自白の強制
21.自白の強制
(ありゃりゃ……着物に火がついちちまったな。すぐに手拭いではたいて火を消すんだ。)
魔法効果が強すぎたのか男の着物の裾部分から煙が上がったので、美都夫が焦って懐から手ぬぐいを出して男の尻から下を何度も叩いてやる。パンパンと甲高い音が響き渡り、数回で煙は治まった。後は乾いた泥を、手拭いで軽く叩いて落としてやれば乾燥終了だ。
(うーむ……焼け焦げが出来ちゃった。)
(悪党だから、構わないさ。それよりも着物は、ほぼ乾いたから成功だ。何度か試せば加減もわかるだろうから、雨の日なんか洗濯物を干す代わりに使えそうだな……)
(そうかな……洗濯ものを乾かすために、精霊さんを使ってもいいものだろうか……)
(考え方次第だな……)
細い路地をしばらく歩いていくと、ようやく馬車が見えてきた。
「あ……兄貴……」
「大吾、てめえが裏切りやがったのか!おかげでこっち迄……覚えておけよ、絶対に許さないからな!」
乗合馬車について男を客車に乗せると、さっそく先ほどの白髪メガネ男を睨みつける。さほど年齢的に違いはなさそうだが、立場の違いからか片方はへつらっている様子だ。
「お前だって、いずれ親分の居場所を白状するんだから同じことだ。仲よくしておけ。」
ジャックは白髪頭とは別の中間の座席に密売の元締めの男を座らせ、すぐ隣に座った。
「誰が白状するものか。おあいにく様……俺たちの結束は、鉄よりも硬い!」
ところが男はふてぶてしく、そっぽを向いた。
「何だったら近隣の警察組織や役所関係に、お前を捕まえたというお触れを顔写真付きで配布してやってもいいんだぞ。そうして拘留場所には厳重に警察官や冒険者を大勢配置してやる。全てを買収することは無理だろ?そうなったらどうする?いずれ組織は殺し屋を雇って、口封じに走るだろうな……かわいそうに……。
死にたくなければ、素直に白状したほうがいい。身の安全だけは保障してやる。」
「無理だ……どんなところにでも殺し屋はやってくる。拘置所や刑務所だって安全な場所なんかじゃない。裏切り者には死あるのみだ。誰がそんな口車に乗るものか。」
それでも元締めは首を横に振った。
「さっきもこの白髪頭に教えてやったんだが、今日俺たちが麻薬密売撲滅に動いていることを知っている奴は、俺たち以外では一人もいない。誰にも知らせずに動いている。だから……誰にも知らせずに、誰も知らない場所にお前を匿うことは可能だ。俺はそういう証人保護の隠れ場所をいくつか持っている。
嫌ならいいさ……さっきの事務所まで戻って、何人か締め上げて白状させてみるだけだ。お前だけが親分を知っているというわけじゃあないだろ?ナンバー2がいるはずだからな。
そうしてお前は他のメンバーたちと一緒に、一般の刑務所送りだ。どうなるかな?一晩持てば奇跡だろうな。」
「ばばば……馬鹿な事を言うな。ナンバー2が吐いたんだから、頑として突っぱねた俺は、褒められることはあっても殺されるなんて……あああ……ありえないさ。」
「そうかなあ……親分のところに手入れが入ったとして、どう思うかな?拷問なんかされて、ナンバー2はしらを切りとおして死んでしまい、すぐに白状したお前は無事に刑務所送り……とか考えないか?
俺だったら捕まって務所送りになったやつは疑うけどな……まあいいさ、お前たちのような悪党がどうなろうと俺は構わん。よし……じゃあこれからさっきの事務所へ一緒に戻るとしよう。お前の代わりにナンバー2を連れ出すとするか……。」
そういいながらジャックは元締めの両手を拘束しているロープを持つ手に、力を込めた。
「ままま……待ってくれ……すす少し……考えさせてくれ……。それと……この中じゃあ逃げられないんだから、後ろ手に縛った両手を、せめて前に回させてくれ。背もたれとの間に挟まって血流が悪くて痺れてきた。見てくれよ、手が白くなっているだろ?」
元締めの男は動揺を隠せない様子で、更に両手の拘束を前に回すよう要求してきた。
「ああいいぞ……5分やろう。今晩中にすべて肩を付けるつもりでいるからな、お前たち売人をいくら捕まえたところで、所詮はトカゲの尻尾切りだからな。だから意地張ってないで、白状したほうが身のためだぞ。
両手は……そんなにきつく縛っている筈はないけどな、確かに皮膚の色に生気がなくなってきているな。仕方がない、前へ回してやるがロープはまた掛けさせてもらうぞ。」
ジャックはしてやったりとほくそ笑むと男の背面を覗き込み、自分でも納得した後で縛り上げたロープを一旦ほどき、前に回してもう一度締めなおした。その間男は意外にもおとなしく従っていた。
「どうだ?白状する気になったか?」
ロープを縛りなおしてから5分ほど経過して、ジャックがうつむいて悩んでいる様子の男の顔を覗き込む。
「ぐっ……ぐぼっ」
シートに腰かけたまま下を向いていた男が、苦しそうにして何かを吐いた。
「おいっ、大丈夫か?こ……これは……血……血だ!おいっ……どうした?」
男が吐いた赤いものに驚き、ジャックはうろたえながら何度も男の肩をゆする。
(おいっ……捕えた男が血を吐いた様子だぞ。腹でも殴ったりしていないだろうな?虐待だなんて、訴えられるぞ。回復魔法が必要かもしれん、すぐに行け!)
(わわ……分かった)
「ジャック……どうしちゃったの?暴力をふるったりはしてない?」
心の声に促され、客車の前方の席でくつろいでいた美都夫が、急いで後方へ駆け寄って行く。
「な……何もしていないさ。もう少しで白状するはずだったんだからな。後ろ手は苦しいというから、前に縛りなおしてやっただけだ。そうだ……回復魔法をかけてやってくれるか?」
ジャックがうろたえながら、それでも美都夫に治療を要望して立ち上がったので、入れ替わろうとする。
「うわっ!」
その途端、元締めの男が立ち上がり、立ち上がったジャックとの狭い隙間をついて駆けだした。
(おいっ、ロープの端を掴め!逃がすんじゃないぞ!)
すぐに美都夫は、男の両手を縛り上げているロープの一端を見つけて手を伸ばす。男はシート備え付けのひじ当てなどにも足をかけ素早く動き、ジャックは捕まえそこなったが、美都夫は何とかロープを掴むことが出来た。
客車真ん中の通路を1,2歩進んだところで再度元締めが確保され、元居た座席へ戻される。
「ちいっ……仮病か?それにしては真に迫っていたような……」
(おいっ、男がなんか手の中に隠しているぞ、無理やり開いて中を確かめろ。)
美都夫が嫌がる男の手をこじ開けると、中には小瓶が隠されていて、瓶の底には赤い粘性のある液体が残っていた。瓶の口を鼻に近づけ匂いをかぐと、おいしそうな香りがしてくる。
(ケチャップだ……血を吐いて驚かすために、ケチャップ入りの小瓶を仕込んでいやがった。考えたな……血のりなんかじゃあ、何日か経つと固まってしまうだろうからな。染料とかだと毒性のあるものもあるから嫌だし、ケチャップだと食べ物だから口に含める上に、小瓶のまま持っていれば長期間保存できるからな。
いつあるかわからない手入れに備えて、持たされていたのだろう。)
「はあ……そうか……ケチャップで驚かせて、隙を作って逃げるつもりだったんだね。考えたね。」
「そ……そうだったのか、だから両手を前に回させたんだな?ちいっ……」
ジャックは歯ぎしりしながらロープを一旦ほどき、嫌がる男を無視して再度後ろ手に回してロープをきつく縛り、ロープの端を座席脇のひじ当てにしっかりと結び付けた。
「いたっ……いたたた……ロロ……ロープが……きつすぎるよ。虐待じゃないのか?」
「お前のような奴は、きつく縛り上げたほうがちょうどいい。さあっ、観念して白状するんだ!」
「仲間を売るなんて、ごめんだね。ナンバー2と交代するって言っていたが、奴だって絶対白状なんかしない。
何せ、もうすぐに別の街の元締めに出世できると決まっているからな。だから……俺たちの口から、何か聞き出そうとするなんてあきらめたほうがいい。とっとと、務所でも何でもぶち込めばいいさ。」
麻薬密売の売人は、吐き捨てるように言い放った。
「な……なんだと……?」
ジャックが細い線のようだった目をむいて、歯ぎしりする。
(さすがに売人の元締めとなると、それなりの教育を受けているようだな。組織のことを聞こうとしても、簡単には吐こうとしないだろう。時間さえあればな……こいつの家族関係とか調べて、母親を呼んで説得させるとか、方法があるのかもしれないが、今すぐには無理だ。)
(じゃあ、どうするの?)
(どうするのって……聞かれてもなあ……捕まってから騒動を起こして逃げ出すための準備まで、万端に備えていたんだぞ。恐らくのらりくらりと言い逃れる手順だって教育されているだろう。
しかし妙だなあ……捕まる前提で準備していたにもかかわらず、俊足なんて禁制魔法を施すとは矛盾していないか?ケチャップ同様、いつ手入れが入るかわからないのだから、それでも毎日魔法の呪文を書いた護符を、術者の身代わりになるやつの体に貼り付けて、魔法効果を維持していた訳だろ?一体何のために?)
(ど……どういうこと?)
(だから……どうしてこいつにだけ、禁制魔法をかけていたのか?ということだ。身代わりの若者を雇い続けるだけで、相当な大金がかかっているわけだぞ。)
(それは……どうしてもこの元締めを、逃がしたかったからなんじゃない?例えば麻薬密売の総元締めの息子とかだったりして……。)
(麻薬密売組織の重要人物ということも考えられなくもないが、逃がしたいだけなら、何もケチャップの小瓶を仕込んだりする必要性はないはずだろ?俊足さえあれば十分だ。今回はたまたま捕まっただけだ。
なんせ馬鹿正直に裏通りをまっすぐに駆けて行ったからな。辻をジグザグに折れ曲がって逃げられたなら、あの足の速さじゃあすぐに見失っただろ。)
(それは……万一捕まった時にでも、騒動を起こして逃げ出す機会を得る為なんじゃないの?)
(いや……捕まれば拘束されるわけだから、幾ら血を吐いたふりをしようとも、簡単には逃げ出せないさ。
現にあっさりと捕まっただろ?こんな用意周到に準備するような組織の奴らが、そんな間抜けなこと考えるとは思えない。恐らく目的は別にあるはずだ。)
(別な目的……って?逃がそうとしていたんじゃあないの?)
(にが……?そうか……そうだよ、逃がそうとして……。)
(分ったの?)
(ああ……多分あいつはおとりなんだ。真面目で信用出来てよく働くやつを元締めにして、そいつに禁制魔法を施してやる。警察の手入れを受けた場合、奴がおとりとなって捜査員たちをひきつけて逃げ回る。その隙にほかの売人たちを逃がす目的だったんじゃあないのか?
俊足の魔法にかかっていれば、人の倍以上の素早さで動けるから、数人がかりで捕まえようとしても簡単に捕まえられるはずもない。その隙に仲間を逃がすためのおとりなんだ。現にジャックが取り逃がしているんだからな。
だから奴は、なるべく目立つように、走って逃げるにしても人目につくように、辻を曲がったりしないでまっすぐ走って逃げるよう、指示されていたわけだ。それで多くの捜査員たちは、奴を追って行くはずだからな。
本来は十数人体制の手入れを想定していて、下手に抵抗せずに奴が捜査員を惹きつけて部屋の中を駆けまわり、仲間を逃がした後で自分が逃げる算段だったのだろう。しかしおとりなんて、なりたい奴がいるはずもない。だから安心できるように、捕まっても騒動を起こせるからとケチャップの小瓶を持たされていたのだ。
ところが今回たった2人だけの手入れだったから用心棒だけで簡単に倒せると思い、本来の計画を忘れて抵抗してしまった。なのにジャックが強すぎて、あっさり仲間たちがお縄についた。まずいと感じた奴は、焦って俊足を使って逃げ出したというわけだ。自分だけは逃げ延びようとしてね……指示通りまっすぐ走った。
売人たちがろくに抵抗もせずに、ただ逃げ出そうとしていたことも頷ける。)
(はあ……なるほど……そう考えると納得するね。)
(ようし……この辺をついて、奴を自供に追い込むぞ!)
(突くって……どうやって?)
(だから……お前のせいで仲間たちが全員捕まったんだぞ!本来はお前がおとりになって逃がすはずだったんじゃないのか?とか……密売所が崩壊した責任を取らされるぞ……とか言って、何もかも白状させる。)
(分った、やってみるよ。)
「あ……あなたに俊足という禁制魔法が施されていたのは、本来はあなたがおとりになって仲間たちを逃がす為だったんじゃないかな?それなのに仲間たちは全員捕まってしまった。本来の指示に従わずに抵抗して捕まってしまったんだね。その上あなたまで捕まってしまって、密売所は崩壊。その責任はどうとらされるかな?
素直に親分を教えたら、身の安全は保障してくれるんだよ!しかも組織が完全に消滅すれば、それこそ安心してこれからの人生を送れるよ。良い事ばかりだと、おいらは思うけれどね……」
睨みつけるジャックをものともせずに、頑として口を割らない元締めの席の脇から、美都夫が顔をのぞかせてそっと話しかける。
「なっ……なんでそのことを……」
「何でって……理由は言えないけど、分かっちゃうんだなあ……でもどうするの?ずいぶんと用意周到に準備されていたのに、あなたが全て台無しにしてしまった。その責任は重いんじゃあないかなあ……。」
「そっ……そうだぞ、お前が犯した失敗への責任は重いぞ!」
美都夫が何を言っているのかはっきり理解できていないジャックも、言っていることが男の弱点を突いていると判り追随し始めた。




