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僕と俺の異世界漫遊記  作者: P・W
第二部 建国と変貌編
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第8話 魔の森中域の王達の頼みを聞こう(2)


 暫らく、炎鬼の後をついて行くと、中域と深域の境――天まで届かんばかりの絶壁が目の前に広がった。そしてその崖を利用して炎鬼の根城である洞窟は作られていた。

 崖にポッカリと穴が開いており、この穴が炎鬼の根城の入口らしい。入口には二人の見張りがいた。見張りは炎鬼と同様、赤い、燃えるような髪色をしており、顔の形もはかなり整っている。角以外は人間種そのものだ。身に着けている赤色の鎧と槍も、特質級(ユニーク)の武具であり、その佇まいは歴戦の勇者を連想させる。こんな魔物達に攻め込まれたら、エルドベルグやメガラニカは一溜りもないだろう。その事実に軽く身震いしながら、炎鬼に案内され洞窟の中に入って行く。

 洞窟内は、もはや洞窟ではなかった。洞窟内の通路は一つの段差もないほど綺麗にかつ、滑らかに削り取られていて、もはや土と岩でできているとは思えない。足をつく床は一面に黒色のタイルが張り巡らせており、それが一定距離に設置されているランプの光に照らされ、何とも言えない神秘的な光景を造り出していた。

 壁には、【特質級(ユニーク)レベル4】の剣や刀が飾られ、【特質級(ユニーク)レベル3】の鎧が通路に設置されたりしている。飾られているのは全て実用的な武具やマジックアテイムのみであるが、これはおそらく炎鬼の趣味だろう。


               ◆

               ◆

               ◆


 洞窟内はかなり広く、数分間歩いてやっと目的の部屋についた。部屋の中は応接室のようだ。どことなく、その質素さと実用性の高さは、デリックの支部長室を思い出させる。絢爛豪華な部屋よりも、質素を好む翔太にとって非常に居心地が良かった。

 

 炎鬼が真中、その両脇に、オストロスと白猿王がソファーに座り、炎鬼の対面にフィオンが座り、翔太とレイナもフィオンを挟むように座った。ディートはレイナの後ろに伏せの態勢をとっている。大きさも通常の狼レベルに戻っており、警戒心はフィオン同様ほとんど解いている様子だ。野生の本能というやつだろうか。

 どうやら本題をすぐに切り出してくれるようだ。貴族達の回りくどい話が苦手な翔太にとって、これもまたポイントが高い。どうやら、翔太はこの炎鬼という魔物をかなり気に入ってしまったらしい。


「単刀直入に言いやす。俺っち達の頼みを聞いてくだせぇ。この通りでさぁ」


 炎気が深く頭を垂れる。


「頼みか……それで内容は?」


 フィオンは極めて冷静に炎鬼に視線を向ける。


「へい。中域に住まう怪物を討伐してほしいんでさぁ」


(まただ。また厄介ごとが舞い込んできた。目の前にいる魔物はかなりの強者、その強者たちが匙を投げる程の怪物。加えて、僕の強者遭遇率は異常。再び即死のフルコースも十分あり得る。これは断るべきだと思う。

 だけど、この炎鬼という魔物、僕達がただで引き受けるとは思っていないよね。とすれば交換条件を提示してくるはず。そしてその交換条件は僕達が拒否できない内容かもしれない)


「それを引き受けるメリットが俺には感じられない」


「そうでしょうねぇ」


 炎鬼は右手を挙げてパチンと指を慣らす。すると、恭しく炎鬼の配下のゴブリン達が十数人の人間種と思われる者達を連れてきた。人間族はもちろん、獣人、エルフ、ドワーフ等様々な種族の者達がいる。

 レイナの目に怒りの火が灯るのがわかった。炎鬼が人質をとっていると判断したらしい。翔太も過去のオーク達の行為を思い出し憤怒で我を忘れそうになったくらいだ。無理もない。

 一方、フィオンを見ると怒りは覚えてはいない様子で、冷静に連れてこられた人間達に視線を向けている。フィオンのこの態度には何かの意味があるはずだ。その意図を考察しなければ、いつまでたっても翔太は半人前であり、これ以上の冒険者としての成長はできない。

 翔太が成長できなければ、十中八九、再びあの下種悪魔に玩具になった悪夢が再現されるだろう。そして、それは柚希達を地球に帰すことができなくなるだけではすむまい。ラシェルや、レイナ、ヴァージル、フィオン達が翔太と同様の責めを受けるかもしれない。それだけは御免だ。

 そこで、翔太は炎鬼の立場に立って考えてみることにした。まず、翔太が炎鬼なら、自らよりも力が強い者を態々自分の根城に連れて来てまで人質をとろうとは思わない。そんな事をして怒りを買えば、殺されて人質ごと奪われて終わりだからだ。

 だとすれば、これは炎鬼が翔太達に敵対しないというパフォーマンスであるはずだ。とすれば、交換条件は他にあるという事。それに、連れてこられた人達は目に光があり、生気がある。炎鬼達から粗雑な扱いは受けていないのは間違いない。

 フィオンはレイナの肩に手を乗せて落ち着かせている。レイナはまるで猫のようにフーフー唸っている。このような状況でなければ、見ているだけで癒されるのだが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 

「その人達は保護対象か?」


「はい。オークキングの城を捜索したところ、俺っちの部下と一緒に地下に捕えられていた方達でさぁ。まだ、意識が戻らない方も数人おりやす。連れて行ってくだせぇ。俺っち達もこのままでは対応に困りますんで」


「わかった。救出していただいて礼をいう」


 フィオンが頭を深く頭を下げたので、慌てて翔太も下げる。レイナはポカーンとしていた。まだ状況を呑み込めていないらしい。


「いや、構いませんよぉ。俺っち達もずっと匿っているわけにもいかないわけでしてねぇ。

 それで、フィオンさん達のメリットの件ですが、仮に引き受けてくれるなら俺っち達の支配する中域ゴブリン、中域コボルト、中域エイプの各種族は人間種に対して今後一切の危害を加えない事をお約束いたしやす。人間種が襲ってきても我々は逃げますんで。

 もちろん、根城にまで攻め込んで来た人間種は捕え、記憶を失ってもらって浅域で解放します。

 加えて、傷ついた人間種の宿泊所も設置いたしやしょうぉ。それでどうです?」


 さすがのフィオンも絶句している。どう考えておかしい。これは全く対等とは言えない。炎鬼を含め、白猿王も、オストロスも人間種では、魔王や獣王など限られた者達以外後れを取る事はまずないであろう。それほど凄まじい力を有するのだ。本来、自らの力について誇りも持っているはずだ。それがプライドをかなぐり捨てて、人間種である翔太達に頭垂れる。これがどれほど異常かは一目瞭然だ。

 だが、それほど、切羽が詰まっている事態がこの魔の森中域で進行中なのかもしれない。


「悪いが。事が事だ。すぐに返事はできない。返事は後日では駄目か?」


「いえ、もちろん、それでかまいませんぜぇ。俺っち達も、すぐに返事をもらえるとは思っていませんのでねぇ」


 おそらく、炎鬼にとって翔太達へのこの頼みも地獄に落ちてきた蜘蛛の糸を掴むようなものなのだろう。他に方法がないが、それが成功するとの確信もない。だから、炎鬼達は翔太達に賭けたのだ。心情的には乗ってやりたい。しかし……。

 もう話す事もないだろう。今日はエルドベルグの冒険者ギルドにオークキングの城に捕えられていた人達を連れていき、デリックから以後の指示を得るしかあるまい。

 フィオンは席を立ち、再び炎鬼に礼を言いながら右手を差し出す。炎鬼も握り返し、簡単な挨拶をする。フィオンも翔太同様この炎鬼という魔物に好感を持っているらしい。


「取り敢えず、意識が戻らない者のところへ案内してもらえるか?」


「へい。お安い御用でぇ」


 炎鬼はソファーから立ち上がる。どうやら、オストロスと白猿王も同行する様子だ。3体の魔物の後を翔太達はついて行く。入り組んだ通路を数分歩き、ある部屋の前で炎鬼は立ち止まった。翔太達に振り返り、炎鬼はいつもの陽気な表情を崩して真剣な顔を向けて来る。


「此処にいる方達がどういう扱いを受けていたかは想像を絶しますぜぇ。

一応、俺っちの配下に作らせた最高位のポーションを与えているんで、傷自体は殆どふさがってはいまさぁ。ですがねぇ……」


 炎鬼が言い淀んでいる事の内容は翔太にも予想がついた。


「精神がもたなかったという事か……」


「へい。俺っちの部下もいますが、いまだ意識は戻らずでさぁ。困ったもんだ……」


 直接表情には出さなかったが、声色に悲壮感が漂っていた。同じく屑悪魔から拷問を受けた翔太としてはとても他人事とは思えなかった。

 炎鬼はドアを開け中へ入る。炎鬼に続いて部屋に全員が入る。

 そこにはベッドが6つほど置かれており、男女が仰向けに寝ていた。目を瞑っているもの。目を開けているが空を眺めるもの。様々だが、寝かされている誰もがピクリとも動かない。これはギルドの会議室で見たアドルフ達の表情に酷似していた。あの下種悪魔は頭のネジが完璧にぶっ飛んでいた。この人達がどれ程の地獄を見たのかを想像する事は容易い。

 一端は収まっていた悪魔に対する憎悪が再び翔太の仲に湧き上がり渦巻いて行く。その翔太の姿をみて炎鬼、白猿王、オストロスが息を呑むのが聞こえる。レイナも額に冷や汗を浮かべているようだ。フィオンが翔太の肩に手を乗せて『落ち着け』とのみ言う。

 頷き深く息を吸い込み、息を吐く。これを繰り返すうちに、段々冷静さをとりもどしていった。

 今優先的に考えなければならないのは、この人達を現実に返す方法を探す事であり、悪魔共に憤怒の念を抱くことではない。

 空想の世界に旅立っているこの人達を現実に引き戻す方法を知っている可能性がある者は翔太を知る中では数名に限られている。

 まずは、博識フィオン大先生だ。だから尋ねる。


「フィオンはこの人達の目を覚ます方法知っている?」


「すまん。見当もつかん。発明王や他の七賢人ならば知っているかもしれんが……」


 フィオンはすまなそうに答える。確かに、夢の世界に旅立っている人を引き戻すことなどそう高位の冒険者であっても経験することではなかろう。知らなくて当然かもしれない。


(それにしても、また七賢人か……どうやら、七賢人の知識はこの世界では全幅の信頼を得ているらしいね。僕も彼らに早く会うべきだと思う。今度のブレインの一件が済み次第すぐにでも行動に移そう)


「うん。後は……テューポさん。今、来れる?」


 辺り一面に眩い光が照らし、龍執事――テューポが姿を現す。

 フィオンはまだ慣れないらしく顔から冷たい汗を大量に流していた。ディートもしっぽを丸めて縮こまっており、完全に服従態勢だ。まだ腹を出さないだけましともいえるが……。

 レイナだけがこの場で目を輝かせている。流石にこのシーンは見飽きてきた。


「我が信愛なる主よ! お呼びいただきこのテューポ感謝に堪えません」


 テューポが片膝をつき臣下の礼をとる。『七つの迷宮(セブンラビリンス)』の(ひと)達は翔太に対しいささか、いや、かなり気を遣いすぎるような気がする。翔太としてはもっと、普通に接してほしいのだ。

 このような翔太にとっては見慣れた風景も、炎鬼達にとってはそうではなかったらしい。オストロスと白猿王はテューポに跪いて震えてしまっている。炎鬼だけがかろうじて脂汗を垂らし、膝を震わせながら翔太に視線を向ける。そこには、今迄の余裕は微塵も感じられなかった。


「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ。その御方は?」


「この(ひと)は、テューポさん。龍種(ドラゴン)らしいよ」


「ド、龍種(ドラゴン)? それだけでも十分驚愕に値するが、ただの龍種(ドラゴン)にこんな馬鹿げた威圧を出せるはずがない……まさか、古代龍(エンシェントドラゴン)? 古代龍(エンシェントドラゴン)を人間種が従える? 

 そんな阿呆な事があるはずがない。とするとあのお方ぁ、人間種ではないのでやんすかねぇ……」


 炎鬼はブツブツと独り言を言い始めた。だが 時間も押している。まずは、この目の前の人達を治す事が先決だろう。


「テューポさん。この部屋で寝ている人達の意識を元に戻せる?」


 テューポは少し視線を寝ている人達に向けて考えていたが、すぐに視線を翔太に戻す。


「可能です。主よ。ただその場合、一定期間の特定の記憶を消去することになりますが、それでもよろしいですかな?」


「炎鬼さん。それでも構わないですよね?」


「あ、ああ。お願いしまさぁ」


 炎鬼は絞り出す様に言葉を紡ぐ。


「じゃあ、テューポさん。お願いします」


「はい。承りました」


 テューポは翔太に恭しく右腕を胸に当てながら頭を垂れる。そして、顔を上げると同時に指をパチリと鳴らした。

 すると、死んだ魚のような目をしていたベッドで寝ている者達の目に光と力強さが戻っていく。指を動かし、遂には身体の上半身を起こして、辺りを確認し始める。

 炎鬼の配下の男性のゴブリンが、上半身を起こして炎鬼に視線を向けすまなそうに頭を下げた。


「頭ぁ……すいやせん。下手を打ちました。何とか最低限の事は伝えたんですが伝わりましたかねぇ?」


「い、いや、いい。もういいんだぁ。良く戻ってきてくれたぁ」


 炎鬼は眼に涙を溜めて、男性のゴブリンの肩を叩く。テューポは病人の前のため威圧を押さえている様子だ。オストロスと白猿王も立ち上がる事ができるようで、壁に寄りかかって炎鬼と配下との再会をじっと見つめていた。

 

 その後、ベッドで寝ている者達は、全てオークキングに捕まるまでは覚えているがそれ以後は覚えていならしい。あの地獄を実体験した翔太なら身に染みてわかる。覚えていない方が幸せな事もあるのだ。一応、テューポに今後思い出す事はあるのかを聞いたが、記憶を完全に消去したことからもう二度と思い出すことはないとのことであった。

 まだ、身体がふらついて上手く歩けない者もいるが、精神が健康に戻った以上、後は最上級ポーションを毎日根気強く飲めば全員完治すると思われる。

 炎鬼は翔太に向き直り頭を深く下げた。この頃、こんなシチュエーションがやたらと多い。こういうときに決まって、翔太自信は何もしていないのだから始末が悪い。兎に角、途轍もなく気まずいのだ。


「部下を助けていただいて礼を言いやす。少しでも恩に感じてもらおうと思ってしたんですがねぇ。逆にこちらが感謝する事になりましたなぁ」


 それは炎鬼の思い違いだ。そもそも、炎鬼がこのベッドにいる人達を助けなければ翔太も炎鬼の配下を助けようとは思わなかった。全て炎鬼の行動所以であろう。


「それは違いますよ。感謝するのはむしろ僕らの方でしょう。例え思惑あったにせよ、貴方にはそもそもオークキングの城から人間種を助ける必要も義務も全くなかった。それなのに助けた。そして、結果として貴方の配下の方は助かった。全て貴方の行動故だと思いますよ」


 この翔太の言葉にはフィオンやレイナも異論はないらしく、ウンウンと頷いていた。

 レイナも炎鬼が人間種を助けてベッドで寝かせて看病していたり、配下の者の無事を涙ながらに喜ぶ様を見て、警戒を完全に解いていている様子だ。先ほどまでの敵意は微塵も感じられない。

 一方で、炎鬼も翔太達の言葉に少なからず驚いている様子だ。自分が恩に着せようとしたことを暴露した事から、罵られるとでも思ったのだろうか。

 それはあまりに翔太達を見くびっている。全ての者の助けるという行為にはそれなりの思惑があるはずなのだ。その思惑は、自らの大切なものに重ねていることからの行動かもしれないし、自己満足かもしれない。謝礼を目的とするのかもしれないし、それを職務として義務付けられているのかもしれない。だが、助けるという目的に意味があるわけではなく、助けるという行為自体に意味があるのだ。大体、何の裏もない行為などそれこそ信じられないし、よほどの聖人でない限りあり得ないだろう。もっとも、それは単に翔太の性格が屈折しすぎているだけかもしれないが……。

 

「そういってもらえると助かりまさぁ」


 炎鬼の雰囲気が出会った当初と異なり、柔らかなものになっている事に鈍い翔太でも気付いていた。

 その後、炎鬼、オストロス、白猿王に後で依頼を受けるか否かをきちんと報告しに来る事を伝え、彼らに見送られながら救助者を引き連れて炎鬼の根城を後にした。

 ベッドで寝ていた男性一人と女性一人は、歩く事が出来なかったので、翔太とフィオンが担いでいく事になった。無論、翔太が男性で、フィオンが女性だ。

例のごとくテューポが男性を担ぐと言い中々納得はしてもらえなかった。だが、翔太は今回何もしていないのだ。それくらいむしろさせてほしい。その翔太言葉に偽りがない事がわかったのか、かなり不満気味の様子ではあったが黙ってついて来てくれるようだ。魔物が出てきたときにレイナと共に救助者を守る様に指示すると、いつもの冷静なテューポに戻ってくれた。

 女性が頬を染めてフィオンにしがみ付いている様子を見て、いつもフィオンが翔太に向けるような表情をフィオンに送ったら睨まれてしまった。だが、女性はことのほか満足そうだったのだ。むしろ良い事だと思いたい。


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