第五話「百一円で売った」
「ない」
瑠倫ちゃんが言った。
渾沌ちゃんは箱を閉じた。
「ないね」
「ない」
次の箱を開ける。
剣。
三本。
靴。
片方。
瓶。
七本。
全部、中身が違う色。
小さな竜。
寝ている。
「これじゃない?」
「違う」
竜が片目を開けた。
渾沌ちゃんを見る。
あくび。
また寝た。
蓋を閉める。
「何探してるんだっけ」
「青い杖」
「どんな?」
「青い」
「それしか聞いてないよ!」
瑠倫ちゃんは棚の上にいた。
高さ四メートル。
梯子は使っていない。
棚板へ片足を掛け、上半身を箱の山へ突っ込んでいる。
「長さは?」
「これくらい」
腕だけ出てきた。
両手の間。
一メートルくらい。
「何に使うの?」
「雨を止める」
「すごいじゃん」
「半径三メートル」
「傘でいいじゃん」
「じゃから使わんのじゃ」
奥から声。
箱が一つ落ちてきた。
渾沌ちゃんが避ける。
床へ落ちる寸前、箱が羽ばたいた。
そのまま倉庫の奥へ飛んでいく。
「今の何!?」
「知らん」
「知らないもの収納しないで!」
「拾った時は知っとったと思う」
瑠倫ちゃんが棚から降りた。
落ちた。
途中でふわりと止まり、着地。
「こっちではないのう」
「何個箱あるの?」
「数えたことない」
「棚は?」
「増やしたからのう」
「どれくらい?」
「覚えとらん」
渾沌ちゃんは倉庫の奥を見た。
棚。
棚。
棚。
曲がり角。
その向こうにも棚。
天井近くには、何に使うのか巨大な船の錨が吊られている。
床には半分だけ石になった鞄。
誰かが飲みかけたような瓶。
蓋に『開けるな』と書かれた箱。
その上に、別の字で『ほんとに』。
さらにその下へ、
『瑠倫ちゃんへ』
と追記されている。
「これ誰が書いたの?」
「さあ」
「開けた?」
「もちろん」
「なんで!?」
「名指しじゃったから」
「中身は?」
瑠倫ちゃんが少し考えた。
「忘れた」
渾沌ちゃんは箱から離れた。
*
探し始めて一時間。
青い杖は見つからなかった。
代わりに。
空を飛ぶ椅子。
触ると昨日の気温が分かる石。
一度だけ壁を柔らかくする釘。
喋る帽子。
何も映らない鏡。
自分を映すと三秒だけ若返る鏡。
相手を映すと三秒だけ魚になる鏡。
魚を映すと何も起きない鏡。
が見つかった。
「鏡多くない?」
「一時期集めとった」
「なんで?」
「鏡が多い世界に行った」
説明になっている気がしてしまう。
瑠倫ちゃんが次の箱を引き出す。
重い。
床へ置く。
金属が擦れる。
蓋を開けた。
光が漏れた。
渾沌ちゃんが覗く。
「わ」
中に。
剣が一本。
白い。
刃そのものが淡く光っている。
柄には細かな金色の模様。
箱の内側には赤い布。
今までの雑多な道具とは、明らかに扱いが違う。
「これ、すごいやつ?」
「うむ」
「どれくらい?」
「国が一つ潰れた」
渾沌ちゃんの手が止まった。
「これのせいで?」
「これを取り合って」
手を引っ込めた。
「そんなの雑に置かないでよ!」
「箱に入れとるじゃろ」
「そういう意味じゃない!」
瑠倫ちゃんは剣を持ち上げた。
刃が倉庫を照らす。
近くの瓶が光を返す。
寝ていた小竜が目を開けた。
「何ができるの?」
「よく切れる」
「それだけ?」
「たぶん」
「国一つ!」
「物より欲しがる奴の方が危ないこともある」
瑠倫ちゃんは刃を眺めた。
懐かしむでもない。
嬉しそうでもない。
ただ。
「あったあった」
くらいの顔。
箱へ戻そうとして。
止まった。
「あ」
「青い杖?」
「違う」
瑠倫ちゃんは剣を持ったまま歩き出した。
「どこ行くの?」
「ちょっと待っとれ」
「何するの?」
景色が消えた。
瑠倫ちゃんだけ。
渾沌ちゃんは倉庫に残された。
「……え?」
遠くで。
『開けるな』の箱が。
ことん。
少し動いた。
渾沌ちゃんは見なかったことにした。
*
十五分後。
瑠倫ちゃんが戻ってきた。
手ぶら。
「剣は?」
「やった」
「え?」
「やった」
「誰に!?」
瑠倫ちゃんは別の棚を探し始めた。
「摩天ちゃん」
渾沌ちゃんは固まった。
「今の!?」
「うむ」
「国一つ潰れたやつ!?」
「剣で国は潰れとらんぞ」
「そうだけど!」
「摩天ちゃんなら使えるじゃろ」
「そんな軽く!?」
「重かったぞ」
「重さの話じゃない!」
瑠倫ちゃんは箱を一つ開ける。
中から大量の紙吹雪。
ぱん。
二人の頭へ降る。
「違うのう」
蓋を閉める。
渾沌ちゃんは髪についた紙を払った。
「待って待って。あれ、宝物じゃないの?」
「道具じゃ」
「すごく珍しいんでしょ?」
「珍しい」
「もう手に入らないとか?」
「たぶん無理じゃな。あった国もないし」
「じゃあなんであげるの!?」
瑠倫ちゃんの手が止まった。
振り返る。
本当に質問の意味が分からない顔。
「わし、剣あまり使わんから」
「でも持ってたじゃん」
「持っとったな」
「コレクションでしょ?」
「うむ」
「じゃあ大事じゃないの?」
瑠倫ちゃんは少し考えた。
棚へ寄りかかる。
「大事じゃぞ」
「なら」
「じゃが」
棚から紙吹雪が一枚落ちた。
瑠倫ちゃんの鼻へつく。
取る。
「持っておくことと、大事にすることは別じゃろ」
渾沌ちゃんは黙った。
瑠倫ちゃんは紙を丸めて投げた。
外れた。
「摩天ちゃんが振った方が面白い」
それで話は終わったらしい。
また箱を開け始める。
渾沌ちゃんは少し考えてから、後を追った。
*
問題は。
三十分後に摩天ちゃんが来たことである。
剣を持って。
「返す」
瑠倫ちゃんが箱から顔を上げた。
「なぜじゃ?」
「貰う理由がない」
「使えるじゃろ」
「使える」
「なら持っとけ」
「高価すぎる」
「値段は知らん」
「そういう話じゃない」
「そういう話ではないのか?」
二人が見つめ合う。
渾沌ちゃんは少し離れた棚の陰から見ていた。
摩天ちゃんは剣を差し出す。
瑠倫ちゃんは受け取らない。
「これはあなたの収集品だろう」
「今は摩天ちゃんのじゃ」
「受け取るとは言っていない」
「渡した」
「置いていっただけだ」
「拾ったなら摩天ちゃんのじゃな」
「返す」
「いらん」
「私もいらない」
「困ったのう」
全然困っていない顔だった。
瑠倫ちゃんは懐を探った。
財布。
小銭。
何枚か数える。
「では百円」
摩天ちゃんの眉が動いた。
「何が」
「売る」
「私が払うのか?」
「そうじゃ」
「なぜ私が」
「無料が嫌なんじゃろ?」
「そういう問題では」
「百円なら買えるじゃろ」
「値段の問題でもない」
瑠倫ちゃんが首を傾げる。
「では十円」
「下げるな」
「一円」
「だから」
「困ったのう」
楽しそうだった。
摩天ちゃんは剣を持ったまま、こめかみを押さえた。
「……あなたは、これがどれほどの物か理解しているのか」
「国が一つ潰れた」
「理解しているではないか」
「よく切れるぞ」
「それも聞いた」
「似合っとる」
「それは関係ない」
「大事じゃぞ」
摩天ちゃんが黙る。
瑠倫ちゃんは剣を見る。
摩天ちゃんを見る。
もう一度剣。
「百一円」
「増えた」
「さっきより価値が上がった」
「一円だけ?」
「今、摩天ちゃんが持っとるからの」
渾沌ちゃんは吹き出した。
摩天ちゃんがこちらを見る。
隠れる。
遅かった。
*
結局。
百一円になった。
摩天ちゃんは財布から硬貨を出した。
百円。
一円。
瑠倫ちゃんの掌へ置く。
「これでいいのか」
「毎度あり」
「後で返せと言っても返さないぞ」
「返さんでよい」
「壊しても知らない」
「道具じゃからな」
「失っても」
「また探しに行く理由ができる」
摩天ちゃんが止まった。
瑠倫ちゃんは百一円をポケットへ入れた。
「それに」
剣を指す。
「わしが倉庫へ置いとけば、箱の中で光るだけじゃ」
摩天ちゃんの手が柄へ触れた。
「摩天ちゃんが持てば」
瑠倫ちゃんが笑う。
「何か切るじゃろ」
「危ない言い方しないで!」
渾沌ちゃんが棚の陰から出た。
摩天ちゃんは小さく息を吐いた。
「試し斬りくらいはする」
「ほれ」
瑠倫ちゃんが嬉しそうに渾沌ちゃんを見る。
「面白くなった」
*
その日の夕方。
青い杖はまだ見つかっていなかった。
代わりに。
箱が十二個開いた。
小竜が三回場所を変えた。
空飛ぶ椅子が天井から降りてこなくなった。
『開けるな』の箱が二メートル移動していた。
そして。
瑠倫ちゃんは突然言った。
「あった」
渾沌ちゃんが振り返る。
「杖!?」
「いや」
瑠倫ちゃんがポケットから百一円を出した。
机に置く。
「これ」
「それ摩天ちゃんからもらったお金でしょ」
「うむ」
「なくしたと思ってたの?」
「忘れとった」
瑠倫ちゃんは百円玉と一円玉を指で転がした。
「写真撮っとこ」
「お金を?」
「今日のじゃからな」
カメラ。
ぱしゃ。
「それも写真庫に入れるの?」
「うむ」
「剣より?」
瑠倫ちゃんは少し考えた。
「剣の写真もあるぞ」
「そうじゃなくて」
「剣は摩天ちゃんが持っとる」
百一円を摘まむ。
「こっちは今日しかない」
渾沌ちゃんは机を見る。
たった二枚の硬貨。
国一つが争った剣より。
どう見ても安い。
瑠倫ちゃんは写真を取り出した。
裏へ書く。
『百一円』
少し考える。
その下。
『摩天ちゃんに剣を売った日』
「それ、百年後も残すの?」
「もちろん」
「剣の方が歴史的じゃない?」
「そうかの?」
瑠倫ちゃんは写真を眺めた。
「剣を拾った日は一人じゃったから、あまり覚えとらん」
写真を箱へしまう。
「今日は覚えとると思う」
渾沌ちゃんは返事をしなかった。
倉庫の奥。
何千、何万あるかも分からない道具。
名前を忘れたもの。
使い方を忘れたもの。
国が消えても残ったもの。
その真ん中で。
百一円の写真だけが、新しく増えた。
「あ」
瑠倫ちゃんが立ち上がった。
「今度こそ杖?」
「思い出した」
「どこ!?」
「貸した」
「誰に!?」
「分からん」
「思い出してないじゃん!」
「貸したことは思い出したぞ」
「誰に貸したか思い出して!」
瑠倫ちゃんは腕を組んだ。
「青い杖じゃろ?」
「うん」
「雨を止める」
「半径三メートル」
「うむ」
しばらく考える。
「あれ」
「なに?」
「傘でよくないか?」
渾沌ちゃんは。
倉庫を見た。
一時間半。
箱。
紙吹雪。
鏡。
小竜。
剣。
百一円。
全部を思い返した。
「最初に言ったよ!」
瑠倫ちゃんの笑い声が、棚の向こうまで飛んでいった。
END.




