2話 まさかの人に見つかった話
◇◇
"それは、運命の出会いだったのかもしれない"
エリーは街に繰り出す度に出会う騎士にいつしか心惹かれていた。
しかしエリー本人はそれを恋だと気づいていない。
いや気づいていないふりをしているのかもしれない。
エリーはかつて恋焦がれた相手がいたが、流行病で二度と会えぬ人になった辛い過去がある。
しかも今、心惹かれているのは自分と身分が全く違う、伯爵の騎士。
自分はただの花屋を営む庶民。
新たな恋に目覚めたとしても、二人を分かつ身分差の壁がそこにはあるのだ。
「エリー、もうすぐ花飾りの祭りの季節だね。僕は君と一緒に花を選びたいんだけど、どうかな」
「それは……嬉しいお話ですが、もっと相応しいお相手がいらっしゃるでしょう?それに私は花飾りを売る側の人間です。ダン様に……何か不都合があってはいけませんから」
エリーは仕入れの花を抱きしめ、ぺこりと頭を下げてその場を去った。
これでいい、と自分に言い聞かせながら。
◇◇
「……うーーん?なんか違う……」
休憩中のバックヤードでイーサンは悩みながらペンを走らせていた。
イーサンから見た彼女はたしかに奥手で、遠慮がちで、本当にそんなお誘いがあったら理由をつけて断りそうではあるのだが。
「ダンの解像度が低い、のかな……」
「何の解像度?」
「お゛わっ!!?」
背後から声をかけられたイーサンは椅子から落ちた。
「わー!ごめんねイーサン!怪我はないかい?」
「だ、だだだい、大丈夫です館長。ゴシンパイナク」
「うん、すごいカタゴト。休憩中にごめんね、今日の午後のシフトなんだけど、マチルダちゃんが風邪引いちゃって来られないから2時間だけ長く入ってもらってもいいかな?」
「全然問題ないっスよ。入ります入ります」
「ありがとうね、イーサンは本当にいい子だ」
ベッキオ館長に褒められてついウヘヘと奇声を発しそうになるのを我慢して、イーサンはそのままバックヤードから出ていく。
「あっイーサン忘れ、もの……?ちょーっとごめんよぉ?」
ベッキオ館長はイーサンが置いたままにしていったノートをパラパラとめくり始めた。
読み進める度に口元がにやけていく。
「へぇ〜?イーサンにはこんな素晴らしい才能があったんだねぇ……でもモデルさんたちの名前がまんますぎてバレちゃうかもね〜」
ベッキオ館長は何も見なかった様にノートをソッと閉じてテーブルに置き、鼻歌混じりにバックヤードを出ていく。
◇◇
「やっぱり僕は、君と祭りに行きたいんだ」
ダンは花飾りを仕込むエリーに手を差し伸べた。
エリーは作業の手を止めてダンに向き合い、丁寧に梱包された花飾りを手に取る。
「何度も申し上げているのに……私は市井の身、伯爵のあなたには相応しくないとあれほど……」
「相応しい、相応しくないは僕が決める!だからこの手を取ってほしい」
エリーは手に取った花飾りでダンの真剣な眼差しを遮り、小さく応えた。
「………今回、だけですよ」
ダンの表情はプレゼントをもらった子どものようにキラキラと、あどけない笑顔へと変わった。
エリーはその様子に驚きと、ダンのどこか幼さを感じてしまった。
──騎士様は、まるで早く大人にならなくてはいけなかったのかしら……
「エリー……エリー?」
「……!ごめんなさい、何かおっしゃいましたか?」
「いや、少しボーッとしてたから気になっただけだ。改めてお礼を言わせてくれ。ボクの手をとってくれてありがとう、この花飾りを買って君を飾ってもいいかな」
「騎士様の仰せとあれば」
「騎士様、はやめてくれないか。ダンと呼んで欲しい。あと敬語もいらないよ」
「……さすがに身分の差がありますので……ダン様」
ダンは少しむくれた顔をしたが、名前を呼んでくれたことが嬉しくて敬語のことはそれ以上何も言わなかった。
「では祭りの日の昼過ぎに、君のお店へ迎えに行くよ」
「はい、お待ちしておりますダン様」
「あぁ楽しみだ」
二人のやり取りを少し遠くで馬車の中から覗いている影があった。
影は親指の爪をボロボロになるまで噛み、恨めしそうにその光景を眺めている。
「私が先に見つけたのに」
影はそう呟くと馬車を静かに走らせた。
◇◇
「………あのぉ……そのノートは……」
「ん?あぁすまない!展示資料をもらったんだが何か手違いがあったみたいでね、このノートが封筒に入っていたから届けに来たんだ。君のかい?」
イーサンはその日、自分の妄想を詰め込んだノートが無くなっていることに気づき、ずっと探していた。
風邪をひいたスタッフの代わりに2時間だけいつもより長く仕事をして、ようやく終わったとバックヤードに戻ってきた時には無くなっていたのだ。
私服に着替えてあちこち探していたところに、見覚えのあるノートを手に持った男性が受付の前で立っていたのを発見、声をかけた次第だ。
「オレの、ノート……」
「そうだったのか、すまない中を読んでしまった」
「いえ……その……すみません」
「どうして謝るんだい?私は面白くて甘酸っぱくて、でもどこか現実味があって、最近流行っているどの恋愛小説や舞台よりもいい作品だと思ったよ」
「……え?」
「あぁ、自己紹介がまだだったね。私はデュルガー、演劇団"春告鳥"の舞台監督兼脚本家だ。今新作を考えていてね、古代遺跡を探検する冒険譚を書こうと思って博物館の館長さんに色んな遺物の資料を貰いに来たんだけど……それよりも面白いものを見つけてしまったよ」
デュルガーはイーサンの右手を掴み、ぎゅっと固く握手する。
「唐突で申し訳ないが、君のその物語をうちで表現してみないかい?」
「………はい?」
なんてこった。
こんな絶対ありえない事が起こるわけがない。
誰だ、誰がオレを笑い者にしようとしてるんだ?
「いやいやいや!ダメっすよオレはただの妄想を書いただけっすから!演劇団"春告鳥"って皇帝陛下の前でも上演するくらいすげー劇団だって、全然演劇観ないオレでも知ってます!」
「……君、名前は?」
「イーサン……です」
「イーサンくん。君のこの物語は本当に妄想なのかい?」
当たり前だ、と言おうとしたが言葉が喉に詰まってすぐに答えられなかった。
目の前にいる人はどこまで見抜いているのだろう。
「私もね、たくさんの恋愛舞台を作ってきたさ。恥ずかしながら、自分では経験していない恋愛はモデルがいて、その人とバレないように脚色を加えた。君のこの物語は私が描きたかったものが詰まっている」
デュルガーはイーサンの手を握ったまま頭を下げた。
「イーサンくん……私と一緒にこの物語を完成させて、恋愛舞台の新しい扉を開いてほしい」
なんてこった。
ここまでされたら断る方が馬鹿らしくなるじゃないか。
「……デュルガーさん、オレ、全然書き方とか知らずに殴り書きしてるだけなんで、色々教えてほしいです」
「もちろんだとも。一緒に、素晴らしいものを作りあげよう」
こうしてオレの妄想を書き散らした物語は、とんでもないことに巻き込まれて行ったんだ。
今思えば、こうなることを仕組まれた感じもするけど、そんなのはどうだっていい。
オレの想いはありえない形で残ってしまうのだから。




