第170話 絶望という名の演劇(3)
拷問シーンが出て来ます。その残酷描写自体は大した事がなく、演出がかなりヘビーです。とは言え物語の流れとして外せない部分でもありまして。是非読んでいただければと。
結論から言えば悪魔と比べて金髪の青年の拷問などたいした事はなかった。釘を打ち付けようと、ペンチで指をへし折ろうと、コノギリで切られようと全く眉一つ動かさず、張り付いた笑みを浮かべる翔太に寒気を覚えたのか、途中から拷問を部下に任せて部屋を出て行ってしまう。
諦めたのかと思ったがどうやら試行を変えただけらしい。絢爛豪華なドレス、パーティー スーツに仮面を着用した翔太と歳もそう変わらない男女が笑いながら部屋へ入って来た。
他者に対する拷問をまるで映画を鑑賞するかのように笑いながら見物する此奴等の神経が翔太には理解できない。翔太にした拷問を何のためらいもなく子供にしたという事実が翔太の身体の中にある憎悪を際限なく増幅させる。
「コマンダーさん。今日の家畜はしぶといんだって?」
茶髪の青年が金髪の青年――コマンダーに尋ねる。
「その通りでございます。そこで皆様のご協力を仰ぎたく存じます」
「任せてよ。家畜を殺すのは大の得意よ。前に魔の森浅域で倒したスライムの方がずっと手ごわかったわ」
得意そうにいう赤い仮面に赤いドレスの少女。
「ヘルゲ、あのなぁ。殺しちゃったら意味ねぇだろう」
「そうよ。この『神の意思』は守護神アイリスに背く背神者共に神罰を下し、身を清めるのが目的。簡単に殺しては意味がないわ。苦痛の中で殺さなければ」
アイリス神ね。奴はどうやら僕が殊の外お嫌いなようだ。今後、一々ちょっかいを出されるのも鬱陶しい。この件が済み次第、アイリス神とやらにはこの世界から永遠にご退場願おう。
「皆様。この家畜は痛みに鈍い欠陥品らしいのです」
「へ~、でもそういう奴結構いるよなぁ。俺達が神罰を下してやろうっていうのに愚かな奴らだ」
「その通りです。この愚か者に天罰を下さなくては! そこで私考えました。このような輩は、大抵他者が傷つく事をあたかも自らが傷つくごとく感じるものです」
歓声が上がる。この胸糞が悪いノリには付き合い切れない。それに、つい前ならいざ知らずイルザが傷ついたくらいでは今の翔太は何ら痛まない。
「新たな家畜を連れきなさい!」
金髪の青年――コマンダーの指示の元連れてこられたのは、エルドベルグの魔道具店――カサンドラだった。頭は思考する事を拒否する。
「っ!?」
頭が状況を認識するやいなや胸が炙られるような焦燥感が繰り返し襲ってくる。
「ショ、ショウタ? その怪我……お前さん達それでも人間かい?」
カサンドラはその美しい顔を朱に染めて激怒する。そんなカサンドラの言葉も周囲の者達にとっては絶好のスパイスに過ぎない。
「この平民マジで馬鹿? 俺ら上位貴族が人間の訳ないだろ? 俺らは守護神アイリスに選ばれた神の使いさ」
「そう、そう。わからないかなぁ。私達は選ばれた存在なんだよ。君達みたいな穢れた家畜は私達の清めるために捧げなきゃあ」
顔が醜く歪んだ赤いドレス女――ヘルゲ。
「く、狂ってる!」
ドゴォ!
茶髪の青年が青筋を立てて、カサンドラの腹部に蹴りを入れる。
「がはっ! ごほっ!」
「何言っちゃってんのさ。この家畜が!」
近くの赤色ドレスの女も蹴り始めた。
「や、止めろ! 止めてくれ! その人は関係ない。僕なら好きにすればいい。痛がるのが好みならいくらでも痛がってやる。だからその人だけは何もしないでくれ!」
金髪の青年――コマンダーがニタリと顔を歪める。背中をつららで撫でられたように悪寒が走る。
「それがものを頼む者の態度か? 敬語を使え! 平民」
コマンダーが怒鳴る。
「ショウタ……よせ。そんな……下種の言う事を……聞くことない……」
カサンドラは苦痛に顔を歪めながら絞り出すように言葉を発する。
確かにカサンドラとはまだ数日の付き合いだ。しかし、ディヴに頼まれたに過ぎない翔太に聖域ともいえる工房を自由に使わせてくれた。《錬金術》の進化で血塗れでぶっ倒れた翔太を介抱してくれた。今回だって、大方翔太が心配で司法局に尋ねてしまい捕まったのだろう。そんなどうしょうもないくらい優しい人なのだ。翔太のためなんかに傷一つつけるわけには行かない。敬語くらいいくらでも使ってやる。愚かな翔太にそれほどの価値などないのだから。
「止めてください! 何でもします! ですから――」
翔太の言葉はカサンドラの絶叫で遮られる。
「ショウタぁ! あたしのためにこんな下種共の言いなりになる必要などない!」
コマンダーは青筋を立ててカサンドラを睥睨する。カサンドラは構わず続けて腹の底から声を絞り出す。
「此奴らが神の使い? 馬鹿馬鹿しい。神がこんな暴挙を許すはずがない。仮に許しているならそんなものは神ではない。ただの悪霊だ! 貴様らなんぞ溝鼠にも劣る!」
平民に過ぎないカサンドラに信仰の対象たる守護神アイリスを悪霊扱いされ、自分達を溝鼠扱いされたコマンダーと上級貴族の少年少女は血相を変えて怒りをぶちまける。
「たかが、平民がアイリス神を愚弄するなど許し難し!」
「そうよ。私達が溝鼠ですって? たかが平民の分際でぇぇ!」
「平民が神を語るな! 汚らわしい!」
「この女を使ってその平民に真の苦痛を味あわせようと思っていたが気が変わった。どうせ、家畜の代わりなどいくらでもいる。今すぐ殺してやる」
「よせ……よせ! よせ! よせぇぇぇ!!」
翔太の絶叫をよそにコマンダーが鞘から剣を抜きカサンドラの胸に突き立てる。それは非現実的でどこかゆっくり時間が流れてその映画か何かのワンシーンのように感じた。
剣がカサンドラの心臓に突き刺さり、吐血を吐き、糸の切れた人形のように地面にドサッと倒れる。
「あああああぁぁああぁぁ!!!
視界が歪み血に染まっていく。椅子に作りつけられた錠を引きちぎり、うつぶせになりながらもカサンドラの傍に行く。その間、何度も、コマンダーや少年少女に剣で切り付けられたがお構いなしに重たい身体を引きずり進む。
カサンドラの下まで行き彼女を強く抱きかかえる。嫌だ! 嫌だ! もう嫌だ! もう何も失いたくはない。必死でカサンドラを救う方法を頭の中に構築する。アイテムボックスもキャメロンの自室だ。スキルが使用不可なため《錬金術》も使えない。アイテムも使えない。スキルも使えない。魔法は? 信長が戦闘中に使った《高度回復》なら回復できそうだ。
だが、あのとき、魔法式を一度見ているのに関わらず、魔法の発動の骨子が解析できなかった。おそらく《白魔道》のスキルがないからだろう。狙いすましたかのようにすべてが役に立たない。
「ショ……ウタ……」
「カサンドラさん。喋らないで!」
カサンドラは翔太の頬を両手で持つと唇を合わせて来る。今の翔太の唇は拷問で剥がれ落ちて唇の様相を呈していない。まさに化物のような顔だ。だから唇の感触もしない。それがどうしょうもなく口惜しい。
感覚でわかる。ジャンのときと同じだ。カサンドラの温もりがゆっくりと冷たくなって行く。涙腺が壊れたかのように涙が留めなく頬を伝わる。カサンドラのぶっきら棒なところ、少し意地悪なところ、そして途轍もなく優しい所。それらが脳裏にかすめ愛しさと堪え切れない程の悲しみが込み上げて来る。
「ごめんなさい。カサンドラさん。僕のせいで……」
「いい……んだよ。それより、あたしを……離さないで。もう少しで……いいから……」
「ずっと離しません。絶対に離しません。だから――」
心が巨大なペンチで引きちぎられる。悲しみなど通り越してもう焦燥と絶望しか感じない。視界が涙で覆う。
「ショウタに……伝えたかった。聞いて……くれる? ゴホッ! ゴボッ」
カサンドラの口から多量の血液が逆流し、むせ返る。その目から徐々に光りが――。
「お願いだからもう話さないでください。治ったらいくらでも聞きますから」
意識が朦朧としている。すでに翔太の言葉など聞こえていまい。
「あたし、お前が……好き」
あ、ああ。今言わないでくれ! 今言っちゃ駄目だ。こんなの死亡フラグもいいところだ。カサンドラの力の灯が消えて行く。ジャンのときとまったく同じだ。自分で納得してしまった。心残りを殺してしまった。もうカサンドラは……。
潰されていない目から血と混じり合い留めなく赤い涙が溢れる。強く抱きしめカサンドラの唇に翔太の唇を当てる。唇の感覚なんていらない。ただ、少しでも長く彼女の温もりが欲しい。もう何もいらない。
(お願いさ。神様。これが僕の最後のお願い。僕の人間としての全てをあげるから。
だから、彼女を助けて――。もう失うのは嫌なんだ。ジャンのような思いだけは沢山なんだ。僕なんかのためにまた誰かが大切な人を失うのは嫌なんだ。お願いだよ。助けてよ!)
最後にあったカサンドラの手の力が抜けてゆく。力が完全に失われていく。翔太の心が最後の抵抗を始めた。
「僕もカサンドラさんの事が大好きでした。だから、これからも一緒にいましょう? デートもしましょう? お願いだから僕を一人にしないでください!」
「……あり……がとう……」
カサンドラは満足そうに顔をほころばせ――。
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冷たくなったカサンドラを抱きかかえる。また巻き込み殺してしまった。この糞ッ垂れな自分が――肝心な時に何の役にも立たない自分が――ナイフのような絶望が翔太の心を八つ裂きにする。
「キモ~い。マジ、キモッ! 三十近いおばさんと、アンデッドのキス。気色悪ぅぅ」
「まあ、家畜にしてはいい見世物だったんじゃないの――」
「それにアイリス神に逆らった不届きものは始末したんだ。御利益はあるなりよ~」
「そう絶対御利益あるって! この平民の家畜は殺したし、このアンデッドを殺して清めればルナ・メンドン様のように最年少で聖王騎士団の団長になる事も夢じゃないかも」
(ルナ・メンドンみたいになりたい? そんな事のためにカサンドラを殺したのか? そんなちっぽけな事のために?)
ゾクリと翔太の悪意が鎌首をもたげる。途轍もない憎悪が翔太の中を暴れ回る。抑えがきかない。いや抑えようとももはや思わない。次の言葉が翔太の魂の全てを破壊する。
「私もその噂聞いたから参加したのよ。特に、ルナ様もエルドベルグの冒険者ギルドの幹部候補のヴァージル様もこの『神の意思』に参加していたらしいわ。私『神の意思』の協会からお二人の使っていた腕章をみせてもらったの。あのお二人は魔法学院の生きる伝説ですもの。マジで憧れる」
(っ!!? ヴァー……ジル……)
「う、嘘だぁ! 彼女はそんな人じゃない。貴族や平民なんてくだらない事を言う人じゃない! 出鱈目をいうなぁ!」
いつの間にか絶叫していた。赤いドレスの女が額に縦に太く青筋が張らせながら翔太の腕にレイピアを突き刺す。
「貴様如き下賤な家畜がヴァージル様の名を語るな! ましてや、あの方を知ったような口を利くなど恐れ多い!」
赤いドレスの女の肩を黒のパーティースーツを着た少年が軽く掴む。
「まあ、まあ、許してやりなよ。この家畜は我らが持つ青い血の高貴さも、その負うべき義務の大きさも理解しちゃあいない。だから、罪を悔い改めようともせずに高貴な我らに口答えする」
「負うべき義務……の大きさ?」
「そう! 貴様ら家畜の罪を断罪する。それは我々神の子だけに許された崇高なる行為。我々の義務! この義務を全うしてこその貴族よ! お前の様な下賤な家畜などには決して理解できまいよ」
「そうでございます。この者は所詮家畜、我々貴族の何たるかを理解できようもありますまい」
コマンダーが翔太に嫌らしい笑みを張り付かせながら、部屋の扉の場所まで行き右手を胸に当て一礼する。
扉の脇に直立不動で立っていた屈強な二人男が左右からノブを握る。
「皆さま、今宵のスペシャルゲストです! どうぞ部屋にお入りください!」
男達が扉をゆっくりと開き、煌びやかな黒のドレスと同じく黒のパーティースーツを身にまとった二人の男女が入って来る。
その二人は顔半分に仮面をしていたが、翔太には直ぐに誰であるかわかった。いや、わからないはずがなかった。
――なぜなら、その二人は翔太が最も愛した女性とこのエルドベルクでの数少ない友達だったのだから。
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ヴァージルとオットーがこんな汚物の塗れた部屋にいる理由が翔太には理解できない。翔太を助けに来てくれたのだろうか。
仮にも人が一人死んでいるのだ。なぜこんな血生臭い部屋でそんなに平然としていられる? それにあの喪服のようなドレス姿は? いつもの彼女と違い過ぎる姿に翔太の頭は混乱を極める。
「あ~ん、ヴァージル様ぁ。やっぱり、この神の意に参加してたんですね?」
翔太の疑問は――。
「もちろんです、平民という薄汚い家畜はアイリス神への供物にすることによって清浄化されます。
――実に最悪の形で解消された。
「嘘だ……嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だぁぁ!!」
頭は不自然なほどこのあり得ない現実をすんなり受け入れていた。なのに実際に口から吐き出されたのは否定の言葉。現実を受け入れる理性と受け入れない感情が翔太の中でせめぎ合う。
ヴァージルは翔太の前につかつかと進み出ると、腰に括り付けた鞘から剣を抜き、それを翔太の左肩に突き刺した。
「騒々しい、喚くな。家畜風情が!」
それは翔太が心から愛したヴァージルの声色。しかしその口から紡がれる言葉は翔太の存在そのものの否定の言葉。
「ヴァージルさん、駄目だよ。今日私達が呼ばれたのはあくまで教育役。
彼らが無事儀式を終えることができるよう指南しなきゃならない」
――壊れて行く。
「そうね、オットー」
ヴァージルはオットーの傍へ行き、仲の良い夫婦が寄り添うように隣に佇む。
オットーがヴァージルの肩を掴み抱き寄せると、叱咤の声を上げる。
「君ら、いつまで同じ家畜に手間取っているんだい。裏の部屋にはもう一匹いるんだ。早く終わらせなよ」
――オットーが壊れていく。
「早くその汚らわしい家畜の罪を断罪しなさい」
――ヴァージルが壊れていく。
「「「「はい」」」」
ヴァージルとオットーを恍惚の表情で眺めながらも、快活に答える貴族という小奇麗な仮面をつけた醜い豚達。
茶髪の青年と赤色ドレスの少女が翔太に剣を突き立てる。何度も、何度も突き立てる。翔太はただカサンドラの亡骸を抱きしめる。万が一にでもその刃が彼女に届かないように。
――翔太の中にあるヴァージルオットーが脆いガラスのように木端微塵に壊れて行く。
「うあああぁあああぁぁぁ!!!」
絶望の涙を流しながら絶叫をする。最後に残った田宮翔太の魂が必死でヴァージルを庇う理論を構築しようとする。オットーを擁護するロジックを紡ぎ出す。
だが目の前で悪魔のごとき笑みを浮かべている二人を網膜が映し出し、すべて霧のように消えて行く。
「見ろよ。このアンデッド泣いてるぜ! 気持ち悪りぃぃ!」
「大方、身の程知らずにも憧れていたんだろうさ。
アンデッド、下賤な貴様は知らんと思うがなぁ、ヴァージル様は我等『神の意思』の中の憧れでもあるんだ。家畜如きが愚劣な妄想を抱いていい道理はない!」
再び剣が突き立てられる。
ヴァージルにあった愛しさが霧散していく。驚くほど綺麗さっぱり消滅していく。
「オットー様も同じよ。王立魔法騎士学院始まって以来の賢才。あの天人たるアベル殿下に匹敵するとさえ言われてる。
そんな方がお前のような家畜の罪を洗い流すのを見ていてくださるのよ。これに感謝しないなど気が狂ってるわ」
赤色ドレスの女が頬を赤く染めて両頬を覆い、オットーに視線を向ける。
翔太の中のオットーへの友情が凍り付き粉々に砕け散る。
突如、屋敷を揺さぶる振動と轟音と悲鳴が屋敷の下から聞こえて来る。
「何事です?」
不快な声色を隠そうともせず、オットーがコマンダーに尋ねる。
「ただ調べさせます」
コマンダーが扉の前に立つ男達に顎をしゃくって合図をすると男達は右手を胸に当て一礼し、扉のノブを握り、部屋を出ようとする。
しかし――ズンッという音と共にその上半身が横にスライドしていき床に叩きつけられる。次いで扉が真っ二つに切断され、床に散らばる。
「きゃあ~!」「うわああぁぁ!」
赤色の絵の具をひっくり返したような血だまりを見て、耳障りな悲鳴を上げる赤色ドレス女と茶髪の青年。
そして、扉から転がり込むように飛び込んで来る全身血だらけの女性。
彼女は僕の正真正銘、最後の心の防波堤。田宮翔太が田宮翔太でいられる一握りの希望。
「あ、主様?」
女性は僕の姿に目を見開いていたが、その形相は鬼面を思わせるような憤怒と憎悪で満ちていた。
「よくも……よくも、あちきの愛しき人ヲッ! ゴミクズども――ガァ!!」
――絶望という名の演劇は終演を迎えようとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
いや~、おそらく批判の雨霰だと思います。書き手の私すら折れそうだったし、……ですが元々この手の演出が『僕と俺の』の本質といいますか……ご容赦いただければと。
次が『絶望という名の演劇』の最後です。それではまた明日お会いできれば幸いです。




