第三章 「吉備の反乱」 九話
吉備、加夜の里。
王の御館の一室では、数日前から、建加夜彦と一族の主だった重臣や長老達が、談義を繰り返していた。
「……しかし、もともとは前津屋王の――下道の不手際でしょう。その責を、何故この加夜が背負わねばならぬのです」
重臣の一人、犬飼が忿懣やるかたない、という表情で言った。
「前津屋王は老齢じゃ。姫たちもすでにいい年になっておるし、孫となっては男ばかり。
……あの一族には、差し出すに相応しい、めぼしい姫がおらぬ」
自らも老齢と呼べる重臣、留玉がぼそりぼそりと呟く。
「……確かに」
こちらはまだ若々しい重臣、楽々森が頷いた。
「吉備王族の姫で、年齢的にいっても、磐城の皇子にもっとも相応しい姫となると、斐比伎姫となりますが……」
言いながら楽々森は建加夜彦の方を伺った。中央に座した建加夜彦は、無言のまま憮然とした面持ちで部下達のやりとりを聞いている。
大和からの使者が斐比伎の妃入りを求めてきてから、すでに数日がたとうとしている。その間、王の御館では毎夜激しい談議が繰り広げられていた。
従うべきか、はねつけるべきか。吉備の誇りと、戦になった場合の損失。大和との関係。吉備五氏族の均衡。
あらゆる可能性についての、さまざまな意見が交わされた。皆が望んでいるのはただ一つ。吉備にとっての、最も良い解決方法だ。
異論は数あれど、結局大勢は一つの結論へと傾いていった。最も諍いが少なく、平和的な方法へ--。
「……しかし」
渋面のまま犬飼が言った。
「我らが妃入りを受け入れるとしても、肝心の斐比伎姫が行方知れずでは……」
火影に照らされた室の中に、重たい空気が満ちる。一番の問題は、それだった。
大和の宮殿内で忽然と姿を消して以来、斐比伎の行方はようとして知れない。
建加夜彦は忍族を使い、全力をあげて捜索していたが、手がかりは一向に掴めなかった。
ただでさえ不安が高まっていたところへ、今回の使者がきた。突然に矛先を向けられた加夜は落ち着きを無くし、建加夜彦は不快感と心労で苛立ちがちになっていた。
「……俺は……」
陰欝な表情で、建加夜彦は重たい口を開く。
その時、回廊の向こうから激しい足音が聞こえ、扉が突然に開かれた。
「王、大変でございますっ!」
供部が、血相を変えて飛び込んでくる。それを見て、建加夜彦は軽く眉をしかめた。
「--なんだ。今は、大事な話し合いの最中だ。報告なら、後にしろ」
「そ、それが、斐比伎姫がお戻りに……!」
「なんだと!?」
叫んで、建加夜彦は腰を上げる。室の中が、一斉にざわめいた。
「それで、斐比伎はどこに……」
「父様っ!!」
歓喜の叫び声と同時に、突然斐比伎が中へ飛び込んできた。




