第三章 「吉備の反乱」 七話
「資格……?」
問い返す斐比伎の前で瞳を伏せ、若日子建は感情のない声で言った。
「この祠のどこかに、『扉』を開く『鍵』がある。……それを探せ」
「鍵ですって……?」
困惑したように呟きながら、斐比伎は祠の周囲を見回した。
祠には、手前に一つだけ扉がある。しかし、そこには鍵などついてはいなかった。
「なによ、鍵なんて、どこにもないじゃない……」
苛々しながら、斐比伎は呟く。
「落ち着くのじゃ、斐比伎」
少彦名は、そんな彼女を諭すように言った。
「慌てずに、よく視よ。……安心せい。成長したお前には、扉を開く資格が必ずある。落ち着いて、しっかりと視るのじゃ」
「視る……?」
少彦名に励まされ、斐比伎は祠を凝視した。
立ち尽くしたまま感覚を研ぎ澄まし、身体の裡を空っぽにする。
指先まで、髪の先までを鋭敏にする。全てを受諾するために。真実を、見抜くために――。
「……あ」
不意に、斐比伎は瞳を見開いた。
一つの思念が、確信をもって彼女の中に浮かび上がる。
「嘘だわ。鍵なんてない。扉なんて、ない。……この祠は、まやかしよ!」
斐比伎は確固たる口調で言った。
恐れることなく、守人の若日子建を見据える。
「……その通り」
若日子建が呟くと同時に、祠の幻影が消えた。
斐比伎達の眼前に、巨大な苔むした岩が現れる。
「――磐座……?」
「そうじゃ」
斐比伎の肩の上で、少彦名が頷く。
磐座は、社が建てられるようになるずっと以前の時代に人々が神を祀っていた、神聖なる祭祀場である。
彼らの眼前にあると見えた祠はめくらましに過ぎず、真に存在していたのは、この磐座なのであった。
苔むした磐座には太い注連縄がかけられ、その上には二本の神剣が据えられている。
「……あれが、ご神体なの?」
「そうさ」
そう言うと、五十猛は大股で進み出て、磐座の奥の方に置かれてあった長い神剣を手に取った。
「……これが、十拳剣。――俺の剣さ」
五十猛は十拳剣を掲げ、惚れ惚れと見入った。
鞘におさまった銀色の十拳剣は片腕よりも長く、柄の部分に黒葛を多巻きしている。
「今一つは、娘、そなたのものである。手にとってみよ」
若日子建が厳かに命じた。
「私……?」
「斐比伎、大丈夫じゃ」
ためらう斐比伎を少彦名が励ます。
斐比伎はゆっくりと歩み出て、磐座の上に置かれた神剣に目を落とした。
柄の部分は美しい翡翠色で、細かな紋様の細工が施されている。こちらの神剣に鞘はなく、透明な刀身がきらめいていた。
「綺麗……」
呟きながら、斐比伎は神剣を手に取る。
その瞬間、斐比伎の頭の中に、鮮明な映像が浮かび上がった。




