第4話 秘策
オストロスは、現在ゴブリンキングの根城の廊下を歩いていた。オストロスの直ぐ前にはゴブリンキングの配下の者が歩いている。オストロスと直ぐ後ろにいるエイプキングを案内してくれているのだ。
暫らく歩くと応接間に案内される。オークキングの城と違いゴブリンキングの根城は質素だが趣味が良い。
ソファーに座る様に促され、腰を下ろしてゴブリンキングの様子を観察する。
大分、やつれている様子だ。これからゴブリンキングの口から紡がれる話がオストロスにとって悪いものであるのは間違いあるまい。
「良く来てくれやしたぁ。俺っちの呼びかけに答えていただいてぇ、礼を言いやす」
ゴブリンキングの礼節をわきまえた態度を見てオストロスは内心で舌を巻く。その蒼白い顔を見れば、ゴブリンキングにとって最悪ともいえる事が起きた事は明らかなのに、それでも客人に礼儀を絶やさない。
だが同時に普段冷静なゴブリンキングをここまで動揺させる事態に戦慄を覚えていた。
「いや、俺達にも関係があることなのだ。当然だろう」
オストロスが発言すると、エイプキングも即座に同意する。
「そうじゃ。気にせんでえぇ」
「ありがとうごぜいやす。では早速本題に入らせていただきやす。オークキングの人間の街襲撃は失敗しやした」
オストロスは僅かに怪訝な顔をする。オークキングが滅ぼされたとしても、オストロスやゴブリンキングは全く痛まないはずだ。むしろ、愚劣な王がいなくなり中域の秩序が保たれせいせいするくらいだろう。
「何があった? オークキングが滅ぼされた事でそんな亡霊の様な顔になっているわけではあるまい?」
ゴブリンキングは自らの顔を摩り確かめるような仕草をすると、溜息を一つつき話始めた。
「へい。予想通り、オークキングの裏には悪魔がおりやした」
「「っ!!」
端から想定はしていた事だが、やはり実際に口からその言葉を聞くと心が突き飛ばされたように気落ちするのも確かだ。
ゴブリンキングは話を続ける。
「俺っちの部下に隠密スキルを持つ者がおりやす。そいつが一部始終見ていましてねぇ。どうやら、オークキングはオークエンペラーまで強制的に進化させられ、しかも理性は完全に奪われていたらしいでさぁ」
「「…………」」
オストロスとエイプキングは顔を歪める。ゴブリンキングの話とオークキングの急変ぶりを総合すると、オークキングは内部からジワジワと狂わされていたのだろう。オークキングがまだ、正気だったころを思い出し、やるせない気持ちになるオストロス。同時に悪魔共に対する激憤と焦燥が身体中から湧き上がる。このままでは、オストロス達もオークキングの二の舞となる。以前現れた悪魔は弱い存在には全くといってよいほど興味を示していなかった。狙うのは強者だけ。おそらく、件の悪魔が人間より魔の森に強者がいると知ればすぐにそちらに対象をシフトしてくるだろう。
もう、躊躇する理由もない。すぐに、例の秘策を実行に移すしかあるまい。これは秘策とはとても呼べないような稚拙な策だ。自らの身を犠牲にしても、成功する確率など殆どないだろう。だが、もうそれしか部下達を守る手段はない。
オストロスが勢いよく立ち上がると、ゴブリンキングが片手で座るようなジェスチャーをしてくる。どうやらまだ話の続きがあるらしい。
「話はまだ続きまさぁ。もう少しお待ちくだせぇ」
「わかった。話の腰を折ってすまん。続けてくれ」
ゴブリンキングは話続ける。
「結論から申しますと。悪魔は人間に討伐されやしたぁ」
「に、人間にじゃとぉ? そんな阿呆な事が――」
エイプキングが咄嗟にゴブリンキングの発言を否定する。オストロスもエイプキングと同じ気持ちだ。エイプキングが言わなければオストロスが全く同じ言葉を発していただろう。人間種に悪魔は倒せない。そう断言できる。存在の強さがそもそも違う。
「へい。一度、悪魔に敗北し数時間に及ぶ想像を絶する拷問を受けていたらしいんですがねぇ。その後、突如雰囲気が変わって悪魔をまるで虫でも踏み潰すかのように屠ったらしいですわ」
「ば、馬鹿な――」
オストロスは気が動転して言葉が見つからず、陳腐な言葉を紡ぐ。
「真実でさぁ。しかも、長期間拷問を受けていた際に、人間、いや、生物とは思えぬ出鱈目な回復力をみせていたらしいんでさぁ。なんでも、腕が切り落とされても十数秒で元に戻るとか……」
あまりの非現実な内容に逆に冷静になったオストロス。確かに、あり得ない。それが本当なら、それはもう人間ではない。だが、今ゴブリンキングが嘘を言う意味もない。真実なのだろう。
「悪魔を圧倒する人間か……そんな存在がいたのか……。それでその人間の強さは?」
ゴブリンキングはオストロスの呟きにも似た質問に軽く相槌を打ちながらも答える。
「へい。雰囲気が変わる前でも俺っち達には太刀打ちできませんでぇ。
加えて、雰囲気が変わってからは俺っちの部下には強さを把握することすら無理のようでさぁ」
「「…………」」
もう言葉も出ない。ゴブリンキングの部下は極めて優秀だ。悔しいがオストロスの部下よりも優秀だろう。それが、最も戦闘の基本ともいえる強さの把握ができない。どれほど力の差があればそんな状態になるのだろうか。
「それで、オークキングの城を調べたんですがねぇ。捕虜の人間種達を多数見つけまして、対応に困っておりやす。まあ、時機を見て浅域に解放しようかと思っておりやす」
甘いな。オストロスは思う。人間種と魔物は敵同士。言わば水と油だ。決して交わる事はない。他の魔の森中域の王達なら、間違いなく放置していた事だろう。敵の人間達を助けても何の利益もないからだ。
だが、同時にこの甘さにゴブリンキングの部下は心酔しついて行こうと思うのだろう。その気持ちはオストロスも何となくではあったが理解できた。それに、今回はそのゴブリンキングの甘さに感謝せねばなるまい。これで、また、オストロスの秘策の実行性が増したのだから。
「それで、お前の部下は無事じゃったのか?」
エイプキングが躊躇いがちにも尋ねる。魔物は基本個人主義。下手をすれば部下の身の安全も気にしない王もいるくらいだ。他の種族の仲間の存在の身の安全を聞く等通常は考えられない。エイプキングは顔に似合わず優しい魔物であるようだ。
本来、『中域の怪物』と『悪魔』の件がなければ、エイプキング、ゴブリンキングでさえも、オストロスは理解しようとすらしなかっただろう。オストロスは何とも形容しがたい奇妙な感覚に襲われていた。
「ご心配ありがとうございまさぁ。オークキングの城の最下層で見つかりました。ですがねぇ、どうやらドギツイ拷問にあったらしく、瀕死の姿で見つかったんでさぁ。命が助かっただけもうけもんでしょうなぁ。なんせ、地下は死体の山でしたからなぁ」
その後、ゴブリンキングはそのときの様子を事細かに教えてくれた。それはまさに地獄。死体とはもはや言えないぐちゃぐちゃの肉片が辺りに大量にばら撒かれていたらしい。ゴブリンキングの部下の命の助かったのは単に運が良かったからだ。理由は不明であるが、今回の悪魔の興味は主に人間にあり、魔物にはなったのだから。
「そうか。それで部下は動けそうなのか?」
「いえねぇ、傷は俺っちの配下が開発した最高位ポーションでふさがったんですが、意識が戻らねぇんですわ」
「そうか。すまんな。少し聞きすぎたようだ」
「いえ、いえ、構いませんよ。では、話を戻しやしょう。悪魔の脅威は確かに去りやした。ですがまだ中域の怪物がいる。どうしやす?」
ゴブリンキングは力なく微笑みながら、話を中域の怪物に戻す。そうなのだ。まだ、話が振出に戻っただけだ。何も解決はしてはいない。脅威は眼前にあるのだ。
「俺に考えがある。その悪魔を圧倒した人間には理性はあるのか? というか話ができそうか?」
「俺っちも実際に見たわけではないんでぇ、何ともいえない所なんですがねぇ。部下の言葉で言わせてもらえば『性格には著しく難があるが、理性はあるようだ』ですなぁ」
ならば、秘策が使える。というより、これで零に近かった勝率が跳ね上がる。
もっとも、これは最初から秘策と言える程大層なものではなく、ただの玉砕覚悟の特攻に近かった試みだった。だが、『悪魔』や『中域の怪物』と異なり人間に理性があるならば……。
「俺に考えがある。それは――」
ゴブリンキングとエイプキングに秘策について伝えた。二人とも予想の範疇だったのだろう。眉をかすかにも動かさなかった。もしかしたら、ゴブリンキングもエイプキングもこの方法を思いついていたのかもしれない。そして、オストロス達が生き残るにはこの方法しかない事も当然理解していたのだろう。
オストロス達は秘策について計画を煮詰めるべく身を乗り出し話始める。




