するから、だから……本当に命の保証はしてくれるんだろうな?」
「ああ、もちろんだ。」
ジャックがしたり顔で大きくうなずく。
「ほら見ろ……あんただって結局は白状するんじゃないか……人のこと……どうこう言えるか?」
元締めが観念したのを知り、白髪頭の売人が薄ら笑いを浮かべながら、立ち上がって振り返った。
「輸入された麻薬の原料の精製工場があって……」
密売人の元締めが、ゆっくりと小声で話し始めた。ジャックはメモ帳を取り出して、その内容をまとめてメモ書きを始めた。どうやら組織の詳細を、告白し始めたようだ。
「場所は茶屋通りの……」
「美都夫、御者に冒険者組合の方へ向かうように言ってくれ。」
工場の場所を聞いて、ジャックが美都夫に指示を出す。
「分った。冒険者組合だね?」
美都夫が客車の先頭へ戻って、中から小窓を開けて御者に行き先を告げる。
(おいおい……麻薬の精製工場へもたった二人だけで突入するつもりか?そりゃあ密売人の事務所を襲った時は、小人数が功を奏したのかもしれないが、何度もうまくいくとは限らないぞ。工場っていうからには何十人何百人と手下がいるはずだ。仲間を呼んで大勢で突入したほうがいいんじゃないのか?
ジャックにそう勧めてみろ。)
「じゃ……ジャック……今度もおいらたちだけで突入かい?いくら何でも麻薬工場に行くのに、たった2人だけは無謀じゃないか?」
心の声に言われ、美都夫が申し訳なさそうにジャックに告げる。
「仕方がないんだ。仲間を呼ぼうとするだけで、向こう側に情報が伝わってしまう。大人数を動かそうとすればするほど目立つし、相応の時間がかかるからな。仲間の到着を待っている間に工場はもぬけの殻さ。これまでさんざん苦汁を飲まされたが、今回はそうはいかさない、必ず悪の親玉まで辿り着いてやる。
精製工場の責任者さえ捕まえれば、直ぐ上がトップのはずだ。なんせ連邦中に出回る麻薬の精製工場のようだからな。陰で糸を引いている奴だって明らかになるだろう。
だから工場を警護している用心棒たちと、一戦交えるつもりはない。こっそりと忍び込んで、奥の管理室辺りにいる責任者さえ捕まえてしまえばこっちのもんだ。
下手に大人数で行かないほうが動きやすいはずだ。安心しろ……美都夫は馬車に残ってこいつらを守っていてくれ。工場はさすがにこんな深夜の時間帯なら稼働はしていないはずだが、警備員たちはうじゃうじゃいるだろうからな。巡回警護に見つかると厄介だ。」
ジャックはたった一人で工場へ忍び込むといい始めた。
(そうか……取り敢えずこっちの身の安全は確保されたな。)
(ダメだよ……ジャック一人だけ行かせたら、何かあって捕まったらどうするの?複数人数で行かないと、何があるかわからないでしょ?)
(おま……複数って……お前とジャックしかいないんだぞ。しかも、お前が行ったら、こいつらをだれが守るんだ?まさか拘束を解いて武器を持たせておくわけにはいかないんだぞ。縛って動けなくしたままで、悪の巣窟のすぐそばに放置するわけにもいかないだろ?)
(冒険者組合のそばって言っていたでしょ?だったら馬車のターミナルがあるじゃない。これは乗合馬車だから、ターミナルに停車していても怪しまれないでしょ?もうすぐ夜が明けそうだしね。
ターミナルだったら縛り上げて、声なんか出せないようにしておけばいいでしょ?)
(そ……そりゃあ……そうとも考えるが……でも……きけ……)
「ジャック……一人だけで忍び込むのは危険だよ、おいらも一緒に行く。大した力になれないかもしれないけど、少なくとも足手まといにはならないつもりだ。馬車はターミナルに停めておけば、怪しまれないだろ?」
美都夫がジャックと一緒に行くと、勝手に申し出てしまった。
「そりゃあ、ターミナルで客待ちする乗合馬車に見えるだろうからな……だが、かなり危険を伴うぞ。」
「大丈夫、何とかなるよ。命がけの危険なクエストをこなす為に、こんな高価な装備を買わせたんでしょ?」
美都夫が笑顔で答える。
「分った。でも危なくなったら、俺のことは気にせずに、すぐに逃げるんだぞ!いいな?」
「うん、そうさせてもらうよ。」
馬車はターミナルに入って、乗合馬車の待合い場近くに停車した。ジャックと美都夫が下車して、客車には外側からカギをかけておく。
「こんな……冒険者組合の目と鼻の先に麻薬の精製工場があるとはな……灯台下暗しとはこのことだ。」
ジャックが舌打ちしながら、ターミナルを組合とは反対方向へ歩いていく。
「そういや美都夫……前から不思議な力があると感じていたんだが、人の心も読めるのか?」
「えっ?何のこと?」
「とぼけるなよ……密売人の元締めのことだ。奴の心を読んだんだろ?そうでもしなけりゃあ、あんな簡単に密売人の証言を得ることは出来なかった。」
突然ジャックが美都夫に振り向いた。
(どど……どうしよう……)
(落ち着け……人の心を読めるはずはないだろ?合理的且つ排他的に考えて、推論を導き出したというんだ。)
「え……えーと……ひっ人の心は読めないよ。ごご……合理的……えーとなんだったっけ?」
(ばかっ俺に問いかけるな。言葉が難しいのは悪かったよ。すごく金がかかる禁制とかいう魔法を、どうして元締めに与えたのか考えていたら、なんとなく本当の使い道があったんじゃあないかと想像がついた、とでも答えておくんだ。)
「え……えーと、お金がかかる禁制魔法をどうしてあの人に与えたのか考えて、そしたらああいうことを思いついて、あの人に尋ねてみたら当たっていただけ……」
「ふうん……洞察力が鋭いんだな?お前はやっぱりすごい奴だ……。」
ジャックは納得した様にうなずいた。
(ほんとだよ……心の声さんは凄いなあ……。)
(全然すごくはないさ。お前の中にいる俺は、考えるだけでお前と心を通わせられる。言葉にして相談するよりはるかに濃密に、互いに情報の交換が出来る訳だ。たった一人だけの知識で考え込むよりも、お前と話しながら考えることにより、正解が浮かんできやすいだけだ。
3人寄れば文殊の知恵というが、2人だけでも情報のやり取りが濃密な分だけ、2.5人分くらいには相当するんじゃあないかな?)
(ふうん……全然よくわからないけど……すごいよね。いい考えが浮かんでくるコツなんてあるの?)
(そんなものあれば苦労はしないよ。強いて言えば、分からないことをそのままにしないことだ。そのことに詳しい人がいるなら、必ず聞いて確かめる。知らないことは決して恥ずかしい事ではないからな。それよりわからないことをそのままにしておくことの方が、後で恥をかくことがある。
分からないといえずに、勝手に解釈して物事を進めようとして失敗してしまったりな……。知ったかぶりとかいう奴だ……知らないことは知らないといって、堂々と聞けばいい。最初から何でも知っている奴なんか、いるはずもないからな。生まれたばかりは、どんな天才も赤ん坊だった。
その場では何となく解釈して、後で考え直してつじつまが合わなくなったりすると、気になって寝られなくなるたちでね。そうならないように、分からないことは極力その場で聞いておくことにしている。)
(分ったよ……じゃあ早速……もんじゅって何?おいらも心の声さんを見習って、分からないことを聞いておきたいんだけど……。)
(ああ……仏教用語なのかな?……古い時代のかなり賢い人だったよう……ああっと……この世界の人じゃないから忘れてくれ。
すっごく頭のいい人が遠い昔にいたんだけど、その人がいればなあって嘆くよりも3人で知恵を出し合えば、その人の考えに匹敵するくらいのいい考えが浮かぶだろうっていうことだ。一人だけであれこれ悩むより、人に相談してみんなで議論したほうがいいという教えだな……)
(ふうん……勉強になったよ……後はねえ……えーとえーと……)
(ふう……俺は子供電話相談室じゃねえよ。美都夫が聞いておきたいことは、知っている限り答えるつもりだが、時と場合を考えろ。ここは敵地の真っただ中……とまではいかないが、入り口近くまで来ているんだ。
無駄口叩かずに、周りに神経を集中させろ。人買いの時のように、俺との会話に夢中になって周りを疎かにしているとへまして見つかってしまって、大勢で攻撃を仕掛けられたら、こっちはたったの2人だけだから、ひとたまりもないからな。)
(そうだね……周りに気を配るんだね……わかった……)
「ここだな。」
着いた先は乗合馬車のターミナルがあるブロックの反対側の角から、大通りをはさんだ向こう側の角にある石鹸工場だった。高い塀に囲まれた中の大きなレンガ造りの建物で、深夜帯の今の時刻は工場は操業を停止しているのか、どの窓からも明かりは漏れていない。
(考えたな……石鹸工場だったら化学薬品を使うから、麻薬の精製用の薬品を扱っていても目立ちにくい。
素人には薬品の違いや用途なんて分からないからな……。下手すると、粉せっけんに紛れて工場内で堂々と精製をしている可能性だってあるはずだ。そうなると、普通の取り調べじゃ見つからないだろうな。)
(そうなのか……相手は頭がいいね?)
(そりゃあ、組織のトップの指示だろうからな。しかも連邦中にはびこる、悪と言う訳だ……悪知恵に長けているだろうな。だが、どれだけトップが切れ者でも、命じられて従う手下が悪ければ、ほころびはあるはずだ。売人の元締めの男のようにな……)
(そうだね……頑張ろう。)
「明け方になって売人の元締めが、売り上げを持って戻ってくるのを待っているから、親玉は工場内にいるはずだ。元締めと言っても官庁街と市場方面に高級住宅街向けと別れて、3人の元締めがいるらしい。さっきの奴はそのうちの一人で、奴が戻ってくるまでは、引き上げずに待っているはずだ。」
(おいっ、工場の門は締まっているし高い塀に囲まれているぞ。どうやって入って行くのか聞いておけ。まさか、麻薬の捜査に来ましたなんて、呼び鈴を押して入って行くわけじゃないだろ?)
工場は四方を高い塀に囲まれていて、門には鉄の格子で作られた頑丈そうな門扉が閉まっている。格子の隙間から中の工場は見通せても、人が通り抜けられるほどではない。
「ジャック……どうやって中に入って行くの?こんな高い塀乗り越えるのも大変だし、そんなことしていたら巡回の警備員に見つかってしまうかもしれないよ。」
輝照石を反射板で囲ったサーチライトのようなもので照らしながら、警備員が巡回しているのが塀の外側からでも伺える。
「しっ……配送の荷馬車用の大きな門の脇に、通用門があるだろ。あそこで合言葉を言えば深夜でも開けてくれるそうだ。合言葉も聞いてあるから安心しろ。」
門に近づいたところで美都夫を制し、すぐわきの木製扉の通用門へジャックが歩いていく。
「熊さん!」
「はっつあん……山!」
「川!」
扉の向こう側と2,3言葉を交わすと、木がきしむような音とともにゆっくりと通用門が開いた。
「中に入ったらすぐに門番を拘束するぞ。騒がれたらまずいから、素早く動けよ!」
ジャックが小声で美都夫に指示を出すと、美都夫は無言でうなずいた。
「よしっ、入るぞ!」
ジャックに続いて通用門をくぐると、中は小さな木造の小屋になっていて、机といすが置かれていて三人の男たちが椅子に腰かけていた。
「何なんですか?あなたたちは……泥棒?」
「いや……怪しいものではないのだが……悪いが暫く眠っていていただく。」
ジャックはそういうと素早く剣を鞘ごと抜いて、手前の男のみぞおちをついた。
「だ・」
奥の男が叫ぼうとする間もなく、美都夫が錫杖をついて気絶させる。
「わわ……わたしはてて……抵抗しません。」
残った門番の男は観念したのか、騒がずに両手を上げた。
「ようし……賢いな。騒がなければ痛い思いはせずに済む。」
ジャックは男をロープで後ろ手に縛りあげると、懐から手ぬぐいを取り出してさるぐつわを噛ませた。
他の二人ともに美都夫が後ろ手に拘束して足も縛り上げさるぐつわも噛ませ、三人まとめて動けないように小屋の柱にロープを回して縛り付けた。
「これでいいだろう、恐らく彼らはただの工場の夜間警備員だろう。深夜番は何も知らされずに、売人の元締め達が工場内に入るために合言葉だけ教えられていると言っていた。武器だって携帯していないし、年寄りばかりだ。この工場の真の姿は知らない可能性が高いから、あまり手荒なことは出来ないからね。」
ジャックは美都夫にそう言うと小屋を出て、大きな建物である工場へ向かった。
2階建て以上ある高い建物は、幅も奥行きも50m以上はありそうだった。正面には荷物の出し入れをするのであろう、大きなシャッターが取り付けられている。
「この工場の裏手にある通用口から入ってすぐ右の部屋に、親分が待っているはずだ。」
ジャックが大きな工場建屋を、回り込むよう指で示した。