第四章 「星、堕(お)つる」 七話
星川の叛乱に加夜王が援軍を送った事が発覚した直後、斐比伎は牢へ引き立てられた。
『あなたはもはや日嗣の妃ではない。ただの謀反人の娘だ』
斐比伎に向かい、磐城はそう言い放った。
……その時の、冷然とした瞳。あの眼を見ればわかる。
彼は斐比伎に対して、ひとかけらの愛情も抱いてはいない。ただ、都合よく利用できる人質として。そのためだけに、斐比伎を自分のもとへ置いたのだ。
残酷な現実は斐比伎の心に鋭い傷をつけたが、彼女はあえてそこから眼を背けた。
今、最も気にすべきなのは、そんなことではない。
斐比伎が一番心を痛めていたのは--父・建加夜彦の安否だった。兵を挙げたという、父。大王軍と戦っている建加夜彦は、いったいどうなっているのか。戦況の行方は--。
「父様……無事でいらっしゃるの……?」
牢の中で一人、斐比伎は膝を抱えて呟いた。
『……知りたいか……?』
その時突然、牢の中に低い声が響き渡った。
ほのかに光を放ちながら、半透明の青年の姿が浮かび上がる。
「あなたは……若日子建……!」
斐比伎は驚いて小声で叫んだ。
牢の中に突如出現したのは、磐座に封じられた神剣の守人である神霊・若日子建だったのである。
慌てて周囲を見回すと、先刻まで厳めしい顔で見張りをしていたはずの男達が、皆眠りこけていた。
『戦況は思わしくない。加夜軍は和泉の河口で足止めを食ったまま、大王軍に押されている。建加夜彦は敵の矢を受け、深手を追った』
「なんですって!?」
斐比伎は叫び、蒼白となった。
『……このままでは命が危ない』
「そんな……父様が……」
斐比伎は床に手をつき、力なく呟いた。
あまりの衝撃に、言葉も出てこない。
そんな斐比伎の様子を見下ろしながら、若日子建は言った。
『建加夜彦のもとへ行きたいか?』
「あたりまえよ!」
斐比伎は顔を上げて即答した。強い黒瞳が若日子建を射貫く。
『……では、我が手を取るがいい』
若日子建は、斐比伎に向かって左手を差し出した。
「……助けてくれるの?」
『そなたの望むところへ、連れ行くことはできる』
「どうして、って聞いたら、答えてくれるのかしら」
『我には我の理由があるが。そなたの問いは、この場においてさほど重要なものではあるまい』
「……そうね。一番大事なのは、今すぐ父様のもとへ行くことだわ。--わかった」
斐比伎は決然と言い、若日子建の手に己の手を重ねる。
--次の瞬間、彼女の姿は牢の中から消失した。




