↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳴神の娘  作者: かざみや
PR
27/51

第三章 「吉備の反乱」 十話

「ただいま、父様! 心配かけてごめんなさい」

 建加夜彦の前に座り込むと、斐比伎は頬を真赤に上気させて言った。

「斐比伎、本当にお前か? よく無事で……大丈夫なのか?」

 建加夜彦は驚きながら、突然戻った娘をまじまじと見つめた。

 久々に父に会えた喜びで目を輝かす斐比伎は、どこにも弱った様子などなく、むしろ以前の彼女よりも逞しくなったように見える。

「ええ、大丈夫よ、父様」

 斐比伎は元気に言った。

「そうか、それならいいが……。お前は一体いままで何処にいたんだ?」

「えっと、それは……話すと少し長くなるんだけど……そうだ、それより父様の方はお元気だった? 里の皆も変わりない?」

 斐比伎は一瞬ためらったが、すぐに明るい顔で話題を変えた。

「--いや、俺は、大丈夫だがな……」

 建加夜彦は言葉を濁す。その刹那、父の瞳に落ちた陰を、斐比伎は敏感に感じ取った。

「なに? 何かあったの?」

「うむ……」

「--姫」

 父娘の会話に、突然留玉が割って入った。

「実は、今、吉備は大変な事になっております」

 老いた留玉の真剣な表情に、斐比伎はただならぬ気配を感じ取った。

「どうしたの。一体何がおこったの」

「--留玉」

「いえ、王、わしに言わせてくだされ。姫、実は……」

 建加夜彦の制止を振り切り、留玉が一同を代表して斐比伎に事の次第を説明した。


「……と、いうわけですじゃ」

 留玉は手短に話を終えた。その間、斐比伎は真剣な面持ちで老人の話に聞き入っていた。

「……そう。そんな事になってたなんて……」

 先刻までの明るい表情とは一変し、斐比伎は沈鬱な様子で溜め息をついた。

 自分が呑気に山で修業している間に、吉備がそんな危機を迎えていたとは。--しかも、この局面の行く末は、自分の肩にかけられているのである。

(……どうしよう。私は、どうすればいいんだろう)

 吉備の姫として、加夜王の娘として。

 一体自分は、どのように選択すればよいのか?

「……斐比伎」

 考え込む娘に、建加夜彦が声をかけた。

「……父様。父様の、ご意見は?」

「お前の望むようにしなさい。どんな答えであろうと、俺は全力をもってお前を支える」

「--王!」

「黙れ」

 非難の声をあげかけた長老は、建加夜彦の鋭い一瞥を受け、すぐに黙り込んだ。

「……私。私は……」

 斐比伎は目を閉じ、僅かな時間でいろいろなことを考えた。

 吉備の事。加夜の事。……優しかった父。「姫」である自分。--そして、大和の皇子。

(磐城の、皇子さま)

 斐比伎の眼裏に、一度だけ出会った皇子の桜花のような姿が浮かんだ。

 --あの、儚くも、麗しい人。

 印象的で、忘れられない大和の皇子。あの皇子の、妃となる。この自分が……。

(あの方が、私を望まれたのかな……)

 考えると、心の底に何か痛いような感覚が走った。吉備を去る悲しみとは、また違う。けれど、単純な喜びでもない。

 形容しがたい、この気持ち。この感覚を、なんと呼べばいい?

「--父様。使者の方へのお返事は、いつまでにしなくてはならないの?」

 眼を開けて、斐比伎は言った。

「……明日だ」

「そう」

 斐比伎は父を見上げて、晴れやかに笑った。

「では、このように申し上げて。--斐比伎は、大和へ参りますと」

 斐比伎は迷いのない口調で告げた。

「……斐比伎」

「大丈夫よ、父様。私は望んで大和へ行くの。……これは、私の意志なの」

 斐比伎は真摯に父を見つめる。その清冽な瞳に、ためらいはなかった。

「--わかった。だが、斐比伎、覚えておくがいい。何処へ行こうと、お前は俺の娘だ。俺はいつでもお前を思い、お前の力になる。……忘れないでくれ」

 建加夜彦は、言いながら斐比伎の黒々とした髪を撫でた。

 その力強くて、優しい手。幼い頃から、幾度こうやって慰められたろう。

 大好きだった、父。もしかしたら、二度とこうして近くで甘えることは出来ないかも知れないけれど……。

「……ええ、父様。忘れない。絶対に、忘れないわ」

 滲む涙をごまかすように、無理に晴れ晴れとした笑顔を作って、斐比伎は明るく呟いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。