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僕と俺の異世界漫遊記  作者: P・W
第二部 建国と変貌編
109/285

閑話 アグレシアの日常 志賀神奈

聖法教国アグレシア 天の塔――第18階層 志賀神奈


「たあぁ!!」


 ロングソード真上から垂直に渾身の力で斬り下ろす。

 ズバッと巨大熊の魔物――ビックベアーの一匹が縦断され慣性の法則に従い左右に割れつつ地面に叩きつけられる。

 志賀神奈(しがかんな)は肩で息をしながらも次の獲物を探すが――。


(う、嘘――もう終わってる? 5匹はいたのに? くそっ! またぁ!)


 神奈は不機嫌に顔を顰める。

 その視線の先には白のローブを着た黒髪の絶世の美女がいた。

 月宮日葵(つきみやひまり)。聖法教国アグレシアが擁する【勇者】の称号を持つ少女。

 この数日で月宮日葵(つきみやひまり)との差が絶望的なほど広がった。

 パーティーのメンバー全員のレベルは10前後で変わりはない。それなのにその力は別次元のものへと変わっていた。

 月宮日葵(つきみやひまり)の能力値は平均20。この20はあくまで平均。彼女の得意な魔法の威力を決定する【魔力】やその魔力を防ぐ力である【魔力耐性】はすでに30を超えている。そのくせ前衛の神奈と【筋力】、【体力】、【反射神経】は変わらない。

 これほどの理不尽があっていいのか。赤城(あかぎ)達はこの事実をすんなり受け入れているようだが、神奈はとてもそんな気分にはなれなかった。


 眼前には第19階層へと続く階段が見える。

 どうやらここで一時休憩となるようだ。確かに既に3時間以上ものぶっ通しの戦闘だ。体力的にも精神的にも皆限界だろう。

 神奈は冷たい石床に背中をもたれつつ、冷めた目で2つの人盛りを眺める。

 一つは勿論、月宮日葵(つきみやひまり)

男性の多数の教国騎士達に取り囲まれている。その輪の中には第一王子のディラン・エイリング・アグレシアも混ざっている。

 《天の塔》は聖法教国アグレシアが管理する最難関のダンジョン。凶悪な魔物や様々なトラップが人間の侵入を拒む。そんな魔境だ。本来、教国の第一王子が来る場所ではない。ディラン王子が来ている理由もその頬を上気した顔を見れば想像するに容易い。

 もう一つが有馬悠斗(ありまゆうと)。日葵同様、女性騎士達に取り囲まれている。


(このクッタクタに疲れてる状況でホントよくやるわね)


 別に皮肉を言っているのではない。これが今の神奈の正直の気持ちだ。ほんの数日前まではあの輪に自分も入っていたのかと思うと自身の馬鹿さ加減に頭を抱えたくなる。

 この異世界に召喚された数日までは有馬が好きだった……のだと思う。今のこの冷え切った気持ちからを鑑みると自信はあまりないが確かに以前の神奈は終始有馬を目で追っていた。

 だがその行為もこの異世界で生活するうちに徐々に少なくなり、最後には全くしなくなった。気持ちが離れたというより端からなかった。実に奇妙だがそんな感覚だ。だから冷めたというより悪い夢から目覚めたという方が正確かもしれない。

 高校一年の頃は確かに有馬とは話す方であったが友達と呼べる間柄ではなかった。友達というよりはクラスで人気を二分するライバル。そう。プライドの塊のような神奈がそもそも有馬にぞっこんなど不自然極まりないのだ。

 神奈の気持ちが明らかに変わったのは2年に進級してから。そもそも、あの時なぜ神奈はライバルでしかなかった有馬と高校1年の頃からの友達と信じ込んでいたのだ? 考えれば考える程、奇妙な事実が浮かび上がってくる。

 相変わらず持ち続けている気持ちは月宮日葵(つきみやひまり)に対する強烈な対抗意識と正体不明の狂わんばかりの憤怒。それは同時に常に自分自身に対しても向けられている。 

 この《天の塔》はご丁寧に各階層に転移装置が設置されており、入口の転移装置とつながっている。

 各階層に設置されている転移装置は《天の塔》の内から外にのみの一方通行ではあるが、5階層ごとに存在する階層主を倒すと解放される特殊転移装置は入口前の転移装置から直接階層主の存在する階層への転移を可能とする。

 騎士団長から今日の探索終了宣言がある。まだ3時間ほどしか探索していない。慎重を期したい気持ちもわからないでもない。だが神奈としてはこれ以上こんなところでちんたら過ごしたくはない。早く力をつけて……。


(……私はどうしたいんだろ?)


 またこの手の疑問だ……訳の分からない焦燥が全身を幾度となく蹂躙する。そしてその焦燥の中身がいつも不明なのだ。

 おそらく慣れない戦闘で疲れているせいなのだろうが、それが今の神奈を突き動かす最も強いお思いだ。

 とは言え一人で冒険ができないのも事実。従うしかあるまい。


               ◆

               ◆

               ◆


「カンナ様」


 城へ戻り、与えられた自室へ戻ろうとすると、背後から声をかけられる。

 腰まで伸びた若干ウエイブがかった金髪の髪に、非の打ち所がない端正な顔。聖法教国アグレシアの第一王女――キャロル・エイリング・アグレシアだ。

 この王女、神奈が有馬に興味を失ってからというもの頻繁に話しかけてくるようになった。この妄想癖のある王女のことだ。神奈が有馬に告白し振られたとの妄想でも抱いているのだろう。

 若干面白がっているきらいがあるが一応神奈を心配しているのは間違いない。だから無下にもできず、面倒だが相手をしている。


「何?」


「カンナ様、お食事でもご一緒にどうかと」


 食事? そういえばもう15時なのに何も食べちゃいない。正直、お腹は空いている。

 だが、この宮廷で食べるのだけは御免被る。ここには彼奴(ひまり)がいるから。彼奴(ひまり)の顔を見ながら食べるなどぞっとしない。

 神奈が日葵を毛嫌いしていることはキャロル王女も知っている。いらない気まで回す王女だ。その配慮くらいはするだろう。しなければ断るだけの話だし。


「私の部屋なんてどうです? 女中に用意させます」


 やはり無駄に気が利く子だ。


「いいわよ。じゃあさっそく行きましょう。流石に腹ペコよ」


「はい!」


 快活に答えるキャロル王女に苦笑しつつ、キャロルの部屋に向けて歩を進める。


               ◆

               ◆

               ◆


「カンナ様は勇者――アリマを好きじゃかなったんですか? 少なくとも数日前まで私にはそう見えました」


(とうとう聞いてきたか……)


 部屋に入るとすぐに有馬について根掘り葉掘り尋ねられる。

 下手に誤魔化して同様の事を何度も聞かれるのは面倒だ。だから正直に思ったことを包み隠さず答える。すると遂にこの問を投げつけられたわけだ。


「数日前までは好きだったんでしょうね……多分」


 キャロルはこの神奈の言葉が当初冗談かと思ったのだろう。目を輝かせて神奈に詰め寄るがそのうち神奈の言葉に偽りないと気付き、当惑を顔一面に浮かべていた。

 

「そんな顔しないで。私は正気よ。でも本当なの。そもそも好きどころか有馬とは友達ですらなかった。言うなればただのライバル」


「……どうやら本当みたいですわね。」


 キャロルが神妙な顔で顎に手を当てつつも何度も相槌を打つ。

 この件に関してこれ以上神奈に尋ねても無駄だ。何より神奈自身がその心をよくわかっていないのだから。

 だから――。


「この話これでおしまい」


 神奈はスプーンでスープを掬い口に含む。

神奈がこの件に関しどうやっても口を開かないと語ったのか、キャロルは首を竦めて優雅にスープを口に含み始める。





「カンナ様は異世界人ショウタ・タミヤをどう思いますか?」


 遅い昼食が終わり、二人でお茶のような飲み物をチビチビ飲んでいると、不意にキャロルから思いがけもしない質問を投げかけられた。


「ショウタ・タミヤ……」


 田宮翔太(たみやしょうた)。クラスの爪弾き者。赤城達に毎日いびりを受けていた軟弱者。神奈はその程度しか田宮翔太(たみやしょうた)について知らない。 


「もし知っていればどのような人物かを教えてくださらないでしょうか?」


 知らないはずなのに自然に口から次々に言葉が吐き出される。それは決して肯定的なものではなかったけど、なぜか無性に懐かしかった。


「やる気がない。協調性が皆無。自己中心主義。不愛想。秘密主義。引くくらい重度のシスコン。それでもって無駄にお節介……」


(あれ? 私今……)


 唯一、『協調性が皆無』といった真実は兎も角、他の事項は神奈が知る田宮翔太という人物に相応しいとは思えない。知ったかぶりもよいところだろう。


「カンナ様はショウタ・タミヤという人物と久しかったのですね?」


 胸で両手を組みながらも目の中にキラキラと眩い幾多もの星を輝かせながら、身を乗り出すキャロル。


「別に久しくなんてないわよ。クラスでも話をしたことなどほんの数回だし……」


 そう。そのはずだ。大体、クラスが一緒になったのも今年が初めてのはず。田宮と接点などあるはずがない。


「また、また~、そんな照れなくても――」


 ドヤ顔を神奈に向けてくるキャロル。今、この能天気なお姫様の頭の中では完璧に神奈と田宮の恋愛事情が渦巻いているのだろう。

だが、その方が寧ろ都合が良い。キャロルは恋愛脳だが、基本常識人。神奈が田宮に興味を持っていると判断すればそれ以上へんな方向からの興味は持つまい。


(ちょ、ちょっと待ってよ。今、私何を考えたの?)


 自身に宿った黒い気持ちに愕然とする。これではまるで神奈が田宮に気があるようではないか。

わからない。自分の気持ちがわからない。有馬の事と言い、神奈は一体どうしてしまったのだろうか。

 思考の海に飲まれていた神奈は次のキャロルの言により現実に引き戻される。


(わたくし)は勇者ヒマリがショウタ・タミヤの事が好きなのではないかと思うのです。その辺はどうなのでしょうか?」


 日葵が田宮翔太(たみやしょうた)を好き? あり得ない。いや、それだけは許さない。あんな虫唾が走る事態(・・・・・・)の原因を作っておいてどこの面を下げてそんなことを言える? 


「それはないわ。田宮翔太についてはこれで終わり。いい?」


 神奈の身に宿る心の鬼がキャロルをギロリと射抜く。キャロルはそんなカンナを見て、暫し目を見開いていたが、無言でお茶を飲み始めた。


               ◆

               ◆

               ◆


 キャロルの部屋を出て神奈は一人で暮らすには広すぎる自室への王宮の通路を歩いていた。

 頭にあるのは自身の不可思議の気持ちについて。

この異世界に来て常軌を逸した事など数えきれないことはあった。

 ――自身の身体を強固に造り変えるレベリングシステム。

 ――天の塔という異世界にしかいない魔物の巣窟。

 ――数世紀時代をさかのぼったのかのような前近代的な体制と文化に科学力。

 その異常も何とか異世界だからという言葉で自身を納得させてきた。

 だが今回の田宮に対する神奈の気持ちについての異常性は『異世界に来たから』との魔法の言葉でも拭えない。有馬への不自然な気持ちの変動といい、何かが神奈の中に起こっている。

 それは本来恐ろしいはずなのになぜか神奈の心は弾んでいた。

 そんな久々の高揚も王宮を出て花が咲き乱れる庭園に足を踏み入れた途端呆気なく吹き飛んでしまう。


「おい、無能! 今日もヒマリ様の足を引っ張りやがって!」


 胸に教国騎士団の紋章が刻まれた鎧を着用した数人の騎士達が一人の気弱そうな金髪の少年騎士を取り囲み罵声を浴びせている。

 鎧を身に着けていなければ一見して女の子にも見えるこの気弱そうな外観。この少年騎士には見覚えがある。天の塔で幾度となく死に掛けてヒマリ達や他の騎士達に助けられていた人物だ。

 もっとも別にこの少年が無能と言う訳ではない。少年は魔法を使えない。故に配置されているのがいつも前衛であり、半強制的に戦闘に駆り出されるからに他ならない。そして、前衛は教国でも騎士団長や副団長クラスが名を連ねる。要するに前衛での新米騎士は少年ただ一人。そういうことだ。

 対してこのいけ好かない騎士達は後衛。第一王子のディラン・エイリング・アグレシアの守護の役目を負っている教国の中でもエリート魔法騎士。

 仮にも王子の護衛を任されているのだ。それなりの腕ではあるのだろう。だが、この騎士達は実際に戦闘に参加しているわけではない。ただ、神奈や少年達前衛が命を懸けての戦闘に挑んでいる間、ボンクラ王子の御守りをしているに過ぎない。魔法騎士だかなんだか知らないが、実際に魔物と直接剣すら合わせてすらいないのならば、魔法などいくら使えても意味などないのだ。


「ごめん……」


 少年は俯き気味に視線を地面に向ける。

 普段なら神奈はこの程度のいざこざなど見て見ぬふりをする。神奈はそもそも自身の真に大切なもの以外興味はないから。

 この日も立ち去ろうとするが、田宮のクラスでの事が脳裏に浮かび足が石のように動かなくなる。そして逃げるようにこの場を去る自分自身に抑えきれない憤怒を覚える。

 だから、遂口を出してしまった。


「やめなさい」


「これはカンナ様。別に私達は――」


「黙って去りなさい」


 神奈は腰に携えている剣の柄に手を触れる。それを見た騎士達は例外なく頬を引き攣らせる。


「君達何をしている?」


 不意に背後から声をかけられる。

 眼球だけを動かし確認すると、今この教国アグレシアで有名な3人が姿を現した。

 それは第一王子のディラン、有馬悠斗(ありまゆうと)、そして神奈が世界で最も嫌いな人物――月宮日葵(つきみやひまり)だった。

 

「何もしちゃいないわ。行くよ」


 少年に一声かけてスタスタと歩き出す。ついてこなければそれまでだ。その際は自身でこの状況を切り抜けてもらおう。


「は、はいっ!!」


 裏返った声を上げつつも少年は神奈の後ろをついてくる。


「カンナ様、ありがとうございます」


 暫くして金髪騎士の少年はペコリと頭を神奈に下げる。別に感謝されようとしてやったことではない。これは単なる神奈の自己満足。だから無視して自室への帰路に着く。凍てついた心が少しだけ溶解したような気がした。



 自室へ入るとベッドにダイブし瞼を瞑る。

 正直さほど眠くはない。ただこのとき神奈は無性に夢が見たかった。いや違う。夢を見なければならない。そんなあり得ない使命感のようなものが神奈をつき動かしていた。

 突如、凄まじい睡魔が神奈を襲いその意識は微睡の旅へとゆっくりと沈んでいく。

 

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