1話 すべてのはじまり
彼女が突然、開拓騎士団の行程に随行することになった。
何でも皇帝陛下直々の勅命で、逆らうことはできないらしい。
人気者ってそんなことまでしなくちゃいけないのか。
「1週間、うちのエースガイドが不在になるけど、みんななら大丈夫。いつも通りやっていこう」
「はい!」
ベッキオ館長がいつも通り穏やかにミーティングを終えると今日の仕事が始まる。
あの人がいないとやっぱり来館者は減る。
それは仕方ない、だってあの人の人気で成り立ってるもんだから。
「ねーねー」
「お、どうかしましたか?小さなお客さん」
「あのね、これ、ぼうしのガイドさんに」
小さい女の子がピンクの紙袋をズイっと出してきた。
母親らしき女性も申し訳なさそうに頭を下げた。
事情は知らんが、あの人はまた一つ徳を積んだらしい。
「……はい、お預かりしますね。ちなみにですが、お菓子だったり生ものだったりは……」
「お菓子はお菓子なのですが、焼き菓子ですので日持ちしますわ。それとこの子のお手紙が一通ですの」
「承知致しました。きっちりとお渡ししておきますね」
「ありがとーガイドのお兄ちゃん!」
小さい腕をブンブン振って帰っていく女の子に少しキュンとしつつ、ピンクの紙袋をバックヤードに持っていく。
先にバックヤードにいた受付スタッフのジーンとぶつかってしまった。
「ごめんジーン」
「んーん大丈夫……ってまた追加かぁ」
「また?……うげ」
ジーンがまた、と言った。
バックヤードには既に幾つもの"帽子のガイドさん"宛の荷物が預けられていたのだ。
「イーサン、これ1週間もつと思う?」
「どうだろうな。入り切らなくなったら館長のとこ持っていこうぜ」
「そうね」
この時はまだあの人の凄さに驚く余裕はあった。
いつからだろうか、そんな余裕もどこか彼方に消えてしまったのは。
五日後、イーサンは博物館の締め作業をしていた。
閉館時間だと言うのに馬車の車輪の音が博物館の前で止まった。
「はいはい今日はもう閉館で……」
「……ただいま、イーサン」
目の前に現れたうちのエースガイドは額と頬に傷をこさえ、左腕を三角巾で吊った状態で帰ってきた。
は?なんでこんな傷だらけになってんの?
騎士団お前ら何してたんだよ!?
焦りを飲み込みながらイーサンはベッキオ館長がいる館長室に飛び込んだ。
「べ、ベベベッキオ館長!」
「どうしたのイーサン、ノックもせずに。ダメだよ」
「アルバさんが帰ってきたんすよ!傷だらけで!」
バキッと何かが割れた音がした。
よく見たら館長愛用のお高そうな万年筆が粉々になっていたのを見て震えた。
館長を怒らせるのは絶対にやめよ。
その後のことは正直覚えていない。
開拓騎士団の団長のことを庇ってるあの人を見て、この五日間で何かあった事は察した所までは覚えている。
しかしどうやって締め作業を終えたかも、家に帰ったのかも覚えていない。
どれだけアプローチしても振り向いてくれなかったあの人は、ぽっと出の騎士団長様に振り向いてしまったのが相当ショックだったらしい。
「……イーサン、顔色悪いよ?休みな」
「だいじょうぶ……仕事しないと逆に辛くて」
「それ一番体に悪いから。ほら、ちょっとバックヤード下がって休んできな!」
同じフロア担当のスタッフに無理やりバックヤードに押し込まれて椅子に座る。
ふとテーブルの上を見ると、誰かの置き忘れだろう小説が一冊。
「……"あなたへの愛をこの手記に乗せて"………!これだ……!」
出会ってしまった一冊の恋愛小説。
平凡な庭師の青年が庭の所有者である富豪のご令嬢に恋心を寄せるが、身分差の恋は実らない悲恋小説だ。
その中で青年は伝えられない想いを手記に綴り、物語は進む。
そうだ、オレもこの想いをノートに吐き出せばいいんだ。
叶わなくてもいい、届かなくてもいい。
ただオレがあの人のことをどれだけ好きだったか、応援したかったかを形に残せればそれでいい。
イーサンは仕事終わりに文房具店へ足を伸ばした。
買うのはノート一冊と黒インクと長く書いてても疲れなさそうなつけペン。
家に帰ってきたイーサンは晩ご飯を片手にノートにインクを落としていく。
「──これは、一人の一般女性が街で出会った騎士と愛とは何かを確かめる物語」
自分は登場しない。
あの人の本当の恋も知らない。
でもこうなって欲しい、こうあって欲しいというオレの妄想と愚痴が混ざったフィクションを描こう。
「主人公の名前は……ちょっと捩ってエリーにしよ。騎士はダンでいっか、今は」




