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18.新たなクエストへ
(おい、双葉には心配しなくていいということと、朝になっても帰ってこられない場合があるから、ちゃんと学校へ行くように言っておけ。)
(分った……)
「じゃあ、双葉は明日の予習を終えたら先に寝ていなさい。おいらはもしかしたら今晩帰ってこられないかもしれないけど、ジャックと一緒だから心配しないで。明日もちゃんと学校へ行くんだよ。」
夕食を終えて後片付けを終えたタイミングで、ジャックが訪ねて来た。初めての夜勤というか、夜遅い出勤に双葉は戸惑った表情を見せたが、それでも美都夫の言葉にうなずいて笑顔を見せた。
「じゃあ、馬車に乗って行くぞ。さほど遠くない場所ではあるが、そこから先を辿って行くときに機動力が必要となるかもしれないから、馬車を雇って来た。」
仕事着というか、大金をかけて買いそろえた魔道騎士の装備で出かける。これまでの奉仕活動と違うのは、武器となる錫杖がついに出番となった事だ。鎖帷子は重いし奉仕活動には不要だったが、鍛錬のためにと常時装備していたから重さにも慣れた。アパートの前に停めてある大型馬車に乗り込み、出発する。
着いた先は、市場と反対方向の官庁街の一角だった。冒険者組合のさらに一角向こう側の、官庁や商社など2階建て3階建ての大きな建物が建ち並んでいる通りを逸れて、裏通りに入ってすぐの辻に馬車を停めた。
「じゃあ、表通りに行くぞ。」
(うん?裏通りじゃないのか?麻薬の売買なんて、人目につかない場所でやっていそうだけどな。)
(そ……そうなの?)
(いや……俺だって麻薬の売買にかかわったことはないから……ただ何となく……そうじゃないかと……)
美都夫たちの疑念を知りもせずジャックは、細い辻を表通りへ向かって早足で歩いていく。
表通りは馬車の往来も多く、未だに人通りが絶える様子はないようだ。
(おいっ、道を照らしている明りは何だ?ガス灯か?)
電柱のように木製の柱が主要道の両脇に一定間隔で立てられ、その上部が明るく光り路面を照らしている。
(うーん……おいらもわからないや……そう言えば夜になるといつも光っているよね……)
「ジャック……柱の上の光っているのは何なの?」
「うん?あれは輝照石だ。ダンジョンから発掘される、貴重な宝玉の一つだな。精霊の力を借りて、日が沈む時間になると、勝手に淡い光を放つという便利な代物だ。おかげで治安維持に役立っている。
俺もダンジョン攻略していたころには、洞窟内を照らすのにずいぶん役に立った。宝玉の中では最も多く産出され、以前は高額で取引されていたらしいのだが、組合が発足して国からの指導などが行われ、公共性の高いものは一括して国が買い取ると取り決められ、買取価格も抑えられることになった。
羽振りのよかった冒険者という職業が、廃れてきた要因の一つになっているな。だがまあ、こうやって世の中のために使われるのだから、俺はいい事だと思っているぞ。ダンジョンには強力な魔物が生息していて命懸けだが、所詮冒険者なんてのは、ダンジョンに潜ってお宝を拾ってくるだけのものだ。
土を耕したり害虫を駆除したり天候を心配したりと色々大変な農家や、客にへつらいサービスを心がける商人や接客業などに比べると、自然の驚異や人間関係のしがらみなどない分だけ、楽な商売と思っている。
その上がっぽがっぽと儲けてしまっては、お天道様に申し訳ないのさ。」
ジャックはそう言いながら、言葉とは裏腹に寂しそうな笑みを浮かべた。
(冒険者が儲からなくなって、美都夫が働いていた店の女主人の兄のように、冒険者をやめて非道な行いに手を染める輩が、増えてきているのだろうな。良い面もあれば悪い面もあるということだ。もしかすると今回の麻薬の密売人も、冒険者崩れが多いのかもしれないな。ジャックはそれを取り締まろうとしているのだろう。
まずは密売人を探す方法を聞いておこう。まさか行き当たりばったりで声をかける訳でもあるまい?あなた麻薬の密売人ですか?なんて通りすがりに聞かれて、はいそうですなんて答えるはずないからな。)
「それでその……麻薬の密売人はどうやって見つけるの?密売人を見つけないことには、先へ進んでいかないんでしょ?」
「ああ……ここは官庁街だからな。もう遅い時間だから役所や会社が終わって、帰宅する人が列を作って歩いている。皆大抵同じ方向へ歩いているだろ?あれは乗合馬車のターミナルを目指しているはずだ。冒険者組合の通りのはす向かいがターミナルになっていただろ?そっちへ向かっているはずだ。」
ジャックのいう通り、通りを大勢の人が歩いているのだが、通りの向こう側の歩道も含めて皆同じ方向へ歩いて行っているようだ。その方角の先には冒険者組合があり、馬車のターミナルもある。
「大勢の人とは反対方向に歩いている人……中には帰宅方向が違う人もいるはずだが、何度も見かける奴がいたなら、そいつが薬の密売人の可能性が高い。街灯の影で待ち受けしている奴も、長時間だと怪しい。
じっと観察していてずっと動かないやつや、歩いて立ち去って行ったはずが、また戻ってきている奴なんかが怪しいな。さりげなく薬の受け渡しをしているから、その場を取り押さえる。」
ジャックはそう言いながら通りの建物側に張り付き、忙しげに歩いていく人々を観察し始めた。
(へえ……裏通りのどこか人目につかない陰で、こっそりと店を広げているのかと思っていた。別に看板を掲げなくても、麻薬密売の客なんてのは常習者と決まっているからな、場所は知っているわけだ。だから裏通りを回って、怪しげな場所にたむろしている人を取り締まるのかと思っていたのだが、違ったな。
当てもなく裏通りをぐるぐると回るなんて、ずいぶんと非効率的だと指摘してやろうと思っていたんだが……状況は違うがこっちも非効率的だな。密売人の風貌など当たりもついていないとはな……。)
(仕方ないよ……まさか麻薬ありますなんて看板を、首から下げているはずはないからね。なるべく目立たない恰好をしているはずだから、風貌なんて聞いても普通の会社員と同じで区別つかないんじゃないかな?
それよりも……人と反対方向に歩いていて、この通りを何度も通っている人でしょ?あの……列の先頭を歩いているおじさん……そう言えばさっきも見かけたような気がするね……)
(馬鹿っ!指さしたりするな。俺たちだって大通りに立ち止まって、壁を背にして通りを歩いている人たちを、じっと観察しているんだぞ。はたから見たらずいぶんと怪しい。ましてや歩いている人を指さしたりしていたら、人を観察しているのが丸わかりだ。しかもそれが、顔見知りを見つけるためではないと判ってしまうだろ?
そうなると麻薬の密売人はピンとくるわけだ……自分を探し出そうとしているのではないかとな……速攻で逃げられて場所を変えられてしまって、今日の捜査は終わりだ。……怪しい奴を見つけたならジャックに小声で、相手の特徴だけを告げるんだ。絶対に指差しなどするな、じっと見ているのもダメだ。)
美都夫が手を上げて指をさそうとするのを慌てて止める。
(ごめん……分かった)
「ジャック……今前を通り過ぎて行った、白髪頭でメガネをかけているおじさん……多分おいらたちがここへ来た時に、反対方向へ歩いて行ったはずだよ。着物の袖の部分に斜めに波の形に染めが入っているから、間違いはないと思う。
忘れ物をして取りに戻ったのかとも思ったけど、そういえばさっきは大量に小さな巾着袋を持っていたはずなんだけど、今は数個しかもっていない。さっき通った時は両手で抱えるほど持っていたはずなんだ……。」
美都夫はなるべく怪しまれないよう対象を見ないように反対方向へ目線を逸らし、ジャックに小声で告げた。
着物の裾を上げて帯に挟み込みステテコの尻が見えている男は、左右に目を配りながら油断なく歩いているのが感じ取れる。
「おおっ……そうか……もしかするとあの巾着袋の中身は麻薬なのかもしれないな。よしっ……美都夫はここで待っていてくれ。俺が後を追ってみる。」
ジャックはそういうと、さりげなく馬車ターミナルへ向かう人の列に紛れて歩いて行った。
「おーいっ……そいつを捕まえてくれ!」
5分も経たないうちに、ジャックが通りのはるか向こうから大声で叫んできた。見ると先ほどの白髪頭のメガネ男が、こっちへ駆けてくるではないか。
(やはりさっきの男が密売人か……もう巾着は一つも持っていないからな……恐らくすれ違いざまに巾着袋を金と交換に手渡ししていたのだろう。)
(そうだね……じゃあ捕まえるよ。)
美都夫は人の流れに逆らうようにして通りに立ち、太く長い錫杖を手に男を待ち構えた。
途端に波が分裂するかのように、美都夫を避けるようにして人の流れが左右に散る。同時に男も行く手を阻むものの姿に感づいたのか、駆けてきた男は美都夫を躱すように一旦車道に出て走って行く。
(ふあー、危ないことをするなあ……馬車の隙間を必死で走って行きやがる。)
(うんそうだね……馬車や人に当たると危ないから、魔法も使えないよね……)
美都夫は男の後を追うように駆け出したが、装備が重いので身軽な男ほど速くは走れそうもない。
(多分甲冑を着ているジャックも、男には追い付けないだろうな……装備が重すぎるぞ……と言っても銃なんかで反撃されたら困るから、仕方がないのか……それだけ危険で難しいクエストということだ。
奴が歩道に戻るタイミングを見計らって、落とし穴で足を止めるんだ、それしかない。)
(うん、わかった。)
「安寧と安らぎを与える地の神よ、我らにその力を貸し与え、敵の足を奪わん……落とし穴!」
10mほど差を付けられて男が歩道へ戻ったタイミングで、美都夫の魔法がさく裂。躓いた男は全速力で走っていたため受け身もとれずに、頭から砂利を踏み固めて舗装された歩道に突っ込んだ。
(よしっ!確保だ!)
「動かないで!おいらは手荒なことはしたくないからね。」
美都夫は長い錫杖の先端で、腹ばいになっている男の首の後ろ側を押さえつけ拘束した。
「はあはあ……常連客とすれ違うたびに、金と引き換えに巾着袋をさりげなく相手の懐へ押し込んでいた。
客も捉えて拘束してあるから、しらを切っても無駄だぞ。お前の親玉はどこにいる?」
すぐにジャックが駆け寄ってきて、男の着物の襟をつかんで尋問を開始する。
「白状したら、俺の命が危ない。誰がしゃべるもんか。」
襟首を持たれた男は腹ばいの状態から正座に体を変え、外れかけたメガネを両手で直しながらジャックを睨みつけた。
「お前が話そうが話すまいが、お前の親分はどう考えるだろうな……いずれ白状してしまうだろうからその前に始末を……とか考えるんじゃないのか?黙っていると損だぞ。素直に白状すれば、命だけは守ってやる。
とりあえず……こんな通りの目立つところにいつまでもいるわけにはいかない。こっちへ来い。」
ジャックはロープで男を後ろ手に拘束すると、馬車ターミナルの方向へ歩き出した。
「ちょっとこのロープを持っていてくれ。」
50mほど行った先で美都夫に白髪頭の男を拘束したロープを預け、細い路地に入るともう一人の男を連れて出てきた。こちらはまだ20代後半くらいの若い男で、服装は着物に袴姿と官庁で働く役人を想像させた。恐らく密売人ではなく、客の方だろう。
ジャックはそのまま大通りと反対方向の狭い辻へ向かい、ぐるぐると狭い路地を抜けて行き、先ほど停めた馬車へ男たちを連れ込んだ。
「いちいち警察署まで連れて行っていたら、捜索が遅くなってしまうからな。お前たちはここで待機していてもらう。この場所は警察官の社宅がひしめいている場所だから、治安はいいし騒がなければ安全だ。
さて……お前の親玉はどこにいるなんという奴だ?正直の答えれば、命の安全は保障してやる。吐かなければ、お前は普通の刑務所送りだ。お前が吐かなくても俺たちは捜査を続け、いずれはお前の親玉に辿り着いてやる。そうなると……どうなるかな?捕まった中でどいつが白状したのか……分からなくなるな?
お前がいくら頑張ったところで、親玉はお前を裏切り者として始末するかもしれんぞ。生きていたければ、素直にすべて白状するんだな。」
馬車の客車に入ったところで、ジャックは白髪頭の男の尋問を再開した。どうやら乗合馬車を取調室代わりに使うつもりらしい。わざわざ10人は乗れる大型馬車をチャーターした理由が、ようやく分かった。
「わた……私はどうなるのですか?私は何も……」
するとここで、若い男の方が口を開いた。客車の一番奥へ押し込まれたのだが、両手を後ろ手に拘束されたまま、ジャックたちの方へ歩いてきた。
「ああ……お前は客だから……この男の悪事を証言する証人としてここに居る。同時に麻薬の常習者として、やはり刑務所送りとなるだろう。だから何も知らないだろうが、人手が足りないんだ我慢してくれ。
それと出来れば……この男の証言は聞かないほうがいいぞ……親玉の正体を知ってしまうと、お前さんも命を狙われてしまうかもしれないからな。」
「ひいっ」
ジャックがめんどくさそうに男を制すると、男はあわてて後部座席へ戻って座った。
「本当に、身の安全は保障してくれるのだろうな?」
男は観念したのか、それでも不安があるのだろう、ジャックの顔色を窺うように、目を合わせて覗きこむ。
「ああ……勿論だ。今この場を見てもわかるとおりに、仲間の冒険者も一人だけで……彼は冒険者になりたての新人で、今俺が一番信頼しているいわば相棒だ。警察にも捜査内容は教えていない。
仲間や警察を疑いたくはないのだが……チームを組んで捜査しようとすると、必ず情報漏れが起きて失敗していたからな。タレコミ屋なんかも恐れて今では非協力的だ。
だから……誰も俺が今麻薬の密売ルートを探っていることは知らない。お前が捕まったことも、まだお前の親玉は知らないはずだ。組織ごと一網打尽にしてしまえば、お前の身の安全は確保されるだろ?」
ジャックは麻薬の売人を諭すように、冷静に告げた。




