第16話 曲の完成と、竜たちの集結
イオネの引っ越し祝いのため皆で集まった、その翌日。
アンドロメダから今日も領主の別邸で歌の練習をすると言われていたおばあちゃんと私は、朝早くから畑仕事をした後、別邸に着いた。
入口に着くと侍女に食堂まで案内された。アンドロメダとイオネ、エリシア、ミリエル、それにセレフィナが朝食をとっていた。昨日はセレフィナも泊っていたようだ。柑橘やベリーに卵料理、スープ、パン、紅茶が並んでいた。
「おはよう。朝食がまだなら一緒にどう? 二人の分もあるわ」
アンドロメダが声をかける。
「おはよう。まだだから、いただくよ」
おばあちゃんと私も空いた席に座り、ゆっくり皆で朝食をとった。エリシアとミリエルはまだ少し眠そうだった。
朝食の後、皆でピアノのある広間へ移動した。廊下を歩いていると、空いた窓から入ってきたらしいコフクも私の傍に飛んできた。
「さて、今日の練習だけど……昨日あれから、ジーナ師匠と私で、曲を考えたの。イオネが楽譜に書き起こしてくれた」
アンドロメダがピアノの前に立ち、一枚の紙をひらりと見せる。
「最初は主旋律をリリちゃんに覚えてもらう。あとの皆もそれぞれパート分けしたから、それを覚えて合わせて」
アンドロメダがピアノの椅子に座るイオネの前に楽譜を置いた。
主線がぶれてはいけない。
(音痴ではないと思うけど、ちゃんと覚えないと)
私の胸が緊張でばくばく鳴り始める。
「大丈夫だいね。リリも歌いやすいよう、昨日聞かせてもらった竜の子守唄をもとにまとめたんさ」
隣に立っていたおばあちゃんが、私の背にそっと手を添えてくれた。
少しだけ、心が落ち着く。
「まずは、主旋律から」
アンドロメダの合図で、イオネがピアノを弾き始めた。
アンドロメダが声を合わせる。
私は集中して聞いた。
旋律や音階は竜の子守唄に似ているけれど、エレティンの歌詞の森で生きる喜びに合わせて、子守唄より明るい。ただ、「帰ってきて」の辺りだけは、少し切ない感じだった。
アンドロメダが歌い終わって、一息つく。
「こんな感じで、あとは繰り返すの。長くないから覚えやすいでしょう」
「森での練習や本番はピアノがないから、私がハープを弾こうか」
セレフィナがリラハープを取り出す。
「その方が歌いやすいわね。ぜひお願いしたいわ」
アンドロメダがうなずく。
私は覚えるために何度か歌ってみた。どんな声で歌おうとか考える余裕はまだない。
それから、アンドロメダとおばあちゃんで、それぞれのパートのお手本を順に歌ったあと、個々の練習に入った。
最後に一度だけ、皆で合わせてみる。
まだ、上手く合わなかった。
「次に森で合わせるのはある程度できてからにして、しばらくは個々でも練習した方が良いわね」
アンドロメダが言うと、イオネがピアノの席を立つ。
「私も必要ならいつでも伴奏するから、遠慮なく声をかけて」
「エレティンには、いつ伝えるの?」
私が思わず聞くと、アンドロメダが少し思案する。
『わたしが覚えて、伝えに行こうか?』
コフクが言った。
「コフク、歌えるの?」
『心外だな。たぶん、わたしが歌えないほど難しい歌は、エレティンも歌えない』
「コフクがエレティンのパートを覚えて、教えに行くって」
私からアンドロメダに伝える。
「ああ、助かるわ。じゃあ早速コフクに教えるわね」
私が通訳をしながら、コフクに歌を叩き込む。時々難しそうなところは直していく。
ピピイ、ホ~ ホ~
コフクも集中して歌う。
『じゃあ、行ってくるね』
「うん。よろしく」
広間の窓を開けると、コフクは青い空に向かって飛び立っていった。
そよ風が、部屋の中に流れ込んだ。
その後、セレフィナは菓子学校のために抜け、おばあちゃんとイオネもお昼までで抜けた。残った私たち四人は、その後もお昼やお茶の時間を挟みながら特訓を続けた。夕方前にはまたセレフィナも戻ってきた。
助けに行かないと、というよりも、早く皆で合わせてみたい一心で、私も繰り返し歌った。
いつの間にか、夜が更け、窓の外には星が瞬いていた。
◇
ちょうどその頃。
深い宵闇の中、高い岩場にビュートゥは一人立っていた。
蝙蝠たちの戻る羽音が、山の向こうのあちこちから近づいてくる。
「……来たか」
羽音は次第に増え、岩場へ近づくにつれ、蝙蝠とは別の影が浮かび始めた。
――竜だ。
灰色、緑青色、がっしりしたもの、細身のものなど様々に。十数頭もの竜たちが、小さな蝙蝠たちの群れに混ざって、夜を裂くように姿を現す。
岩場に降り立つとき、皆次々に人の姿に戻った。
背の高い、老獪な雰囲気の男が一歩前に出る。
「久しいな、ビュートゥ」
「ああ。皆と会うのは、十数年ぶりじゃな」
ビュートゥが応える。
「姫が、いると?」
「そうじゃ。今わしは、姫と一緒におる」
場がざわついた。
「赤子の時にお会いして以来。さぞや、大きくなられているのでしょう」
リリの母親位か少し上の年頃の女性がしみじみと言う。
「姫が王を、助けに行かれるとか」
「そうだ。そのために、皆に声をかけた。少し狭いが――案内する」
ビュートゥは次の瞬間、渋い灰色の竜になった。
他も次々にまた竜になる。
灰色の竜とそれに続く一団が、出張所の方角へ向けて飛んで行った。
――そして翌朝、私は知るのだった。
私を守り、父を救う決意を胸に秘めた竜たちが、すでに集っていたことを。




