4話 少し煮詰まってしまった話
「………ぐあぁぁまじか〜〜」
博物館のバックヤードでイーサンの落胆の声が響き渡った。
なんでも、彼女が博物館を辞め惑わせの森に隣接する新しい街で開拓騎士団の特別顧問の役を担ってしまったからだ。
そんなの聞いてないぜ。
「何のためにオレ……ここまで来たと思ってんだよ……」
「しょーがないでしょ。噂じゃ皇帝陛下直々のご命令らしいわよ。まぁアルバならそういうの言われても普通に信じられるけど」
「そうなんだよなぁ……そこなんだよなぁ……アルバさんなら命じられる資格あるんなぁ」
イーサンもジーンも共に大きなため息を吐く。
エースガイドが居なくなって仕事が増える減るの話だからではない。
今まで一緒に仕事をしてきた仲間が突然全く知らない場所へ旅立ってしまう寂しさのため息だ。
「………そんで?脚本家イーサン氏の進捗はどうなのよ」
「は!?なんでジーン知って!」
「あんたねぇ……バックヤードでコソコソ書いてそのままノート出しっぱなしで出てったの何回あると思ってんの?気になって読んでるの、私だけじゃないからね」
「…………まじか〜〜〜〜」
両手で顔を覆い天井を仰ぎみたイーサン。
実の所、ここ最近煮詰まっている。
全然続きが降りてこない。
また一つため息を吐いたイーサンはカバンに手を伸ばして、ん、とノートをジーンに押し付けた。
ジーンはパラパラとノートをめくっていくが途中で手が止まる。
「どうしたのよ全然じゃない」
「エリーを誘拐させたまではいいけど、オレ犯罪者じゃないから全然文章浮かばなくて。今手伝ってもらってる人にも待ってもらってる」
「そう……あんたが犯罪者だったらそれはそれで怖いけど」
「やめてくれ縁起でもねぇこと言うなよ」
「でもそうねぇ……」
「おい返事しろよ」
「……ねぇ、今の私たちってダン様やエリーのお父さんと同じ状況じゃないかしら」
ジーンに言われてはたと気づく。
たしかに実際の彼女は誘拐されるわけじゃないけど遠くに行ってしまう。
居場所は分かってても簡単に手出しはできない。
ダンは伯爵、モンテルストは公爵。
イーサンやジーンたちは庶民、連れていくのは伯爵で騎士団長。
手出しも口出しも難しい立ち位置だ。
「そう、だけど……オレはエリーを助け出して欲しいんだよ。いくら俺の妄想でもリアリティはあってほしいから無茶苦茶な救出劇は嫌だ」
「本物の脚本家みたいなこと言うのね」
「脚本家じゃねっつの。オレは……ちゃんと書きたいんだよ」
イーサンは大きく伸びをしてバックヤードから出ていった。
残されたジーンはノートに何かを走り書きしてイーサンのカバンの中に突っ込んだ。
一ヶ月後、新天地に向かう彼女への送別会が開かれた。
この一ヶ月の間に色んなことを仕込んでもらった。
ガイドたる者、こうあれかしと。
もうこの声も、この可愛らしい笑顔も、メガネの下でキラリと輝く蜂蜜色の瞳も、美しい銀髪の中に光る一筋の蜂蜜色の髪も、簡単に見られなくなってしまう。
縁もたけなわ、送別会の解散が近づいてきた頃。
「あのっアルバさん!」
「なぁに、イーサン?」
「あのっ……えっと……」
思い切り呼び止めておいて次の言葉が続かない。
でも彼女は静かに待っていてくれた。
そういうとこ、優しすぎるところが好きだった。
「オレは、小さい頃に貴女にガイドしてもらったから、今ここにいます。オレだけじゃない、ここにいるヤツらのほとんどがそうだ」
送別会の参加者全員がイーサンの言葉に耳を傾け、小さく頷いている。
「正直ずっと……ずっと一緒に博物館で働けると思ってた……でも、どぉして……お願いだ、お願いします……行かないで」
だんだん涙声になっていく。
ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちてしまう。
酒のせいだ、こんな情けない姿なんて。
「……ごめんなさい。みんなの気持ちは、イーサンの気持ちはずっと分かってたよ」
「!じゃあどうして」
オレたちを、置いていってしまうんだ?
「私がいなくても博物館は大丈夫って思ったから。遠征のお手伝いでいなかった五日間、怪我して休んでた二週間、招聘でいなかった六日間……その間みんなは来館されたお客様に丁寧に向き合ってたんでしょ?私がいない間のことは全部ベッキオ館長から聞いてるよ」
彼女は傷痕が残る左腕を撫でながら笑った。
少し冷たい夜風がイーサンの後ろから吹いて彼女の前髪をふわりと浮かび上げた。
眼鏡越しに蜂蜜色の瞳が満月のように煌めいている。
「アルバさん」
「ん?」
「オレは……貴女の事が好きです」
「……うん」
「一緒に仕事ができる日々が本当に幸せでした」
「……うん」
「初めて会った時から全然変わらない姿なのが気にならないくらい大好きです、だから……だ、から……」
イーサンの握りしめた拳に優しく暖かい手が添えられた。
力んだ指をひとつずつ解いて、掌に残った爪の後を優しく撫でてくれた。
「ありがとうイーサン……君の気持ちに答えてあげることはできないけど、一つおまじないを贈るね」
そう言ってイーサンの手を両手でつつみ、優しい子守唄を歌うような声音で囁いた。
「誰かを想うその優しい心が、イーサンの世界を彩ってくれるよ。このガーベラの花のように」
イーサンの手の中でカサッと音がした。
驚いて手の中を見るとピンク色のガーベラの花が掌の中で咲いている。
「これ……!」
「しーっ……みんなには内緒、イーサンだけ特別ね」
暖かい手が離れていく。
その手を追いかけようと手を動かすが、途中で辞めた。
これが、執着だ。
モンテルストと同じになってはいけない。
彼女はみんなに手を振って帰っていく。
その姿は涙で歪んで、まるで妖精が月夜に飛んでいくように見えた。
「………ありがとう……お元気で」
◇◇
ダンは普段着の襟を少し弛め、腰に剣を下げた姿でエリーと家族が営む花屋にやってきた。
しかし異様な雰囲気に包まれた店に思わず中に飛び込んだ。
「親父さん!何が………エリーは?エリーはどうした?」
「……ローラー公爵が……エリーを無理やり連れていったんだ……私のものに手を出した報いを受けろって言い残して」
ダンの中に激しい怒りがこみ上げる。
腰に下げた剣がカタカタと音を上げるほど握った手に力が入り、気がついた時には店を飛び出して外を走っていた。
外で別れた騎士仲間のジョージが走り去るダンを慌てて追う。
「ダン!?どうしたそんなに慌てて!」
「エリーがローラー公爵に連れてかれた!今から乗り込む!」
「はぁっ!?なんでそんなことに」
「僕が知りたい!着いてこいジョージ!」
訳も分からぬままジョージはダンと共に大通りを走り、中央広場から少し奥まった所にある簡易厩舎で愛馬に乗り、ローラー公爵邸宅へ向かう。
騒ぎを聞きつけた巡回中の仲間たちも馬に乗り後を追いかけてくる。
「悪い報せだダン!ローラー公爵は私兵を配備し終えてる!」
「ハッ!それじゃあ自分が悪いことをしてますって周りに言いふらしてるようなもんじゃないか!相手が格上だろうが関係ない、このまま突っ込む!」
ダンは腰に下げた剣を抜き、鋒を目の前に見えてきたローラー公爵邸宅へ向けた。
連れ戻す、絶対に……!
◇◇
送別会から三ヶ月程経った。
休暇を取ったイーサンは自宅のベッドの上で寝転がり、天井を見つめていた。
博物館は良くも悪くも忙しく、ノートに殴り書く時間がなかった。
ノートの端に、ジーンの応援メッセージが書かれていたのは救いだった。
デュルガーからキャスティングの依頼が来ていたから、それだけは応えなければ。
でもまったく筆が乗らない。
「……はぁ〜〜〜……」
完全にお手上げだ。
オレだって彼女を博物館に連れ戻したいのに。
そこへコンコンと窓を叩く音が聞こえた。
イーサンは身体を起こし窓を見ると、一羽のオレンジ色の鳥が小さな嘴で窓を叩いている。
「おーいおい、そんなとこ叩いたらお前の大切な嘴が傷ついちまうだろ〜?」
イーサンは窓を開けた。
小鳥はパタパタと羽搏き、首を傾げてイーサンをじっと見る。
「……?なんだよ、どうし」
「ヴィクトリアがイーサンくんを呼んでるよ。初めて会ったカフェに集合!」
小鳥は高くも低くもない声で人語を話すとパタパタと飛んでいってしまった。
呆気にとられたイーサンは我に返ると急いで服を着替える。
ヴィクトリアが直接会いたいと魔法で伝えてきたのには何か理由があるはずだ。
イーサンはリュックサックにノートとペンを詰め込み、窓と扉の鍵を閉めカフェに向かって走る。
ウィルト市は昼下がりだというのに静まり返っていた。
それもそうだ、ここ最近魔法石を濫用した犯罪が横行していて、みんな警戒して家の中に引きこもっているからだ。
そんな中を敢えて呼び出すヴィクトリアは鬼か何かだろう。
イーサンは息を切らせながらカフェの中に走り込んだ。
ほぼ貸切状態のカフェ店内一番奥でヴィクトリアが手招きしている。
「ヴィク、トリア、さん……」
「ごめんねイーサンくん。直接会って話すべきだと思って呼び立ててしまったよ」
「……、何か、あったんすね?」
「察しが良くて助かるねぇ……いいかい?よく聞いて」
ヴィクトリアは小柄な身体をさらに小さくしてイーサンに耳打ちする。
「イーサンくんのイメージ通りの事が起こりそうなんだ。アンタさんの思い描く物語が、ただの恋愛物語じゃなく、世俗風刺になってしまうんだよ」
リュックサックから取り出したペンが手からこぼれ落ちて床で音を立てた。
世俗風刺……?
冷や汗がどっと吹き出て背中を伝う。
どこかのすごい作家がこう言っていたのを思い出す。
"現実は小説より奇なり"
「じゃあ何すか?……オレが書いたように、あの人は……」
ヴィクトリアは首を縦に振るだけだったが、答えはそれで充分だ。
「イーサンくんの物語のような事態が起こった場合、もれなくそれに続く事態もそのまま起こる。アンタさんは……今後どんな状況になったとしても、この物語を書き切る覚悟はある?」
ヴィクトリアの目は真剣だった。
今帝国を守る魔法騎士団を率いる団長の目だ。
ヴィクトリアをそこまで言わしめる何かが起ころうとしているのだろうが、一体何が起ころうとしているんだ。
「……オレは……」
イーサンは開いたノートをなぞる。
オレは、どうするべきなんだろうか。




