第175話 それぞれの道 デリック
冒険者ギルドハウス 応接室
ショウタが部屋を出て行ってからアゼル王子は暫くの間、床に崩れ落ち放心状態になっていたが、立ち上がり不思議な力で、コマンダーこと――ミーテ・バシュとタビタという少年を蘇らす。そして未だに意識がないオットーの傍で、二言、三言話すと直ぐに窓から姿を消した。
立ち去る際、その顔には幾つもの爆発しそうな感情が渦巻いていた。その中の感情の一つはデリックにも容易に察しはついた。それは内臓が震えるほどの激しい憤怒。
おそらく王子がコマンダーを癒し、タビタを蘇らしたのも、奴らのためでは断じてあるまい。王子はそこまで甘い人間ではない。外道が生きようが死のうが心底どうでもいいはずだ。それがショウタの心を完膚なきまでに破壊したものだとするならば尚更に。
要するに王子はショウタにこれ以上くだらない者達のために手を汚して欲しくない。ただそれだけだったのだろう。
其の後ミーテを捕縛、少年少女を保護し、冒険者ギルドの応接室へと連れて来た。
突如エルドベルグに吹き荒れた竜巻と山脈を穿った大きな穴。そして、その事実が嘘のように消えるという摩訶不思議な現象。ただでさえエルドベルクは混乱の極致にあった。加えてこの度のショウタの不当捕縛だ。応接室にはエルバート陛下が事の重大性を慮ってから、王国の重鎮が勢ぞろいしていた。エルバート陛下にアントン、ハワード達聖王騎士団第四師団団長達、高ランクの冒険者達。その中にはフィオンもいた。
応接室でミーテが真っ青になる傍で、少年、少女達は嬉々として自ら行ってきた悪行を述べた。
次から次へと入ってくる耳を塞ぎたくなる『神の意思』とやらの悪行の数々。通常なら憤怒を覚えるはずの者達の顔にあったのは驚愕だけだった。
あまりに内容が非現実過ぎて、どこからどこまでが真実なのか判然としないのだ。特に少年少女達の表情や言葉からは罪の意識は微塵も感じられず、寧ろ正義感や使命感さえ感じたことも、非現実性に拍車をかけていた。
「はぁ? ヴァージルが翔太を家畜と言った? 剣を突き刺して拷問した? 何の冗談だ、そりゃ? 白昼夢でも見たんじゃないのか? それかただの妄想か」
フィオンが聞く耳持たぬと部屋を退出しようとする。
「フィオン、おそらく真実だ」
フィオンが目じりを険しく吊り上げつつも、足止める。
「デリックさん、あんたまで何、言ってんだ? あのヴァージルだぞ? ショウタに冷たくされただけで情緒不安定になるくらい惚れてたんだぞ。んなことあったら――」
「真実だ。察しろ、フィオン」
この少年、少女の言葉が真実であることはあの場にいなければ理解できない。言い換えればあの場に居さえすれば誰でもそれが真実だったと理解してしまう。それほどショウタがヴァージルとオットーに向ける視線には暴悪な憎悪の念があった。発狂しなけないほどの憎悪と憤怒だ。ショウタがヴァージルとオットーをあの場で殺さなったのはデリックには奇跡のようにすら思える。
「くそっ!」
フィオンはまだまったく納得いっていないのだろうが、再度席に戻る。
デリックの言葉で応接間は当惑と混乱が渦を巻く。
ある者は黙り込み自己の思考に没頭し、ある者はやはりあり得ないと否定の言葉を紡ぎ、そしてある者は――。
「デリック様、ホントにヴァージルはショウタさんに――あんな優しい人にそんなひどいことを――です?」
ルナの一切の感情を消した表情はデリックに強烈な悪寒を生じさせた。
話の持って行き方を少々誤ったかもしれない。デリックもフィオン同様、ヴァージルの行為が真実でも、それが彼女の本心だとは思っていない。人間は機械ではない。誰から見てもヴァージルのショウタへの気持ちは本物だった。仮にショウタに振られた事で憎しみに変わったとしても、家畜とは言うまい。寧ろ恨み言の一つが出てもよいはずだ。それが一切なかった。このことでデリックはほぼある事実を確信している。即ち――。
「ああ、それは間違いない。だがそうならざるを得ない事情があったと俺は思っている」
デリックの独特の言い回しにフィオンも合点が言ったのか、腕を組み、瞼を固くつむる。
「好きな相手を家畜なんていうどんな理由が? 付き合っている相手に拷問するどんな理由が?
あり得ない、絶対あり得ない……あたちがどんな気持ちでこの数日、あの人の気持ちを抑えたと思ってる? 諦めたと思ってる?」
座りきった目でブツブツ呟くルナにショウタに一時殺された茶髪の少年――タビタが火に油を注ぐ。
「ルナ様、ヴァージル様があの家畜に好意を寄せている噂は真っ赤な嘘です。ヴァージル様はあの家畜が悪魔憑きであることを確かめるために近づいたと仰ってました」
どこまでも空気が読めない餓鬼どもだ。そこで血の気が失った顔で震えているコマンダー――ミーテの方がよほど身のほどを知っている。
「悪魔憑きを――確かめるために――近づいた?」
ルナからはもはや憤りすら感じられない。無造作に懐から杖を取り出す、ルナ。嫌な予感しかしない。
「はい。それは私も聞きました!」
赤色ドレスの少女――ヘルゲも同調する。
これまるで滑稽な喜劇のようだ。
「ヴァージルは……どこ?」
ルナが席を立ち上がり、部屋を出ようとする。
「おい、ルナを抑えろ!!」
ハワードが激高し、ブルーノの兄であるミッシェル・マコンキーが即座にルナを羽交い締めにする。
「離せぇ! 殺してやる、絶対に殺してやるぞ、ヴァージル!!」
ハワードとミッシェルは暴れるルナを部屋から連れて行く。
ハワードもミッシェルもデリックの言葉の意味を正確に理解している様子だった。ルナも別室で説明でも受けるだろう。あの様子だと納得するかは半々というところだろうが。
「ふむ。それでオットー様の一人称は『僕』でしたかな『俺』でしたかな、それとも『私』でしたかな?」
予想外もしなかった半狂乱化したルナに動揺を隠せない少年、少女にアントンが諭すように穏やかに疑問を投げかける。
「確か……『私』と言っていた」
執事のアントンに舐められまいと語調を強めるタビタ。
「理解しました。この事件、少なくともオットー様の本心ではありませんよ」
「その証拠は?」
エルバート陛下が百の言葉を煮詰めたような重さをこめてアントンに問いただす。
エルバート陛下の事だ。仮にオットー様がこの事件を自らの意思で引き起したとするなら、勘当程度で済ますはずがない。懲役刑は勿論、死罪すらあったかもしれない。
エルバート陛下にとってアントンの答えは息子を救う天から落ちてきた蜘蛛の糸に等しい。
「オットー様を幼少期からずっとお世話をさせていただいておりますからね。失礼ながら陛下以上にオットー様についてわかっているつもりです。オットー様は平民や貴族などという小さきことを気にする方ではありませんよ。そこにいる薄汚い小僧共と一緒にされては甚だ心外ですな」
「貴様、平民の分際で貴族の俺に――」
怒りの形相で立ち上がろうとするタビタ。
気が付くとアントンがタビタの顔面を右手で軽々と持ち上げていた。デリックにはその挙動さえ視認することができない。いつも思うがこの爺さん何なんだろう。
「虫けら、調子に乗るなよ。我が至高の主に唾を吐いたお前らを私が生かしておくのは奇跡と思え」
アントンから放出された莫大な量の濃密な水色のオーラが部屋中を満たし、その壁にミシリと亀裂を入れる。そこには顔を悪鬼に染めた一匹の怪物がいた。
「アントン、証拠を申せ。お前の言はあくまで状況証拠にすぎん」
フィオンでさえも顔を引き攣らせるほどの威圧だ。それにもかかわらず、エルバート陛下は眉ひとつ動かさず、アントンに証拠の提示を命じる。
「これは失礼を。陛下、皆さま方」
アントンは泡を吹いて夢の国へ旅立ったタビタをまるでゴミのように投げ捨てる。そして胸に手を当て一礼し、元のエルバート陛下の背後に控え、語り出す。
「オットー様が自らを『私』言ったからですよ。『私』など正気のあの方が言うわけありませんから」
「どういうことだ?」
エルバート陛下の疑問に口角を吊り上げるアントン。あの威圧の後だ。それこそアントンが悪魔にしか見えない。
「アゼル様ですよ」
「アゼル?」
アントンは昔を懐かしむように目を細める。
「ええ、あれはオットー様がまだ幼い頃、具体的にはアゼル様が失踪する数日前でしたかねぇ。身内だけのパーティーの席で幼いオットー様が自身を『私』と称したとき、アゼル様が仰ったんですよ。『オットー、俺は、子供は子供らしく振舞った方がいいと思うぞ』とね」
この話はカルロからも聞いたことがある。
「オットー様はそれ以来、『私』とは二度と使わなくなりました。アゼル様がいなくなったのは自分が大人びていたからだと幼いながらに考えてしまったんでしょうね。
そのアゼル様と約十年ぶりにこのエルドベルクで出会ったのです。また同じ愚考を犯すとお思いですか?」
そしてそれはヴァージルにも当てはまる。デリックから見ても不憫なくらいヴァージルはショウタの事しか頭になかった。
ショウタに食べさせたい一心でデリックの家内に手料理を毎日習いに来ているくらいだ。そのヴァージルが正気でショウタにだけは家畜などと、そんな台詞を吐きはしない。
つまりこれが意味するのは――。
「ならそれをショウタに伝えれば――」
身を乗り出すフィオン。デリックとて誤解を解きたいのは山々だが、あのショウタの姿を直に見ればその望みが薄い事は容易に推測がつく。何より、ショウタの最後の言葉――。
「無駄だ」
突として生じる背後の気配に振り返ると、アゼル王子が漆黒のローブのフードを頭から被り、佇んでいた。雰囲気が未だ嘗てないほど殺伐としている。いや、これがこの人の素なのかもしれない。今まではショウタのおかげでそれが緩和されていたのだろう。
「無駄とはどういうことだ?」
問いかけるエルバート陛下を観ようともせず、フィオンにアゼル王子は口を開く。
「フィオン、あんたに伝えねばならんことがある」
腕を組みながらも片目を開けるフィオン。
「何だ?」
フィオンの言葉にはいつもの陽気さも温かさも欠落していた。
「餓鬼は――いや、お前が知るショウタ・タミヤはついさっき死んだ――」
「……小僧、言っていい事と悪い事があるぞ」
デリックでさえもぞっとするような声色の言葉を口から吐き出し、フィオンは勢いよく立ち上がると焼け付く殺気が含まれた視線をアゼル王子に向ける。
「ありがとうよ。怒ってくれて。そんなあんただから伝えようと思ったんだ」
疲れたような表情で自嘲気味に笑うアゼル王子。
「本当……なのか?」
フィオンが震える事を絞り出す。
「そうさ、外見も多分中身も同じだが、全くの別人。矛盾してるかもしれんがそれが真実だ。受け入れろ」
「くく……受けいれる? そんな荒唐無稽な話を? この俺がか?」
「じゃあ、何で怒ってんだよ? 俺の言に信憑性が皆無なら普段のあんたなら軽く流している事項だろ? 怒りを覚える時点で既に解にたどり着いてんじゃねぇのか?」
「……確かめに行く」
「勝手にしな」
勢いよく部屋を飛び出していくフィオン。
デリックを含め、その行為を誰も止めやしない。それは止めても無駄なことがわかっているから。
「親父殿、俺は――やることができた」
「そうか……」
「オットーは悪くねぇ。餓鬼を助けに行って逆に奴に利用されたんだろう。ヴァージルも同じだ。あいつらは被害者だ。攻めねぇでやってくれ」
奴? アゼル王子はこの事件の黒幕を知っているのか?
「わかった」
アゼル王子はズボンのポケットから右手だけを出す。王子の手の周囲に漆黒のオーラが集約していく。
いつの間にかアントンがアゼル王子の前に立ちはだかっていた。
「退け、アリトン」
「ほう、記憶、戻っておいでしたか」
アントンが子馬鹿にしたように、ため息を吐く。少なくとも王子に対する敬意など微塵も消失していた。
「ついさっきな。もう一度いうぞ、退け! 妨げるならお前とて容赦はせん」
「嫌ですね。この蛆虫共はこの度の事件の重要参考人、彼らにはオットー様とヴァージル様の罪を全て背負っていただく使命がございますれば――」
「そういや、お前とはとことんまでそりが合わなかったな」
「ええ、合うわけがありませんとも。過去にあの御方を魂の底まで苦しめ、今もあの御方の何の助けにもならぬ貴方とはね」
「ざけんな! 俺が餓鬼をいつ苦しめたっ!!?」
アゼル王子が激高すると同時にアントンが今まで顔に浮かべていた薄気味の悪い笑みを消す。
「苦しめたか……だと?」
アントン全身から水色のオーラが濁流のように流れ出す。
「……」
アントンの応じるように、アゼル王子からも漆黒のオーラが漂い出す。
「貴様があのときあんなに簡単に滅びねば――あの御方の傍に居さえすればあんなふざけた結末は迎えなかったものを――」
アゼル王子とアントンの周囲の空気がパチパチと破裂音を上げ、応接室の家財も至る所で陥没する。冗談じゃない。これ以上、二人がやればデリック達さえ消滅する。
「止めんか、馬鹿者共! やるなら外でやれ!」
エルバート陛下の叱咤の声にアゼル王子は舌打ちをし、アントンが臣下の礼を取る。
この二人の手綱を握っているエルバート陛下も中々どうして通常人とはいいがたい。
「陛下、このアントン、所要ができました。今宵はこれで――」
「けっ!」
アゼル王子が窓のバルコニーから夜空に消え、次いで一礼してアントンもその姿を消失させる。
「デリック、話しを進めてくれ」
「はい、話をまとめましょう。おそらく次のような筋書きです。アントンとアゼル様の話を総合すると次のようなことでしょう。
ショウタは司法局のミーテ・バシュに連行された。道端で偶然耳にしたオットー様とヴァージルがショウタを助けに行き、逆に賊に捕縛され、洗脳系の魔法を使われた」
応接室内の一同が息を飲むのが気配で分かる。誰も言葉一つ発しない。それほどまでに洗脳系の魔法がこの世界では禁忌なのだ。
過去に洗脳系の魔法が確認されたのは三度。
一度目は街一つが滅んだ。
二度目は冒険者ギルドが壊滅の危機に陥った。
三度目は――巨大国家が滅んだ。
まさに悪夢の具現と言っても過言ではない魔法なのだ。
敵にそれを容易に使えるものがいる。それだけで既に発狂ものだ。
「ヴァージルとオットーは?」
「御二方とも既に御目覚めになれています」
エルバート陛下の言葉にアントンの部下のカミラが一歩前に進み出る。
「洗脳時の記憶は?」
脇のバリーがゴクリと生唾を飲み込む。もしヴァージルに洗脳時の記憶があれば、ヴァージルは確実壊れてしまうから。愛するヴァージルに裏切られたショウタがそうであったように――。
「いえオットー様もヴァージル様も、洗脳時の記憶は一切失っておいでです。起きてすぐ、ショウタ・タミヤの安否を私に尋ねたくらいですから」
闇夜にともし火を得た思いがする。ため息をつくもの、カルロなど床にへたり込んでしまった。
「そうか……あとは――」
エルバート陛下はヘルゲ達、少年少女に向き合うと神妙な顔で見つめる。
彼らを見る陛下の顔には怒りも、憎しみもなく、ただ憐憫だけがあった。
「この度の事件、おそらく正気のお主達もある意味、被害者なのだろう。
王国の子供達に貴族や平民と言ったくだらぬ色眼鏡でしか見れぬようにしたのはこの余を含めた大人達じゃ。ある意味、洗脳の魔法と言っても過言ではないのかもしれん」
陛下は長い顎鬚に触れると、暫し瞼を閉じていたが、再度少年少女に視線を移す。
「この余――エルバート・ミルフォード・ビフレストの名において宣言する。人間に貴賤の差などない。あるのは人間という事実だけじゃ」
「へ、陛下それは――」
反論しようとする少年に構わず陛下は言葉を続ける。
「そなた達がやったのはただの人殺し。しかも最悪な部類のな。
許してくれとは言わんよ。そなた達が重大な罪を犯したのは事実。今まで犯してきた罪を一生かかって償わねばならんのだから」
「陛下、私達は――」
叫ぶヘルゲを、右腕を上げて制する。
「このエルドベルクにいるそなた達の父と母にも連絡を取った。そなた達の父と母はよくできた御仁だ。
彼らの全員がこの度の事件につきそなた達と共に責任を取ることを自ら志願してきた。忙しさのあまりそなた達と向き合わず、貴族のいや、人間として最も大切なものを教えてやれなかったとな」
「う、嘘だ……」
少年が上擦った声で、顔を両手で覆う。
「本当だ。この手紙を読め、そなた達に両親が宛てた手紙じゃ」
少年達は手紙を陛下からひったくるように受け取ると目を通し始める。手紙を読み進めるうちに手を震わせ、すすり泣き始める。
「父上……」
「彼らの本心ではこの場でそなた達を怒鳴りつけてやりたいのだろう。抱きしめてやりたいのだろう。だが彼らは公正な裁きを余の手に委ね、自らの責任を取る道を選んだ。
今もそなた達のため本件事件の行いにつき関係部署への謝罪、そして職場へ辞職願を出している頃じゃろ。まあ辞職などそんな甘い逃げ道など余は認めんが――」
「ひっく……うぐ……父上、母上、ごめん」
顔をグシャグシャにして泣き出す少年。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
罪の意識を知ったからと言ってそれが許されるわけではない。ある意味、これから彼らはどんな拷問や、そして死よりも厳しくも残酷な未来が待ち受けている。
「そなた達、全員の爵位を永久に剥奪する」
身体を小刻みに震わせながらも驚くほど、すんなり少年少女は頷く。
「『自らが犯した罪を全力で償え!』これが、この愚王から贈る最後の言葉じゃ」
号泣する少年、少女をギルドの職員が他室へ連れて行く。
エルバート陛下の視線がミーテに移る。その瞳には蛆虫を見るほどの尊厳の色もなかった。
「さて、ミーテ・バシュ、最高司法官のみでありながら、小遣い稼ぎのために子供達をそそのかした罪、到底、許し難し。
この事件が起こらねば――オットーはショウタと友でいられ、ようやく帰って来たバカ息子が余の元を去ることもなかった。
余は一人の親として貴様を絶対に許さん。ただで死ねると――思うなよ。たっぷりと地獄を見せてやる」
エルバート陛下が顎をしゃくると部屋内の騎士団の者達が、ガタガタと震えるミーテを連れて行く。
陛下は大きく息を吐き出すと、エントランスの方へ向かっていく。
その身体を震わせる姿からも、今の陛下のお気持ちなど容易に察することができるというものだ。
デリックは立ち上がる。今後考えねばならぬことが山済みだ。
この度の事件は、ニュクスやアイテールに対するビフレスト王国の最大の裏切りになった。少年、少女の親はいずれも貴族派ではない、王権派の者達。しかもあの愚行にヴァージルやオットー様が加わった。
この事実は箝口令を引こうが、瞬く間にこのエルドベルクに伝わる。そしてそれはチェスや炎鬼達、彼らの耳にも入るだろう。
チェスはビフレスト王国の内情をよく熟知している。奴なら本件事件で貴族派を打倒しても無意味と確実に考える。特に報告ではチェスの姉――エアが同じ苦楽を共にしてきた王族派の裏切りにより心的障害を受けて療養中と聞く。
チェスのショウタに対する忠誠は本物だ。そしてそれは炎鬼達も同じ。この度の事件がどんな結末を辿るかなどもう子供でもわかる。
ここからは正真正銘、綱渡りの作業となる。一歩でも足を踏み外せば、このビフレスト王国は消滅する。
だが、悲観はしていない。やり遂げる自信もある。
まだデリック達には希望があるから。それは――。




