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「ごめん、待たせた」

放課後、進路資料室の引き戸を開けた俺はパイプ椅子につく雛姫を見つけた。

他に誰もいないのをいいことに、ズカズカ大股で室内に入りこんで隣の席につく。


くっそ、担任の野郎。

ちょっと4時間目までサボっただけだってのにHR終わったとたん、首根っこつかんで職員室まで連行しやがって。

30分近くノンストップで説教されて雛姫にメールもできなかった。

かわりに彼女から「進路資料室にいる」ってメールが届いていていて、説教後に走ってきた俺だ。


「ううん。成山君が航平君は担任に拉致られたってメールくれたし――午前中サボってたから叱られたの?」

「そぅ。大学受験には学力だけが必要じゃない、とか、おまえは部活動もやっていないんだから普段の素行がものをいう、とかネチネチと……もーまいった。二時間サボったくらいなら保健室にいたっつっても通ったんだろうけどなぁ~」

「航平君、普段はちゃんと授業に出てるしサボると目立っちゃうんだと思う」


くすくすと笑う雛姫は開いていた資料をパタンと閉じる。

ファイルの背表紙に大学リストと書かれていた。

「もういいの?」

「うん。家政学科がある大学をもう一度見直してただけだから」

「志望校決めてたじゃん?」

「そうだけど……航平君の志望校に家政学科がないかなぁって思って――やっぱりなかった」

へへと笑う雛姫がファイルを手に立ち上がろうとしたけど、俺は押しとどめるように彼女の肩を押さえた。

窓を閉め切ったぬるい部屋で、数秒間だけ二人の影が重なる。


「また真っ赤んなるし」

「こここ……ここ航平、く……」

「ニワトリかっ。なんていうか、あー……俺と同じ大学いきたいみたいなこと言われたら――こう……胸にきたんだよ」

「だ、だだからって――」

「しょーがないじゃん。可愛いって思ったんだから」

「でも、でも、い、いきなり――」

「断ってからしろって?無理だから――つか、舌は入れてな……」

バコっと俺は雛姫にファイルでどつかれた。


「いってぇ!」

「それ以上言ったらいくら航平君でも殴るから!」

「もう殴ってるっ!!うっわ、ファイルふりあげんなって。タンマ」

雛姫の持つファイルを取り上げ息をついた俺は、彼女が泣き出したためぎょっとした。

「えぇ?なんで!?そんなに嫌だった?」

ぶんぶんと雛姫が首を振る。

嫌じゃないならなんで泣くんだ。

いきなりすぎたのが駄目なのか?

ムードとか?

う、俺そういうの自信ねーぞ。


「びっくりした!……けど嫌じゃないから困るの。わたし馬鹿になっちゃう。受験生なのに~~~」

はぁ?

また言ってる意味が俺にはさっぱりわかんね。

「雛姫……雛?俺にもわかるように話して」

「航平君のことしか考えられなくなったら勉強に集中できなるなるでしょ?だから航平君でいっぱいになるようなことしちゃだめっ」


……イマナンテ言イマシタカ?


拗ねたような顔で俺を見つめる雛姫に一瞬返事ができなかった。

「俺、雛姫といたら死ぬ気がする」

心臓ってこんなに暴れるもんなのか!?

「えっ?」

「もうなんか勝てる気しねーわ」

計算とかなんもなく、こんなこと素で言えるような相手だぞ?

確実に俺、この先振り回されるだろうなぁ。

しかも受験生の間は手を出すなって言われたし……これだって本人無自覚で言ってるよな。


「んーと、できるだけ善処する。けど適度のスキンシップは大目に見てください」

こう言ってしまう俺は大概雛姫にはまってる。

まあでもかなり曖昧な言い方になってるのは絶対手を出さないとは言い切れないからだ――ってのは胸に秘めておく。

俺は雛姫の目尻に溜まる涙を指先で拭うのにかこつけて彼女の頬にも触れた。

そのまま髪を撫でても雛姫は逃げない。

たぶん俺に下心があるのをわかってないんだろう。

俺も男だし好きな子に触れたい。

でもあまり長くこのままいるのは変だよな。


俺は彼女の頭をくしゃりと撫でて手を離した。

「高校卒業した後のこと、もしかして雛姫は不安なわけ?」

「え?」

「毎日顔合わせないと別れるとか思ってる?」

「そういうの、不安じゃないって言ったら嘘になるけど、それよりも航平君と同じ大学でいろんなことを一緒にできたら楽しいだろうなって思ったの」

先のことなんて誰にもわかんねーし、それを今から不安に思われてたらどうしようかと思ったけど――そうじゃないなら良かった。


「あー……それは俺も残念。でも別れるとかってのは俺あんまし思わないな」

「どうして?」

「たぶん続けるのにはお互い努力が要るんだろうけど、そこさえ気をつけてれば俺、雛姫んこと嫌いになる気がしないんだよなぁ。あ、でも雛が俺のこと嫌いなったらわかんねーか」

「わたしも嫌いにならない」

「そっか。じゃ今みたいに俺たちのことちゃんと話してたら大丈夫じゃね?」

即答されて内心喜ぶ俺の言葉を聞いた雛姫がふふと小さく笑う。


「航平君といるとうじうじ悩むことなくなりそう」

「なんか俺って悩みがなさそうに聞こえる。俺でも悩むことあるぞ」

「前向きだなぁって言ってるの」

「前向きって言われたらそうなのか?俺、どうなるかわからないことをぐだぐだ悩むのって苦手。そうならないように頑張ってる方がいいだろ?」

俺の言葉を聞いた雛姫はさらに笑いが増した。

「そうだね」


頷く彼女の指が俺に伸ばされる。

触れる寸前、一瞬動きを止めたけど、

「叩いてごめんなさい」

俺の頭を優しく撫で離れた。

もうちょっと撫でてくれてていいのに。

そんなことを頭の片隅で思いながら雛姫に笑いかけると、彼女もまた微笑を返してくれた。

「帰る?」

「うん」



学校をあとにして駅までの道のりを二人並んで歩く。

俺がポツリ話すと雛姫が返事をし、またしばらくして彼女がしゃべると俺がこたえる。

いつもそんな感じでどこか淡々とした雰囲気だ。

そのことに俺は不満はないけど、つきあって間もないときってもっとテンション高くないだろうか?


「マンネリカップルってこんなか?」

って知らねーけど。

「え?」

「あ、や……俺らフツーだなぁと思って。もっとつきあい初めって緊張感漂って、並んで歩くだけでドキドキするっつうか」

「航平君といるとわたしドキドキしてるよ?緊張だってしてるけど最初の頃より落ち着いたっていうか――でもこれってマンネリになってくんじゃなくて、二人でいるのが自然になってくってことじゃないかな……とか言ってみたり」

話すうちに恥ずかしくなったのか雛姫は俺から目をそらして頬を染める。

とっさに俺は掌で口を覆った。


そこで照れないでほしい。

雛姫が照れると俺もつられるし、そういうときだいたい可愛いこと言われてるからニヤけてしまうんだ。

自分の彼女を見てニヤける俺って変態か?

「笑わないで。自分でも語っちゃったってわかってるから」

俺のニヤケ顔を普通の笑いと勘違いしたらしい雛姫は少し拗ねた素振りを見せた。

人を疑わないその純粋さは俺にはないし、そう言われるとちょっと後ろ暗い。


「いいじゃん。自然になってくっていうの、言われてみたらそうかって思った」

「嘘つき。まだ顔が笑ってるもん」

「これは雛が可愛いなぁと思って笑ってるんです」

「敬語が嘘くさいのっ!」

からかうとムキになるのが病み付きになりそうだな。

ぷ、と俺は噴出してしまった。



たぶん俺たちはこれでいいんだろう。

だって俺は雛姫といると楽しいし幸せなんだ。

他と違うと比べたところで他の奴らだってそれぞれ違う恋愛をしてる。

同じものなんて一つもないんだし。


「雛姫、受験勉強の合間にデートしような」

俺がこう言うと怒っていたはずの雛姫がこくんと息を飲み込んだ。

「するっ!」

そして俺が目を奪われるほどの可愛い顔で笑った。


ああ俺、雛姫のことが大好きだ。



(おわり)


これで「嘘つきは誰だ」は終了となります。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

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