第172話 真の怪物の目覚め
両膝をついて僕は床に蹲っていた。視界も涙のせいでぼやけている。
「面白れぇ、とうとう壊れたぜ、この悪魔憑き」
「どきなさい。止めを刺します」
ヴァージルの言葉に顎を引き、後ろへ下がる糞餓鬼共。
一人だけ、近くで僕の顔を覗き込んでいた茶髪の青年の頭部を鷲掴みにすると、地面に叩きつける。
グシャと鈍い音。トマトを破裂させたかのように茶髪青年の脳症はぶちまけられた。
しまった。まだ殺すつもりは更々なかった。限界まで手加減をしたはずだったのにこれだ。どうやらステータスは急速に回復に向かっているようだ。
それに僅かにカサンドラに汚物の血がついてしまった。彼女が起きたら小言くらい言われそうだ。
メリュジーヌが落としていった『七つの迷宮』の指輪を拾い指にはめる。
「タ、タビタ……?」
「ひいぃぃ!!!」
僕と目が合っただけで、不快な金切り声を上げて部屋の隅に逃げ込み震え出すコマンダーと少年、少女。
ヴァージルとオットーも距離をとり、恐怖に満ちた蒼くこわばった表情で僕に剣を向けてくる。此奴らはマジで似たもの夫婦だ。実に気が合うんじゃないか? ゲスイ所も含めて。
解析のスキルは正常に働いている。まだ《高速再生》が発動していないところからすると、スキルの回復は部分的なのかもしれない。まあどうせすぐに完全復活するだろう。
それよりも、ヴァージルの持つ短剣。
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【ディメンジョンソード】
■クラス:深淵級
■レベル:2
■説明:異界の時空間を捻じ曲げ繋げる短剣。
■性能: 剣の刀身で切りつけられたものは他の時空間へ強制的に移動させられる。
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(メリュジーヌ、お前、生きているのか……?)
あの女は僕のものだ。生きている可能性が僅かでもあるなら、どんな手を使っても探し出して手に入れて見せる。あの女の心も体も髪の毛一本すら誰にも渡しやしない。例えメリュジーヌとの離別は神が決めた運命だとしても、その運命ごとグッチャグチャに破壊してやる。どんな犠牲を払っても。それが僕――田宮翔太だ。
翔太は視線をナイアー司祭へ向ける。どういう訳か、ナイアーは目をカッと見開き翔太を凝視している。どうやら、想像以上に動揺しているようだ。
突然、高速で身体が再生される。《高速再生》スキルが発動したらしい。数秒でゾンビ状態を脱していた。
さてではそろそろカサンドラを復活させよう。死者の魂が肉体にある時間は限られている。時間が経過し過ぎて復活できませんでしたというのでは洒落にならない。
「《万物破壊》――【ダメージ破壊】」
彼女を抱きしめながら、翔太はスキルを発動する。翔太の腕の中のカサンドラの身体の傷がビデオの巻き戻しのごとく修復し、息を吹き返す。カサンドラをそっと床に寝せると、立ちあがる。
「い、生き返ったぁ? んな、阿呆な……」
盛大に顔を引き攣らせているナイアー司祭に解析を発動する。
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〇ナイアー・ロイ
■種族:光神(神)
■クラス:光神
■眷属:光神アイリス
■称号:【光神司祭】
■スキル:
【光化】、【光操作】、【聖なる祈り】
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ステータス ナイアー・ロイ
レベル 70
才能 800
体力 6000
筋力 6233
反射神経 6100
魔力 6333
魔力の強さ 6109
知能 6109
※眷属補正:才能以外全ステータス+1000
才能+200
EXP ――
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(ステータス上は雑魚だな……口調も一変している。つまるところ――此奴は――)
「お前、少しは楽しませろよ」
翔太の口角があり得ないほど吊り上がるのがわかる。
翔太は床を蹴りナイアーの眼前まで移動し、手刀を限界まで手加減しつつ振り下ろす。
あり得ざる速度で振るわれた翔太の手刀はナイアーの左肩を切断し、左腕が床にボトリッと落ちる。切断面から床にまき散らされる血液のシャワー。
「くそ――」
奴の顎を左手で掴み持ち上げる。
「お前は大したもんだよ。これだけ僕を怒らせ、憎悪を抱かせたのは彼奴以来だろうし」
「ぐぬ……むぐ……」
「いや、いや、話すな、今からお前を破壊する。お前の中に何が住んでようと、このスキルはそんな生易しいもんじゃない。きっちりお前に滅びを与えてやれる」
ナイアーの身体から力が抜ける。糸が切れた人形のような虚脱状態になった奴。刹那、奴の顎がドロッと溶け、翔太の左手が空を掴む。
即座に四足の蜘蛛のような姿で翔太から逃れ距離をとるナイアー。
「その力と速さ……情報と違い過ぎる。遂に種子が目覚めた?
ともあれ遊んでる余裕はないってね」
顎が溶解したナイアーは立ち上がると、パチンと指を鳴らす。すると部屋内にいるヴァージル、オットー、少年少女、コマンダーが意識を失い床に崩れ落ちる。
どうやらようやく本性を現すらしい。自らの情報を例え非力な人間といえども見られる事を許容しない。主に命じられたからか、それとも奴が根っからの臆病野郎なだけか。
ナイアーは空中に浮かび、バキ、ミシ、グシュと肉が潰れる音を上げて変貌していく。
(力を取り戻すため、寄生した宿主を喰らってるのか……)
肉塊は変貌し、長身痩躯の存在となって空中へ浮いていた。
赤いまん丸の付け鼻に、塗りたくった口ベに、顔に幾つもの装飾、変わった帽子と、二股の帽子。この独特の風貌はピエロだろうか。
すかさず解析を発動する。
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〇ナイアーテップ
■種族:外神(旧神)
■クラス:永久外神
■眷属:■■■■■
■称号:【トリックスター】
■スキル:――――――
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旧神? よくわからん勢力が出て来た。少なくとも此奴の主神は光神アイリスではない。もっと大きなものだ。
まあ今の翔太に此奴が誰かなどどうでもいい。光神アイリスの信徒を名乗る者が、メリュジーヌを奪い、カサンドラを殺した。翔太に喧嘩を売った事は間違いない事実だ。光神アイリスを潰すことは既に決定事項。
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ステータス ナイアーテップ
レベル 140
才能 4000
体力 60000
筋力 60000
反射神経 60000
魔力 60000
魔力の強さ 60000
知能 60000
※眷属補正: ――
EXP ――
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レベル140、平均ステータス六万。スキルは解析不能。
ステータスが約十倍近く増加している。最後に確認した翔太の平均ステータスは八万だったはず。本来、少々厄介な相手なはずだが、翔太には《万物破壊》と《万物変換》がある。端から負けはない。どうやってこのクソを料理するかそれに尽きる。
それにしても見るからに臆病そうな此奴が仮にもステータスで上、しかも、《万物破壊》と《万物変換》の二つの超絶スキルを持つ翔太にこうして逃げないで相対していることも違和感しなかない。考えられるのはこいつには解析スキルがなく、漠然としか翔太の力を把握できないこと。
そう考えればいくつかの疑問が氷解する。
一つ、そもそもナイアー司祭とやらが初期に設定していたステータスの平均は六千。これは翔太と相対するには不自然なほど貧弱だ。
おそらくショウとかいう夜の無能な奴と比較し、昼間の翔太はステータスを一般人レベルまで抑え込む事に成功していた。そのせいで翔太の非常識な成長スピードをこいつは把握できていなかったのだと思われる。
滑稽な奴だ。今の翔太は夜の無能な奴ほど、甘くはない。精々とびっきりの地獄を見せてやる。
さて、まずは小手調べ。
翔太は床を踏み込み、天井高く浮遊するナイアーとの距離を喰らい尽くす。
――豪風を巻き起こしながら放たれた翔太の右拳がナイアーの頭部に走り抜け、ナイアーに指先一つ動かすことを許さず吹き飛ばす――これが翔太の予想した結果だったはずだ。しかし現実は翔太の予想とは斜め上を逆走する。
翔太の拳打が放たれた瞬間、真っ先に音が消え、次いで色が消えた。
――翔太の拳から生じたもの――それはアースガルズ大陸観測史上最大の空気圧。その天文学的な破壊力から生まれた拳圧は、屋敷は勿論、その射線上にある大気すらも食らいつくし、夜空を駆け巡って行く。
遥か遠方から嵐のような爆風と耳を弄するがごとき爆音はそのすぐ直後にやって来た。
エルドベルク中の建物を軒並み空に吹き飛ばすかと思える暴風が荒れ狂い、巨大地震のごとき振動が襲いかかる。
――それらがようやくおさまり、世界が息を吹き返す。色を取り戻した夜空の月が照らすのは上部が消失した屋敷と遥か遠方に見える大きく円状に抉り取られた山脈。
ナイアーの上半身は吹き飛んでいたがボコボコと肉が盛り上がり、瞬く間の内に再生してしまう。
ナイアーは躊躇いがちに背後を振り向いて、翔太の拳がしでかした惨状を視界に入れ、息を飲む。
「あ、あり得んだろ? どんな馬鹿力さ?」
ナイアーは背筋に氷を当てられたように身震いすると翔太を振り返る。翔太を見下ろすその蒼白の顔には幾つもの怯えの線が走っていた。今頃、奴の頭の中にはどうやって翔太という怪物から逃れるか。それだけで埋め尽くされているはずだ。
ナイアーのこの反応は十分すぎるほどの理解できる。
というより今の一撃、翔太の認識では奴の頭を爆砕するための単なるトライアルに過ぎなかった。奴の頭が砕け散れば物理攻撃無効や反射系の能力はないし、仮に防がれれば、奴にその手の防御スキルが有することが確定する。その程度の手段にすぎなかったのだ。それがあんな馬鹿でかい山脈に巨大な穴を開けるなど誰が想像できる?
おそらくこの認識の誤謬は――。
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ステータス ショウタ タミヤ
レベル 110
才能 20000
体力 220000
筋力 220000
反射神経 220000
魔力 220000
魔力の強さ 220000
知能 220000
EXP 4000/4000000
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やはりな。完璧に別次元の生物と化している。以前の田宮翔太の才能は七千。平均能力値は八万だったはず。それが――才能値が二万? ステータスの平均が二十二万? ゴミ虫が竜に勝てるはずもない。もはやナイアーテップなどどうあがこうが、翔太にとって道端の蟻と変わりはない。
(それにしても――)
翔太はヴァージルとオットーに視線を固定する。
(僕は一体、何やってんだ?)
――無意識。そう無意識にカサンドラだけでなく、よりによってヴァージルとオットーにも【タナトスプロテクト】を使用していた。眠った翔太も今の翔太にも変わりがない。要するにヴァージル達を守ったのはあのお人よしの意思。
ナイアーが天上付近に浮いており、さらに拳打を穿つとき、ヴァージル達は翔太に背を向けて位置していた。故に、先刻の翔太の拳打による一撃による余波はこの屋敷の翔太の全面にのみ猛威を振るい、コマンダーと少年少女達も壁に叩きつけられ軽傷を負う程度で済んでいる。どう考えても、ヴァージルとオットーに【タナトスプロテクト】をかけるのは過剰行為だ。
視界に入れるだけで八つ裂きにしたくなるのだ。田宮翔太がヴァージルとオットーを憎んでいないわけがない。奴らが絶望のどん底に落ちる事を望みながらも自らが手にかけることだけは拒否した。どうしょうもなく甘い奴だ。救えないほどに……。
気に入らないが、ヴァージルとオットーに危害を加えない事は翔太が課した数少ない宿題。厳守するしかあるまい。
兎も角、視線をナイアーに戻す。これから奴を挽肉にできると夢想するだけで自然に口角上がって行く。
さ~て、どんな地獄をこの愚者に与えようか――。
「ち、近づくな! この女を殺すぞ!!?」
翔太が一歩踏み出すと、おびえた犬のような悲鳴に似た哀れな声で翔太を制止するナイアー。奴の腕にはヴァージルが抱えられていた。
今の翔太に認識できなかったということは物理的作用ではあるまい。おおかた空間転移系のスキルか魔法。
腹の底から笑えてくる――心底どうでもいい奴を人質にとるために、己の奥の手を晒しやがった。此奴、マジで根っからの愚者だ。
「煮るなり焼くなり好きにしろ」
確かに今の翔太はヴァージルとオットーを殺せない。しかしあくまで翔太からの絶対順守の宿題は自らの手で奴らを殺さないだ。守ってやる言われはない。
「は? やせ我慢はみっともないよ」
「……」
飛翔瞬歩により空へ跳躍し停止する。
「待った、待った、待ったぁ!! 君この女に惚れてたんじゃないのかい?
そんな簡単に――」
もう奴と会話する億劫だ。
さっきの一撃で己の力の上限は把握した。文字通り挽肉にしてやる。
飛翔瞬歩を発動し、奴に近接すると拳を連打する。
――ナイアーの顔を。
――ナイアーの両腕と両脚を。
――ナイアーの胸部、腹部、腰部を。
――ナイアーの両肩を。
――ナイアーの細胞さえも。
万遍なく殴り続ける。その暴風雨のような拳の弾幕により、その細胞一つすら残らずナイアーの肉体は破壊される。
ナイアーの束縛がなくなり、頭から床に落下するヴァージル。
(またか……)
頭部が床に触れるスレスレで翔太は彼女を抱きかかえていた。オットーにヴァージルを放り投げる。ほんの僅かでもこの女に触れることに鳥肌が立つほどの嫌悪感を覚えるから。
まったく自分自身ながら田宮翔太がここまで馬鹿野郎だとは思わなかった。これほど怖気が走るまで憎んでいるのに、その死だけは絶対に受け入れられない、傷つくことすら許せない。そんな矛盾の塊が今の翔太らしい。
既に今の翔太でも到底、説明が不能な気持ちをヴァージルに持ってしまっているのだ。この感情が今後訳の分からない科学反応を起こしても困る。まさにヴァージルは翔太にとって百害あって一利なしだ。今後一切の関係を断つべきだろう。
空中に細胞が生じそれらが集約し肉塊となる。肉の潰れる気色悪い音を上げつつも肉塊は増殖し、ある異形の形を形成していく。それは顔。球状の肉塊に無数の顔が張り付いたバケモノ。
いわゆる変化という奴だ。その身に纏う強さも別次元のものになっている。
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ステータス ナイアーテップ
レベル 140
才能 7000
体力 110000
筋力 110000
反射神経 110000
魔力 110000
魔力の強さ 110000
知能 110000
※眷属補正: ――
EXP ――
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今翔太とナイアーがこの場でドンパチすればこのエルドベルクは跡形もなく消滅する。正直、こんなくだらない三下のために犠牲を払うなど阿呆のすることだ。
『貧弱で、虚弱で、柔弱で、軟弱で、羸弱で、懦弱な人間っ! そ、そんな人間がこ、この僕チンに――』
雷のような怒鳴り声を上げるナイアー。その言葉が最後まで紡がれる前に、飛翔瞬歩を発動し、奴の上空にまで移動する。
「その猿にお前は今から思う存分、なぶられるのさ」
あの無能の二番煎じのようで正直気は進まないが、今の翔太は力の加減を誤っただけで、この馬鹿もろともエルドベルクという町全体を消滅しかねない。破壊の余波が外に拡散しない氣が一番この場合適しているんだ。それに多少のアレンジはするし。
右拳に氣を通し、全細胞へ満遍なく浸透させる。次いで紅の覇気も細胞内へ入れて氣と混じり合わせる。
『クソ~ダボがぁ!!』
ナイアーの顔の口から生じた幾つもの触手が翔太に向けて殺到する。
あの触手には不死者化と腐敗化、崩壊の呪いがかかっている。以前の翔太ならいざ知らず、今の翔太なら仮にどこぞの映画の中の宇宙人と心を通わせる主人公のごとく、触手と仲良く握手しようが掠り傷一つつくまい。とは言っても、あんなキモイものには是非とも触れたくはない。とっとと排除するに限る。
《万物破壊》により全触手を《マーク》し、破壊する。触手は全て翔太の眼前で弾け塵となる。
『なっ!?』
驚愕に声を張り上げるナイアーに右手の拳を脇の下まで引き、肺に空気を入れて行く。そして、全身の氣を右拳に注ぎ込む。既に細胞内まで馴染んだ氣と覇気は翔太の注がれた濁流のような氣を乾いたスポンジにたらされた水のごとく吸収していく。
「内喰発勁」
静かな言霊と共に翔太の右拳が放たれ奴の頭頂部の肉塊へと突き刺さる。
今から起こる壮絶なダンスを観戦すべく、ナイアーから距離を取る。
『人間ぅ、痛くも痒くも――あれ?』
翔太の攻撃が不発に終わったと勘違いした馬鹿が、勝ち誇った雄叫びを上げようとするが身体を硬直させる。
「今頃か……恐竜並みに鈍いな」
ぼっそと呟く翔太の声に無数の顔が一斉に引き攣る。
『……これ痒い? いや、痛い? いや、痛痒い?」
血など一滴すらも出さずに悶え始めるナイアー。
「なあ、想像を絶する痛みだろう? 途方もない痒みだろう?」
『な、何を……したぁっ!!?』
「教えてやる義理などないが、一つだけお前はもう滅びられない。永遠にそのままで、その地獄を永遠に味わい続ける」
この《内喰発勁》は仙術を基礎に改良を施した翔太のオリジナルだ。仙術はあくまで人間の亜種である仙人が生み出したもの。その仙術の奥義が、《内反発勁》であり、本来、氣を内部に叩き込み、内部から破壊する程度の効果しかない。この叩き込む氣に翔太の覇気を纏わせ一定の方向性を持たせてやったのが、《内喰発勁》だ。
送り込まれた覇気の一部は内部で反射する氣の威力を衰えないように力を与える。一方、覇気の大分部は細胞内へ入り、細胞の分裂を際限なく活性化させる。
仮に対象が精神生命体だろうが細胞とその分裂という現象がある限り、この技は効果がある。
そしてこの技の真に悍ましいのは事実上終わりがない事だ。
ナイアーのような精神生命体ならその精神が完膚なきまでに破壊されることが死だ。それはある意味最大の救い。しかし、この覇気による細胞の活性化はあくまで一時的復元させている。つまり精神生命体の精神の核の摩耗すらも復元させてしまう。
奴はこれから滅びることもできず、狂うことも許されず、ただ無限の苦しみに喘ぐことになる。
『ぐおおおぉぉぉ!!』
そうは言ってもナイアーのステータスやスキルが消失するわけではない。此奴なら痛みに、暴れただけでも、国どころか世界すらも破壊しかねない。
だから、奴の力の源を破壊することにした。
【万物破壊】の《ステータス破壊》と《ダメージ破壊》を発動し、ナイアーテップをマークする。これで破壊対象は奴に設定された。
『ぎざ……まぁ、だに……をずるきだ?』
たっぷり、苦悶の混じった疑問の声を上げるナイアーテップ
「今から失うのさ。君の自信の源を」
(【万物破壊】、《ステータス破壊》と《ダメージ破壊》)
ガラスが割れるような音。これで奴のステータスは1。加えて【超越】以下のスキルの全部を永遠に破壊した。つまり奴が使えるとしたら深淵クラスのみ。
《えっ? だんとも……ない?》
「んなわけないだろう? 言ったはずだ。君にはたっぷりの絶望を与えると。
今君の全能力値を1設定した。スキルも全て消去。つまりさぁ、今の君は醜い力のない馬鹿でかい怪物ってわけ。しかも死ぬこともできない。まさに君に相応しい幕引きだと思わない?」
自身の顔が悪鬼のごとく歪んでいるのを自覚する。
《ぼ、僕チンの……スキルが発動じない? そんな力も?》
翔太の言葉に偽りがないと実感したのか、ナイアーテップは乾いた絶望の悲鳴を上げる。
「さ~て、それじゃあ質問タイムだ。
これから僕の質問に大人しく答えるなら君を一瞬で滅ぼしてやる。どうだい、今の君にとって最良の条件だろう?」
《……じつもん?》
オウム返しに聞き返してくるナイアーテップ。
「そうさ。答えれば君はその無限の苦痛から解放される。でもこのままなら、多分人間達の見世物にでもなるんじゃん? 力もないんだし、怖い者見たさで客は入りそうだしね」
《ぎざまは……悪魔……だ》
(僕が悪魔ね。比喩のつもりなんだろうが、実に笑えない冗談だ)
取りあえず、聞き出すとしよう。
「僕の今からの疑問に全て偽りなく答えよ」
『……』
沈黙は肯定とみなす。どの道、奴に選択肢などない。
「今回の事件におけるお前の目的は?」
『……言う訳ないだろう、クソ餓鬼!』
(あは! な~んだ。結構、根性あるのね?)
「いいの? 君一生人間の見世物だよ?」
『……』
ナイアーの肉塊はその身体を震わせる。それは屈辱か、それとも絶望からか。もしくはその両方か。
だが、この様子翻意はすまい。めんどうだ。無理矢理聞き出すことにする。そのためのスキルも翔太は既に有している。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
スキル
《精神支配(第8級――深淵級)》
■説明:他者の精神を支配する。
■【魅了支配】:相手を魅了する。ただし、魅了時間はスキル行使者の【魔力】と【魔力の強さ】の総和から魅了対象者の【魔力の強さ】を引いた時間となる。
・魅了理性操作:魅了対象者の理性を操作する。
・魅了の祝福:魅了対象者の傷を全開する。
・魅了の恩恵:魅了対象者の全ステータスを倍化する。
■【幻惑支配】:相手の五感の全てを支配し幻惑するただし、相手の【魔力の強さ】がスキル行使者の【魔力】と【魔力の強さ】の総和の倍を超えるときは効果がない。
■【魅了・幻惑絶対無効化】:あらゆる魅了・幻惑の効果を無効化する。
■【絶対魅了】:半径10kmを検索【マーク】し相手を魅了する。ただし、魅了時間はスキル行使者の【魔力】と【魔力の強さ】の総和の3倍から魅了対象者の【魔力の強さ】を引いた時間となる。
■【絶対幻惑】:半径10kmの範囲に結界を作り、その内部にいる者の全ての五感を支配するし幻惑する。ただし、相手の【魔力の強さ】がスキル行使者の【魔力】と【魔力の強さ】の総和の3倍を超えるときは効果がない。
■【肉体操作】:神経に働きかけて他者の肉体を操作する。ただし、相手の【魔力の強さ】がスキル行使者の【魔力】と【魔力の強さ】の総和を超えるときは効果がない。
■【記憶操作】:記憶を自在に操作する。ただし、相手の【魔力の強さ】がスキル行使者の【魔力】と【魔力の強さ】の総和を超えるときは効果がない。
■【絶対命令】:半径30kmを検索【マーク】し、絶対命令を下す。いかなる命令でも決して逆らう事は許されず、実行しなければならなくなる。ただし、相手の【魔力の強さ】がスキル行使者の【魔力】と【魔力の強さ】の総和を超えるときは効果がない。
■【幻惑実現】:幻惑の幻が現実化する。
ただし、相手の【魔力の強さ】がスキル行使者の【魔力】と【魔力の強さ】の総和を超えるときは効果がない。
■【奥義の伝授】:被魅了者、被幻惑者が有するスキルをスキル発動者に伝授する。
■【無限の絶対魅了】:半径80kmを検索【マーク】し、魅了する。ただし、魅了時間はスキル行使者の【魔力】と【魔力の強さ】の総和の3倍から魅了対象者の【魔力の強さ】を引いた時間となる。被魅了者以下の条件に従う
・奥義の伝授:被魅了者が有するスキルをスキル発動者に伝授する。
・被魅了者は全ステータスが3倍化する。
■《万物傀儡》への進化の道が開けました。
進化には《無機物支配(第8級――深淵)》と《精神無者支配(第8級――深淵)》を共に生贄に捧げる必要があります
■クラス:深淵
■必要使用回数:――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
使える能力は次の《絶対命令》だ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
■【絶対命令】:半径30kmを検索【マーク】し、絶対命令を下す。いかなる命令でも決して逆らう事は許されず、実行しなければならなくなる。ただし、相手の【魔力の強さ】がスキル行使者の【魔力】と【魔力の強さ】の総和を超えるときは効果がない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
ナイアーをマークし、《精神支配(第8級――深淵級)》の【絶対命令】を発動すると、眩い光に包まれる。
『っ!!? お、恩方様ぁ、今すぐ僕チンを殺し――』
その言葉を最後にナイアーから一切の感情が消えた。
「ナイアーテップ、僕の今からの疑問に全て偽りなく答えよ」
ナイアーテップの無数の頭が一斉に翔太に対し首を垂れる。
「今回の事件におけるお前の目的は?」
《田宮翔太の種子を芽吹かせること》
種子? 芽吹く? 意味不明な単語がでてきた。心象世界のあの紅の樹木のことか?
「種子とは何だ?」
《世界に四つしかない席。数多の世界に存在する数多の超越者共の四柱の頂点に位置するための通行証》
おそらく種子とはあの日々強まっていった憎悪と憤怒に関係するのだろう。あれだけ翔太の中で猛威を振るい制御不能だった感情が今恐ろしいほどコントロールできている。
そして種子が芽吹いた状態があの紅の大樹。そしてあの大樹は四つしかない席への通行証らしい。そして才能の二万まで到達。要するにそういうことだろう。
どうでもいい。心底どうでもいい話だ。そんなくだらない事のために翔太からメリュジーヌを奪ったのか? これを仕組んだ奴にはきっちりと報いを受けさせてやる。
「四つの頂点に座るのは誰だ?」
《東は空席、西は真理、北は混沌、南は――》
「南は?」
《ぐう……》
唸り声のような声を上げるナイアーテップ。そして――。
突如、醜悪な瘴気とともに、世界を包むかのように漂い出した肌がヒリヒリするような気配。
『恩方ざまぁ、恩にぎばす……』
翔太が飛びのくのとナイアーテップの身体が腐り落ちるのは同時だった。
断末魔の声を上げつつ、ナイアーテップはこの世から消滅する。
(この感覚、のぞき見野郎の仕業か……)
変質後にわかった事だが確実にリアルタイムで誰かに覗かれている。
今は高みから見物してればいいさ。いずれ翔太の前に引きずり下ろしてやる。
それよりも――ケジメはつけねばなるまい。
【万物破壊】の《距離範囲破壊》を発動し翔太が拳で破壊した全ての生命、無機物をマークし、《ダメージ破壊》を発動する。さらに【万物破壊】の【攻撃防御破壊】をぐっすり寝ているコマンダー、少年少女、ヴァージルとオットーへ発動する。
少年少女達は目を袖でこすりつつも、むくりと起き上がり、翔太の顔を見る。暫し、沈黙が訪れるが、直ぐに悲鳴を上げて再度追い詰められた鼠のように部屋の片隅へと逃げ込みガタガタと震え出す。
コマンダーも翔太から逃れようと扉へ一目散で走り出したので一瞬で扉前に移動する。
それにしても、ヴァージルとオットーは気を失い床に倒れたままで起きる様子もない。
奴らには悪夢を見てもらわねばならない。こんなところで安眠したまま楽に殺すなど許すつもりなど毛頭ないのだ。
ヴァージルとオットーには翔太は直接攻撃を加えられないが、今後翔太に鬱陶しく付き纏われても面倒だ。今から起こる地獄の観覧者になってもらおうと思っていたわけだ。
それ故、ナイアーが施した睡眠系の状態異常のスキルを解除するために【万物破壊】の【攻撃防御破壊】を用いたのである。現にコマンダー達は直ぐに目が覚めている。
まあ、別にいい。正直ヴァージルとオットーに対する翔太の想いは複雑怪奇だ。下手に今、関与してまた不可思議な現象が起こっては逆に厄介。このまま眠ってもらうことにする。
まずは翔太からメリュジーヌを奪い、カサンドラを奪おうとした愚者だ。
コマンダーに振り向くと、奴に近づいていく。
奴は真っ青になりカタカタと小刻みに身を震わせつつも必死で言葉を紡ぐ。
「私は貴族だぞ、平民が私に危害を加えれば即死罪。い、今ならまだ間に合う!」
右足でクルリとノコギリを上空へ持ち上げ右手でキャッチし、顔を凶悪に歪ませる。
コマンダーの顔から生気が失われる。己の行く末を確定的なものとして理解したのだろう。
「そうだ! 私が力添えをして使用人に召し抱えて――ぎゃいやあぁぁ」
奴が視認し得ない速度で接近すると、コマンダーの右腕を切断する。本当はこんな邪道ではなくギコギコ削ってやりたいんだが。厄介な奴が此方に駆けつけくる気配がする。その中の一人は戦闘のためだけに生きているような狂人だ。ガチで戦えばカサンドラは無事ではすむまい。そんなくだらないことで奪われるなど真っ平だ。
ノコギリを振り上げるとコマンダーは耳触りな悲鳴を上げる。
(まあいいや。時間もない。さっさと解体しよう)
コマンダーの身体を少しずつばらして行く。少しずつ。少しずつ。ゆっくりと。ゆっくりと――。




