3話 とんでもない協力者の話
◇◇
花飾りの祭りの日。
エリーは朝早くから花飾りを売るために開店の準備を進めていた。
色とりどりの花飾りを見に、たくさんの女性がやってくるはず。
どの人にもそれぞれの想いがあって、花飾りにその想いを乗せるのだから、似合うものを提供したい。
エリーは店内のディスプレイにもかなりこだわり、気に入ったもの、購入したものをすぐに髪や胸に着けられる様に鏡もセットした。
彼女なりの心遣いである。
パタパタと慌ただしく準備をしていると、開店前にも関わらず扉につけた来客を報せる小さな鐘がカロンカロンと音を立てた。
「ん、申し訳ございません。お店はまだ……」
「これらの花飾りをすべて買い上げてやるから私と共に来てくれるね?」
入ってきた男は貴族特有の傲慢さを見せつけながら、こちらの話を聞く素振りもせずエリーの腕を掴んだ。
「いや!離して!」
「騒ぐな。君の大事な家族がどうなってもいいのかな」
男は顎で合図を送ると、厳つい体の男二人が店先で作業していたエリーの父親を抱え、首と心臓にナイフをギラつかせて入ってきた。
「父さん!……父さんは関係ないでしょ?!あなた一体何がしたいの!」
「関係ない?君がずっと私を放っておいたくせにその言い分はないだろう?」
「何を仰っているのか全く理解できません」
「すぐに分からせてあげるよ」
男はエリーの腕を強引に引っ張り外へ出ると、待たせていた馬車に押し込みそのまま乗り込んだ。
「あぁそうだ、ダンによろしく伝えたおいてくれないか。私のものに手を出した報いを受けろ、ともな」
馬車はそのまま街の大通りをガラガラと音を立てて走っていく。
行先はこの街を牛耳る公爵・モンテルスト=ローラーの邸宅だった。
◇◇
彼女が皇帝陛下に招聘されたという報せは、博物館で働く全員に衝撃を与えた。
昨日、仕事をしていたら急に帝国騎士が入ってきて彼女はどこだって聞いてきた。
帝国騎士団は国内で悪さをした奴を捕らえて審判所まで連れていく役割を担っていることは知ってる。
だから慌てて彼女を隠そうとして見つかって、ただ手紙を届けに来ただけだったけど凄く怖かった。
手紙を届けに来た帝国兵からオレを庇ってくれた彼女がなにかに怯えているようだったのを覚えてる。
ベッキオ館長がこっそり教えてくれたのは、彼女を手中に収めたい大きな権力が働いているんだということ。
だからそれを物語に入れようと思った。
「……だとしてもでこのモンテルスト=ローラー公爵は分かりやすすぎる。ルーラー選帝侯のことだろ?」
「やっぱり安直っすかね……エリーのモデルの人に届けられた手紙のシーリングがルーラー選帝侯のものだったのは覚えてたんで、思いついちゃったんすよ」
昼下がりのカフェテラスで昼食を取りながら、イーサンとデュルガーは共同作業に没頭していた。
「まぁまだ物語は完結してないし世の中に出回ってる訳でもない。イーサンくんがそう登場人物に名前をつけたのなら、暫くはそのままで行こう。名前なんて、あとで決め直せばいいさ」
「……モグ、むぐ……ところでデュルガーさん、今日会わせたい人がいるって言ってましたけど、どなたなんです?」
「ん〜なんていえばいいのかな……その人、ちょっと言えない立場の人でね、でもうちの演劇が好きで魔法演出のアドバイザーになってくれてるんだよ」
「なんでそんな人とオレを会わせるんすか」
「イーサンくん前に言ってただろ?ダンのリアリティがないから騎士ってどんな生活してるか気になるって」
「言いましたけど……ってことはその人……」
「なになに監督殿、アタシさんの悪口言ってんの〜?」
デュルガーの背後にヌルッと現れた、白のローブに身丈を超える杖を持った小柄な女性は、ニヤニヤと笑いながら割って入った。
「やぁヴィッキー、お休みのところ悪いね。ちょうど君の紹介をしようとしてたところなんだけど」
「あ、そうだったの?ってことはアンタさんがイーサンくん、だね。初めましてアタシさんはヴィクトリア、魔法の研究をしててデュルガーくんとこの劇団の魔法演出補佐をしてる」
小柄な女性・ヴィクトリアは椅子を引っ張ってきて座り、イーサンの前に手を差し伸べた。
イーサンは戸惑いつつもその手をとると、ブンブンと握手された。
「んで?イーサンくんは騎士の何が知りたいって?」
「え、ちょっと待ってください、ヴィクトリアさんは魔法の研究をしてるんすよね?なんで騎士云々分かるんすか」
イーサンの疑問にヴィクトリアはちょいちょいっと手招きして声を小さくして応えた。
「アタシさんね、大きい声じゃ言えないんだけどさ、一応魔法騎士団の団長をやらしてもらってるんだわ。弟はイーサンくんの物語のダン様のモデルさんと一緒に仕事してるから、色々教えられるわけさね」
「まほっ……ダンっ!?」
「あっはっはっ!君面白いね!博物館にこんないい子いたの?」
椅子から転げ落ちそうになったイーサンを指先の魔法一つで助けたヴィクトリアは笑い泣きした涙を拭いている。
デュルガーは慣れているのか驚きもせずミルクティーを飲んでいた。
「……ま、そういう事だイーサンくん。強力な協力者、だろ?」
「強力過ぎっす……」
「褒め言葉としてもらっとくね〜。さて、何から聞く?答えられることなら何でも答えちゃうよ」
なぜかウキウキしているヴィクトリアに慄きながらも、イーサンは自分の知らない世界に足を踏み入れた。
ダン、彼のモデルになった騎士は、イーサンが思い描いているよりも外堀を埋めていきたい派らしい。
今回の招聘もボディガードを担いつつ、一緒に皇帝陛下に謁見することになっているんだそうだ。
惑わせの森での功績を認められたとはいえ、一般庶民が直接皇帝陛下に会うことは近年稀に見る異例中の異例で、そこに一つ噛んでいるのが、やっぱりルーラー選帝侯。
「アタシさん的には、イーサンくんのイメージ通りだと思うんだよね。あのルーラーのお坊ちゃん、ガイドさんにえらく執着してるっぽいんだわ」
「どうしてそう?」
「いやね、今の仕事をしてるとどうしてもあちこちに目や耳を生やさなくちゃいけなくてね?そこから見たり聞こえたりするのさ……最近の坊ちゃんは口を開けば"博物館のガイドさんが〜"ってな具合なのよ」
ハァ、と大きなため息を吐いたヴィクトリアは頼んだアイスティーを口に含み、喉を潤して続ける。
「どうも昔にガイドさんのお世話になったことがあるらしくてね……多分イーサンくんはまだ生まれてないかバブちゃんだった頃の話だよ。そっからずーーっと気にかけてたんだとさ。あ〜ヤダヤダ、男の執着ってのはほんと見るに堪えないよ」
「………だとしたら、オレがこのまま思ってるイメージ通りに書いちゃったら、イメージダウンしちゃうっすよね」
「その辺は今は心配しないでいいよ。イーサンくんの好きなように書いてくれたらそれでいい」
「でもそれで劇団の人たちが、デュルガーさんが訴えられたりしたら」
「逆にそれをやると本当ですって認めちゃうことになるからやらないと思うな〜アタシさん的には。だーいじょうぶだいじょぶ!いざとなったらアタシさんのとっておきで助けてあげるよ」
いや、笑顔でそんなこと言われても。
しかしイーサンの中で何か覚悟のようなものが決まったような気がした。
ルーラー選帝侯には申し訳ないが、彼に自分の彼女に対する想いを吐いてもらおう。
そしてオレは彼女を応援する側に完全に移行する。
「……スゥー、デュルガーさん、ヴィクトリアさん」
「なんだい?」 「ん〜?」
「オレ、このモンテルスト公爵のこと、コッテコテの悪役ポジションにして書きます。ダンとモンテルストで取り合う三角関係はちょっと気色悪いんで、モンテルストの想いは絶対に届かないし、なんなら勘違いだし……そんな流れで行こうと思います」
「……いいと思うよ。私も全力でその後押しをさせてもらうよ」
「アタシさんも賛成賛成〜。リアリティが欲しい時はいつでも言って!協力するから」
正直怒られるかと思った。
でもそれを面白いと言って協力してくれる二人には感謝しかない。
スっとヴィクトリアは手のひらサイズの小さな紙を出してした。
よく見ると文字や記号がビッシリ描かれている。
「?ヴィクトリアさんこれは?」
「これね、真ん中の三角印に指を置いて三回トントントンって叩くと、なんとアタシさんとお話ができちゃいます」
「……はい?」
「遠隔通話魔法って呼んでるんだけど、まぁ要するに遠方にいる人と声のやり取りが出来ちゃう魔法陣なのさ。困ったことがあったり、騎士さんのことでわかんない事があったら連絡してね」
ヴィクトリアは席を立ちテーブルにアイスティー代を置くと、じゃあね、と杖に乗って文字通り飛び去っていった。
嵐のような人だ。
「彼女、すごいでしょ」
「………すごいで括れないっすよ」
「それは私も思うけどね。さて、イーサンくん。もうひと踏ん張り書いてから解散しようか」
「はいっす」
イーサンはノートとペンを広げ、プロットを書き上げていく。
ヴィクトリアに聞いた事、自分が思い描く登場人物の想いをまとめ、綺麗でなくても伝わる文章になるように。
◇◇
エリーは押し込まれた馬車の窓から外を覗きみた。
街は花飾りの祭り一色で、あちこちに花やオーナメント、フラッグが飾り付けられ、その中を歩く人々はみな笑顔に溢れていた。
それなのに。
「ハァ……君はどうして私を見てくれないのかな」
背後で呟くねっとりとした声に恐怖を覚える。
エリーはこの声が大嫌いだった。
忘れたかった。
「君が私の庭の花を手入れしてくれていたからあんなにも綺麗に咲いていたのに……ほら、見て?」
指さされた先は悲惨な状態だった。
花は枯れ、葉も茎も茶色く変色し、虫に食われたまま何年も放置されている有様。
エリーは思わず窓から目を逸らした。
「また君の手で美しく咲かせてくれるよね?約束したんだ、忘れもしないよ」
モンテルストはエリーの顎をクイッと持ち上げ怯える顔をまじまじと見つめる。
「何かお困り事があれば頼ってください……だったよね。さぁ、私は今庭の花が枯れてしまって困ってるんだ。君の手で、グリーンフィンガーと言わしめるその力で、私のために尽くして?」
狂気に塗れた瞳はエリーを捕らえて離さない。
──ダン様……助けてください、ダン様っ!
エリーは心の中で叫び続けた。
この祈りが届くことを信じて。
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