編入試験
15.編入試験
「じゃあ今日は旅館で泊まるとして、明日は朝から引っ越しと買い出しだ。食材のほかに食器とかも必要だろ?俺がリアカーを借りてきてやるから、待っててくれ。」
家具屋の帰りに大きな食堂で食事をした後、ジャックは明日の約束をしてから帰って行った。家具や布団などの大物は、家具店が明日の午後に配送してくれることになっているが、確かに食器など揃えておかなければならないものが、かなり沢山あるのだ。
(ジャックは武骨そうな顔をしているが、意外と細かく気がつくやつだな。洞窟で隠れて暮らすのではなく、街中できちんと暮らすのだから、部屋だけでなく必要なものはそれなりにあるわけだからな。
それにしても……冒険者というのは流れ者が多くて、ダンジョンクエストで稼いでは街中の高級旅館に宿泊し、町から町へとダンジョンを巡り歩くというイメージなんだがな……広大な土地に冒険者ばかりの集落を作って、そこで定住している奴を知っていることは知っているがね。)
(ああ……本当にいい人で、助かるよ。双葉の学校があるから、やはりどこかで定住が必要だ。だから……ジャックには悪いけど、冒険者にはなれないかな……)
(美都夫の親父さんのように、定住して近場のダンジョンの管理を請け負うという冒険者もいるのだろうがね。ジャックは頼りになりそうだから、色々と相談してみるといいさ。悪い奴ではなさそうだ。)
翌日は朝に旅館を引き払い、昨日借りたアパートに荷物を置いて、ジャックが借りてきたリアカーを引いて市場を回って食器や乾物などを買いそろえた。
ついでに双葉の通う学校も見学に行った。木造2階建ての長い建物が3列並んで建っていて、それぞれを渡り廊下でつないでいる。正門の裏手には赤土のグランドが、学校っぽく見せていた。
「失礼ですが……妹さんは1年の年末から学校へ通っていなかったのですね?すでに新学期は始まっておりますので、もう一度1年生からやり直しとなってしまいますけど、よろしいでしょうか?」
小学校への編入の相談に行ったのだが、教頭先生の言葉に美都夫も双葉もショックを受けた。剥げ頭にちょび髭の教頭先生と、髪の長い若い女性教師の2人が面談に対応。どちらも綿素材の着物に袴を着用している。
(どうしよう……もう一度1年からやり直しだなんて……双葉はすごくショックを受けただろうな。確かに3年半も学校へ通っていなかったけど、でも双葉にはおいらが使っていた教科書で、毎日勉強をさせていたんだ。だから……学校へ通っていた子と、遜色ないはずだよ。)
(もしそうなら、ちゃんと言うべきだ。家で勉強させていたから4年生の学力はあるとな……それをどう解釈するのかは……学校側の判断になるがね。)
(分った……双葉のためだ……やってみるよ。)
「ま、待ってください……確かに双葉は学校へ通えていませんでしたが、それでもおいらが通っていた時の教科書で、分からないところはおいらが教えていました。ですから、4年生程度の学力は必ずあるはずです。」
美都夫は意を決したように、じっと前を見つめて大人の教師たちに切り出した。妹のことになると、勇気が湧いて出てくるのであろう、いつもと違い饒舌だ。
「ふむ……個別に勉強をしていたわけですね?でしたら……学力を診断させていただいても、よろしいでしょうかね?1年生から4年生までの各学年の期末試験を、過去のものになりますがこれから用意いたします。
それらの結果を踏まえて何年生から編入とするのか、判断させていただきましょう。飛び級を狙って、上の学年の勉強だけさせている場合もありますから、各学年の試験結果全部で判断させていただきます。」
教頭先生は少し考えてから、学力診断すると返事をした。恐らく編入時にはそのような審査が通常にも行われているのだろう。ただし、今回は4学年分全ての試験となるので、より難しいといえるだろう。
(試験をしてくれるのはありがたいな……双葉はあがり症じゃないだろ?)
「結構です。双葉……やれるな?」
「うん……いつも昼間はやることがないから……勉強しているもの……大丈夫だよ。」
双葉も自信満々で答え、試験をすることになった。
「じゃあ、俺は昨日買った家具が届いているころだろうから、部屋へ行って家具を入れておくよ。配置は……適当にやっておくから、あとで好きなように動かせばいい。美都夫だったら一人だけでもタンスぐらい平気で動かせるだろ?」
ジャックは家具の配送の時間が迫っているので、食器類を積んだリアカーを引いて、先に帰って行った。
「よう……試験はどうだった?今日はジャック様お手製の……というか焼くだけ簡単なステーキだ。あの女主人の肉屋へ行ったら、高級肉を安く分けてくれたよ。別に脅したりはしていないからな。
代々続く大地主で、商店街の半分以上は彼女の家の土地らしい。だから一番いい立地に店を構えているんだな。早くに両親が他界して、跡を継いだやくざな兄貴は財産を食いつぶす一方で、父方の祖父から勘当を言い渡される寸前に心を入れ替えたふりをして、安易な金もうけに走ったようだ。
キセル男には2度と家の敷居は跨がせないといっていたよ。あの女主人が切り回す店なら大丈夫だろう。
美都夫も贔屓にしてやるといい。俺も冒険者仲間には触れ回ってやるつもりだ。あの店が儲かってなければ、美都夫の給料未払いのままだからな。」
双葉の試験を終えてアパートへ帰ると、ジャックがフライパン片手に出迎えてくれた。
「じゃ……ジャック……」
これには美都夫も面食らう。
(おいおい……せっかく引っ越し祝いの準備をしてくれたのに、渋い顔はないだろ?ジャックだって親切心でやってくれているんだ。それと……報告することがあるはずだろ?)
「そうだ……双葉は1年から4年までの試験で、全てA評価だった。だから、飛び級で6年にもなれるといわれたけど、ただでもほとんど通っていない小学校が1年だけは嫌だということで、年相応に5年生に編入することにした。来週の初めから、通うことにしたよ。」
「おおそうか……双葉も頑張ったな……ステーキはもうすぐ焼けるから、待ってな。」
「うん……ジャック、ありがとう。」
その晩は豪華なステーキディナーとなった。
(う……うれしい……)
(おいおい……泣くな……どうした?)
(だって……ほんの2週間ほど前までは飢えに飢えていて、明日のことよりも今何か口にするものがないのか、そればかり考えていた。双葉のことも気にかけていたけど、途中からは食べ物のことばかりで頭の中がいっぱいになって……正直双葉が里に下りてジャガイモを持ち帰った時も、どうすればいいか何も考えていなかった。
本当にあのまま、死んでしまったかもしれない。突然聞こえてきた、心の声のおかげだよ、ありがとう。
その……心の声というのは誰もが……そう、大人になる一歩手前で道を踏み外さないように聞こえてくるものなのかい?それなのに皆知らん顔して、心の声のことを話題にしないでいるのかい?)
「おにい……大丈夫?悲しいことあった?」
双葉が心配そうに、押し黙ってうつむいている美都夫の顔を覗き込んできた。
「い……いや……何でもない……胡椒がちょっと……目に染みたみたいだ……。こんな……きちんと味付けされたものを食べるのは、ずいぶんと久しぶりのことだからね。」
美都夫が恥ずかしそうに、顔を真っ赤にして照れ笑いを浮かべた。
(いや……心の声が聞こえるのは……恐らくお前だけだ。俺はお前の道先案内人というわけではない……というより、どうしてお前の中にいるのかの理由は、俺も知らない。
それに俺なんかの功績じゃないさ……ジャックのおかげだよ。とりあえずの生活費を次郎とかいう悪党から分捕ってくれたし、最終的には未払いの給料3年分を回収する目途もついた。しかも普通の3倍働いたから3倍の給料ということにまでしてくれた。全てジャックがしてくれたことだ。
なにより……命の危機ともいえる状況下での握り飯が有難かった。あれはどちらかというと次郎のおかげとも言えるが、それだってジャックが金と一緒に分捕ってくれたおかげだ。
人買いの件では騙されたが、あれだって表に出ない人買いたちを一網打尽にするためだったと考えれば、必要な方策だったのだろう。その後のジャックの態度を見ても、奴は面倒見がいいし誠実だ。
だから……ジャックが言っていた、お前が冒険者になる件は、真剣に考えたほうがいい。ジャックが面倒見てくれるって言ったからお任せ……ではなしに、お前が冒険者になりたいのかどうか、なって何をしたいのか真面目に考えてみて結論を出したほうがいい。
俺は助言は出来るかも知れないが、お前の人生だからお前が決めるのがいい。相手があることだから、結論を長引かせたりうやむやにしないで、はっきりと2,3日中には答えたほうがいいと思う。)
(分ってるよ……冒険者は父さんがそうだったから、子供のころは将来は冒険者になるんだって思っていて、それを疑ったことはなかった。だけど父さんが死んで借金ばかり残って、母さんは一人で働き詰めで……しまいに事故で死んでしまった。それからは家庭を……家族を守れない冒険者という職業に疑問を持っていた。
だけど……ジャックのような冒険者がいることを知って、考えがまた変わりつつある。おいらの願いは、人の役に立つことをしたい……特においらたちのような貧しくて親の支援を受けられないような不幸な子供を無くしたいと思っている。今回はそのうちの最たる、人買いを撲滅できたのは本当にうれしい。
ジャックといると、そんな仕事ができるのなら冒険者も悪くないと思っているよ。)
(そうだな……美都夫が冒険者になったとして、どんな仕事をするのかも含めて、ジャックと相談してみるのもいいかもしれないな。)
(そうだね……引っ越しが落ち着いたら、相談してみるよ。)
この日は引っ越し祝いと双葉の編入試験合格祝いとで、ずいぶん盛り上がった。と言っても酒を飲んで騒いでいたのはジャック一人だけで、美都夫も双葉も当たり前だがフルーツジュースを飲んでいただけで、それでも場を楽しませようと盛り上げるジャックに、嫌な感じはしていないようだった。
翌日は購入品の開梱と整理及び、生活必需品の買い出しで終わった。
「よう……じゃあ、支度はいいか?買い出しに出かけるぞ。」
1日置いた早朝にジャックが部屋のチャイムを鳴らした。
「えっ?」
買い物の約束などしていない美都夫は、戸惑う。双葉のための文房具などは、すでに昨日2人で文房具屋へ行って購入済みであった。通学鞄も購入済みであり、とりわけ必要なものは残っていなかった。役場にも転入届を提出済みで、美都夫も双葉も同じ地域で同名のものがいないことを確認済みだ。
「金を持っていけよ……冒険者の装備は結構金がかかるからな……と言ってもピンキリだが、どうせなら最初からある程度のものを買っておいた方がいい。装備も何も買わずに直接組合へ冒険者登録に行ってもいいんだが、どうせ職業も一緒に登録しなければならないから、最初から装備を身に着けて出向いたほうがいい。
初級者登録の時に舐められずに済むからな。ちょうど今が冒険者登録の受付期間なんだ。半期に一度だから今を逃すと次は半年先になってしまうから、ちょっと急だが仕方がないぞ。」
ジャックの言葉で、今日来た意図は丸わかりだった。だが……まだ美都夫は冒険者になることを承知したわけではないのだ。
(うーむ……気が早いな……まだ冒険者になると返事をしていないというのに……どうする?まだ悩んでいるから、今日は遠慮するといっておいた方が無難だぞ?)
(いや……いいよ……冒険者になることは決めた。ただ問題は……職業だな……)
(そうか……どの職業になるかだな?ジャックは剣士だから、コンビを組むなら剣士は避けるとして、騎士にするか?美都夫は馬は操れるのか?騎士になりたいなら必須だが……若しくは機甲兵士。こっちの方が体が大きな美都夫向きとは言えるな……大きな盾を装備して、隊列の先頭に立って敵の攻撃を受け止める役割だ。
弓使いとか……遠隔系は美都夫向きではないよな……)
(へえ……詳しいんだね?そういや、魔法の呪文は回復系も攻撃系も両方知っていたんだよね?元は冒険者の魔導士か何かだったのかい?)
(いや……生きていたころのことは俺は覚えていない。俺が人として生きていたのかすら俺には分からない。以前ちょっとした関係で、冒険者の卵たちと一緒に訓練したことを覚えているだけだ。その時俺自身は冒険者だったわけではない。)
(そうか……もしかすると誰かの心の声をやっていたのかい?)
(いや……あの……その……)
(言いたくないんだったら答えなくて構わないよ、言えない事情もあるのかもしれないしね。それよりも機甲兵士か……)
(俺も冒険者の職業全般に詳しいわけではないから、ジャックに聞いてみるのがいいんじゃないか?こっちは現役の冒険者だからな。)
(そうだね……)
「ジャック……冒険者になりたいとは思うんだけど、どの職業につけばいいのかおいらには分からない。体が大きいから機甲兵士がいいとも思うのだけれど……。」
美都夫がジャックの細い細い目と目を合わせながら、ゆっくりと尋ねた。
「おお……職業に関してのアドバイスを忘れていたな。そうだそうだ……冒険者にすると言っておいて片手落ちだった、悪い悪い……。
そうだな……確かに機甲兵士は……美都夫の体型的にはぴったりかも知れないな。体が大きくて力があるし、何より身体バランスがいいから、大型魔物の群れの突進すら簡単に受け止められるだろう。
だが魔法も使うのだろ?しかも攻撃魔法と回復魔法の両方……そうなると最前衛の機甲兵士は不向きと言える。せっかくの魔法併用の効能が薄れてしまうからな。
それよりも……チームの中盤にいて接近戦も遠隔攻撃も両方こなすような役割がいい。適当な職業がないから、複数職業を合体させて……魔導士と剣士の複合の魔道剣士か騎士との複合の魔道騎士か……だな?
俺が剣士だから魔道騎士をお勧めするが、馬は扱えるか?」
(なんとまあ複合職業なんてのもありなんだ。魔道騎士ね……いいかもしれないな。乗馬はできるのか?)
(いや……やったことはないよ……)
(そうだよな……早くに両親と死に別れしているんだから当たり前だよな……まあでも訓練すれば何とかなるさ。体が大きい割に身が軽そうだしな……魔道騎士……ネーミングもかっこいいな……)
「分った……じゃあ、魔道騎士になれるよう頑張るよ。馬には乗ったことがないけど……。」
「ようし……そうと決まればさっそく装備を購入しに行こう。組合の隣に、武器屋も防具屋もあるから面倒はない。購入後に直接冒険者申請しに行けば、ばっちりだ。」
来週から学校へ通う双葉は、真新しい教科書の進んでいる部分まで念のために再学習するため部屋に残し、ジャックと美都夫は2人で出かけることにした。




