第四章 「星、堕(お)つる」 八話
--和泉国。
涛速川の河口に張られた加夜軍の陣幕の中で、重症を負った建加夜彦は床に伏していた。
胸を射貫いた矢傷は相当の深手で、しかも急所をかすっている。薬も思うように効かず、軍に従っていた大巫女の祈祷もあまり功を奏さなかった。
幕内で建加夜彦を見守る重臣達の間に、沈鬱な空気が満ちる。重たい静寂の中、突如あるはずのない声が響いた。
「--父様!」
叫び声と共に、忽然と斐比伎が現れる。
「……姫っ!? どうしてここに--」
重臣達は驚愕し、内部は騒然となる。
「--ああもう、説明はあとよっ」
斐比伎は重臣達に構わず、まっすぐ建加夜彦の枕元へと駆け寄った。
「父様!? 斐比伎です。父様のもとへ戻ってきました。わかる? 眼を開けて!」
斐比伎は必死に、建加夜彦に向かって呼びかける。苦しげに喘いでいた建加夜彦は、しばらくしてうっすらと眼を開けた。
「おまえか……」
「そうよ、父様」
「まったくお前は、いつも突然に現れる……」
建加夜彦は斐比伎を見上げながら、弱々しく苦笑した。
「……初めてお前を拾ったときもそうだった」
「父様?」
「……お前を救いに行こうとして、この様だ。……斐比伎、どうやら、俺はもうあまりもたないらしい……」
「やめてよ父様!」
父の言葉を遮るように、斐比伎は叫んだ。 握った拳が震える。瞳から涙がこぼれ落ちた。
「--ねえ、どうしてこんなことになるの。みんな大和のせいなの!? 大和が悪いのね、そうでしょ!」
「……斐比伎」
建加夜彦は手を伸ばし、俯いて嗚咽する斐比伎の頭を撫でた。
「……いつか、言わねばと思っていた。初めてお前と逢った時の事を。何故、俺がお前を『吉備の姫』としたのか、その真実を。今を逃せば、もう語る時はあるまい。……お前達」
後方に控えた吉備の重臣たちを見渡し、建加夜彦は言った。
「……お前達もよく聞け。……これは、吉備の行く末全てに関わることだ……」
言って建加夜彦は目を閉じる。大きく息を吐き出すと、彼はゆっくりと語り始めた。
「……俺は今でも、鮮明に覚えている。……あの日……あの、皐月の晦に起こった、神しきことを……」




