新生活
17.新生活
「じゃあ……クエストをしに向かうぞ。先週末にクエスト申請をしておいたからな。双葉は今日から学校だな?頑張って来いよ。」
週明けの朝からジャックがやってきて、美都夫をクエストに連れ出しにきた。週末組合に冒険者登録をして、美都夫が初級者講習を受けている間にクエスト申請していたようだ。ジャックは先に帰宅していたため、美都夫はクエストを引き受けたことすら知らずに週末は、引っ越しの後片付けに追われていた。
と言っても家具を使いやすいように並べなおしただけで、もともと荷物のほとんどない美都夫たちなので、新規に購入した家具食器に服などを、それぞれ所定の場所に詰め込むだけで案外簡単に終わった。
「うん、行ってきます。」
双葉はランドセルならぬ小さな布製のリュックを背負って、元気に登校していった。歩いて10分かからない小学校へは何度か美都夫も一緒に歩いて、人通りの多い安全な道順を決めておいた。
「じゃあ、俺たちはこっちだ。」
ジャックは双葉の通う学校とは異なる方向へ歩いていく。美都夫たちの新居から北へ行くと市場があり南が官庁街で冒険者組合など……東が双葉の通う学校だがジャックは西へ向かっていくようだ。しかも空のリアカーを引いて……。
「おはようございます……冒険者組合へご依頼のクエストを実施しにまいりました。ジャックと申します。」
向かった先は閑静な住宅街のようで、平屋の長屋造りの建物がずらりと通りから建ち並んでいる。ジャックは通りに面した家の玄関先で、大きな声で中に呼び掛けた。
「あら……ジャックさん……久しぶりね。そちらは新人さん?最近はとんと新人冒険者を連れていらっしゃらないから、裏庭はもう草ぼうぼうで……大変な事になっているのよ。」
ジャックの顔見知りなのか玄関先に出てきた中年のご婦人は、家の奥の方へ振り返りながらため息をついた。
「裏庭の草むしりのご依頼でしたね?適任のものをお連れいたしました。美都夫……来てくれ。」
(おいっ……呼ばれているんだ、ぼうっとしていないで行くんだよ!)
(はっ……ああ……悪い……)
「み……美都夫です……よろしく……」
「あらよろしくね……」
「美都夫はこの家の裏庭の草むしりを担当してくれ。むしった草を入れるごみ袋は、用意しておいていただけてますかね?」
「ええ……そりゃあもう……使わなくなったむしろで作った袋を4つも裏庭の入り口に置いてあります。」
「じゃあ美都夫は裏庭の草むしりを頼む。俺はお隣の屋根の雨漏りを修理しているから、何かあったら大声で呼べばすぐに顔を出してやるからな。大体2時間くらいで終わる位だろ、終わったらここで待っていてくれ。」
ジャックはそういうと、すぐさまお隣の家の玄関先へ向かった。
「おはようございます、冒険者組合へご依頼の……」
(じゃあ、こんなとこで突っ立っていても仕方ないから、裏庭へ行くぞ。)
ジャックがお隣の玄関先で、お客と応対を始めたので、美都夫を急かせて平屋の建物をぐるりと回って裏手に行くと、そこは確かに草が膝丈よりも高く生い茂っていた。
「すまないわね……元は芝生が植わっていたんだけど……丈の短くて揃っているのは芝生だから残してくださいね。むしるのは雑草だけにしてね……。」
家の中へ一旦戻って縁台へ回り込んだ先ほどの婦人が、緑の芝を指しながら指示する。
(ようし……頑張ってむしるとしよう。)
(うん……おいらは案外こういうの得意だよ……。)
美都夫はむしろと一緒に用意されていた軍手をはめて、しゃがみ込んで雑草をむしり始めた。
(ふう……とりあえず……こんなもんだな……)
(そうだね……芝生がなくなっていて、赤土が露出してしまった個所も結構あるけど、このまま水をやっていれば芝生が表面を覆いつくすんじゃないかな?)
(そうだな、じゃあ終わったと報告しよう。)
ジャックの予想通りに2時間ほどで草むしりは終了し、縁側から家のなかへ呼びかける。
「あらあら……ご苦労様。さすがね……きれいになったわ……芝生はきちんと残してくれて完璧ね。
じゃあこれ……クエストの報奨金……ご苦労様。」
婦人は満足そうに裏庭を眺めると、財布からコインを取り出した。
(げえっ……50G……たったのこれだけ?)
「ありがとうございました。」
それでも美都夫は笑顔で会釈して、玄関先へ回った。
(2時間みっちり働いて50Gは割に合わないんじゃないか?)
(まあいいじゃないか、喜んでもらえたんだし。)
「あっ、ジャック……クエスト完了。これ……報奨金だって……。」
美都夫が玄関先で待っていたジャックを見つけ、駆け寄って行って手の中のコインを晒す。
「それは美都夫の取り分だからもらっておけ。割が合わないんじゃないかと思っているだろ?2時間で50Gだと8時間働いても200Gにしかならない。月に20日働いても4千Gだ……これなら市場で働いていたほうがよほどましだ。特に美都夫の場合は働きがいいから人の2倍3倍もらえただろうからな。
だがなあ……これも冒険者の地域貢献として必要な活動なんだ。今回は特に冒険者になりたての、ごく簡単なクエストのみを厳選している。次第にレベルを上げていく予定ではいるんだが、まずはこの程度で活動に慣れるようにしよう。
初級者でも行ける攻略済みダンジョンで、家畜系魔物の肉や毛皮目当てにクエストを引き受ければ、運が良ければひと月の稼ぎが1回のダンジョン挑戦で可能となる。だが……運が悪ければオケラで……幽霊系魔物にばかり出くわせば稼ぎはゼロの時もある。戦闘経験は増えるだけで終わるわけだな。
俺も若いときにはダンジョン挑戦を繰り返して腕を上げて行ったが……金がなかったからな……美都夫の場合は当面の生活費には困らないから、だったらこういった地域貢献活動がいいだろ?
じゃあ、むしった草はゴミ捨て場に置いて次のクエストに行こう。」
この後ジャックに連れられて、リアカーを引いて学校給食のための食材の買い出し手伝いや、引越しの手伝いなどをさせられた。
(はあ……鉄下駄履いてしゃがみ込んでの草むしりもきつかったけど、買い出しで米俵一俵とか一斗缶の醤油4缶とか……およそ一人で持てる量じゃないもの運ばされて……きつかったぁー……)
(そうだね……でも大きなタンスでもうまくバランスを保てば、一人でも運べることが分かったじゃない。部屋の中でちょっとだけ動かすのと違い、2階へも一人で運ぶことが出来たのは感動したよ。)
(お前はいつも前向きだな……こんなのジャックに騙されているんだぞ。あんな重労働して1日200Gって……ひどすぎる。しかも昼休みの休憩も、弁当食う時間だけでたったの15分って……完全なブラック企業だ。待遇改善を要求したほうがいい。)
(仕方ないよ、引っ越しのお客さんのところまで、ちょっと距離があったからね。それに……ジャックだってほとんど一緒に働いていたじゃないか。報奨金だって山分けだったし……地域貢献って言っていたから、こんなもんなんだよ。お年寄りとか母子家庭から、そんなにお金を取れないでしょ?
報奨金を受け取るときに、いつも喜んでくれて笑顔で手渡ししてくれたじゃない……仕事は辛かったけど、あれで報われたなあ……だから、おいらは全然文句ないよ。)
(まあ……お前がいいんだったらいいさ……お前の親父さんも地域に根付いた冒険者だって言っていたから、案外こんなクエストを毎日こなしていたのかもしれないな。)
(うん……おいらもそれは感じている。ジャックがおいらの父さんの話を聞いて……だからこういった仕事を世話してくれているのかもしれないってね……)
その後も毎日近隣住民への奉仕活動を続け、翌月には防具屋への分割払いも済ませ、武器屋で2mの長さの太い錫杖を騎士の槍がわりに購入した。ステンレス製の角材を加工した錫杖は重くて扱いが大変だが、先端部分を外すと中には槍先が仕込まれている、まさに魔道騎士にふさわしい持ち物だ。
加えて初級の魔法だけでは心細いからと中級の魔導書を購入して、日々呪文の習熟に励んだ。やはり錫杖も最高級のものはほとんど売れることはないようで、その分値段が張って魔導書込みで15万Gかかってしまったが、それでもまだ十分な蓄えが残っている。
装備とは裏腹に日々雑用のようなクエストをこなし、半年ほど過ぎた。
「おお……だいぶ体に筋肉がついて来たな。毎日朝晩の訓練は欠かしていないんだろ?」
ジャックが美都夫の腕の筋肉を触りながら、自分の腕の力こぶと見比べる。ジャックの体は全身筋肉と評してもいいくらいだが、美都夫の体もそれに負けないくらいに仕上がってきているようだ。
「うん、父さんが毎日していたように10キロ走と、柔軟体操に素振り等の基礎訓練は欠かしてないよ。さらに魔法の修業もね……初級魔法なら5属性ともに魔法効果を得られるようになったし、回復魔法も問題ない。
中級魔法は……まだ時間がかかりそうだけど、今年中には習得するつもりだよ。」
美都夫も自信満々で答える。
「そうか……毎日の奉仕活動も、なるべく力仕事で骨が折れそうなのを選んで行ってきたからな、地力がついてきたはずだ。そろそろいいだろう、クエストのレベルを上げるとするか。」
「クエストのレベル?」
(いよいよ、魔物がひしめくダンジョンへの挑戦か?いきなりボス魔物がいる未攻略のダンジョンだったりして……それだと仮に攻略できたとしたなら……莫大な稼ぎになるぞ!)
(でも、攻略できなかったら死んじゃうでしょ?僕は嫌だよ、双葉を一人で置いていけない。)
(そうか……確かにな。双葉は学校でも優等生で、友達もたくさんできて毎日楽しそうだものな。双葉が炊事を担当してくれるから、毎日の訓練がおもいきりできるわけだし……双葉の存在は大きいんだな。)
(そうだよ……おいらは週末の休みの日に掃除と溜まった洗濯をするくらいでいいけど、双葉は毎朝早くに起きて、火を熾してご飯炊きから率先してやってくれているんだからね。)
(分った……じゃあダンジョンへのお誘いは断ったほうがよさそうだな。)
「これも奉仕活動の類ではあるのだがな……麻薬撲滅活動を行う。」
(麻薬……?)
「撲滅……活動って?」
「言ってしまえば、麻薬の取り締まりだ。麻薬の売人からルートをたどって販売の元締めと、出来れば製造元迄根絶やしにできたら申し分ない。しかし向こうだって用心しているし、皆口が堅いからな……辿って行くのは骨が折れるし危険な仕事だ。だけど、必ず世の中のためになる。
麻薬は……疲れなくなるとか気持ちが落ち込んだ時もハイになれるとかいう触れ込みで、軽い気持ちで始めることが多いようだが、そのうちに中毒になってやめることが出来なくなってしまい、財産を失ったり脳や神経をやられて廃人となってしまう恐ろしいものだ。
資産家や企業のトップのような金持ちが心のスキを突かれて落ちていくことが多いようだが、売人たちは甘い汁を吸って金を稼いでいる。
しまいに正当な商売が出来なくなって、商業活動が滞ってくるようになると、国の経済活動が脅かされるような事態にもなりかねない。美都夫と一緒に取り締まった人買いも悪だが、こちらの方がより悪質ともいえる。
それに……どうやら人買いと麻薬密売の組織は、裏でつながっているようなんだな。」
「つながっている?」
「ああ……凶悪犯罪同士と言っていいのかどうかわからないが、どうやらこの間取り締まった人買い組織は、実は連邦中にはびこっている巨大犯罪組織の一部のようだ。畿南国の人買いの元締めを逮捕して、黒幕の逮捕に向かったのだが逮捕には至らなかった。それどころか、逮捕に向かった警察チームが全滅したらしい。
その後、連邦軍迄出動したのだが、未だに黒幕であった児童福祉担当の小杉大臣は捕まっていない。だがまあ……悪事が白日の下にさらされたので、2度と閣僚には戻れないし、小杉に何の力も残ってはいないはずだ。だが組織があまりにも巨大すぎて、逮捕するに至らなかったのが残念だ。
そういった経緯もあり、今回は麻薬密売組織の撲滅に余計に力が入っていると言う訳だ。組織が弱体化すれば、いつまでも小杉を匿ってはいられないはずだからな。かといって大掛かりに軍隊を動員しても、絶対にうまくいかない。
麻薬の販売ルートなど、しょっちゅう手入れをして取り締まっているのだが、どこから情報が洩れるのか手入れに入っても大抵アジトはもぬけの殻だ。大きなダメージを与えることは出来ず、もぐらたたき状態でつぶしてもつぶしても別ルートが立ち上がって行く。
だからなるべく少人数で、情報が漏れることがないよう注意して一気に叩き潰す。元締めを探し出すまでは、美都夫と2人だけで活動する。出来るか?」
ジャックはいつになく、真剣なまなざしで美都夫と目をじっと合わせてきた。
(ありゃりゃ……ダンジョン攻略ではなく、麻薬の取り締まりか……こっちはこっちで危険を伴いそうだな。何せ相手は巨悪だ……用心棒とか、それこそ荒っぽいのがたくさん守っていそうだからな。そんなところにジャックと2人だけで乗り込むのか……無事で済むとはとても思えない……)
(でも……ジャックの目は真剣だ。おいらとだったら大丈夫だと思ってくれているんじゃないかな。だったらその期待に応えたいと、おいらは思うけどどう?)
(どう?って言われても……俺には何とも……お前が自信があるというなら止めないぞ。無謀な賭けなら論破して引き留める所だが、何せ正義の活動だからな……出来れば協力したほうがいいのだろうな。)
(ようし……じゃあ決まり。)
(ちょ……ちょっと待て……まずはどうやるのか聞いてからにしよう。あまりに無謀だったら……)
(分ったよ……)
「分ったけど、具体的にどうやるの?」
「ああ……街頭などに売人がいる所は、情報屋を使って調べてある。売人を捕まえて、そいつの上役を順に辿って行くだけだ。薬の売人たちの卸のルートを遡上していくわけだな……普通は何人もの捜査員で、地域中の売人たちを当たって行くのだが、どうしても情報漏れで途中から売人たちが雲隠れしてしまい終了だ。
今月は連邦あげての凶悪犯罪取り締まり月間で、その一環としてのクエストなんだが……大きな冒険者パーティとか軍隊が行う活動は、どうしても情報が洩れて組織が警戒するから尻尾も捕まえられないのが常だ。いかつい冒険者たちが複数人で酒場で遊ぼうともせずに裏通りを闊歩すると、目立つからな……。
だから、俺たち2人だけでこっそりと行うわけだ。今日から捜査開始する事すら、誰も知らない。」
ジャックが自信ありげに、口角を緩ませる。
(はあ……真っ向勝負というわけか……だけど売人のルートを辿って行くとなると、手際よく素早く進んでいく必要性がありそうだな……)
「分った……協力するよ。」
「有難い……じゃあさっそく今晩から頼むぞ……徹夜仕事になるから、昼間にゆっくり寝ておいてくれ。」
ジャックはそう告げて、帰って行った。




