坂路
今年は色々ありましたね。JRA史上初の女性騎手のGI勝利、クラシック二冠達成。そして春古馬二冠達成。さあ、三冠目どうなるんでしょうか。
元人間として馴致はスムーズに終わらせる。人に馴れるも何も元人間だし、コミュ障でもないのでどもることもない。
ここの牧場は故郷と比べると大きく違うことがある。それは芝だ。とにかく軽い。
産まれてすぐ、もふもふとした力が吸収される芝を体感し、「これがかの日本のホースマンの悲願を阻んできた洋芝」かと感動したものだ。
それとは質が違うのだ。野芝だ。大地を蹴れば地面に力が伝わる。軽い。重りを外したみたいだ。
しかし、もしレースが野芝だとすると、これまでと感覚の修正が必要だぞ。これまでの感覚でいたら無駄に脚の力を入れすぎてしまう。ロスが発生した分スタミナやエネルギーが減る。1200mという長距離で走るのなら、このロスは致命的だ。ひたすら野芝で走るとしよう。
幼少の頃から多種多様な走り方を試した訳だが、やはり俺には歩幅が小さく回転率が高いピッチ走法が合っている。
超短距離であればサラブレッドより速いとされるクォーターホース。それは圧倒的な脚の回転率の速さにある。一秒に三ストライドほどじゃなかっただろうか。流石に自分で走りながら、一秒とストライド数を数えることはできないので、自分のピッチがクォーターホースに達しているかは分からない。が、ピッチ走法で他馬を千切れているので今は良しとする。
俺がレースまでに自発的にすべきことってなんだろうか。次から次に議題が出てくるが、元人間というアドバンテージは考えることだ。俺は走るとき以外は頭を動かすと決めている。
そんなことを考えていると俺の目の前を、バッテバテの馬が人に連れられて歩いていった。
そうだ。スタミナ管理だ。スタミナ管理といってもバテないためではない。ゴールで出しきるための管理だ。
俺は常々競馬ゲームでステータス上は勝っているのに最終的に差しきれず負けるという展開にイライラしていた。スタミナが切れてバテているならまだしも凄い末脚で差しきっt······れないのは騎手の追い出しが遅いのではと。
なら馬側が最後のゴール板、1000なら1000、1200なら1200ピッタリでガソリンを使いきるように走れれば、前が詰まったりしない限り勝てるレースで負けるなんてことは起きないはずだ。勝てるレースで負けないための策というわけ。
うーん、やっぱりそう考えると逃げたいよな。一番強い戦法は逃げだと俺は思っている。他馬の影響を受けない、騎手とラップタイムの戦いだ。
脚質とは基本的に逃げ、先行、差し、追い込みの四つに分かれたレース中の位置取りのこと。逃げが先頭に立ち、その後ろで先行がタイミングを図り、その後ろで差しが隙を狙い、その後ろで追い込みが脚をためる。それぞれに弱点が有り、馬や騎手、調教師にも得意不得意がある。
トップスピードに乗るのが速いクォーターホースとしては逃げ、それも後ろを大きく突き放す大逃げが良い。
ゲートが開くと同時に後ろを突き放し、ゴールでガソリンが尽きるように調整して走る。これが俺の理想のレース運びだ。
そのためにスタミナが可視化されるくらいスタミナ管理のトレーニングだ。昨日の今日では効果でなくてもとにかく続けよトレーニング。
ある日、牧場スタッフに乗られて移動していた。
関係者の振りされたら誘拐犯でもぼーっと着いてっちゃうななんてことを考えていたら、ビニールハウス型の見覚えのない建物が。
馬らしく耳を立て前に向け、不安そうに首をキョロキョロする。
入り口から中に入ると······坂路だコレ。
足場はウッドチップ、勾配はそこまでキツくなさそうだな。見ても全然分かんないけど。
牧場スタッフに腹を足で押されたので歩き出す。走っても良い?ダメ?
走ろうとしたら手綱を引かれたので素直に歩く。自認気性難ではないのでな。
うん、歩くだけなら平気だな。それにしても結構長いんだな。4ハロン(800m)くらいか。
馬になって数百日、馬の視界にも慣れた。ハロン棒からハロン棒までの距離感覚も目と足で覚えた。
これなら正確にラップタイムを刻んで、精密機械とよばれる日も遠くない。
出口から出ると太陽に照らされる。もう一回行く?頭を入り口の方に向けると、牧場スタッフは手綱を馬房のほうにグイッとする。
今回これで終わりっすか。そっすか。
ようやく坂路調教が解禁された。つまりデビュー時期が近付いているということ。
坂路調教はかなりキツい。が、筋肉に効いてる気がするので好きだ。
坂路の日は日に2本。1本目は軽く流し、2本目はスピードを出す。いずれサイボーグのように一日4本を走れるようにしたい。調教助手は無視するものとする。
今日も馬房から脱走して体力ギリギリまで追い込む。閂型で良かった。シリンダー錠や南京錠だったら抜け出せなかった。
前は慌てて戻そうとしたスタッフも、最近は見て見ぬふりをする。こっちは会釈してるというのに無礼な奴らだ。見て見ぬふりしてくれるのは、疲れを翌日に持ち越さないことと自分で馬房に戻ることを分かって貰えたからだろう。
しかし、自分がただの競馬ファンだったら、「なんて無責任な」と全く責任のない立場から牧場を叩いていただろう。牧場には悪いが、俺が強くなるために妥協はできない。暇だし。
そう、そろそろなんとかしなくてはいけない。暇だ。退屈だ。毎日毎日同じことをして、代わり映えのしない。気が狂いそうだ。何か作ろうか。サッカーボールとか。
俺を転生させた神がいるなら、ここは絶対修正案件だ。修正はよ。
◇
プースの馴致は上手くいってるらしい。大人しいから気性面で能力審査を落ちることはないだろう。
「ラッジ君おはよう。もうすぐ地方騎手試験ね」
「おはようございます。······地方騎手試験なんですか」
このときは自分と直接関係ない話題だと軽く流した。
しかし、あの呆けた顔した僕に「がんばれっ」と言ったスタッフの苦笑が忘れられず、業務を終えてから自室にてクランで調べる。するとオイ競馬場やカヴァザキ競馬場などそれぞれの地方競馬場にて同日に行われる試験らしいことが分かった。
対象はAJCからANCに所属を移籍する人や、仮地方騎手免許を取得する人。仮地方騎手免許とは一年間だけ地方騎手として認められるという何のために存在するか分からないような免許である。
そもそも中央、地方とは何か。中央(AJC)は国が、地方(ANC)は各貴族領と皇帝陛下個人が運営している。中央は芝がメイン、地方はモリョカ以外芝コースがない完全ダート専門のような競馬場、開催レースとなっている。
地方の特徴として、各競馬場所属という形のことが多く、そこでよく走るため重賞など獲っていなくてもその領で人気が出るというのがある。馬のブロマイドなんかも競馬場で売ってることもある。
あと、中央の馬主資格が一定の資産と多額の継続可能な長期収入があるという条件があり、中央馬主が少ない。よって地方馬主が多く、地方で走る馬も多くなる。ざっと3:7くらい。
玉石混淆だが、良い馬は中央馬主資格を持てるような馬主が高額で買うので、中央と比べて少し質が劣る。
なので、ダートにはGI級を二桁勝つような突出した馬が生まれることもある。地方に遠征に来た中央所属馬だったりするけど。
さて、僕がプースにレースで乗るために仮地方騎手免許が必要か否か。必要である。何のために存在するか。僕のためである。
ここで仮地方騎手免許試験に落ちるとプースの鞍上としてレースに出場できず、ここ数ヵ月の鍛練が無駄になってしまう。不合格の場合、父に自腹でジョッキーを雇えとさえ言われそうだ。
僕に関係しかないことが分かったので詳しく調べることにした。
情報によると最低限のレース知識、レース能力があるかを試されるらしい。冷静に考えて斜行を知らなかったり、操縦方法が分からない騎手がレースにいたら危ないよね。
過去問や実技試験内容を見た感じ問題ないと思う。
問題があるとすればもうオイに移動を始めないと間に合わないかもしれないということだけだ。牧場長に事情を話し、国営馬車停留所に向かった。




