冒険者登録
16.冒険者登録
「金はいくら残っている?引っ越し費用に加え、家具や食器に布団迄家財道具一式と、妹の双葉の学費迄払い込んだんだろ?」
武器屋の前まで来たところで、ジャックが美都夫に懐具合を確認してきた。
「タンスにベッド、テーブルに椅子に居間にはソファもいるってジャックが言うから……家具だけで3万G使った。双葉の学費の1年分の前払いと給食費まで含めると、部屋を借りた保証金もろもろと合わせて約7万Gと言ったところだね。」
記憶力のいい美都夫は、懐に入れた紙幣を数えなおすことなく答えた。
「結構使ったな……若い会社員の1年分くらいの収入だぞ。まあ、あのアパートはかなりいい部屋だったし、家具だってそれこそ高級品ばかり揃えたからな。でも、いいものは長く使えるから最終的には得なんだぞ。
当面の生活費もいるが……ほとんど必要なものは揃ったから、自炊すれば食費だけなら兄妹2人で3千Gあればひと月過ごせるだろ。
そうなると12万5千Gくらいは使えるな……朝も言ったが冒険者の装備はピンキリでな……それこそ目の玉が飛び出るくらいの値段がする奴がある。だが、高いものにはそれなりの効力があってな、例えば俺が装備している甲冑には炎と雷の耐性があってだな、火炎系や雷系の魔法効果が50%削減される。
余程強烈な最強魔法でさえなければ、致命傷は避けられるという代物だ。値段は兜は別で10万Gと、お高いがね。剣も同じくらい高価なものだが切れ味鋭く、ドラゴンの鱗さえ切り裂くといわれている。実際にドラゴンと対峙したことはまだないがね。美都夫にもそれくらいいいものを勧める。
いい物は永く使えるから一生ものだ。俺は金がなかったから冒険者になった当初はまともな装備がなく、まずは魔物を倒すための剣を何とか金を工面して購入し、順次報奨金をもらう都度購入していった。
だから……冒険者レベルが上がって難しいダンジョンへ挑戦することになるたびに装備の見直しに迫られ、都合5回も買い直しを行った。使い古しの武器防具なんて引き取らせても2足3文で買いたたかれ、恐らく今のレベルの装備をもう一組揃えられる以上に金を使っている。いわゆる無駄な金を使った。
金がなかったのだから仕方がないけどね。美都夫の場合はこれから金が入る予定もあるから、最初からいいものを勧める。絶対に、そのほうが得だ。
尤も冒険者になったとしても、クエストをこなしてレベルを上げて行けるような才能を持った奴はほんの一握り。多くの冒険者は初級レベルのC−のままか、せいぜいC級どまりで攻略済みダンジョンで魔物肉や毛皮の取得に勤めている。だったら最初に無理してまで、高級な装備をそろえる必要性はないともいえる。
だが……美都夫……俺の見立てではお前には才能がある。A+級どころかS級、更には夢のS+級にもなれるんじゃあないかと踏んでいるわけだ。だから……それに見合った装備をそろえておいて損はしない……俺が保証する。」
(げえっ……身に着ける防具だけで10万Gで、武器も10万Gだって?だがそうか……レベルが上がるとそれだけ難しいクエストを引き受けられるようになるが、その為には強力な武器や防具が必要になるというわけね。だったら最初からいいものを買っておいた方が得というわけだ。金はあるのだからな……)
「分ったよ……じゃあ今日の買い物では、全ての装備は購入できないわけだね?」
「ああ、もちろんだ……今日の買い物は防具だけだな……武器は……取り敢えずはいらんだろ?初級とはいえ魔法の呪文が使えれば十分だと思う……当面は初級クエストしか受けないからな。」
ジャックは小さく何度も頷きながら、自分をも納得させている様子だ。
「分った。じゃあ、どれとどれを買えばいいか、店に入ったら教えてね。」
「もちろんだ。」
「炎系と雷系魔法耐性のある鎖帷子……鉄砲の弾を跳ね返し、A級クラスの剣をも通さない上級のもので、魔法効果50%以上削減するやつはあるか?それと……魔導士用の法衣だな……こっちは攻撃魔法属性……土、水、火、風、雷の魔法効果を、30%以上増幅できるもの……だな。
加えて土系魔法耐性のある鉄下駄と鉄線を編み込んだ編み笠……浅い編み笠で雷系だけでいいが、魔法効果を20%は削減できるものが欲しい。」
防具屋に入るなりジャックは、立て続けに防具の注文を行った。何を言っているのか美都夫はおろか、心の声にも理解できない内容を、まくしたてていた。
「ご注文の防具ですと最高級品の部類に入りまして……お値段もお高く……。」
と言いながら、店員は概算の合計金額をメモに書いて示してくれた。
「15万Gだって?高すぎだぞ……俺の甲冑だって10万Gだ。兜まで含めても12万Gでしかないのに、どうしてこっちのほうが高いんだ?ステンレス製で軽量化のために、チタンもふんだんに使っている最高級品だ。たかが法衣と鎖帷子が、そんなにするはずがない!」
「そうはおっしゃられましても……僧侶や巫女の装備は売れ筋ですのでお安くできるのですが、魔導士はめったに出物がありません。特に上位のものとなると更に売れないのですが、冒険者様へのサービス向上のため、全てのレベルの装備をひと揃え以上は在庫として持っている義務があります。
おかげさまで在庫費用がかさみまして、その分価格に上乗せとなっております。その為法衣は高く価格設定されているのです。」
店員は、妥当な価格だと反論する。
「俺はこの店のお得意様だったよな?俺が冒険者になってから15年間で実に5回もフル装備を購入した。俺は流れの冒険者ではないからな……ずっとこの店を贔屓にしてきた。そうだよな?」
「は、それはもう……私がこの店に入りたてのころから……いえもっと前からのお得意様でございます。」
30代前半くらいだろうか、ジャックよりも若く見える店員は、少しかしこまりながら答えた。
「その俺が、知り合いにこの店を紹介しに来てやったんだ、いい店だって言ってな!だから……まけてくれ。」
「で……ですが……私の一存では……。」
店員はビビり気味に首を横に振り続ける。
「だったら店長を呼んで来い。」
「わかりました。」
店員は駆け足でカウンターの奥へと消えて行った。
(高いもんだな……手持ちの金で足りないとは思っても見なかった。)
(あの店で働いていたおいらの後の従業員は、ひと月6千Gだったんだよ!ジャックの防具だけでその20ヶ月分だ……冒険者も、簡単にはなれないね……)
(そうだな……だからジャックが言っていた通りに、大抵の場合は金が出来次第装備を更新していくしかないわけだな……だがなあ……せっかく金はあるというのに……全額入るのは2ヶ月先だからな。)
「どうしたジャック……珍しいな、お前が店でごねるなんて。」
「おお……イーデスか……一寸納得できないことがあってな……。」
「魔導士用の鎖帷子と法衣か……鎖帷子は物理攻撃と魔法攻撃両方の耐性を供えていて、法衣は魔法効果増幅の効果があるからな。そりゃあお高いに決まっているさ。しかも数年に一度くらいにしか需要がない……。
注文生産でもいいくらいのものだが、冒険者組合の指導により、全てのレベルの防具を常時揃えておかなければならないとされている。おかげさまで防具屋は売れることもない不動在庫を大量に抱え、商売あがったりだ。なのに組合は赤字決算の際に補填を要求すると、そんなものは経営者の責任だと責任転嫁しやがる。
そうなるとどうなる?まさか在庫にかかる費用を、その他の売り上げに上乗せすることも出来まい?そんなことをしたら、一般の冒険者へ負担を強いることになってしまう。だから……ごくまれに売れた場合は、売却迄にかかった在庫管理費用と仕入れ値への利息を含めた価格を上乗せしている。
それなら、その防具を必要としている冒険者の負担になるから、自業自得とまではいわないが、不公平感は出ないだろ?だから……今提示している価格からは一銭もまけることはできない。わかったか?
持ち金がないのであれば……通常隊列の最後尾で遠隔攻撃を仕掛ける魔導士なら、物理攻撃を受ける確率は至極少ないと判断できる。だから鎖帷子をあきらめて、法衣だけにするんだな。耐性も30%にはなるがね。
法衣だけなら7万Gで済む。どうしても物理攻撃も防ぎたいなら、こんな最上級のものではなく、中級のにするんだな。魔法耐性なしで強靭性も落ちることは落ちるが、1万Gあれば購入できるぞ。」
ジャックの知り合いの防具屋の店主が出てきたのだが、値段は下がりそうもない。
「ちょ……ちょっと待ってくれよ、イーデス……これじゃあ俺の顔が立たない……」
ジャックは目じりを下げ気落ちしたように……それでもため息交じりになおも交渉を続けようとする。
(値引き交渉は失敗のようだな。そもそも冒険者用品を独占販売している、組合御用達の店で値切ることなんてできないはずだ。市場が開放していて一般向けの市場でも販売しているのであれば、店を回って安いところを見つけるか、値切ることも可能かもしれないがな。だがその場合は……品質の見極めが必要になる。)
(品質?)
(ああ……粗悪品をつかまされる危険性を、常に警戒しなければならない。防具だって同じように見えて実は粗悪品……不当な業者であれば、謳われているような強靭さや魔法耐性などが発揮されないものを偽って販売する場合もあり得る。国産だって偽って、輸入肉を販売したりするようなもんだな。
安く買えたと喜んでダンジョンに入って、粗悪品の防具に魔物がちょっと触っただけで破壊してしまったなら大ごとだ。だから……組合御用達で厳選した職人に作らせて品質を確保している武器防具屋は、信用できるということで、高いのはあきらめるしかない……と言える。価格設定は妥当と判断するしかないだろう。
かといってイーデスとかいうやつのいう通りに、中級の鎖帷子なんか購入しても、すぐまた最上級のものを購入しなおさなければならないわけだ……1万Gどぶに捨てるようなのは避けたい。
分割払いが可能かどうか、ジャックに確認してもらえ。来月には全額払えるんだから、今手付けを払って残りは来月でも、勘弁してもらえるかもしれないぞ。今とりあえず12万G払って来月3万G払う約束で、物はすぐに受け取る……というやり方だ。ジャックの信用があるのであれば、可能じゃないか?)
「ジャック……値切るのはあきらめよう……。それよりも分割払いはできないかな?今この場で12万G支払って、来月には金が入ってくるから3万G支払う約束で、装備は今ここで受け取ることは出来ないかな?」
美都夫がジャックに小声で耳打ちする。
「うん?飲み屋のつけみたいなもんか?ああ……値切るのは無理でも、それくらいなら……。
ようし……イーデス……じゃあこうしよう。今は持ち合わせがないが来月には金が確実に入ってくる。それが入れば15万G支払うことは可能だが、今ここにはそこまでの持ち合わせがない。だから……残りは来月支払うということで、支払いを待ってくれないか?」
「えっ?うーん……根無し草の冒険者相手に信用取引をしてはいけないという組合の指導はあるのだけど、ほかならぬジャックの紹介ならいいだろう。値引きはできないけど、分割払いなら認めてあげるよ。ただ在庫として抱えているよりも、売り上げれば利益は出るからね……売れたほうがいいに決まっているさ。
機嫌を損ねて、わざわざ首都まで行ってそこの防具屋で買われては、かなわんからな……うちの売り上げにしたい。」
イーデスが仕方なさそうに頷く。防具屋の主人という割に体つきはごつくなく、腹の出た中年太りの男は剥げかかった頭を右手でなぜながら笑みを見せた。
「おお……いいぞ、強そうな魔導士に見える。後は武器だな……目指すは魔道騎士だからな。」
早速、鎖帷子と法衣を試着室で着替え、鉄下駄と編み笠を装備した。
(これで長い錫杖を持てば、まさに僧兵……だな……。)
(僧兵?冒険者にそんな職業もあるの?)
(いや……普通の世界の……戦国時代の話だ。俺も時代劇でしか知らない。)
(時代……げ……き……?)
(ああ……気にしないでくれ……俺が生きていた時の記憶かも知れないが、どんなところでどんな生活していたのか、今はまだほとんど思い出せない。時々断片的に記憶がよみがえるだけだ……今美都夫の姿を見たら、なんとなく僧兵という言葉を思い出しただけだ。)
(ふうん……心の声は時々おかしなことを言うけど……この世界の住人ではなかったのかもしれないね。)
(ああ……そうかもな……)
「よし……じゃあ組合へ冒険者登録に行くぞ。」
防具屋を出て武器屋の向こう側のひときわ大きな建物が、冒険者組合の建物だった。大通りの4つ角の一角にあり、向かい側の通りに面した角地には馬車のターミナルがある。クエスト申請した冒険者が、ダンジョンへ向かう時に利用するのであろう。常に数台の馬車が、ターミナル内に待機している様子が見て取れる。
「新人冒険者の登録を行いたい。」
ジャックは組合の建物の中に入ると、すぐに受付へ向かい、カウンター越しに受付嬢に用件を告げた。
「いらっしゃいませ。新規冒険者登録でございますね。お隣の方が、登録される方でよろしいでしょうか?
まず冒険者として活動出来うる体力や身体機能が十分備わっているか認定試験を実施して、それに通って始めて冒険者と認定されます。よろしいですね?
お名前と、年齢、性別と住所等をこの申請用紙に記入願います。未成年者の場合は保護者の方のお名前住所、ご職業に年齢と印鑑が必要となります。新規登録の際は保証人のほかに、本組合登録されている冒険者様の推薦も必要となりますが、よろしいでしょうか?」
受付嬢は決められている手続きを、抑揚のない口調で淡々と説明した。長年繰り返されるルーティンワークで、なにも見なくてもそらで言える事柄なのだろう。髪が長く細面で目も大きくて美しい顔立ちが、その所作から、尚更人形のように感じられた。
「ああ……保証人も推薦者も保護者の俺がなるから全く問題ない。まだ15で冒険者登録できるぎりぎりの年齢だが、認定試験だって問題なく通過できるはずだ。」
ジャックは受付嬢に示された2つの項目欄に自分の名前と住所など必要事項を記入してサインしてから美都夫に渡し、美都夫も自分の必要項目を埋めた。
「では、認定試験料1000Gになります。」
残金はまだ十分あるので、尚更分割で装備を購入できたことが有難く思えた。
この日は午後から組合内で冒険者認定試験が行われ、美都夫は参加者中トップの成績で余裕で通過した。その後初級冒険者講習があり、美都夫も受講し晴れて冒険者となった。




